人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

2017年映画日記3月26日~31日/D・W・グリフィス(1875-1948)の後期作品(後)

(『イントレランス Intolerance』1916のため造られた実物大の古代バビロンの城門のセット)

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(実物大のスフィンクスのセット)

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 前編でご紹介した2作品、
『嵐の孤児』Orphans of the Storm (1921)
『恐怖の一夜』One Exciting Night (1922)
 --に続いてグリフィスの後期監督作品をご紹介します。『嵐の孤児』を最後にこの時期の作品はほとんど顧みられませんが、どの作品も一度は観るに値するものです。

3月28日(金)
『ホワイト・ローズ』('23)*98mins, B/W, Silent with Sound

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・女流流行作家アイリーン・シンクレア原作、1918年の結婚を機に引退していたメエ・マーシュ(『国民の創生』や『イントレランス』の準主演女優/1894-1968)の一時的復帰作(本格的復帰は1928年以降)で、イギリス出身の当時新人俳優だったアイヴァー・ノヴェロ(1893-1951、ヒッチコック『下宿人』1927他。のち作曲・演劇人としても成功)を相手役に起用したメロドラマ。キャロル・デンプシーは助演出演だが健気な役どころで、コメディエンヌに終わらせまいというグリフィスの優遇を感じる。ルイジアナの片田舎の孤児院で育った貧しいウェイトレスの乙女(マーシュ)が聖書学院学生(ノヴェロ)と恋に落ちるが学生は乙女の言動を誤解して上京してしまう。実は乙女は妊娠を言い出せなかったのだった。私生児の母になった乙女は世間から白眼視されて生活苦のあげく病に臥す。牧師になった青年は婚約者(デンプシー)を連れて帰郷し乙女の事情を知って苦悩するが、婚約者は青年を許し乙女は青年と結ばれる。私生児の母、というテーマは『東への道』以来だがあれはとことん男が悪かった。出奔したヒロインを危機一髪で救出するクライマックスもあったが、本作も一応クライマックスに青年の側と瀕死の乙女をカットバックで描いて盛り上げようとしているものの、いかんせんこの陳腐で辛気くさい内容ではカタルシスがない。マーシュは『国民~』『イントレランス』でも受難の少女を演じてきたから辛気くささは意図的なものだが主演となるとちょっと問題で、前作『嵐の孤児』でグリフィスは終わった、と言われるのは本作のせいではないか。だがこう書いていてもまだ釈然としない。あと5回は観るつもり。グリフィス映画には簡単にわかった気になれないところがあって、この『緋文字』と『テス』を足して通俗化したようなメロドラマにも何か見落としてしまったのではないか、と実は安易に片づけられない引っかかりがある。

3月29日(土)
アメリカ』('24)*140mins, B/W, Silent with Sound

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・大スター、ライオネル・バリモア(『我が家の楽園』『白昼の決闘』)をゲスト出演(英軍将軍)に迎え、アメリカ独立戦争を背景に独立派の兵士と銃後の恋人とのロマンスを描いたベストセラー歴史小説の映画化。これはジョン・フォードの『モホークの太鼓』1939を先に観ているとわかりやすい。あらすじだけ書けば設定も時代背景・内容もほとんど同じ。たかが15年差の製作年度とはいえ歴史的遠近感の違いからドキュメンタリー的迫力ではフォード作品に勝り、細部の精度はフォード作品に大きく劣る。つまり大づかみな把握ではグリフィスに分があるが内容の整理はいかにも雑で、王党軍(イギリスからのアメリカ独立反対派)と独立軍の抗争戦術や事件の進行がわかりづらい。王党派がモホーク族を傭兵にして独立派の非戦闘員の農園、民家に焼き討ちをかけた戦術は酷いものだが、内戦というよりは侵略戦争に見えてしまう。ついに歴史大作のヒロインにデンプシーを抜擢するがこの路線はデンプシーには荷が重く、残念ながら印象は稀薄でリリアン・ギッシュとの器量の差を痛感する。だがグリフィス本流の歴史大作ならではの重量感、植民地時代末期の北部人を描いた意欲と相変わらずの物量作戦(巨大セットとものすごい数のエキストラ)でスペクタクルとしては面目を保つ。『国民の創生』の頃からグリフィスは有色人種への差別感を時代の水準通りに描いてしまうので人種差別主義映画として悪名も高く、それが評価を下げているのだが、アメリカ史の恥部に触れているには違いなく、グリフィス本人には暴露的な意識はまったくなかったと思わせる率直さがある。だが本作のグリフィスはアメリカ独立戦争(内乱)に本心から共感できず、デンプシーをヒロインとするロマンスの方に興味が分散してしまったのではないか。『国民の創生』『イントレランス』『世界の心』『嵐の孤児』などの歴史映画の系列の中では本作はどこか醒めて見える。次作『素晴らしい哉人生』 (1924)はドイツで撮影した第一次大戦後のドイツ庶民を描いたデンプシー主演のホームドラマ。そして帰国後すぐに次作『曲馬団のサリー』を撮る。

3月30日(日)
『曲馬団のサリー』('25)*113mins, B/W, Silent with Sound

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・トーキー時代にマルクス兄弟と並ぶ国民的人気喜劇俳優になったW・C・フィールズ(1880-1948)がサイレント時代にグリフィス映画に主演していたとは。しかも舞台畑出身のフィールズは長編映画出演は前年の長編デビューに続いてこれが2作目で、次作の『龍巻』The Royal Girl (1925)は散佚作品になったからなおさら貴重。日本版ウィキペディアには載っていないほど本邦では知名度のない人だがほとんどの言語のウィキペディアには載っているくらい20世紀アメリカの代表的喜劇俳優だったりする。学生時代にトーキー時代の作品を数本観たが話芸が持ち味の人のようでマルクス兄弟のようには面白さがわからなかった。ところがサーカス団の団長(フィールズ)が身分違いの結婚から実家を出された名家令嬢の遺児(デンプシー)の親代わりになって奮闘する本作はもともとフィールズの舞台『Poppy(パパ)』の当たり役だったそうで、トーキー作品の話芸なくしてもフィールズの魅力が横溢した快作になっている。とぼけた小太りの中年男のフィールズだが一挙手一投足が面白く目が離せない。亡き母の郷里に巡業に来た少女と団長がトラブルに巻き込まれ老名士に糾弾されるが実の孫娘と判明して祖父母に迎えられめでたしめでたし、という他愛ない話だが、グリフィスも乗っていて113分もある大作規模の喜劇映画ながら中盤以降は字幕なしにぐいぐい進んで絶好調の時期の作品に匹敵する。サーカスは人が集まるからギャンブル(チンチロ)も呼び物だったのもわかって風俗描写も面白い。ところがこの後、『竜巻』That Royle Girl (1925, Lost Film)は仕方ないとして、
『サタンの嘆き』The Sorrows of Satan (1926)
「トプシーとエヴァ」Topsy and Eva (1927、日本未公開) (uncredited)
『愛の太鼓』Drums of Love (1928)
『男女の戦』The Battle of the Sexes (1928)
『心の歌』Lady of the Pavements (1929)
 --はめったに上映されない上に映像ソフトも出ていないか廃盤になっている。文献によると『龍巻』はフィールズとデンプシー主演の犯罪コメディ、『サタンの嘆き』はアドルフ・マンジューとデンプシー主演の文芸メロドラマ(デンプシー主演作はここまで)、『愛の太鼓』はポルトガル植民地時代の南米の架空国を舞台にしたライオネル・バリモア主演の宮廷メロドラマ、『男女の戦』はゴールドラッシュ時代の西部が舞台の不倫メロドラマ、『心の歌』は19世紀パリが舞台の『椿姫』風メロドラマで、『男女の戦』『心の歌』ではトーキー時代まで名を残すキャストは出ていない。そして1930年に時流から1~2年遅れてようやくトーキー第1作を撮り、公開当時は好評で一応のヒットになったのだった。

3月31日(月)
『世界の英雄』('30)*94mins, Tinted B/W

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リンカーンの伝記映画でトーキー第1作。つまり『国民の創生』と同じ題材を北部人の側から描いている。『国民の創生』は南北戦争前後を南部人家庭の運命を通して描いたものだった。生い立ちから夭逝した恋人とのロマンス、軍人としての活躍、弁護士としての成功、賢夫人との結婚から大統領に登りつめ、南北戦争を勝利に導いて暗殺されるまでを名優ウォルター・ヒューストンを主演に堅実に追っていくが、いかにも偉人の生涯という感じで一向にスリリングにならない。題材からも仕方がないとも言えるがリンカーンを名探偵にしたジョン・フォードの法廷ミステリー『若き日のリンカーン』1939の生き生きとした18世紀人の生活感はまったくない。ヒューストンの演技は立派だが、初期トーキー技術の制約のためか肝心のグリフィスがサイレント作品では映画文法の基礎を築いたほどの鮮烈なカット割りとコンテの妙を放棄してしまい、各シークエンスを串刺しにしたようなエピソードの羅列に始終していて舞台劇の記録撮影のように平坦な画面になってしまっている。現在ではアメリカ映画史上のワースト作品に上げられるのもやむなし、という出来で、本格的なリンカーンの伝記映画というだけで好評だった時代の産物としか言えない。リンカーンを取り巻く登場人物たちも単に物語の道具立てにしか見えない。リンカーンという個人を英雄化した企画そのものがグリフィスには向いておらず、さらにサイレント映画の巨匠グリフィスにはトーキー技法は容易にマスターできなかったということでもある。そして次作「苦悶」The Struggle (1931、トーキー/日本未公開)はアル中の中年男の生活の苦悶を描いて散々な不評に終わり、グリフィスは同作を最後の監督作品に1948年の逝去まで仕事の依頼もなくアルコール依存症に陥ったまま忘れられた過去の巨匠として長い晩年を送る。全盛期は1915年~1925年、アメリカ映画に限らず現代長編劇映画の父、映画史初期の最大の映画監督にしては活動期間はあまりに短かかった。しかしグリフィス作品は見かけの古色蒼然にもかかわらずじわじわと効いてくる。何度でも観られる。