ゴールデンバットは煙草の専売公社制直後の1906年(明治39年)に発売、巻紙と詰葉がバラ売りされて自分で巻くかキセルで喫うのが一般的だった当時画期的な紙巻き煙草として学生や青年層に戦前はもっとも愛飲された銘柄だった。芥川龍之介、西脇順三郎、堀辰雄、中原中也、太宰治らも煙草といえばゴールデンバットで、これらの作家・詩人たちの作中人物はみんなゴールデンバットを喫っている。後発の銘柄が製造中止になっても人気は根強く、現在では現役最古の銘柄となっている。
およそ30年前にポピュラーだった銘柄はハイライト、ショートピース、セブンスター、新銘柄のマイルドセブン(現メビウス)といったあたりだったが、それらが220円~260円の価格帯で価格改定される中、ゴールデンバットは90円~110円の優しい煙草だったのだ。ただし取扱店が少なかったのでカートン買いして備えておく必要はあったし、ビニール個別装されてもいずフィルターもない両切り煙草だったから奇異な目で見られることもあった。飲み屋でバーテンに「バットなの?不味いじゃん」と客商売の分際に侮辱されることすらあった。
バットですら煙草税の増税とともに210円まで値上がりしていたが、それでも「旧三級品たばこ」扱いで税率は低かったのでポピュラー銘柄の半額以下で済んでいた。ところが昨2016年4月をもって「旧三級品たばこ」の税率も引き上げ、210円から一気に260円に価格改定されることになった。これはやばいととりあえず、賞味期限ぎりぎりの半年先の分まで1日1個を目安に備蓄購入しておいた。
実際の喫煙本数は月に20個程度なので備蓄分の最後の1カートンは昨年秋まで持った。50円も値上がりしたゴールデンバットか、260円なんてゴールデンバットと言えるだろうか。しかも2016年4月製造分からはビニール個別装されたばかりか、フィルターまでつくようになったという。値上げの分やや体裁を持ち上げたのだろうが、個別装にしようがフィルターをつけようが煙草の原価などたかが知れている。個別装がないのもフィルターがないのもバット愛飲者にとっては無駄なゴミが出ず(トイレにも流せる!)簡便な上むしろ風味を引き立ててバットならではの魅力だったのだ。
あと1カートン、これからどうしようか考えていると、ある人のブログで「240円のフォルテという煙草を試してみた」という文章を読んだ。バットを扱っている自販機を見てもフォルテという銘柄はない。そこで1927年創業の、今は小中学校の同級生夫妻が代を継いでいるK酒店に寄って(バットもずっとそこで買っていた)、取り寄せ可能か頼んでみた。元専売公社もといJTの製造品ではないらしい。だが取り寄せはできるとのことで、まず1カートンお願いした。取りに行った時にレシートに出てきた商品名を見ると「輸入葉巻」となっている。フォルテ、ゴールデンバット、それから人に分けてもらったマルボロを比較した写真をご覧ください。このフィルターつきのちっちゃい茶色い煙草は、実は紙巻き煙草ではなく葉巻なのだ。巻紙も紙ではなくたばこ葉なのでけっこう濃厚な味で悪くない。難点を言えば紙巻きよりも葉巻は気密性が高いから、喫うのを中断するとすぐに火が消えて灰になった分がポロリと落ちる。それでもこの細さと長さで十分に煙草1本喫った気になるのは、葉巻の効用に違いない。以来昨年秋からはずっとフォルテを喫っている。
ちなみに外装は日本語が書いてあるが輸出向けのインドネシア製煙草で、紙巻き煙草と葉巻の折中だからこれはシガレットと呼んでいいものなのかよくわからない。きっとインドネシア国内では価格もずいぶん違うのだろう。わざわざ個別装になっているのは元バット愛飲者としては面倒くさいが、葉巻の性質上必要なのかもしれない。煙草を喫える歳から30年以上ゴールデンバット一筋だった男が今さら煙草を乗り換えるのも癪ではあるが、煙草なんぞは国内最安値煙草に決めてこそ世捨人の矜持はある。それにフォルテを喫っていたところで、ほとんど誰も知らない銘柄ではないか。