人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

Sun Ra - Art Forms of Dimensions Tomorrow (Saturn, 1965)

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Sun Ra and his Solar Arkestra - Art Forms of Dimensions Tomorrow (Saturn, 1965) Full Album : http://www.youtube.com/playlist?list=PLe8w6_pjvjBnFibyNzMelzmMau267goMD
Recorded entirely at the Choreographer's Workshop, New York (the Arkestra's rehearsal space) in 1962, except B2, B3 recorded in the same location in either November or December 1961.
Released by Saturn Research El Saturn LP No.9956, 1965
All songs written and arranged by Sun Ra
(Side A)
A1. Cluster of Galaxies - 2:22
A2. Ankh - 6:08
A3. Solar Drums - 2:27
A4. The Outer Heavens - 4:47
(Side B)
B1. Infinity of the Universe - 7:08
B2. Lights on a Satellite - 3:08
B3. Kosmos in Blue - 8:06
(Bonus Track). Chicago, Outside - 6:38
[ Sun Ra and his Solar Arkestra ]
Sun Ra - piano, Sun harp, gong, percussion
Manny Smith - trumpet
Ali Hassan - trombone
Pat Patrick - baritone saxophone, percussion, clarinet
John Gilmore - tenor saxophone, bass clarinet, percussion
Marshall Allen - alto saxophone, bells, percussion
Ronnie Boykins - bass
John Ore - second bass on B3
C. Scoby Stroman - drums
Clifford Jarvis - drums on B1
Tommy Hunter - drums, percussion on A1,B2 and B3

 本作はついにサン・ラの決定版が出た、と思わせるアルバムです。どういう決定版かと言えば一般的な世間のサン・ラへのイメージ、宇宙人のバンドリーダー率いる宇宙ジャズ楽団はこれほどぶっ飛んだ音楽をやるという好見本であり、一応ジャズの形式を踏まえた曲もあれば最早ぜんぜんジャズではない、普通の意味では音楽とは呼ばれないようなものまでやっていて、しかもアルバム全体に統一感があるのでジャズの形式を踏まえた曲まで尋常な雰囲気ではなくなっています。サン・ラの出自であるビッグバンド・ジャズとも、若いメンバーたちが生まれ育ってきたビバップとも違う突然変異のような音楽がこのアルバムで出現しました。つまりニューヨーク進出の足がかりだった前々作『The Futuristic Sounds of Sun Ra』からも、ニューヨーク進出後に最初に制作したアルバム『Bad and Beautiful』からもまったく予想できないほどの飛躍があったということです。本作『Art Forms of Dimensions Tomorrow』があったからこそサン・ラは1965年のESPレーベルからの国際的成功作『The Heliocentric Worlds of Sun Ra, Volume One』まで到達することができたと思えますが、それは『Bad and Beautiful』から数えて10作目、デビュー・アルバム以来通算23作目のアルバムで、しかも発売順で言えば発売にこぎつけたサン・ラのアルバムは1957年発売(以下同)『Jazz by Sun Ra』、1957年『Super Sonic Jazz』、1959年『Jazz in Silhouette』、1962年『The Futuristic Sounds of Sun Ra』、1963年『When Sun Comes Out』に続く6枚目のアルバムでしかありませんでした。未発表アルバムが次々と陽の目を見るようになるのは『The Heliocentric Worlds~』の成功を受けてのことです。同作に伴うツアーで初めてサン・ラは全米的に認知されます。そこでそこまでのアルバム・リストを再掲載します。()内はデビュー・アルバムからの通算枚数です。
[ Sun Ra and His Arkestra 1961-1966 Album Discography ]
1. (14) Bad and Beautiful (Saturn, rec.1961/rel.1972)
2. (15) Art Forms of Dimensions Tomorrow (Saturn, rec.1961-1962/rel.1965)
3. (16) Secrets of the Sun (Saturn, rec.1962/rel.1965)
4. (17) What's New? (Saturn, rec.1962/rel.1975)
5. (18) When Sun Comes Out (Saturn, rec.1963/rel.1963)
6. (19) Cosmic Tones for Mental Therapy (Saturn, rec.1963/rel.1967)
7. (20) When Angels Speak of Love (Saturn, rec.1963/rel.1966)
8. (21) Other Planes of There (Saturn, rec.1964/rel.1966)
9. (22) Featuring Pharoah Sanders & Black Harold (Saturn, rec.1964/rel.1976)
10. (23) The Heliocentric Worlds of Sun Ra, Volume One (ESP-Disk, rec.1965/rel.1965)
 この後も勢いは続き、
11. (24) The Magic City (Saturn, rec.1965/rel.1966)
12. (25) The Heliocentric Worlds of Sun Ra, Volume Two (ESP-Disk, rec.1965/rel.1966)
 を経て、この時期のサン・ラは1966年の学園祭ツアーを収録した傑作ライヴ、
13. (26) Nothing Is (ESP-Disk, rec.1966/rel.1970)
 で頂点を迎えることになります。
 本作のB2とB3は1961年11月~12月の『Bad and Beautiful』セッションからの残りですが、この言い方は逆で本作は1965年に『The Heliocentric Worlds~』とともに発売され、『Bad and Beautiful』はずっと遅れて1972年に発売されましたから本作のB2・B3の方が先行発売されたテイクと言えます。カヴァー曲とサン・ラのオリジナル曲半々の同作でオリジナル曲が物足りなかったのは、出来の良い2曲を先に『Art Forms~』に収録してしまっていたからでした。本作『Art Forms~』の残り、A面全曲とB1は1962年の録音で、ニューヨークで見つけ出した無料の練習場でバンド自身によって録音され、マスター・テープがシカゴのサン・ラ・アーケストラのマネジメントに送られてサターン・レーベルの自主制作盤になったもので、これまでのサターン・レーベルからの『Super Sonic Jazz』『Jazz in Silhouette』『When Sun Comes Out』同様シカゴの一部を除けば流通網に乗せず、通信販売やライヴ会場、直に仕入れたレコード店やメンバーの手売りでのみ販売されました。自主制作盤自体は珍しくないことですがサン・ラ・アーケストラほど長期に渡って多数の自主制作盤を発売していた大所帯かつプロのバンドは珍しいでしょう。経済的にも組織的にも自主制作レーベルはそう長続きしないものですから、30年あまり続いたサターン・レーベルは本当に驚異的な例と言えます。

(Original El Saturn "Art Forms of Dimensions Tomorrow" LP Liner Cover & Side A Label)

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 前作『Bad and Beautiful』と本作で何が決定的に変わったか、というと録音が顕著に変化しました。前作の機材はどう工面したか、アルバム全体がこもったようで誉められた音質ではありませんでした。バンドは質屋で安価なオープンリール・テープレコーダーを手に入れ、ドラムスのトミー・ハンターが録音エンジニアを担当することになります(本作A面のドラムス担当が新参のスコビー・ストロマンになっていてステディなドラム・パートの曲がなく、B1のドラムスが名手クリフォード・ジャーヴィスなのもハンターがドラムスから離れたからでした)。ある時ハンターはメンバーがチューニング・モニター用に使用しているイヤフォンを間違えて入力ジャックに接続したところ、通常のマイク録音ではあり得ない奇妙なリヴァーヴ(エコー)・サウンドが発生するのに気づいてテスト録音してみたそうです。たぶんそれが本作でハンターが録音とドラムスを兼ねているA1の原型と思われますが、恐る恐るサン・ラに聴いてもらったところサン・ラは大いに気に入りました。ハンターはアルバムに録音エンジニアとしてクレジットを望みましたが、サン・ラはハンターを盗まれると困るから駄目だと拒否したと言われます。このサウンドがサン・ラの音楽的発想自体を変えました。楽理的分析可能な音楽から音響そのものに狙いが定まった、とも言えます。アルバムは通常の楽器音を判別できないA1「Cluster of Galaxies」から始まります。リヴァーヴのかかったゴングにわずかに効果音的なハープが絡む音響実験的なナンバーで、この1曲がアルバムのトーンを決定しています。A2「Ankh」は『Sound of Joy』(1956年11月録音)初出、ヴァリエーション「Ankhnaton」が『Fate in a Pleasant Mood』(1960年録音)に収録され、録音順では前作になる『Bad and Beautiful』にはパット・パトリックとジョン・ギルモアの2サックス・クインテット編成の好ヴァージョンが収められましたが、本作のヴァージョンはトランペットとトロンボーンが効いた濃厚な仕上がりでハンド・クラッピングまで入り、サン・ラのピアノも管楽器のバックには留まらない奔放なプレイです。続くA3「Solar Drums」はA1と同趣向ですがドラムスとパーカッションがさらに多彩で、打楽器奏法のピアノがコラージュ的にリヴァーヴ処理され位相を変化させ、1970年前後のドイツの実験的ロックや1970年代末のジャマイカのダブ・ミュージックを連想させます。A4「The Outer Heavens」は一聴して無調で定型ビートのない音楽に聴こえますが、ドラムスを意図的に休ませてベースとピアノのリフでワンコード、4/4のリズム・パターンを形成しており、このアルバムの中ではセシル・テイラーアルバート・アイラーらが1964年~1965年にたどり着いたフリー・ジャズに近い作風と言えますが、ジョン・ギルモアのテナー・ソロを中心にマーシャル・アレンのアルト、この曲ではバリトンからクラリネットに持ち替えたパット・パトリックの3人のサックス・セクションの優れた演奏で見劣りせずむしろ規模と完成度は卓越しています。
 1962年録音曲で統一されているのはA面だけですが、B面の出来も優れています。B1「Infinity of the Universe」は1969年発表のアルバム『Atlantis』のB面全面を占める22分の大作「Atlantis」(1967年録音)の原型と言えるもので、パーカッションとドラムス・アンサンブルに強迫的なピアノ・リフが呪術的なムードを盛り上げ、リズム・セクションの高まり(あくまで主役はリズム・セクションになっている)を伴奏するようにホーン群が絡んでクライマックスを迎えます。フランス1970年代のロックバンド、マグマに影響を与えたスタイルの萌芽を示した典型的なアーケストラの前衛的スタイルの1曲でしょう。続くB2からの2曲は1961年年末録音ですが違和感はなく、B2「Lights of Satellites」はサン・ラには珍しいモード系主流ジャズの楽曲でアルバム中A3、続くB3とともに数少ない4ビートの演奏ですが、サン・ラのピアノもホーンも黒々とした重くまるでモード・ジャズという感じがしないのが面白い演奏です。B2、B3のドラムスはトミー・ハンターで、後に録音エンジニアに任命されるだけあってすごいドラムスのサウンドが聴けます。B3「Kosmos in Blue」はタイトル通りのブルースでリズムも4ビートですがベースもドラムスもピアノもドスが効いた音色・演奏でブルースの軽快さは微塵もなく、ピアノ・トリオだけの演奏が3分経過後テナーサックス・ソロになり、サックスの後は2ベースになってジョン・オールのベース・ソロ、ドラム・ソロを経てエンド・テーマになります。ボーナス・トラック「Chicago, Outside」もB3と同編成・同趣向のブルースで、こちらはスウィンギーなリズムですが趣向の重複から外されたのでしょう。また本作の中で聴くと『Bad and Beautiful』セッション時点でもサン・ラ・アーケストラは生楽器で音響実験的なサウンドに向かっていたことが同作と重複するB2・B3の2曲からわかります。またB1はアーケストラは録音技術に依存しなくてもアンサンブルで音響効果を実現できる証明になっています。サン・ラ自身によるいかしたアルバム・ジャケットを含めて(アルバム・タイトルは物々しいですが)手っ取り早くサン・ラになじむには最適の1枚に挙げられます。何より音楽そのものが面白い点で大作『The Heliocentric Worlds~』よりも構えないわかりやすさがあります。