人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

Sun Ra - When Angels Speak of Love (Saturn, 1966)

イメージ 1

Sun Ra and his Myth Science Arkestra - When Angels Speak of Love (Saturn, 1966) Full Album : https://youtu.be/QQsLG89q9CM
Recorded entirely at the Choreographer's Workshop, New York (the Arkestra's rehearsal space) in 1963.
Released by El Saturn Records Saturn LP-405, 1966
All songs by Sun Ra
(Side A)
A1. Celestial Fantasy - 5:55
A2. The Idea Of It All - 7:32
A3. Ecstasy of Being - 9:53
(Side B)
B1. When Angels Speak of Love - 4:34
B2. Next Stop Mars - 17:56
[ Sun Ra and his Myth Science Arkestra ]
Sun Ra - piano, clavioline, gong
Walter Miller - trumpet
Marshall Allen - oboe, alto saxophone, percussion
Danny Davis - alto saxophone
John Gilmore - tenor saxophone, percussion
Pat Patrick - baritone saxophone, percussion
Robert Cummings - bass clarinet
Ronnie Boykins - bass
Clifford Jarvis - drums
Tommy Hunter - percussion, reverb
All members - ensemble vocals

 サン・ラ&ヒズ・アーケストラの作品紹介もだいぶ進んできましたので、改めてアルバム・リストを見直してみたいと思います。アーケストラはシカゴ出身のバンドで、シカゴ時代には次のアルバムを制作しました。すぐ発表されたのは*の4枚のみです。
[ Sun Ra and His Arkestra 1956-1961 Album Discography ]
*1. Jazz by Sun Ra, Vol.1 (Sun Song) (Transition, rec.& rel.1956)
*2. Super-Sonic Jazz (Saturn, rec.1956/rel.1957)
3. Sound of Joy (Jazz by Sun Ra, Vol.2) (Delmark, rec.1956/rel.1968)
4. Visits Planet Earth (Saturn, rec.1956-58/rel.1966)
5. The Nubians of Plutonia (Saturn, rec.1958-59/rel.1966)
*6. Jazz in Silhouette (Saturn, rec.& rel.1959)
7. Sound Sun Pleasure!! (Saturn, rec.1959/rel.1970)
8. Interstellar Low Ways (Saturn, rec.1959-60/rel.1966)
9. Fate In A Pleasant Mood (Saturn, rec.1960/rel.1965)
10. Holiday For Soul Dance (Saturn, rec.1960/rel.1970)
11. Angels and Demons at Play (Saturn, rec.1956-60/rel.1965)
12. We Travel The Space Ways (Saturn, rec.1956-61/rel.1967)
*13. The Futuristic Sounds of Sun Ra (Savoy, rec.1961/rel.1961)
 アルバム13の発表を機にアーケストラは活動の拠点をニューヨークに移しました。それから1969年いっぱいまでの録音によるアルバムは以下の通りになります。1965年の10(通算23枚目)の成功から次々と未発表録音のリリース・ラッシュも始まりました。録音即発表されたものはやはり少ないながら、サン・ラは片っ端からアルバム制作していたのです。ニューヨーク進出第2作(通算15枚目)『Art Forms~』はサン・ラは元祖スペース・ジャズ・ファンクと言うべき独自の作風を編み出しました。今回の『When Angels~』はジャズ・ファンクとフリージャズの境界線上の作品と言えるでしょう。
[ Sun Ra and His Arkestra 1961-1969 Album Discography ]
1(14). Bad and Beautiful (Saturn, rec.1961/rel.1972)
2(15). Art Forms of Dimensions Tomorrow (Saturn, rec.1961-1962/rel.1965)
3(16). Secrets of the Sun (Saturn, rec.1962/rel.1965)
4(17). What's New (Saturn, rec.1962/rel.1975)
*5(18). When Sun Comes Out (Saturn, rec.1963/rel.1963)
6(19). Cosmic Tones for Mental Therapy (Saturn, rec.1963/rel.1967)
7(20). When Angels Speak of Love (Saturn, rec.1963/rel.1966)
8(21). Other Planes of There (Saturn, rec.1964/rel.1966)
9(22). Featuring Pharoah Sanders & Black Harold (Saturn, rec.1964/rel.1976)
*10(23). The Heliocentric Worlds of Sun Ra, Volume One (ESP-Disk, rec.1965/rel.1965)
*11(24). The Magic City (Saturn, rec.1965/rel.1966)
*12(25). The Heliocentric Worlds of Sun Ra, Volume Two (ESP-Disk, rec.1965/rel.1966)
13(26). Nothing Is (ESP-Disk, rec.1966/rel.1970)
*14(27). Strange Strings (Saturn, rec.1966/rel.1967)
*15(28). Batman and Robin - The Sensational Guitars of Dan and Dale (Tifton, rec.1966/rel.1966)
16(29). Monorails and Satellites, volumes 1 (Saturn, rec.1966/rel.1968)
*17(30). Monorails and Satellites, volumes 2 (Saturn, rec.1966/rel.1967)
*18(31). Continuation (Saturn, rec.1968/rel.1969
*19(32). A Black Mass (Jihad Productions, rec.1968/rel.1968)
*20(33). Atlantis (Saturn, rec.1967-1969/rel.1969)

 A1「Celestial Fantasy」(5:55)はアルトサックス(ダニー・デイヴィスでしょう)の鋭いフラジオ(ファルセットに相当する)音域のロングトーンから始まりますが、音域といいディストーションのかかった音色といいエレクトリック・ギターと聴き違えてもおかしくありません。実際はR&Bジャンルのサックス・パートでサックス奏者がフラジオ奏法によるディストーション効果を出しているのを模倣してエレキ・ギターのファズ・エフェクターやアンプとの共鳴によるフィードバック奏法が生み出されたのですから、ギターのようだというのは当たってはいますが歴史的には逆になります。またサックスのフラジオ奏法とディストーション効果は伝統的な黒人ポピュラー音楽のサクソフォン技術にも関わらず、レコード購買層からは下品な音楽と見られて一部のR&Bインストルメンタルフリー・ジャズでしかレコード化されませんでした。この曲は途中から、やはりリヴァーブの深いトランペットとの二重奏になり、定則ビートを刻まないパーカッションも深いリヴァーブがかかっているあまりほとんどテンポ・ルバート(フリー・テンポ)で演奏されているように聞こえ、サン・ラは複数パーカッションのうちのひとりか、指示だけで演奏には参加していない可能性もあります。
 A2「The Idea Of It All」(7:32)は音響的追求が始まった傑作『Art Forms of Dimentions Tomorrow』以来久しぶりの4ビートによる目まぐるしいテンポの運動会ナンバーで、コーラス小節数やコード進行、ソロのリレーはビバップを踏襲している点でサン・ラとしてはオーソドックスな作曲ですが、テンポやヴォイシング(和音構成)、ジョン・ギルモア必殺のテナーソロがまったくビバップの典型フォーマットを破壊し尽くしています。ビバップの発想による限り極限的なナンバーでもありますし、タイトルが示しているのもそういうことでしょう。ギルモアのソロは一世一代の名演で頭の中をのぞいてみたいほど奇天烈なフレーズが続きます。テーマ・ユニゾンは難曲すぎてバラバラなのがご愛嬌。セカンド・ソロにバッキングにポリリズムを生かしたサン・ラのピアノも見事で、サード・ソロのウォルター・ミラー(トランペット)はA1同様緩い演奏で、ピアノのバックアップを目立たせるための噛ませ犬の観もあります。A3「Ecstasy of Being」(9:53)はA1ほど極端ではない音響実験で、拍の頭はつかみづらいながらテンポ・ルバートではなく今回はパーカッションだけでなくドラムスとベースが入り、次第に8ビートを形成していきます。アルトサックス、トランペットの絡みから入ってしばらく8ビートで進行していき、リズム・ブレイク後はオーボエが先行しながらホーン陣全員がフラジオ奏法でシャウトし、入手間もなかったというサン・ラの短いクラヴィトーン(電子オルガン)の金属的な無伴奏ソロを挟んで全員で最後のコードを合奏して終わりますから、よく練られた楽曲構成の1曲でしょう。1967年録音の代表曲「Atlantis」に発展する要素も感じます。

(Original El Saturn "When Angels Speak of Love" LP Liner Cover & Side A Label)

イメージ 2

イメージ 3

 B面に入ると、アルバム中もっとも耳ざわりの良いバラードB1「When Angels Speak of Love」(4:34)で、心地良い4ビートなのにいきなりキーに対して7度音程のトランペットが吹き鳴らされて焦りますが、バリトン・サックスのテーマ吹奏は美しいメロディで、カウンター・パートでドローン(持続音)吹奏されるトランペットが5度音程と7度音程を行ったり来たりしてどこか変な響きになっている上、正体不明の手作りパーカッション(円筒形のプラスチックケースにちびた消しゴムでも入れたような音)と思われる音がコロコロ曲の間じゅう転がっていますが、おかげで十分ムーディなのにマンハッタンの夜景などまったく浮かんでこないバラードになっています。そしてアルバムの掉尾を飾る大作B2「Next Stop Mars」(17:56)はバンド全員による檄(気合い入れヴォイス)から始まり、B1があるから片面1曲にはなりませんでしたが毎回平均収録時間AB面トータル30分前後の従来のサン・ラのアルバムにあってこの『When Angels Speak of Love』は約46分あり、B1のタイトル曲をA面に移してA面の3曲から2曲は別のアルバムに送るというのがこれまでの編集方針だったでしょう。しかしそれだとおそらく音響実験的なA1、発狂ビバップA2、暫進的8ビートの形成をコレクティヴ・インプロヴィゼーション(集団即興)から綴ったA3の絶妙な流れを崩さねばならず、このA面は完璧です。むしろアルバム・タイトル曲が大作B2の前奏曲としてムードを切り替え、A面3曲の集大成的なB2「Next Stop Mars」(17:56)でクライマックスを迎えるのはアルバムのトータルな構成として非常に優れており、トミー・ハンターが担当する録音面で言うと『Art Forms~』『Secrets of~』『When Sun~』に較べてホーン奏者が増えたこともありベースとドラムスのビッグ・ビートがやや後退しました。
 ですがA2の後半でハイハット中心のドラミングからライド・シンバル中心になるドラムスのシンバル・ワークがちょっと他に思いつかないほどオンにミックスされているのには驚かされ、サン・ラ以外のバンド(フレディ・ハバードの初期作品など)で抱いてたキレの良い若手ドラマーどころではなかったとクリフォード・ジャーヴィスを見直します。B2の「Next Stop Mars」はセシル・テイラー(ピアノ/1929-)の1966年の2枚の傑作『Unit Structures』『Conquistador !』に先駆けたコレクティヴ・インプロヴィゼーション演奏で、15歳年下のテイラーとは1956年に同じインディー・レーベルのトランジションからデビュー作を発表した因縁がありますが、表面的に似た音楽にたどり着いても発想やプロセスは対照的なほど異なるタイプのアーティストだったでしょう。テイラーのアルバムが常にその時点での結論を示すとすれば、サン・ラの音楽はある一瞬をアルバムに切り取ってきたもので常に変化の過程にあると感じられます。それでも本作の完成度は格別で、2008年までCD化が遅れたために代表作に上げられることが少ないのは惜しまれる限りです。