人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

コールマン・ホーキンス Coleman Hawkins - ビーン・アンド・ザ・ボーイズ Bean And The Boys (RCA, 1946)

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コールマン・ホーキンス Coleman Hawkins - ビーン・アンド・ザ・ボーイズ Bean And The Boys (Coleman Hawkins) (from the album "Hawkins Alive! At The Village Gate", Verve Records V-8509, 1963 / Polydor CD Additional Track, 1986) : https://youtu.be/57zlof-VMsA - 7:02
Recorded Live at The Village Gate, New York, August 13, 1962
[ Personnel ]
Coleman Hawkins - tenor saxophone
Tommy Flanagan - piano
Major Holley - bass
Eddie Locke - drums

 コールマン・ホーキンス(1904-1969)はそれまでジャズでは伴奏楽器としてソロ楽器のクラリネットやトランペットに和声やリフをつけるだけだったサックス(ホーキンスの場合はテナーサックス)で初めてソロを執った「ジャズ・サックスの父」として知られています。ホーキンスはニューヨークのフレッチャー・ヘンダーソン楽団(晩年のヘンダーソンはシカゴに身をやつして細々と活動し、若いソニー・ブラウントがほとんどバンド運営を任されていました。ソニー・ブラウントは後のサン・ラです)に18歳で入団し、エリントン楽団とニューヨークを二分するヘンダーソン楽団の花形トランペット奏者ルイ・アームストロング(1901-1971)のようなソロをテナーサックスでも執れないかと猛練習を重ねてヘンダーソンの許可を取り初めてテナーサックスのアドリブ・ソロを実演してみせたのでした。楽団の同僚たちもひっくり返り、他のサックス奏者たちもソロを演奏するようになり、ニューヨークのヘンダーソン楽団からアレンジ楽譜を買っていたカンサスのカウント・ベイシー楽団からレスター・ヤング(1909-1959)がホーキンスとは対照的なアプローチでソロを執ってみせるようになった'30年代半ばにはサックス(特にテナーサックス)はクラリネットやトランペットと同等にジャズのソロ楽器と認められていました。
 モダン・ジャズの始まりである'40年代のビ・バップの音楽的源泉はレスター・ヤングビリー・ホリデイでしたが、レスター自身はビ・バップを好みませんでした。逆にジャズ・サックスの父ホーキンスの方が積極的にビ・バップの若いジャズマンと共演し、ビ・バップを消化したプレイを習得しようとしたのは注目され、ホーキンスは「Godfather of Bebop」と呼ばれるようになります。「Bean And The Boys」(Beanはホーキンスの愛称)はディジー・ガレスピーチャーリー・パーカーが開発したビ・バップ流作曲法、ポップス・スタンダード曲のコード進行に新たなテーマ・メロディーを乗せたもので、「恋人よ我に帰れ (Lover, Come Back To Me)」のコード進行を借りています。先に上げたのはホーキンス50代後半の名作と名高いライヴ盤(がCD化された時に追加された未発表トラック)ですが、初演はガレスピー/パーカー周辺のホーキンスより20歳あまり若い精鋭ジャズマンたちと録音されました。

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Coleman Hawkins and Orchestra - Bean And The Boys (rec.RCA'46/from the EP "Bean And The Boys", Esquire ‎Records EP 192, 1957) : https://youtu.be/B4OwkVYcUUg - 2:45
Recorded in New York City, December 1946
[ Personnel ]
Coleman Hawkins (ts), Fats Navarro (tp), J.J. Johnson (tb), Porter Kilbert (as), Milt Jackson (vib), Hank Jones (p), Curly Russell (b), Max Roach (ds)

 ホーキンスは'44年のレギュラー・カルテットでセロニアス・モンクをピアニストにしており、まだ20歳になるやならずのモンクの弟分バド・パウエルがモンクの代役を勤めることもありました。この曲が別名「Burt Covers Bud」と呼ばれるのは作曲にバド・パウエルが一役買っていたのかもしれません。実際パウエルのアルバム『Bud Powell Trio』Roost'53にはこのタイトルで録音があり、パウエルは晩年までこの曲を愛奏曲にしましたが、原曲の「恋人よ我に帰れ」とミックスして演奏してしまう癖があったためレコードではしばしば曲名が取り違えられることになりました。次のラジオ中継ライヴではピアノも半分「恋人よ~」のメロディーを弾いていますし、ベース・ソロは「恋人よ~」をそのまま弾いています。

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Bud Powell Trio - Bean And The Boys (misscredited as "Lover, Come Back To Me") (from the album "Broadcast Performances 1953, Vol. 1 Of 6 Volumes", ESP Disk ESP-BUD-1, 1973) : https://youtu.be/4KufTtam5ZE - 6:45
Recorded live radio broadcast at The Birdland, New York City, February 7
[ Personnel ]
Bud Powell (p), Oscar Pettiford (b), Roy Haynes (ds)

 スタジオ録音盤でもこの曲は「恋人よ我に帰れ」と混同されました。このアルバムは初回版で、再版からはヴァーヴ・レコーズからの『Bud Powell '57』'57と改題されジャケットも変わりますが曲名の間違いはそのままです。

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Bud Powell Trio - Bean And The Boys (misscredited as "Lover, Come Back To Me") (from the album "Jazz Original", Norgran Records ‎MG N-1017, 1955) : https://youtu.be/vpqBwIjyaZY - 3:36
Recorded at Fine Sound Studio, New York City, January 11, 1955
[ Personnel ]
Bud Powell (p), Lloyd Trotman (b), Art Taylor (ds)

 パウエルは'55年に再び同曲をスタジオ録音しています。今度は曲名の間違いはありませんが、演奏のテンションは'53年2月ライヴ→'55年1月スタジオ録音→この'55年4月スタジオ録音、と後になるほど下がっています。ヨーロッパに渡った'59年以降のライヴでは再び調子の良い演奏もあり、パウエルの場合は演奏の出来不出来が激しいのも天才ならではの魅力となっています。このアルバムは再版からも同タイトル、同ジャケットで、レコード会社だけがヴァーヴ・レコーズと社名変更しています。

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Bud Powell Trio - Bean And The Boys (from the album "Piano Interpretations By Bud Powell", Norgran Records MG N-1077, 1956) : https://youtu.be/5w1FmDlHL_4 - 5:24
Recorded at Fine Sound Studio, New York City, April 27, 1955
[ Personnel ]
Bud Powell (p), George Duvivier (b), Art Taylor (ds)

 バド・パウエルの弟リッチー・パウエルと同年生まれで同じハイスクールだったのでパウエルの知遇を得ることができたビ・バップ・マニアでパーカー崇拝者のアルトサックス奏者、ジャッキー・マクリーンもこの曲を愛奏しました。マクリーンのゴリゴリした音色の演奏はこの曲にぴったりで、胸のすくような快演になっています。曲の頭出しが面倒なリンクしかなくて恐縮しますが、パーカーのように流麗に吹こうとしても吹けずにゴツゴツしてしまうのがマクリーンの魅力です。テクニックとは表現力のことを言うならば、この演奏はまったくテクニックの不足はない素晴らしい演奏です。

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Jackie McLean - Bean And The Boys (from the album "Makin' The Changes", Prestige/New Jazz Records NJLP-8231, 1960) : https://youtu.be/GudC-FcT9PY - 8:30
Recorded at The Van Gelder Studio, Hackensack, New Jersey, February 15, 1957
[ Personnel ]
Jackie McLean (as), Mal Waldron (p), Arthur Phipps (b), Art Taylor (ds)