人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

バド・パウエル・トリオ Bud Powell Trio - ウン・ポコ・ロコ Un Poco Loco (Blue Note, 1951)

バド・パウエル・トリオ - ウン・ポコ・ロコ (Blue Note, 1951)

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バド・パウエル・トリオ Bud Powell Trio - ウン・ポコ・ロコ Un Poco Loco (Bud Powell) (Blue Note BLP 5003, 1952/BLP 1503, 1956) : https://youtu.be/i4Yy28C-FSE - 4:42
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Bud Powell Trio - Un Poco Loco (alternate take #1) (Blue Note BLP 1503, 1956) : https://youtu.be/Esi8WrUDAXY - 3:46
Bud Powell Trio - Un Poco Loco (alternate take #2) (Blue Note BLP 1503, 1956) : https://youtu.be/8L2zTj5Mo5k - 4:28
Recorded in WOR Studios, NYC, May 1, 1951
Released by Blue Note Records as the 10' album "Amazing Bud Powell", BLP 5003, April 1952
Additional Reissued by Blue Note Records as the 12' album "Amazing Bud Powell Volume.1", BLP 1503, March 1956

[ Bud Powell Trio ]

Bud Powell - piano
Curly Russell - bass
Max Roach - drums

 ジャズのスタンダード曲はポピュラー曲(ポピュラー・ヒット曲、ミュージカル挿入歌、映画主題歌など)のジャズ化がスタンダードと化したものと、ジャズマンによるオリジナル曲が他のジャズマンも競って取り上げてスタンダードになったものに大別されますが、どちらかと言えばポピュラー曲のジャズ・スタンダード化の方が十人十色のアレンジの自由度があって盛んになります。ジャズマンによるオリジナルは最初からジャズ・アレンジされているので、改変に神経を払いますし、どうしてもオリジナル・ヴァージョンと比較されてしまう不利があります。ビ・バップ最大の革新的ピアニスト、バド・パウエル(1924-1966)は自作オリジナル曲も多かった人ですが、日本では「クレオパトラの夢(Cleopatra's Dream)」が突出した人気で多くカヴァーされ、逆に欧米諸国ではとんでもない変態的難曲として特に有名なので、多数のピアニストのチャレンジ曲となったのがこの「ウン・ポコ・ロコ(Un Poco Loco)」です。タイトルはラテン語の演奏指定用語で「ちょっと変な (A Little Crazy)」という意味ですが、初録音された1951年から70年近く経ってもこの曲は相変わらずちょっとどころではない異様な曲で、トランペット奏者やアルトサックス奏者だったディジー・ガレスピーチャーリー・パーカーらビ・バップの管楽器奏者たちのオリジナル曲がキャッチーでわかりやすく一応カヴァーしやすいのとは対照的ですし、バドの兄貴分のセロニアス・モンクもユニークなオリジナル曲を書くピアニストでしたが、モンクは管楽器によるテーマ吹奏を想定して曲を書いたので、ピアノ・トリオ編成(またはソロ・ピアノ)演奏を前提に作曲していたバドとは違います。またモンク、バドと並ぶ3大バップ・ピアニストで、独自のクール・ジャズ・スタイルの開祖だったレニー・トリスターノは管楽器にも息継ぎなしの16小節~32小節にもおよぶ長いラインを強要するオリジナル曲を書いたので、トリスターノの曲は管楽器奏者では特別に指導を受けたトリスターノ門下生にしか演奏できないようなものでした。

 このパンクでメタルでサイケトランシーですらある「ウン・ポコ・ロコ」は、一聴まったくそうは聴こえませんが、ラテン・リズムのジャズ楽曲です。具体的にはキューバのクラーベ(ブラジル音楽のサンバに近いリズム)で演奏され、ベース・ラインはクラーベにおけるトゥンバオ(音程のあるコンガ)としてパーカッション・セクションの役割をはたしています。ドラムスのトップ・シンバルのポリリズムシンコペーションし続けているのでまったく曲からズレて聴こえて拍節が取れないリスナーも多いでしょう。ピアノの4/4×4小節に対してドラムスが拍節を3/2×2小節で解釈しているため、ピアノの4/4×1小節に対してベースが全音符のトレモロに3連符でリズム・アクセントをつけてピアノとドラムスのどちらの拍の頭にも一致するように演奏しているのですが、理屈で組み立てたというよりまずバドがソロ・ピアノで弾いてみせて、そうかわかったとドラムスのローチがクラーベのリズムを叩き、ベースのラッセルがそれならこうかなと刻んでみせたのがちょうどクラーベにおけるトゥンバオのアクセントに合致したのだと思われます。レコーディング・セッションでは3テイクが録音され3テイク目がOKテイクとして10インチLP( "Amazing Bud Powell", BLP 5003)でまず発売されましたが、12インチLP("Amazing Bud Powell Volume.1", BLP 1503)で再発売されてからは未発表だったテイク1、テイク2も公けにされました。ビ・バップ期のジャズでもとりわけ前衛性と熱狂的性格が際立つこの曲は、フリー・ジャズがビ・バップの正統的発展と指摘される時にもっともよく引き合いに出される演奏でもあります。確かにこれはセシル・テイラーのジャズとほとんど紙一重の域に迫るばかりか、今なお未来から響いてくるような、途方もない革新性を保つ音楽です。

(旧稿を改題・手直ししました)