人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

Sun Ra - Of Mythic Worlds (Philly Jazz, 1980)

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Sun Ra and his Arkestra - Of Mythic Worlds (Philly Jazz, 1980) Full Album
Recorded live at Jazz Showcase, Chicago on October 1978 (or Oct. 1979 or 1977)
Released by Philly Jazz Records PJ 1007, 1980
all compositions by Sun Ra
(Side A)
A1. Mayan Temples (Sun Ra) : http://youtu.be/9LBGYZVFY9Y - 9:52
A2. Over the Rainbow (Harburg-Arlen) : http://youtu.be/LBABVCZwYFM - 6:59
A3. Inside the Blues (Sun Ra) : http://youtu.be/VlX3MyHkrAQ - 6:57
(Side B)
B1. Intrinsic Energies (Sun Ra) : http://youtu.be/W4MLNcbh9ec - 10:59
B2. Of Mythic Worlds (Sun Ra) : http://youtu.be/di-1XN069E8 - 12:51
[ Sun Ra and his Arkestra ]
Sun Ra - organ, synthesizer, piano
Marshall Allen - alto saxophone, flute, oboe
John Gilmore - tenor saxophone, percussion
Eloe Omoe - bass clarinet, flute
James Jacson - basoon, flute, percussion
Danny Ray Thompson - baritone saxophone, flute
Richard Williams - bass
Luqman Ali (Edward Skinner) - drums
Atakatune (Stanley Morgan) - percussion

 前作のスタジオ盤『Lanquidity』(1978年7月17日録音)との間に発掘ライヴ盤『Springtime In Chicago』(Leo, 1978年9月25日録音)がありますがアルバム化前提の公式録音とは言えない上、2006年とリリース時期が遅く音源リンクも引けないため1978年10月録音のライヴ盤である本作から想像いただきたいと思います。このアルバムも『Lanquidity』をリリースしたPhilly Jazz レーベル作品で、同社はサターン・レーベルがシカゴとフィラデルフィアからフィラデルフィアに一本化された後、レコード制作(手作りジャケットやレーベル印刷)や流通販売を手伝っていたアーケストラのファン有志が立ち上げたレーベルです。ファンが集まって共同出資しアーティスト専門レーベルを立ち上げるなどインディー・レーベルの世界でも多くはない事態で、ファン・クラブが会員限定でアーティストから譲り受けた未発表音源をプライヴェート・プレスするのは割とよくある話ですが、儲けを度外視して一般発売までしようとなるとほとんど普及活動です。それをホイホイ受けるというのも実にサン・ラ・アーケストラらしい出来事です。商業ベース第一の音楽アーティストではまず考えられません。ローリング・ストーンズの公式インディーズ盤(しかもファン主宰)などあり得るでしょうか。
 そんな自主制作レーベルに思い切ってコンテンポラリーな、良く言えば意欲的、悪く言えば売れ線狙いな力作『Lanquidity』を提供するとはサン・ラも大したもので、総勢18人のフル編成、ギタリスト2人にドラムス&パーカッションが3人、管楽器に至っては9人に及ぶにもかかわらずアレンジは簡素で、これは上等なスタジオを準備させた上セッション参加メンバー全員にギャラが回るようにした配慮に違いなく、バンド・リーダーとしての経営感覚も気苦労が絶えないものです。18人のメンバーを完全にレギュラー登用したらバンド全体の月収・年収がいくら必要か算段しなければならないかを思うと、1974年にアーケストラ・デビューの1956年以来のマネジメント事務所とほぼ手が切れて(完全に切れたのは1977年になるようですが)、それと同時にメンバーもレギュラー制ではなく登録制に移行したのがアーケストラ経営の裏事情と推察されます。バンド自身の運営するサターン・レーベルのアルバムが突然粗末なジャケットになったり改題追加プレスでマニアに二重買いを迫るようになったのも1974年以降のアーケストラ事情でした。フィリー・ジャズ社はそんなバンドを見るに見かねた有志によるものでしたから、制作環境は1974年以降のサターン作品よりずっと予算をかけられ、イラスト紙を貼っただけ・レーベルは手書きの近年のサターン作品と違って店頭販売に耐えうる印刷ジャケットと印刷レーベルでリリースされたのです。

(Original Philly Jazz "Of Mythic Worlds" LP Liner Cover & Side A Label)

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 フィリー・ジャズ第2弾は『Lanquidity』の後だけに予想のつかないものでした。しかしおそらくレーベル側のリクエストでしょうが、最新のライヴ・アルバムが企画されたのは、やはりスタジオ録音用のスペシャル編成だった『Lanquidity』より現在の素のアーケストラをとらえたアルバムを聴きたいし残したい、というファン心理からでしょう。音源は新規制作ではなくアーケストラ側から提供されたものらしく録音は『Lanquidity』のようにスペシャルではなくサターン作品に戻った感じ。もともとのアルバムに録音年月日の記載がないのでフィリー・ジャズ社の記録から1978年10月のライヴ・テープを入手したというのが最有力ですが、発売は1980年なので1979年10月のライヴとも逆に1977年10月のライヴとも言われます。1977年10月14日に本作とメンバーが近い10人編成のスタジオ・アルバム『Some Blues but not the Kind That's Blue』(Saturn, 1977)が録音されているからです。しかしライヴでのアーケストラは『Some Blues~』の編成がほぼレギュラーだった期間が続いていたとも考えられ、9人編成の本作は『Some Blues~』からトランペットのアカー・タル・エバアとアルトサックスのダニー・デイヴィスが外れ、バリトンサックスのダニー・レイ・トンプソンが戻ってきた編成です。トンプソンはアーケストラ創設以来のバリトン奏者パット・パトリックとのダブル・バリトン編成をしばらく経た後、1974年以来のパトリック離脱とともに入れ替わりにバリトンのレギュラーに迎えられたメンバーです。本作のメンバーは1977年~1979年ではもっともなじみ深い顔ぶれが揃っており、9人編成の規模も50年代の初期アーケストラ以来のレギュラー編成を継続した無理のなくメンバー間の連携もとりやすく、アーケストラらしいアンサンブルも聴かせやすいものでした。
 本作のコンサート完全版は発掘されていませんが(最初からこの5曲だけのテープ提供だったのかもしれませんが)、実際は一夜で2~3時間は演奏する中からの選曲としてこの5曲の選曲・配列は絶妙なものです。アーケストラの作風中派手な面は抑えた地味めの選曲ですし、A2、A3はピアノトリオ演奏でサン・ラの独壇場ですが、アーケストラのライヴの中だからこその張りがあります。観客はピアノトリオではなくサン・ラ・アーケストラを観に来ているので、ピアノトリオでありながら背後にバンド・メンバーの見守る顔が見えるような親しみのある演奏で、スタンダードのA2「虹のかなたに」のジャズ・ピアノ奏法何でもあり的なチャーミングな解釈、即興ブルースのA3とも観客が手拍子を打っています。A面は50年代の代表曲「Ancient Ethiopia」を筆頭としたエスニック・エキゾチック路線の新曲(?)タイトルもずばりそのもの「Mayan Temples」で始まりますが、この寂れたフルート合奏と葬送曲風リズムに素っ頓狂に鳴り響くドアーズみたいな(逆ですが)サン・ラのファルファッサ・オルガンは1974年以来久しぶりに聴けるもので、さすがファン・レーベルのフィリー・ジャズ社です。B面2曲も新曲ですが、アーケストラお得意のリズム・リフをモチーフにしたノー・テーマ合奏のインプロヴィゼーション大会のフリー・ジャズで、ギルモアがアレンがサックスで吠えまくればサン・ラがオルガンで攻めシンセサイザーが暴走するアーケストラ節ですが、A面同様これまでになくポップに聴こえるのはリズムが安定して即興の応酬の密度が高いからで冗長さを感じず飽きずに聴けます。テープ編集の痕跡もなくこれだけ緊密なインプロヴィゼーション曲のライヴ実演をアルバム化できたのは当時のアーケストラの好調を実証しており、いまいちな録音、ミックスを補って余りあるライヴ作品です。録音自体もオーディオ的にはいまいちと言うだけで、生々しい音色や音圧をしっかりとらえた迫力あるもので、アーケストラ作品中これといったセールス・ポイントもないコンパクトなライヴ・アルバムですが、何かサン・ラでも聴こうかな、という時に構えずに聴ける米の飯みたいな好作と言うとファン丸出しに過ぎますでしょうか。