人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ビリー・ホリデイ Billie Holiday - 柳よ泣いておくれ Willow Weep for Me (Clef, 1956)

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ビリー・ホリデイ Billie Holiday - 柳よ泣いておくれ Willow Weep for Me (Ann Ronell) (Clef, 1956) : https://youtu.be/w82NHDRRGJ0 - 3:08
Recorded at Capitol Studios, Los Angeles, September 3, 1954
Released by Clef Records as the album "Lady Sings The Blues", Clef 89141, 1956
[ Personnel ]
Billie Holiday - vocals, Harry Edison - trumpet, Willie Smith - alto saxophone, Bobby Tucker - piano, Barney Kessel - guitar, Red Callender - bass, Chico Hamilton - drums

 ジャンヌ・モロー主演の悪女映画『エヴァの匂い』'62はジョセフ・ロージー監督作品らしい隠微なムードに富んだ素晴らしい映画でしたが、モロー演じるヒロインが気だるげに一人きりの時間にレコードに針を下ろし聴くのがビリー・ホリデイの歌うこの曲のこのヴァージョンで、あのシーンだけで映画の名画度は決定的になったと言えるほどばっちり決まっていました。この曲は映画音楽畑で活動していた数少ない女性ソングライターのアン・ロネルの1932年の楽曲で、当時白人のポール・ホワイトマン楽団のレコードが小ヒットしていましたが、この曲をスタンダード化したのは他ならないビリー・ホリデイのこのヴァージョンで、クレフ(のちのヴァーヴ)・レコーズへの移籍後のアルバム『ミュージック・フォー・トーチング』'55、『ヴェルヴェット・ムード』'56に収められた'54年のレコーディング・セッションからアルバム収録洩れになり、ビリーが自伝『Lady Sings The Blues (邦題『ビリー・ホリデイ自伝 奇妙な果実』)』'56を刊行したのに合わせて代表的レパートリーの再録音8曲をまとめた同名アルバムがリリースされた際に、新録音不足の穴埋め曲としてようやく陽の目を見たものです。代表曲の新録音アルバム自体も好評でしたがビリーとしては初録音になるこの曲も好評で、以降ビリーは同アルバムのための新曲「レディ・シングス・ザ・ブルース」とともにこのアルバムの収録曲をステージ・レパートリーにしたので、ビリーの'50年代後半のライヴの定番曲としてもこの曲は人気を博しました。ビリーの好調期はこの頃までで、その後は健康状態の不安定から録音にもライヴにもムラが見えてくるので、スタジオ録音があと数年遅れていたらこれほどの出来のヴァージョンが録れたかわかりません。ビリー以降はフランク・シナトラもアルバム『オンリー・ザ・ロンリー』'58でカヴァーし、ビリーとシナトラが録音すればもうジャズ・スタンダードになる条件は揃ったのでセロニアス・モンクバド・パウエルレッド・ガーランドトミー・フラナガンウィントン・ケリーマル・ウォルドロンと、主だったジャズ・ピアニストはひと通りこの曲を演奏しています(ウォルドロンは晩年のビリーのピアニストでしたので当然ですが)。

 管楽器、ギターなどによるヴァージョンがピアニストの録音より少ないのは、一見単純で簡単そうで、構成もAABA=32小節の小唄のこの曲が「簡単そうで難しい」曲の典型で、ビリーが取り上げるまで20年以上埋もれた曲だったのも、たとえばビ・バップ時代にこの曲の演奏例がないことでも感じられます。ビリー、またはシナトラが'40年代初期までにこの曲を取り上げていたらジャズマンたちもビリーやシナトラの解釈を土台に演奏したとも考えられるので、ビリーとシナトラがポピュラー曲のジャズ・スタンダード化の鍵となったヴォーカリストのイノヴェーターだった事情もそこにあります。一見ビリーやシナトラが軽々と歌っているように聞こえるこの曲が実はどれほど難しい曲かは歌える方はカラオケで、楽器ができる方は楽器で試していただければ、この曲のどこがピアノ向けの楽曲なのかもおわかりになると思います。シーラ・ジョーダンのヴァージョンはその点でも鋭く、この曲が本来簡単でも何でもなく非常に微妙なニュアンスで成り立っていることを解析しているようなヴァージョンで、もちろんそれはこの曲を軽々と歌い上げたビリー・ホリデイへのオマージュになっているでしょう。また雰囲気だけのジャズ・ヴォーカルをぴしゃりとはねのけた反骨精神がこの歌唱に筋を通しているのがシーラの歌のとっつきにくさにもなっており、ビリーやシナトラの解釈を真似るのではなくこの曲を取り上げる難しさを逆説的に示しているとも言えます。

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Frank Sinatra - Willow Weep for Me (Capitol, 1958) : https://youtu.be/NJYzpNHJ2mY - 4:49
Recorded at at Capitol Studio A, Hollywood, Los Angeles, California, May 29, 1958
Released by Capitol Records as the album "Frank Sinatra Sings for Only the Lonely", Capitol SW1053,September 8, 1958
[ Selected Personnel ]
Frank Sinatra - vocals, Nelson Riddle - arranger, Felix Slatkin - conductor, Bill Miller - piano, Gus Bivona - alto saxophone, Dave Cavanaugh - producer

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Sheila Jordan - Willow Weep for Me (Blue Note, 1963) : https://youtu.be/fbo8qXCir4Q - 3:29
Recorded at The Van Gelder Studio
Englewood Cliffs, New Jersey, October 12, 1962
Released by Blue Note Records as the album "Portrait of Sheila", BST 89002, January 1963
[ Personnel ]
Sheila Jordan - voice, Barry Galbraith - guitar, Steve Swallow - bass, Denzil Best - drums