人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ビリー・ホリデイ Billie Holiday - 恋は愚かというけれど I'm a Fool to Want You (Colubia, 1958)

イメージ 1

ビリー・ホリデイ&レイ・エリス・オーケストラ Billie Holiday with Ray Ellis and his Orchestra - 恋は愚かというけれど I'm a Fool to Want You (Frank Sinatra, Joel Herron, Jack Wolf) (Colubia, 1958) : https://youtu.be/qA4BXkF8Dfo - 3:23
Recorded at Columbia 30th Street Studio, New York City, New York, February 20, 1958
Released by Colubia Records as the album "Lady In Satin", CL 1157(mono) and CS 8048(stereo), June 1958
[ Billie Holiday with Ray Ellis and his Orchestra ]
Billie Holiday - lead vocals, Ray Ellis - conductor, Claus Ogerman - arranger, George Ockner - violin and concertmaster, Emmanual Green, Harry Hoffman, Harry Katzmann, Leo Kruczek, Milton Lomask, Harry Meinikoff, David Newman, Samuel Rand, David Sarcer - violin, Sid Brecher, Richard Dichler - viola, David Soyer, Maurice Brown - cello, Janet Putman - harp, Danny Bank, Phil Bodner, Romeo Penque, Tom Parshley - flute, Mel Davis, Billy Butterfield, Jimmy Ochner, Bernie Glow - trumpet, J.J. Johnson, Urbie Green(solos on "I'm a Fool to Want You"), Jack Green - trombone, Tommy Mitchell - bass trombone, Mal Waldron - piano, Barry Galbraith - guitar, Milt Hinton - bass, Osie Johnson - drums, Elise Bretton, Miriam Workman - backing vocals

 モダン・ジャズのスタンダード曲は主にアメリカで'30年代~'50年代に渡って歌謡曲やダンス音楽のレコード、ミュージカル挿入歌や映画主題曲などのポピュラー音楽として発表され、それらが多くのジャズマンのレパートリーとして定着したものですが、もちろんジャズマン自身によるオリジナル曲も相当の率を占めます。ジャズマンによるオリジナル曲は最初からジャズ曲として作られているので取り上げやすいからですが、ではポピュラー曲をジャズ・スタンダード化した役割を果たした第一人者はといえばビリー・ホリデイ(1915-1959)とフランク・シナトラ(1915-1998)の二大歌手になり、奇しくも同年生まれの一方は混血黒人女性歌手、一方はイタリア系移民白人男性歌手のレパートリーがポピュラー楽曲のジャズ・スタンダード化の大半を担っていたと言ってよく、大衆的人気ではビリーはシナトラにはまったくおよばないブルース系の黒人歌手にとどまりましたし、ビリーが歿年までに残した録音は同年の時点でシナトラの録音数の1/3にもおよびません。しかし1959年までのビリー・ホリデイの全録音は同年までのシナトラの全録音に匹敵するモダン・ジャズ・スタンダードの宝庫なので、黒人白人問わずジャズマンたちはポピュラー曲のジャズ化をビリーとシナトラのレパートリーから採っていたのがモダン・ジャズの一般的な傾向でした。シナトラとビリーは尊敬しあっていましたがシナトラのビリーへの尊敬は余裕のあるものであり、ビリーの方はキャリアの上で何度かシナトラのポピュラリティーに匹敵するものをと明確にシナトラへの挑戦の意識がうかがえるレコーディングがあります。逝去前年に制作・発表されたアルバム『レディ・イン・サテン』はビリー最大のシナトラへの挑戦で、シナトラが早くから成功を収めてきた(ビリーの録音では制作予算の関係からたまにしか実現できなかった)弦楽入りオーケストラを全編に起用した初のアルバムであり、かつシナトラのレパートリーを集中的に取り上げたアルバムで、それまでもこの二人には共通レパートリーはありましたが本作の場合はビリーがシナトラ曲集をシナトラの得意とするオーケストラ・アレンジのアルバムで作ったのは大きな勝負を感じさせるもので、しかもアルバムのオープニング曲「恋は愚かというけれど」はシナトラが初の自作曲として'51年にシングル・ヒットさせ、前年のアルバム『フー・アー・ユー?』で再録音して再ヒットさせたばかりの曲です。

(参照曲)テレサ・テン - つぐない (作詞・荒木とよひさ、作曲・三木たかし) (TV Broadcast, 1984) : https://youtu.be/UR7cMuoGqAA

 ビリーもシナトラもジャズ歌手ではありましたがソングライターではなく、ビリーは生涯に10曲弱しか自作曲はありませんがいずれもスタンダード曲になりました。シナトラの初めてのオリジナル曲「恋は愚かというけれど」は現在までに200ヴァージョン近いカヴァーを生んでいる大スタンダードになった曲です。かつての日本の歌謡曲作曲家はジャズから学んで作曲していたので、「恋は愚かというけれど」を下敷きにした歌謡曲の大ヒット曲に台湾出身の中国語圏の歌姫、テレサ・テン(1953-1995)の日本での再デビュー曲になったこの曲があり、テレサの歌唱力の充実とともに歌謡曲によるジャズ・スタンダードの本家取りとして見事に消化されたものです。「恋は愚かというけれど」はジャズ・オリジナルではありますがヴォーカル曲として書かれたオリジナル曲なので、原曲は必ずしもモダン・ジャズとはいえないのですが、器楽曲で演奏されたモダン・ジャズ・スタンダードにもなったので、ジャズ・ヴォーカルによるカヴァーでもシーラ・ジョーダンのヴァージョンはビリーへのオマージュ(ビリー版と同じく、バリー・ガルブレイスがギターを弾いているのに注目)でありながら、器楽的なアプローチをくぐってきた上で再びヴォーカル曲として再解釈した屈折が見られ、ジャズ・ヴォーカル曲をよりこなれたポピュラー曲に改作した「つぐない」とは正反対の発想によるものです。また『レディ・イン・サテン』はビリーのアルバムでももっとも賛否両論分かれる作品であり、ビリーを最高のジャズ・シンガーにしていた軽やかな鋭さ、自然な暖かみがほとんど見られない悲壮な歌唱に大きく好みを分けるもので、弦楽入りオーケストラをバックに歌いながら歌唱に力みのないシナトラとの資質の違いも感じさせます。ビリーはこの録音から1年半足らずで病没しますが、それもあって晩年最大の問題作になっているのが『レディ・イン・サテン』で、冒頭曲の本曲はアルバムのムードを決定しているだけに因縁のシナトラへの挑戦が吉凶を分けたようにも思えます。


イメージ 2

Frank Sinatra with Gordon Jenkins and his Orchestra - I'm a Fool to Want You (Capitol, 1957) : https://youtu.be/wV9OcYhk4CU - 4:51
Recorded at Capitol Studio A, Hollywood, Los Angeles, May 1, 1957
Released by Capitol Records as the album "Where Are You?", Capitol W-855, September 2, 1957
[ Personnel ]
Frank Sinatra - vocals, Gordon Jenkins - arranger, conductor

イメージ 3

Sheila Jordan - I'm a Fool to Want You (Blue Note, 1963) : https://youtu.be/PTBacWx6deM - 4:55
Recorded at The Van Gelder Studio
Englewood Cliffs, New Jersey, October 12, 1962
Released by Blue Note Records as the album "Portrait of Sheila", BST 89002, January 1963
[ Personnel ]
Sheila Jordan - voice, Barry Galbraith - guitar, Steve Swallow - bass, Denzil Best - drums