人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ビリー・ホリデイ Billie Holiday - 不幸せでもいいの Glad To Be Unhappy (Columbia, 1958)

ビリー・ホリデイ&レイ・エリス・オーケストラ - 不幸せでもいいの (Columbia, 1958)

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ビリー・ホリデイ&レイ・エリス・オーケストラ Billie Holiday with Ray Ellis and his Orchestra - 不幸せでもいいの Glad To Be Unhappy (Richard Rogers, Lorenz Hart) (Columbia, 1958) : https://youtu.be/_oR8ZDqYs-M - 4:10
Recorded at Columbia 30th Street Studio, New York City, New York, February 21, 1958
Released by Colubia Records as the album "Lady In Satin", CL 1157(mono) and CS 8048(stereo), June 1958

[ Billie Holiday with Ray Ellis and his Orchestra ]

Billie Holiday - lead vocals, Ray Ellis - conductor, Claus Ogerman - arranger, George Ockner - violin and concertmaster, Emmanual Green, Harry Hoffman, Harry Katzmann, Leo Kruczek, Milton Lomask, Harry Meinikoff, David Newman, Samuel Rand, David Sarcer - violin, Sid Brecher, Richard Dichler - viola, David Soyer, Maurice Brown - cello, Janet Putman - harp, Danny Bank, Phil Bodner, Romeo Penque, Tom Parshley - flute, Mel Davis, Billy Butterfield, Jimmy Ochner, Bernie Glow - trumpet, J.J. Johnson (solo on "Glad to be Unhappy"), Urbie Green, Jack Green - trombone, Tommy Mitchell - bass trombone, Mal Waldron - piano, Barry Galbraith - guitar, Milt Hinton - bass, Osie Johnson - drums, Elise Bretton, Miriam Workman - backing vocals

 リチャード・ロジャース(1902-1979)は作詞家ロレンツ・ハートと組んでいた時代の「マイ・ファニー・ヴァレンタイン(My Funny Valentine)」や「イット・ネヴァー・エンタード・マイ・マインド(It Never Entered My Mind)」、作詞家オスカー・ハマースタインと組んだ時代の「マイ・フェヴァリット・シングス(My Favorite Things)」まで1920年代~1960年代にいたる長い人気を誇ったポピュラー音楽作曲家ですが、この曲は「ゼアズ・ア・スモール・ホテル(There's A Small Hotel)」や「十番街の殺人(Slaughter on Tenth Avenue)」などロジャースのヒット曲を多く生んだ1936年のミュージカル『オン・ユア・トゥーズ(On Your Toes)』の中のバラード曲で、失恋歌(トーチ・ソング)の名曲として男女問わずさまざまな歌手のレパートリーとなったスタンダード曲です。白人女性歌手リー・ワイリーによる2回のヒット(1940年・1954年)を始め、1967年にはママズ&パパスによって最高位26位のヒットと、発表から30年経ってもヒット・チャートに上る人気を博しています。

 同曲はフランク・シナトラのキャピトル・レコーズ3作目の2枚組アルバム『イン・ザ・ウィー・スモール・アワーズ』に選曲され、全16曲中12曲が大編成のオーケストラのアルバム中数少ない小編成(5人)バンドの録音でアルバムのハイライト曲になりました。このアルバムはシナトラ&ネルソン・リドル・オーケストラの共演作でも最高傑作のひとつと評価が高く、ローリング・ストーン誌2012年の「オールタイム・グレイテスト・アルバム500」でもジャズ・ヴォーカルのアルバムとしては最高位の101位に選出されています。ビリー・ホリデイの『レディ・イン・サテン』はビリー初の全編オーケストラをバックにしたアルバムで、シナトラのレパートリーを集中的に採り上げシナトラ&ネルソン・リドル・オーケストラに挑戦した意欲作でしたが、この曲の場合はシナトラがあえてオーケストラではなく小編成バンドをバックに歌った曲をオーケストラで歌ったことになります。シナトラの軽やかな歌声を先に聴くと、結果的に最晩年のアルバムになった『レディ・イン・サテン』のビリーの声質はいかにも重く、節回しには30代半ばまでの可憐な歌声のなごりが残っているだけに、失恋の悲しみを自虐的に開き直る歌詞(「Glad to be unhappy」とはもちろん反語をこめたタイトルです)がそのまま痛々しく響きます。粋なシナトラと不粋なビリーという対照的なイメージを残してしまったのが『レディ・イン・サテン』の評価を分けるゆえんで、軽やかなシナトラの歌唱に照らすと、ここでのビリーは全力を尽くした結果あまりに赤裸で生々しくありすぎていて、それが感動的でもあれば、本来ビリーが狙った洗練とは逆方向に息づまる歌唱になったようにも聴こえます。
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Frank Sinatra with Nelson Riddle & His Orchestra - Glad To Be Unhappy (Capitol, 1955) : https://youtu.be/rZBES3lhZFc - 2:39
Recorded at Capitol KHJ Studios, Los Angeles, February 8, 1955
Released by Capitol Records as the album "In the Wee Small Hours", Capitol W-581, April 25, 1955

[ Frank Sinatra with Nelson Riddle & His Orchestra ]

Frank Sinatra - vocals, Nelson Riddle - arranger, conductor, Bill Miller - piano, rhythm section conductor, Paul Smith - eel, George Van Eps - guitar, Phil Stephens - bass, Alvin Stoller - drums

 ビリーをこよなく敬愛したエリック・ドルフィーは遅咲きのミュージシャンだったので、ビリーの逝去の翌年ようやくニューヨークに上京してきたのちはビリー晩年の専属ピアニストだったマル・ウォルドロンを始めとして、ビリーゆかりのジャズマンや、やはりドルフィーの憧れだった故チャーリー・パーカーゆかりのジャズマンと積極的に共演していくことになります。またビリーとパーカーのレパートリーを好んで録音していくのですが、ドルフィーが初の自作アルバムで採り上げたビリーのレパートリーがこの「不幸せでもいいの」でした。ドルフィーはアルトサックス奏者でしたがフルート、バスクラリネットも均等に使ったので、この曲はフルートで、しかも5人編成のバンドからトランペットのフレディー・ハバードを休ませた編成で録音しています。パーカーのドラマーだったロイ・ヘインズ、ウォルドロンとともにドルフィーが私淑したパーカーのベーシスト、チャールズ・ミンガスゆかりのジャッキー・バイヤードのピアノ、ジョージ・タッカーのベースも素晴らしい共感力に満ちた演奏ですが、ドルフィーのみずみずしいフルートはまるで20代の可憐なビリーの歌唱を想定して歌っているようです。2分40秒台からの小鳥がさえずるように飛翔するソロをお聴きください。

 また白人アルトサックス奏者の第一人者、デイヴ・ブルーベック・カルテットのポール・デスモンドが「ギターのビル・エヴァンスジム・ホールとのカルテット(デスモンドはソロ・アルバムでもブルーベック以外のピアニストとの共演はしませんでした)でアルバム・タイトル曲にまでしたヴァージョンは、デスモンド以外のアルトサックス奏者には絶対出せない、サックスの音とは思えないような音色とフレージングに戦慄が走ります。ピアノ奏者もいないカルテットなのにコードらしいコードを弾かないジム・ホールのギターもバッキングでもソロでもビ・バップ系ジャズの常識を超えたもので、ベースはブルーベック・カルテットの同僚ユージン・ライトですから阿吽の呼吸です。不可解なのはコニー・ケイ(モダン・ジャズ・カルテット)のドラムスで、ブルーベック・カルテットとMJQは白人バンドと黒人バンドの双璧でしたが、スネアドラムを鳴らしっ放しでネジが飛んでいます。しかし全体的にはケイの奇矯なドラムスも含めてサウンドの異常空間が発生しており、一般的にはエリック・ドルフィーは前衛ジャズ、デスモンドは生涯アルトサックス人気投票No.1のポピュラーなジャズマンながら、このデスモンドのヴァージョンはシナトラやビリーの歌唱、またドルフィーの率直な情熱的演奏を相殺するほど強固に、まるでデスモンドのオリジナル曲であるかのように楽曲を支配下に置いています。こういう人が普通に存在した(しかも絶大な人気を誇った)ほどアメリカのジャズ界は魑魅魍魎の跋扈する世界だった、と眩暈すら覚えるヴァージョンです。ドルフィー、デスモンドともジャズを内側から食い破ったジャズマンでしたが、それを言えばシナトラもビリーもそうです。これらをいったいまとめてジャズと呼んでいいのでしょうか。
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Eric Dolphy Quintet - Glad To Be Unhappy (New Jazz, 1955) : https://youtu.be/SdlfW9fxURE - 5:26
Recorded at The Van Gelder Studio, Englewood Cliffs, New Jersey, April 1, 1960
Released by Prestige/New Jazz as the album "Outward Bound", New Jazz NJLP 8236, 1960

[ Eric Dolphy Quintet Featuring Freddie Hubbard ]

Eric Dolphy - flute, Jaki Byard - piano, George Tucker - bass, Roy Haynes - drums, (Freddie Hubbard - trumpet out)
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Paul Desmond Quartet Featuring Jim Hall - Glad To Be Unhappy (RCA Victor, 1965) : https://youtu.be/AOYk1CXhJ9k - 5:47
Recorded at RCA Studio A, New York City, September 8, 1964
Released by RCA Victor Records as the album "Glad To Be Unhappy", LPM 3407, 1965

[ Paul Desmond Quartet Featuring Jim Hall ]

Paul Desmond - alto saxophone, Jim Hall - guitar, Eugene Wright - bass, Connie Kay - drums