人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

集成版『夜ノアンパンマン』第二章

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 第二章。
 アンパンマンは唐突、かつあまりにも飛躍したジャムおじさんの発言に、ジャムおじさんはどうかしてしまったのではないかと思いましたが、考えてみればこれまでもジャムおじさんは極端に感情や行動の振幅が激しく、かつまた自分の固執する信念には一点の妥協もない人でした。常識に欠ける面があるのも認めざるを得ません。もし今、ジャムおじさんがどうかしてしまっているなら、これまでのジャムおじさんもずっとどうかした人だったのです。そしてジャムおじさんに否と言うことはアンパンマン自身の存在に否と言うのと変わりはない、と気づくと、好きなようにしていいんじゃよ、しかし命令は絶対じゃ、というジャムおじさんの宣告の絶対性は文字通りの最終通告と甘んじて受け入れないわけにはいきませんでした。そしてアンパンマンの見たところ、しょくぱんまんもどうやら同じようにこの事態を考えているようでした。それを思えば、無茶苦茶な、人権無視の、パンをパンとも思わないジャムおじさんがさらにわけのわからないことを言い出しても今さら何を驚くことがあるでしょうか。
 というよりも、アンパンマンたちがジャムおじさんの突拍子もない意見に途方に暮れたのは、味覚とは栄養摂取の喜びであり満腹感につながるものであって、それがなぜ性感の満足と軽重を問われるのか、と素朴な疑問につまづいたからでした。アンパンマンしょくぱんまんは思わず同時にカレーパンマンに無言の問いを向けました。自分たちにはさっぱり見当がつかないけれど、カレーパンマンなら何となく味覚と性感の関係に思い当たるのではないか、という心当たりからです。正義を愛する気持はともかく、総菜パンという性格上カレーパンマンは自分たちよりも世慣れているのではないか、とアンパンマンしょくぱんまんには思えたのでした。しょくぱんまんの親族には、おそらくカレーパンマンより世慣れたサンドイッチマンもいましたが、今ここにいない人物(パンですが)に意見を聞くことはできません。
 カレーパンマンはすぐに仲間たちの事問いたげな視線に気づきましたが、無言の問いに無言で答えるには性感ほど説明困難なものはないだけではなく、カレーパンマンの理解する性感がいったい普遍的な意味で性感と呼べるものなのか、と考えると軽々しく持説を披露するのはためらわれるものがありました。カレーパンマンがこれほど躊躇するのは珍しいことでした。


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 とにかくわかったことがある、とばいきんまんは朝食のハムエッグ定食をたいらげながら、やつらはこれまで食い物で正義を主張してきたが、これからは食い気ばかりでなく色気まで正義のために利用しようという魂胆なのだ。目的のためには手段も選ばないなんて何て身も蓋もない連中なんだろうか。そうですねえ、と何も考えていないホラーマンがあいずちをうちました。そうだそうだ!とばいきんまんは自分自身の意見に大賛成すると、しかし色気とは何だ、と手も足も出ない疑問に襲われました。
 少なくともこれまで色気という土俵ではアンパンマンたちと戦ったことはないのは確かなことですが、唯一あれかな、と思い当たるのはメロンパンナちゃんのメロメロパンチくらいのもので、パンチとしてはへなちょこなのですが軽く食らっただけでも全身から力の抜けていく脱力感に襲われ、これはやばいと退散しようとしても間に合わずとどめのアンパンチを食らって空のお星さまへと消えていくのです。なぜあんな、目をつぶっていても避けられるようなパンチを食らってしまうかといえば、どうせこんな小娘とメロンパンナちゃんをあなどっているからで、時たま思い出すことはあっても基本的な戦略上では、メロンパンナちゃんを敵の勢力としてはとるに足りないものとしていつも不覚をとってしまうのは、ばいきんまんに学習能力というものがほとんど欠如しているか、常に事態を自分に有利に解釈して疑わない天性の楽天主義によるものでした。
 でも問題は性感なんですねえ、とホラーマン。いったい私には性感なんてあるんでしょうか、というその体は、純粋に骨格からでだけできた動く骸骨でした。ふとばいきんまんはホラーマンが骨格だけになる以前の時代は存在していたのだろうか、と考えましたが、ホラーマンはどうせ肉体ごと記憶力を失っていてこそホラーマンなのでしょうから確かめるすべはなく、そもそも取るに足る存在ではないホラーマンについて考える不毛こそが現実に直面した問題からの逃避かと思えるのです。
 ですがめったにないことに、今もっとも切迫した事態と本質的にむすびついていたのはホラーマンの素朴な疑問でした。骨格だけを肉体とするホラーマンが性感とは無縁であるなら、ジャムおじさんの計画が通じない相手が少なくとも一体ここにいて、すべての住民をホラーマン化する作戦だってあるのだ、とばいきんまんは思いつき、背筋を凍らせました。


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 カレーパンマンは強さとは辛さのことと考えており、ふだんからアンパンマンの戦い方をフッ、甘いぜとからかうこともよくありましたが、正義感は一直線なので、柔和なハンサムでどんな女性にでもモテるしょくぱんまんよりも深い両思いになる回数は多く、シュークリーム姫のような高貴な身分で、しかも甘食系の女性と交際していたこともありました。過去形で語らないわけにはいかないのは、カレーパンマンアンパンマンたちの住む世界では時間の流れは神話のように雄大で、その場かぎりの矛盾も呑み込み、さまざまな過去が累積して遠近感を失っているからです。カレーパンマンアンパンマンに較べればややイレギュラーな存在で、カレーパンそのものよりはカレーの普及に正義を尽くしており、辛さ100倍カレーパンマン!という決め台詞通り、ややその正義は偏向してピント外れな時もありました。カレー丼まんには冷ややかなのにシチューおばさんのカレーシチューには母性を感じてほだされてしまう、という甘さもありました。しかしすべてにおいて的確な正義など神話的世界ですらありえないので、カレーパンマンアンパンマンの世界では、なくてはならないスパイス役なのです。
 ところでめいけんチーズですが、バタコさんが名前をつけていつもパン工場でバタコさんといっしょにジャムおじさんの助手をしたり、番犬として手柄を立てたりしているこの犬は実のところ出生不明で、アンパンマンが子どものころ(!?)森で拾ってきた子犬だったのです。バタコさんがチーズと名前をつけるや子犬はバタコさんそっくりの顔立ちになり、今ではレアチーズちゃんというガールフレンドもいて発情期には二匹そろって行方不明になるのでした。ばいきんまんの監視カメラがとらえたジャムおじさんとバタコさんの件以外では、発情期のチーズとレアチーズちゃんは唯一この世界で観測される性的存在でした。
 データが少なすぎる、とばいきんまんはボヤきました。ばいきんまんアンパンマンたちに今後の対策を立てるためには性の世界を知らねばならない、と予想される現在、ではそのために活用できる知識も世界の現象も、あまりに性的要素が欠けているのです。ばいきんまんは棒の先に黒いものをつけた糸を結んで垂らすと、草むらでゆらゆら振ってみました。すると黒いものをメスと間違えたオスのバッタが飛びついてくるのです。ですが、それが何だというのでしょう?


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 それで実際の経験にしくはないと、こういうものを買ってみたんだが、とばいきんまんは届いたばかりの大小さまざまな箱を積み上げてカタログと照らし合わせました。一口にこの手のものと言ってもいろいろある。たとえば、手足のない胴体だけのものはトルソと呼ばれるらしい。これかな、とばいきんまんはホラーマンに命じて箱から取り出させました。へえ、何だかねえ、とドキンちゃん、一応おっぱいはついているのね。下の方が大きくえぐれているのは、どうしてなのよ?
 それは別売りのオナホールというパーツをはめ込むためらしいのだ、とばいきんまんはやはりホラーマンにオナホールを別の箱から取り出させました。それはぶよぶよしたピンク色の筒状のもので、オナホールだけでも種類はいろいろあるらしい、とばいきんまん。どうして別売りなの?いくつか理由があるそうなのだ。トルソなり、これから見せる人形型のものに最初から組み込んであると猥褻物として取り締まりの対象になるが、別売だと言い逃れがきく。また、お湯で温めてからはめ込んだり、ローションを塗って使ったり、使うと汚してしまうので、使用後は取り外してよく洗浄し、丁寧に手入れして乾かす必要がある。使用頻度にもよるが、半消耗品なのだな。
 オナホールはこれだけでも使用できるが、やはりボディにはめ込んで使ってこそ醍醐味があるらしい、とばいきんまんはホラーマンに各種ボディ、つまり風船式、ぬいぐるみ式、ウレタン製、ソフトヴィニール製、ラテックス/シリコン製と次々と取り出させ、トルソじゃないものは頭も手足もついた人間型なのだ。高価なものほど見た目も実際の女性に近いし、ソフトヴィニール製の高級仕様のものやラテックス/シリコン製品となるとラヴ・ドールと呼ばれて実際の衣服を着せて等身大の美女人形として楽しんだり、鑑賞用としても使われる。
 実用的には、ほら、人間型でも股の間がエグれているだろ?オナホールとボディのどちらが本体と見るかで予算のかけ方も違ってくる。 お値段は、まずオナホールは必須だが素材は弾力性と伸縮性のあるシリコンや塩化ビニール、熱可塑性エラストマーなどで、形状や性能によって1,000円未満~数万円と幅がある。オナホールはオナニー補助用具だが、通常のオナニーより強い快感やや異性間性交渉に類似した快感を得られる以上の快感すらあるとされるのだ。金と闇の臭いがプンプンしてくるではないか。


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 ほら、人間型でも股の間がエグれているだろ?とばいきんまんは強調すると、オナホールとボディのどちらを重視するかで予算のかけ方も違ってくるのだ。まずオナホールは必須だが、素材の弾力性と柔軟性、十分な耐久性と性能の高い形状を追求するとますます高価になるのだな。優れた機能のものになると名器と言われる女性性器でも比較にならないほどの快感が得られるらしいのだ。
 どうして?本物より作り物がいいなんて変じゃないの、とドキンちゃん。それは本物の性器は生殖機能に基づくのだが、オナホールは純粋な性的快感に特化されたパーツだからなのだ。へえ、そういうものなの、とドキンちゃん。うむ、監視カメラで観ていると、時たまジャムおやじがバタコにいろいろ使っているだろ?長いのとか丸いのとか。女性向きにはああいうのがあって、指や舌でされるより大人のおもちゃを好む女性も多いというのだ。
 ボディでは、風船式が3,000円~5,000円。いちばん安価で手軽だが、女体の再現性ではもっとも劣るのはふくらませたビニール風船なのだから仕方ない。ぬいぐるみ式は女体を模した形状の、オナホールを装着する抱き枕のようなもので、頭部から全身一式50,000円~70,000円。風船式から一気に高くなるが、大量生産品ではないから非常に工賃が高くつくわけだ。ウレタン製は全身をポリウレタンで成形したもので、ぬいぐるみ式より軽量で、少女くらいの体長ならば4kg程度らしい。表面をラテックスでコーティングした高級品などもあり、60,000円~100,000円で、このランクだと外見上はほとんど人体と変わらない。
 ソフトビニール製はいわゆるソフビフィギュアの人体大のもので、高級品はラテックス/シリコン製品と同様ラヴドールとされるが価格はシリコン製の1/3程度と比較的安価になる。それでも100,000円~200,000円なのだが、関節の可動は可能なもののシリコン製より見た目は人形ぽく、手触りも硬くて冷たく、乳房や臀部も固い。だがいよいよ本格的なラテックス/シリコン製のボディとなると、これが現在ではもっとも実際の女体を再現するラヴドールとされ、等身大では重量20~35kg、価格は500,000円~600,000円と高価だが、オーダーメイドであつらえればどんな好みの美少女でも好きな衣装でM字開脚させて、オナホールを装着してまぐわうこともできるのだ。


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 都合よく雨は止んだので、今朝のパトロールはいつも通りにパンを頭にして(賞味期限切れになったアンパンマンたちの頭は頭脳としての機能を失うので、そのまま廃棄され、新しい頭にその記憶と人格、精神が移転します)、アンパンマンたちはとりあえずパン工場から外に出ました。彼らの出自やPKO活動の手段はそれぞれ微妙に異なり、アンパンマンカレーパンマンジャムおじさんが生みの親ですが、今でもパン工場を活動拠点にしているアンパンマンカレーパンマンが違うのはカレーパンマンがはカレーが丘に住んでおり、顔面の揚げパン部分以外、つまりカレーは自作しており、ふだんはカレーを補充するだけでも回復できることです。人びとにふるまうのも緊急時以外は自分の顔ではなく、いつもご飯とカレーの仕切りがあるズンドウ一杯に作り置きしたカレーをカレーライスにして配ります。
 しょくぱんまんの出生はジャムおじさんパン工場ではなく、アンパンマンカレーパンマンとは仲間であり、ジャムおじさんは師範かつ協力者のような関係でした。しょくぱんまんはトースター山の小規模噴火から生まれ、トースター山のふもとに自分のパン工場(食パン専門)を持っており、水陸両用のしょくぱんまん号で小中学校やドヤ街、ブラック企業にパンを配るのが日課です。カレーパンマン同様、緊急時には自分の顔を食糧に提供できますが、しょくぱんまんは顔の表面からスライスするように剥がす、というダンディな態度をよほどの危機以外は回避していました。ただし賞賛を求めてながらサーヴィス精神もあり、一瞬でオゾン層上空まで行って戻ると顔をトーストして分け与える、と奇抜なこともすることがありました。
 要するに、雨の日パトロール対策に顔を乳頭にする、とジャムおじさんが言い出しているのは、アンパンマン以外のふたりは必ずしもその必要がないのです。カレーパンマンはズンドウを持って飛びますから顔を保護する必要はあるかもしれないが、救援食糧が頭である必要はない。しょくぱんまんしょくぱんまん号がある。ただし朝に限らずパトロールは上空からだからこそ、とも言えるのですが、そこを突かれたらしょくぱんまんは開発中のしょくぱんまん号飛行形態をたちどころに完成させてしまうでしょう。水陸空、きっと宇宙飛行仕様にだってできるに違いない。アンパンマンたちは、望んだだけで望みが実現する世界に住んでいるのですから。


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 時々、前々から考えてたんだけどさ、とパトロール中の連絡地点に集合すると、カレーパンマンが空中であぐらをかきながら言いました、おれたちってどうしていつもジャムおじさんの言いなりにならなきゃいけないわけ?言いなり?アンパンマンはまったくそんなことは考えたことがなかったのでびっくりしました。カレーパンマンはたまに羽目を外す時はありますが、正義の味方の仲間どうし気持は通じあっていたはずです。アンパンマンは困惑し、だってジャムおじさんはぼくたちを作った人で、ジャムおじさんが教えてくれることは正義に乗っ取ったことばかりじゃないか。ぼくたちは言いなりなんじゃなくて、ジャムおじさんと同じ正義を守ろうとしているんだよ。
 そこなんだな、とカレーパンマンしょくぱんまんはどう思う?どう思うというと?正義と、ジャムおじさんと、おれたちとジャムおじさんの関係についてさ。しょくぱんまんはう、っと詰まりました。しょくぱんまんはプライドが高いので他人には同意しか求めないのですが、温厚な性格なので他人から同意を求められると反論できないのです。
 カレーパンマンジャムおじさんと自分たちの間には正義に対するスタンスにおいて明らかに溝がある、と言おうとしている、それを問いかけのかたちでアンパンマンしょくぱんまんから引き出して同意させようとしているのはわかりますが、この場合もっとも無難に済ませるにはカレーパンマンの問いを適当に受け流して、問いかけ自体をあやふやにするのがいちばんでしょう。カレーパンマンは起源はインドですが性格は江戸っ子気質なので、三歩歩けば忘れるというか、宵越しの金は持たないというか、要するに深追いはしないのが漢の美学と心得ているような面があります。
 誰に似たんだろう、としょくぱんまんは思いました。少なくともアンパンマンには似ていない。しょくぱんまんはトースト山で生まれましたが、アンパンマンカレーパンマンジャムおじさんが作ったんだから兄弟そのもので、しかしそれを言うならメロンパンナちゃんやクリームパンダちゃんもいる。いや、問題はカレーパンマンの性格形成ではなくて、としょくぱんまんは問題に立ち返りました。
 どうしてだい?としょくぱんまんは軽く受けました。ジャムおじさんは前からあんな人だし、それで困ったことなんてないじゃないか。なら訊くけどさ、とカレーパンマン、性感ていったい何なんだよ?


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 性感とは何か、とカレーパンマンに訊かれ、ちゃかすのが好きなカツドンマンあたりなら、ミーの知識ではクラシックとブルースとジャズとロックが本質ざます、とケムにまいたかもしれません。ですがアンパンマンしょくぱんまんは意味ありげでその実何も内容のないような冗談を思いつく性格ではありませんでしたから、カレーパンマンが不思議がっているのをまともに受けとめた格好でした。つまり今ピンチなのは乳頭や性感うんぬんの危機ではなく、パン工場の正義の味方トリオの結束の方なのです。ものごとを冗談にしてしまう精神の衛生術では、パン工場トリオはふだん三バカトリオのようなあつかいを受けているカツドンマン、かまめしどん、てんどんまんのどんぶりまんトリオの器量にはかないませんでした。どんぶりまんトリオは自分たちがすることなすこと、一度でもまともに受け取られるとはまったく思っていなかったからです。要するに、かまめしどんたちはパン工場のルールや世界観からは自由な存在で、アンパンマンたちとばいきんまんの戦いではいつでも邪魔なだけでした。
 もう雨は止んだみたいザンス、とカツドンマンは傘から腕を出し、空に手のひらをかざしました。てんどんまんはザンスね、と目をぱちくりさせると、かまめしどんはあんまり関係ないザンスか、とうらやましそうにかまめしどんの頭のふたに目をやりました。そんなことはないダス、ふたはついていても傘はささないと濡れてしまうダス、とかまめしどんも傘をたたむと、晴れるにこしたことはないダスよ。ミーも同感ザンス、とカツドンマンが空を見上げると、ちょうど視界に、あっ、アンパンマンたちがパトロールしてるザンス、とカツドンマンは手を振りました。おーい。てんどんまんとかまめしどんも嬉しくなって手を振りました。おーい。アンパンマンたちがいるかぎり、どんぶりまんトリオは永遠の道化でいられ、道化とは悲劇でも喜劇でも決してドラマの主人公にはなり得ず、ドラマの主人公になり得ないとは何の責任も負わないことなのです。
 その頃ばいきんまんは、今朝は雨上がりでかびるんるんたちも調子がいいぞ、と良い予感を抱きながら通販サイトにがんがんアダルトグッズを注文していました。ばいきんまんの壮大な計画は世界的な凄腕ハッカーの腕の見せどころで、一夜にして全世界を崩壊に導く、アンパンマンたちにも止めようもないはずの、空前絶後の策略なのでした。


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 それでこんなのどうやって使うのよ、ばいきんまん、とドキンちゃんがあからさまに不審げな表情なので、ドキンちゃんも試してごらん、使っている人の映像もあるから同じようにしてみればいいのだ、とドキンちゃんはどさん、と目の前に電動バイブレータをひろげられました。これはディルド型と言われる陰茎を模したものになるそうだ、たとえばこれ、とばいきんまんはうねり・首振り型を手に取り、これは内部にモーターとロッド、カムが仕込んであって棒部分をうねらせるものだな。こちらの三点タイプと言われるものは内部モーターの振動を利用し、棒の付け根に2つの突起をつけて肛門と陰核を刺激するために作られている。「熊んこ」に代表される歴史の長い仕様らしい。パールタイプなんてのもある。内部に小球を詰め込み、それを攪拌することでバイブレータ表面をうねうねさせる作りだな。
 ローター内蔵式というのは棒状の本体にローターを仕込むもので、振動は少ないが価格は安い。変わったものには双頭タイプというのがあり、振動部が中央にあり両端が挿入可能になっている。これは、女性同士が松葉崩しの体位のように互いの外陰部を近づけ、互いの膣口にバイブレータの両端をあてがい、挿入し合うものだそうだ。ただし男のアナルセックスを含めれば男同士、または男女の交接にも使えることになるだろう。同じく同性間・異性間のどちらにも使えるのが、バイブレータ機能を持ったペニスバンドというのもある。防水タイプなどはほとんどがシンプルなスティックタイプで、Oリングなどで防水しているため、入浴しながらでも使用できるのが便利らしい。
 また、多くの電動バイブは乾電池式だが、ACアダプターが使える家庭用電源式もある。家庭用電源式まであるなら当然だろうが、リモコンでスイッチのオン・オフ、強弱の変更を可能にしたリモコン式もある。他に野菜や彫像、自分の逸物など好きな好きな形状のものを型取りし、シリコーンを流し込んで自作が可能なキットで、振動はローターを組み込む自作タイプ、という手間のかかるものもある。それで最後のはかびるんるん型に作ってみたんだが、と最後まで言わせてもらえずばいきんまんドキンちゃんの回し蹴りをくらいました。ドキンちゃんは空手四段なのです。
 ドキンちゃん、話はまだ終わりではないのだ、とばいきんまんはほうほうの体で、さらにカプセル型、いわゆるローターの話があるのだ。


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 でかく定義すればだ、とばいきんまんドキンちゃんの蹴りの入った腰を慎重に起こしながら、これまで説明したバイブレーターとは、振動や手動による操作により快感を得られる性具のことを指す。女性の膣に挿入できるようになっており、女性器や性感帯をその振動や動きで刺激し性的快楽を得ることができるというものなのだ。男の方もバイブレータを相手に使用することで普段より強い性的興奮を得ることができるということらしいな。また、勃起力の弱まった中高年男性が補助具として使用する、というのもあるだろう。女性のマスターベーションにも用いられているくらいだから、セックスで得られる快感が少ないタイプの女性にはバイブレータを使用したセックスが効率的、というのもある。よく使われる用法では男性器の挿入中に女性の陰核をローターで振動刺激するやり方だな。正常位でも可能だし、横臥位ならなおやりやすいが、後背位がもっとも行いやすいだろう。また、同時に両方に指を入れるとわかるが、膣と肛門は皮一枚しか隔てていないので、ローターを膣に挿入したままアナルセックスすると男根にもローター振動が伝わってきて具合が良い。ただし奥入れ・長時間は身がもたないので無理は禁物だが。
 それで、とドキンちゃんは、ばいきんまんもそれを全部やってみたっていうの?と痛いところを突いてきました。ばいきんまんは聞こえなかったそぶりで、バイブレータにも立派な起源があるのだ、と解説を続けました。それまでは女性特有の子宮の鬱血が原因と考えられていた疾病症状、ヒステリー、倦怠感、抑うつ症状などの治療目的から、19世紀初頭まで骨盤振動マッサージによる医療行為として器具を用いた治療が行われていたのがバイブレータの起源とされるのだ。古くは施術者の手技によって女性器を刺激する治療が行われていたが、これは重労働を伴い手首を痛める医者が続出したために、水流を女性器に直射する道具やゼンマイ駆動の振動器、蒸気駆動で下腹部を打突する診療台などが開発されるようになった。それが小型化した手動式、やがて電動式になる頃は女性器の鬱血による疾患、という医学的所見自体が過去になったが、性具としてのバイブレータは世界中の文化に残ったのだ。
 それでばいきんまんはどうしようっていうのよ。おれさまはひらめいたのだ!とばいきんまんは山のようなアダルトグッズを前に意気軒昂に咆哮しました。
 第二章完。


(五部作『偽ムーミン谷のレストラン』第四部・初出2015年8月~12月、全八章・80回完結)
(お借りした画像と本文は全然関係ありません)