人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ザ・ファッグス The Fugs - ザ・ファッグス・ファースト・アルバム The Fugs First Album (ESP, 1966)

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ザ・ファッグス The Fugs - ザ・ファッグス・ファースト・アルバム The Fugs First Album (ESP, 1966) Full Album : https://www.youtube.com/playlist?list=PL8--pq2FCbFHlil9a0mLtpvof36_cvbcP

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Recorded at Cue Recording Studio, NYC, April & September 22, 1965
Originally Released by Broadside/Folkways Records as BR 304 "The Village Fugs Sing Ballads of Contemporary Protest, Point of Views, and General Dissatisfaction", Late 1965
Reissued by ESP-Disk 1018, March 1966
Produced by Ed Sanders, Harry Smith
(Side A)
A1. Slum Goddess (Ken Weaver) - 1:58
A2. Ah, Sunflower, Weary of Time (William Blake, Ed Sanders) - 2:15
A3. Supergirl (Tuli Kupferberg) - 2:18
A4. Swinburne Stomp (A.C. Swinburne, Ed Sanders) - 2:50
A5. I Couldn't Get High (Ken Weaver) - 2:06
(Side B)
B1. How Sweet I Roamed (William Blake, Ed Sanders) - 2:11
B2. Carpe Diem (Seize The Day) (Tuli Kupferberg) - 5:07
B3. My Baby Done Left Me (I Feel Like Homemade Shit) - 2:18
B4. Boobs a Lot (Steve Weber) - 2:12
B5. Nothing (Tuli Kupferberg) - 4:18

[ The Fugs ]

Ed Sanders - vocals
Tuli Kupferberg - percussion, vocals
Ken Weaver - conga, drums, vocals
with April 1965 Session (A4, B2, B4)
Steve Weber - guitar, vocals
Peter Stampfel - fiddle, harmonica, vocals
with September 22 Session (A1-A3, A5, B1, B3, B5)
Steve Weber - guitar, vocals
John Anderson - bass guitar, vocals
Vinny Leary - bass, guitar, vocals

(Original Folkways "The Village Fugs~" LP Front Cover & Reissued ESP "First Album" LP Liner Cover, Side A/B Label)

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 本作は当初ザ・ファッグスのメンバー自身によって自主制作され、フォークのインディー・レーベル、ブロードサイド/フォークウェイズから最小プレス数が発売されましたが、レコード発売前からファッグスはニューヨークのアンダーグラウンド・シーンの顔役的存在でした。これに当時フリー・ジャズの新興レーベルだったESPディスクが目をつけ、アルバム第2作の制作・発売とともに『ザ・ファッグス・ファースト・アルバム』と改題して再発売したのが現行盤で1966年中に14回追加プレス、翌年にはスウェーデン盤(Sweden Debut)、オランダ・イギリス盤(Fontana)も発売され、ESPから同時発売の第2作『ファッグス・セカンド・アルバム (The Fugs)』が全米アルバム・チャート95位に上るとともに本作も全米142位の好セールスを記録しました。同時期にアルバム・デビューしたアメリカのバンドにはザ・ポール・バタフィールド・ブルース・バンド('65年10月)を先駆的存在にラヴ、ザ・ブルース・プロジェクト('66年3月)、ザ・シーズ、ザ・シャドウズ・オブ・ナイト('66年4月)、フランク・ザッパマザーズ・オブ・インヴェンジョン('66年6月)、ジェファーソン・エアプレイン('66年8月)、ザ・ディープ、ブルース・マグース、ザ・13thフロア・エレヴェーターズ('66年10月)、バッファロー・スプリングフィールド('66年12月)、ザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド('67年3月)、ザ・ドアーズ、グレイトフル・デッド、エレクトリック・プリューンズ('67年4月)などが上げられますが、本作は制作・発売時期・内容、またいち早い評判と商業的成功からも「世界初のアンダーグラウンド・ロックのアルバム」と名高いものです。全10曲27分半と収録曲の少なさは自主制作ならではですが、実際は1965年4月のアコースティック・セッションで23曲、同年9月のエレクトリック・セッションで9曲が録音されており、アコースティック・セッションから3曲、エレクトリック・セッションから7曲を選び抜いた濃厚な選曲で、これがローリング・ストーンズの『アウト・オブ・アワー・ヘッズ』('65年7月)や『ディッセンバーズ・チルドレン』('65年11月)、ボブ・ディランの『追憶のハイウェイ61』('65年8月)、ビートルズの『ヘルプ!』('65年8月)、『ラバー・ソウル』('65年12月)と同時期に制作され、ディランの『ブロンド・オン・ブロンド』('66年5月)、ストーンズの『アフターマス』('66年6月)、ビートルズの『リヴォルヴァー』('66年8月)に先立って発売されていたと思うと驚愕に値いするほどの先進的内容のアルバムです。ファッグスの創設メンバー、エド・サンダース(1939-)とトゥリ・カッファーバーグ(1923-2010)は元々詩人・ジャーナリストの著名作家で、ドラマーのケン・ウィーヴァー(1940-)が加入して活動を始めた時点ですでに50~60曲のオリジナル曲があったそうです。本作のアウトテイクはのちに編集盤やCD化追加曲で明らかになりますが、1969年の解散までの6作のアルバムの収録曲がバンド結成時にほとんど揃っていたほどで、ESPディスクはファッグスの成功からゴッズ('66年9月録音)、パールズ・ビフォア・スワイン('67年5月録音)ら、アンダーグラウンドロック系アルバムの制作に乗り出します。
 ESPディスクのフリー・ジャズアンダーグラウンド・ロックのアーティスト発掘は目覚ましい成果を上げましたが、 このインディー・レーベルは弁護士バーナード・ストールマンがサイド・ビジネスとして始めたもので(アメリカの音楽・舞台・映画などの娯楽ビジネスはほとんど弁護士資格のあるプロデューサーに掌握されています)、アーティストにアルバム内容の全面的自由を与える代わりに賃金は音楽家組合規定の最低額(契約金63ドル、録音賃金10ドルをアルバム発売半年後に支払い、版権は会社とアーティストで折半、アルバム1枚の売り上げにつき印税25セント)という条件で、しかも実際にはほとんどのアーティストが契約金の半額程度を前払いされただけで印税未払いのまま版権もESPが独占しました。ファッグスですら3%の印税しか支払われず、ファッグスに続いてESPからデビューしたゴッズ、デビュー・アルバムがインディー・レーベルでは驚異的な25万枚を売り上げたパールズ・ビフォア・スワインも原盤権を詐取された上にまったくギャラが支払われなかったと証言しています。ファッグスのカッファーバーグ、サンダースらは著書もある作家でしたからアルバム原盤の版権はバンド側が確保していましたが、ファッグスがメジャーのワーナー傘下のリプリーズ(のちにパールズも移籍)に移籍するとESPはファースト・アルバム、セカンド・アルバム時の未発表テイクをバンドに無断で次々とアルバム化しました。ESPから発売されたファッグス自身の公認アルバムは本作とセカンド・アルバムの2作きりなので、バンド側はリプリーズ移籍後の4作のアルバムをセカンド・アルバムに続く公式アルバムとしています。現行CDの版権もしっかりファッグス自身が管理しています。またファッグスは80年代半ばに再結成し、カッファーバーグ亡き後の現在でも作家の余技どころではないライフワークとして、エド・サンダースは再結成ファッグスの活動を継続しています。

 ファッグスはもともと文筆家で楽器のできない2人のソングライター兼ヴォーカリストが軍楽隊上がりのドラマーと組んだバンドで、初期のパフォーマンスはドラムスをバックに弾けないピアノやギターを乱打しながら自作詩を朗読するようなものだったそうですが、カッファーバーグもサンダースも筋金入りの反体制作家だったので市民運動反戦集会などに精力的に出演し、常にFBIからマークされている存在だったそうです。ESPディスクのフリー・ジャズ・アルバムは国際的に注目され、日本でも'60年代当初から発売されていましたが、ファッグスを始めとするアンダーグラウンドロック系作品は日本発売が見送られ、ようやく2010年代に一部の作品が日本でもインディー・レーベルからCD発売されました。ESPのロック・アルバム自体が素人のやっているような代物だろうと最初から敬遠されていた上に、日本のロックのリスナーには受けそうもない音楽性だったからですが、ファッグスは欧米での高い評価だけが伝わってきて実際に聴いていた日本の輸入盤リスナーすら少なかったのです。しかし思いきってアルバムを聴くと、歌詞の過激さや風刺性まで理解できなくてもサウンドだけで実にしっかりしたスタイルを築いていたバンドなのがわかる。確かに詩人の裏芸くさい素人らしさはあるのですが、単純な構成の楽曲ながらどの曲も筋が通っている、自信の溢れた歌と演奏です。このファースト・アルバムではフォーク・デュオのホリー・モーダル・ラウンダースのメンバー(スティーヴ・ウェバーとピーター・スタンフェル)が演奏メンバーに加わっていますが、ラウンダースも素人ミュージシャン同然なのにアルバムの1曲1曲に魅力的なアイディアがちゃんと実現されています。楽曲も童謡みたいに素朴で素人っぽいのにメロディーやリズムにキャッチーな魅力がある。これは本人たちにやりたい音楽のヴィジョンがしっかり見えているからで、一見すると安直で雑に見えて実は相当高度な狙いを見事に射抜いた、完成度の高い音楽作品になっています。ロサンゼルスのフランク・ザッパは叩き上げの熟達した天才音楽家でしたから音楽性は変態的でも方法は正統的なミュージシャンでしたが、このニューヨークの詩人の素人バンドは直観の鋭さとセンスの良さでザッパにも劣らない高度な表現力を発揮していたのをアルバムの出来が堂々と実証しています。
 年長のカッファーバーグ(当時すでに42歳!)もサンダースも、本来ミュージシャンたるには遅すぎるデビューでした。ファッグスの場合はバンドを組む前からすでに個性は確立していたので、あとは音楽としてそれをどう表現するかにまっすぐに向かうことができたのでしょう。本作は1965年4月の録音と9月の録音が混在していますが、4月の時点で風変わりなフォーク・ロックだったスタイルが9月のセッションでは楽器のエレクトリック化によってガレージ・ロックに変化し、プロト・パンクでもあればプロト・サイケな音楽性にもなっている。セカンド・アルバムではさらにロック色が強まり、ファッグスに一時的に参加したことからホリー・モーダル・ラウンダースもサイケデリック・ロックに接近していきます。ファッグスの強みは中心メンバーがもう青年でも何でもない年輩だったことからビートルズにもボブ・ディランにもストーンズにもバーズにも影響されなかったことで、ファッグスのガレージ・スタイルやサイケデリック化は他のバンドからの影響の痕跡がまったくない、突然変異的なものです。同時代のロックに超然としながらニューヨークのアンダーグラウンド・ロックを牽引する存在足り得たのはファッグスの強靭な一貫的姿勢に基づく幸徳でしょう。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドはファッグスがいなくてもデビューできたでしょうが、ファッグスとの関わりなしにホリー・モーダル・ラウンダースの転機はなかったでしょうしゴッズやパールズ・ビフォア・スワインのデビューはあり得ませんでした。ニューヨーク・パンクが生まれてくる土壌も培われなかったでしょうしニューヨーク・パンクなしにロンドン・パンクは起こらなかったと思うと、ファッグスの立ち位置は驚異的に広範囲の間接的影響力があります。ファッグスを原点とした裏ロック史をたどればまるで古代の生命創生のような進化系図か物理学的に複雑を極めた核分裂式としてすら描くことができるわけで、通常そんな大それたバンドとは認知されていないだけにファッグスの出現は歴史の特異点だったとも見なせます。サンダースもカッファーバーグもファッグスはロック・バンドというよりも一種の文化的・政治的パフォーマンスの形態で、プロのミュージシャンとかそういう存在ではないとわきまえていたでしょう。しかしこれは強烈な自信と意志に裏打ちされた音楽であり、たかが音楽が高い精神性と気迫でどれだけの衝撃力と不滅の生命力を勝ち得たかを実証してみせた産物です。そして本来ロック・ミュージックの真価とはファッグスの音楽のようなものを指すのではないでしょうか。「Slum Goddess」「Supergirl」「Swinburne Stomp」「Carpe Diem」「Nothing」のような名曲がそれを実証しています。ファッグスの7枚の名盤――『The Fugs First Album』、『The Fugs』、『Virgin Fugs』(バンド無許可・ESP 1038, 1967)、『Tenderness Junction』(Reprise RS6280, 1968)、『It Crawled Into My Hand, Honest』(Reprise RS6305, 1968)、『The Belle of Avenue A』(Reprise RS6359, 1969)、『Golden Filth (Live at Fillmore East, 1968)』(Reprise RS6396, 1970)は不朽の価値を誇る、知られざる(聴かれざる)'60年代ロックの金字塔と言えるものです。