人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ザ・ファッグス The Fugs - ザ・ファッグス・セカンド・アルバム The Fugs (ESP, 1966)

ザ・ファッグス・セカンド・アルバム (ESP, 1966)

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ザ・ファッグス The Fugs - ザ・ファッグス・セカンド・アルバム The Fugs (ESP, 1966) Full Album : https://youtu.be/OOsSgF18dnk
Recorded at RLA Studios, New York, January and February, 1967
Released by ESP Disk ESP 1028, May 1966
Engineerd by Richard Alderson
Produced by Ed Sanders and Richard Alderson
(Side A)
A1. Frenzy (Ed Sanders) - 2:04
A2. I Want to Know (Charles Olson, Sanders) - 2:00
A3. Skin Flowers (Pete Kearney, Sanders) - 2:20
A4. Group Grope (Sanders) - 3:40
A5. Coming Down (Sanders) - 3:46
A6. Dirty Old Man (Lionel Goldbart, Sanders) - 2:49
(Side B)
B1. Kill for Peace (Tuli Kupferberg) - 2:07
B2. Morning, Morning (Kupferberg) - 2:07
B3. Doin' All Right (Richard Alderson, Ted Berrigan, Lee Crabtree) - 2:37
B4. Virgin Forest (Alderson, Crabtree, Sanders) - 11:17

[ The Fugs ]

Tuli Kupferberg - maracas, tambourine, vocals
Ed Sanders - vocals
Ken Weaver - conga, drums, vocals
Pete Kearney - guitar
Vinny Leary - bass, guitar
John Anderson - bass guitar, vocals
Lee Crabtree - piano, celeste, bells
Betsy Klein – vocals

(Original ESP "The Fugs" LP Liner Cover & Side A Label)
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 ニューヨークの生んだ'60年代の偉大なアンダーグラウンド・ロックのバンド、ファッグスはビート詩人・ジャーナリストのトゥリ・カッファーバーグ(1923-2010)とエド・サンダース(1939-)、ドラムスとパーカッションのケン・ウィーヴァー(1940-)のグループでしたが、セカンド・アルバムの本作は先に『The Village Fugs Sing Ballads of Contemporary Protest, Point of Views, and General Dissatisfaction/The Fugs First Album』(Broadside/Folkways BR304, 1965/ESP 1018, 1966)、後に『Virgin Fugs』(バンド無許可・ESP 1038, 1967)、『Tenderness Junction』(Reprise RS6280, 1968)、『It Crawled Into My Hand, Honest』(Reprise RS6305, 1968)、『The Belle of Avenue A』(Reprise RS6359, 1969)、『Golden Filth (Live at Fillmore East, 1968)』(Reprise RS6396, 1970)と続く全7作でも最高傑作とされるもので、2013年にデイヴィッド・ボウイが音楽誌に発表したエッセイ「レコード・ジャンキーの告白」でも最愛のレコード25枚に唯一上げられているロック(ボウイが同エッセイで選んだアルバムのほとんどはワールド・ミュージックやドキュメンタリー・レコードでした)のアルバムです。本作のライナーノーツはアレン・ギンズバーグ(1926-1997)が書き下ろしており、A2「I Want to Know」はカッファーバーグやギンズバーグ、サンダースの師である大詩人チャールズ・オルソン(1910-1970)が詩の使用を許可しており、おそらくファッグスはすぐ後の1966年8月に2枚組LP『Freak Out !』でデビューするロサンゼルスのフランク・ザッパ&ザ・マザーズ・オブ・インヴェンジョン、1966年4月に初レコーディングを行っていた(アルバム完成は5月、デビュー作『Velvet Underground & Nico』発売は大幅に遅れて1967年3月)同じニューヨークのヴェルヴェット・アンダーグラウンドと並んでロック史上初めて反体制派前衛アンダーグラウンド・ロックを始めた存在でした。カッファーバーグとサンダースはすでにニューヨークの反体制詩人として名をなしていたアンダーグラウンド・シーンの知識人であり、ウィーヴァーも軍楽隊でマーチング・バンドのドラムス経験がある程度の音楽的には素人集団だったファッグスは、ファースト・アルバムではやはりニューヨークのアンダーグラウンド・シーンで活動していたフォーク・デュオのホリー・モーダル・ラウンダース(スティーヴ・ウェヴァーとピーター・スタンフェル)、さらにラウンダース周辺のミュージシャンたちに力を借りており、このセカンド・アルバムではニューヨークでRLAスタジオを経営していたプロデューサーのリチャード・アルダーソンが招聘したミュージシャン(ギターとベースのヴィニー・リアリー、ベースのジョン・アンダーソンはファースト・アルバムに続く参加)をサポート・メンバーとしています。本作は新興インディー・レーベルの作品としては異例の全米チャート95位を記録し、ESPはデビュー・アルバムの残りテイクをファッグスには無断でまとめて次作『Virgin Fugs』をリリースしますが、ファッグスはワーナー傘下のフランク・シナトラリプリーズ・レコーズに移籍し、引き続きアルダーソンの協力のもとにダン・クーチマー(ギター)、ケン・パイン(ギター、キーボード)、チャールズ・ラーキー(ベース)、ボブ・メイソン(ドラムス)ら一流セッションマンがファッグスのレギュラー・サポート・メンバーとなります。

 音楽的には素人の詩人二人をリーダー兼ヴォーカリストとしたバンドというとせいぜい気の効いた詩の朗読に頼った素人くさい音楽しか作れなさそうですが、カッファーバーグやサンダースの場合は別でした。楽曲こそシンプルなガレージ・ロックや民謡・童謡的なアシッド・フォーク程度ではあるもののヴォーカルが実に様になっており、音楽的な統一性は稀薄な代わりにバンドの演奏がヴォーカル中心にまとまっているため散漫な印象は受けません。デビュー・アルバムの制作は20数曲を4時間で終わらせて選曲したそうですが、ファースト・アルバムではラウンダースの役割が大きく戦前アメリカ流行歌(いわゆる「グッドタイム・ミュージック」)風の曲にひねった歌詞を乗せてダーティーに演奏した作風になっていました。ESPとファッグスの契約は収入配分ではファッグスに不利だったもののESPによる定期コンサート会場と練習場所を確保することを条件としたもので、ファッグスは1作きりの契約として本作の制作契約を結び、このセカンド・アルバムは1966年1月~2月の定期コンサートに平行して当時最新の4トラック・レコーダーと2トラック・レコーダーによるオーヴァーダビングを駆使して4週間をかけて制作されており、演奏はシンプルながら混沌とした分厚いサウンドに仕上がっています。また楽曲も前作のウィーヴァーの名曲「Sun Goddess」、カッファーバーグの名曲「Supergirl」「Carpe Diem」「Nothing」から全10曲中サンダースが6曲を単独または共作で書いており、サンダースの名曲「Frenzy」「Group Grope」、カッファーバーグの名曲「Kill For Peace」「Morning Morning」、サンダースがプロデューサーのアルダーソン、ピアノ奏者のリー・クラブツリーと共作した11分17秒におよぶアルバム最後のミュージック・コンクレート(サウンド・コラージュ)組曲「Virgin Forest」など粒ぞろいです。ファッグスのサンダースとカッファーバーグ、ウィーヴァーはアカデミックな意味での経験を積んだミュージシャンではありませんでしたが音楽センスは優れていたので、プロのミュージシャンのバンドでは思いつかない発想から非商業的反体制前衛ロックを実現した先駆的な存在になりました。その辺りが当時全米各地にあふれ返っていたガレージ・ロックのバンドとは違うので、むしろファッグスは体制批判を旗印にしたパンク・ロックに近く、シニカルでクールなブラック・ユーモアに満ちた点ではパンク以前にパンクとポスト・パンクの両方を兼ねたような挑発性を持っていました。

 デビュー・アルバムの発売前後から活発にライヴ活動を行っていたファッグスは本作制作中のESPによる定期コンサートが話題を呼んでいたためFBIにマークされており、のちにサンダースの調査によってFBIによる調書が発見されました。FBIによる見解は「ザ・ファッグスはニューヨークで活動中の音楽グループであり、ビートニクで自由思想家、フリー・ラヴと麻薬解放を表明しているが、レコードは猥褻物と断定できないため立件保留とするのが妥当であろう」というもので、エド・サンダースは「FBI公認だったぜ!」と欣喜雀躍したそうです。ステージでのファッグスはアルバム収録曲よりももっと過激に観客をアジテーションしていたようですが、ティーン層の観客は少なく観客にインテリ層が多かったことからパフォーマンスもそれほど煽動的なものには映らなかったのでしょう。教養と人生経験のある大人向けのロック(もちろん大人向けの落ちついたポップスでもありません)という点でもファッグスは異色で、ファッグスの支持者や客層は前衛詩人の詩の朗読会を聞きにくるようなややスノビッシュな知識人たちだったということでもあります。ファッグスに先んじてボブ・ディランがいましたが、ディランの場合は若い世代の代弁者としての人気が大きかったので、詩人であるより前にミュージシャンであり、その意味では正統的にブルースマンロックンローラーの系譜から登場した存在でした。ファッグスのロックはポップスやロックのパロディであり、パロディによる詩的挑発であることに意義がありました。ディランやジョン・レノンがステージで観客を煽動したらその煽動はエンタテインナーとしては観客にとっても逸脱行為だったでしょうが、ファッグスの挑発は煽動のパロディであることによって一種の詩的パフォーマンスになっており、アルバム内容もあわせて演劇的趣向としてFBIが光らせる眼もすり抜ける性格のものだったでしょう。表向き自由の国アメリカでこれを取り締まればFBIの側が批判にさらされるようなものなので立件保留とされたです。ファッグスの体制批判はそうしたミュージシャン的発想にとどまらない知的戦略に基づいたものでした。フランク・ザッパマザーズともヴェルヴェット・アンダーグラウンドとも違うファッグスの立ち位置はそこにあります。政治批判を下品なブラック・ユーモアに託したファッグスのステイトメントはアメリカ本国ではデッド・ケネディーズの先駆者とされています

 ザッパ&マザーズやヴェルヴェットはメンバー自身が優れたミュージシャンの集まりだったのですが、ファッグスの場合はパフォーマンス担当のファッグスのメンバー三人にバックバンドがついた形で、普通こうした活動形態のポップスのグループでは音楽は職人的なものになりがちです。ファッグスが一貫して良いアルバムを作れたのは参加ミュージシャンもサンダースやカッファーバーグのコンセプトがレギュラー・バンドに匹敵する高い理解を示しているからで、本作のメンバーはファースト・アルバムの4人からホリー・モーダル・ラウンダースの二人が抜けギターのピート・キーニー、キーボードのリー・クラブツリーが加わった編成ですが、このアルバムだけの編成なのがもったいないほどの一体感があります。特にアルバム最終曲のB4「Virgin Forest」をサンダースやプロデューサーのアルダーソンと共作したクラブツリーの貢献が大きく、1966年5月発売のアルバムにして11分17秒の大作、しかもミュージック・コンクレート(サウンド・コラージュ)を交えた組曲形式なのはザッパやヴェルヴェットに先駆けた試みでした。キャッチーな曲ではサンダースのA1「Frenzy」とカッファーバーグのB1「Kill For Peace」がガレージ・ロックの前衛的解釈でもあればプロト・パンクロック曲としてディランやマザーズ、ヴェルヴェットにもない笑殺的痛快さに満ちており、表現やメッセージは屈折しているのにエモーションはストレートなファッグスならではの良さがあります。リプリーズ移籍後のダン・クーチマーとチャールズ・ラーキーを中心としたバックバンドも良いのですが、リプリーズでの次作『Tenderness Junction』以降はロック・シーンの時世柄サイケデリック・ロックをパロディ化したサウンドに変化し、しかも腕前の達者なメンバーに替わるので割合サイケデリック・ロックそのものに近づいてしまいます。フランク・ザッパマザーズがファッグスのバックバンドに就いたら天下無敵になったかもしれませんが、その場合ファッグスをヴォーカル陣に迎えたザッパの音楽になってしまうと思われ、リプリーズからのアルバムは一段上の力量のバンドがついた分ファッグス本体の個性はやや主流ロックに呑みこまれている感があります。ファッグスが日本であまり聴かれないのは、ファッグスが日本で言えばフォーク・クルセダース(ファッグスより穏健ですが)に相当する位置のバンドであり、フォークルが日本の音楽シーンで異端だったようにファッグスの異端性を理解するのは'60年代半ばのアメリカの音楽シーンについてかなりの理解を要するという事情にもあるかもしれません。フォークルが日本のドメスティックな音楽を裏返して登場したようにファッグスは'60年代アメリカ文化の音楽シーンにおける裏番長的な地位にあり、1985年に復活したファッグスはカッファーバーグ没後の現在もサンダース中心のプロジェクトとして現役活動中です。2017年には大統領官邸(ホワイトハウス)の前で反戦抗議集会パフォーマンスを行ってMVを制作・発表し話題を呼びました。50年以上におよぶ持続的な活動はファッグスの存在が今なおアメリカにおいて支持されていることの証です。その原点として本作はファッグスのステイトメントを示すアルバムです。
◎ザ・ファッグス THE FUGS -「ホワイトハウスの悪魔払い」 "Exorcism of the White House" (2017, Official Video) : https://youtu.be/sRgVXPaEdJs