人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ビリー・ホリデイ Billie Holiday - 思い出のたね These Foolish Things (Brunswick, 1936)

テディ・ウィルソン楽団・フィーチャリング・ビリー・ホリデイ - 思い出のたね

テディ・ウィルソン楽団・フィーチャリング・ビリー・ホリデイ Teddy Wilson and His Orchestra Featuring Billie Holiday - 思い出のたね These Foolish Things (Remind Me Of You) (Holt Marvell, Jack Strachey) (rec.Brunswick'36/from the album "The Golden Years", Columbia Records C3L 21, 1962) : https://youtu.be/ssSc_LZ8v9E - 3:19
Recorded at WOR Studios, 1776 Broadway, New York City, June 30, 1936
[ Teddy Wilson and His Orchestra Featuring Billie Holiday ]
Teddy Wilson - piano, Jonah Jones - trumpet, Johnny Hodges - alto saxophone, Harry Carney - clarinet, Lawrence Lucie - guitar, John Kirby - bass, Cozy Cole - drums, Billie Holiday - vocal

 この曲は珍しいイギリス産の大スタンダードで名唱名演だけで連載ができそうですが、初演版の発表・ヒット年の1936年にすぐに録音されたジャズ化カヴァーですから、やはりビリー・ホリデイ(1915-1959)の歌唱ヴァージョンからいきましょう。シナトラやエラ・フィッツジェラルドにもこの曲の名唱がありますがもっと後で、'1936年にはシナトラ(ビリーと同年生まれ)はまだデビューしておらず、エラ(3歳下)はまだデビュー2年目です。デビューしてこの年4年目、芳紀21歳のビリーが自分自身の名義でソロ歌手として録音したのは同年翌7月の「サマータイム(Summertime)」「ビリーズ・ブルース(Billie's Blues)」ほか全4曲の第8回目のレコーディングが初めてですから、デビューから第7回目の6月のレコーディングからのこの曲はまだテディ・ウィルソン楽団のヴォーカリストとしての録音です。こういう楽団名義のレコードの場合、当時ジャズはダンス音楽でありムード音楽でしたから、1コーラスをダンス用にバンドのみが演奏し、2コーラス目から歌手が歌う構成です。この「思い出のたね(These Foolish Things Remind Me Of You)」は'36年の世界的ヒット曲で初演はイギリスのミュージカル『Spread Eat Upload』で歌われ、ドイツ人女性歌手のパリ録音のレコードが好評を博してヒットし、ヘレン・ウォードが歌うベニー・グッドマン楽団版を筆頭に、たちまちアメリカでも多数のバンドが競作する流行歌になりました。「口紅のついた煙草、旅行用の飛行機の切符、アパートの隣から洩れるピアノの音、二人で乗ったブランコ……そんなつまらないこと(These Foolish Things)がどうしてあなたを思い出させるのかしら(Remind Me Of You)」と、実に古き良きスタンダード曲らしい歌詞のしっとりとした曲です。

 テディ・ウィルソン楽団はレコーディング用バンドでベニー・グッドマン楽団とデューク・エリントン楽団の選抜メンバー7人の混成豪華チームですから、それをバックに堂々と歌ったビリーは大したものです。大手マーキュリー傘下でノーグラン・レーベルの後身、ヴァーヴ・レコーズの前身であるクレフ・レコーズ移籍直後にもビリーは同曲を再録しています。こちらは保守派の実力派ジャズマンによる6人編成バンドをバックにしたモダン・ジャズ風の演奏で(当時中間派と呼ばれました)、これも素晴らしいヴァージョンですが、大手コロンビア傘下の黒人音楽専門レーベルだったブランズウィックに録音された1936年版(ビリー21歳)と、白人リスナーにも広くアピールする作風を目指したクレフ・レコーズの1952年版(ビリー36歳)を較べると、ジャズ歌手からバラード歌手への指向の変化がうかがえます。またSP盤でシングル発売されたブランズウィック版の初LP化がビリー没後の1962年と遅れたのは、ビリー生前にはビリー自身によるこの1952年の再演版の方がロングセラーを続けていたからです。

Billie Holiday - These Foolish Things (from the album "Billie Holiday Sings", Clef Records MGC-118, 1953) : https://youtu.be/kiv0GT6I_nY - 3:35
Recorded in Los Angeles, California, Spring 1952
[ Billie Holiday and Her Orchestra ]
Billie Holiday - vocal, Charlie Shavers - trumpet, Flip Phillips - tenor saxophone, Oscar Peterson - piano, Barney Kessel - guitar, Ray Brown - bass, Alvin Stoller - drums

 前記の通りこの曲はヴォーカル録音はもちろんたいがいの'30年代~'50年代ジャズマンなら演っていて、サックス奏者でもコールマン・ホーキンスレスター・ヤングチャーリー・パーカーアート・ペッパーと趣向の異なる名演目白押しですし、ピアノ版も無数にありますが、あえてビ・バップ・ピアニストの両極端、レニー・トリスターノ(1919-1978)とセロニアス・モンク(1917-1982)のヴァージョンを取り上げてみましょう。白人バップ・ピアノの先駆者でビ・バップから独自のクール・ジャズ・スタイルに進んだ盲目のピアニスト、トリスターノはジャズとは再現ではなく即興に真髄があるとの考えを推し進めて、「These Foolish Things」(他の曲も)を演奏する時も毎回ライヴや録音のたびに別のタイトルをつけて自分のオリジナル曲としていました。次のヴァージョンもトリスターノ版「These Foolish Things (Remind Me Of You)」で、原曲の副題をもじったタイトルをつけています。従来のジャズとはまったく違った音楽性を掲げたトリスターノのデビューは絶大な反響を呼びましたが、黒人ジャズの隆盛に従ってトリスターノなどジャズではないと批判されるようになった不遇の人です。しかも極端にレコード発売を嫌い、生前3枚半(片面だけトリスターノのアルバムがあるので半)しかアルバム発売を許さなかった孤高の人でしたが、のちトリスターノの影響下でデビューしたビル・エヴァンスセシル・テイラーの登場によってトリスターノの重要性はビ・バップ3大ピアニスト(モンク、バド・パウエル、トリスターノ)の中でも他の2人に引けを取らなかったと見直されました。エヴァンス、テイラーはモンク、バド、トリスターノの長所を折衷したスタイルを編み出してデビューしたのです。しかしこの曲などを聴くと(ピアノやギター、アルトサックスの音が外れているように聴こえるのは、調性を持たない全音階を使っているからです)トリスターノのジャズはあまりに黒人ジャズからはかけ離れていて、黒人ジャズの基準からはジャズではないという非難を一時期受けていたのもやむなしという気はします。

Lennie Tristano Quintet - Retrospection (Lennie Tristano) (from the album "Subconscious-Lee", Prestige Records PR7250, 1951) : https://youtu.be/xqAV1IaY_cM - 3:08
Recorded in New York City, January 11, 1949
[ Lennie Tristano Quintet ]
Lennie Tristano - piano, Lee Konitz - alto saxophone, Billy Bauer - guitar, Arnold Fishkin - bass, Shelly Manne - drums

 セロニアス・モンクの「These Foolish Things」はこれまたとんでもないアレンジで、原曲のメロディーは残してあるのに平行メロディーによる和声やコード進行はまったく原曲に頼らず、半音でクラッシュさせるクラスター奏法を駆使してピアノの音が割れっぱなしの、冗談のような衝撃ヴァージョンになっています。これはトリスターノと違ってジャズに聴こえると思いますが、ムードのあるジャズ・バーなどでは絶対流れない種類のジャズです。しかしビ・バップとは、もともとトリスターノやモンクのように、テディ・ウィルソン楽団のヴァージョンと聴き較べればこれが同じジャンルの音楽とは思えないほど実験的なジャズのスタイルだったのです。

Thelonious Monk Trio -These Foolish Things (from the album "Thelonious", Prestige Records PRLP 142, 1953) : https://youtu.be/p5FO2H4m3Kw - 2:46
Recorded in New York City, December 18, 1952
[ Thelonious Monk Trio ]
Thelonious Monk - piano, Gary Mapp - bass, Max Roach - drums