人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

オーネット・コールマン Ornette Coleman - ロンリー・ウーマン Lonely Woman (Atlantic, 1959)

オーネット・コールマン/モダン・ジャズ・カルテット(MJQ) - ロンリー・ウーマン/淋しい女 (Atlantic, 1959/1962)

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モダン・ジャズ・カルテット(MJQ) Modern Jazz Quartet - 淋しい女 Lonely Woman (Ornette Coleman) (Atlantic, 1962) : https://youtu.be/5OucWYBeBoo - 6:20
Recorded at Atlantic Recording Studios, January 25, 1962
Released by Atlantic Records as the album "Lonely Woman", Atlantic LP-1381, March 1962

[ Modern Jazz Quartet (MJQ) ]

John Lewis - piano, Milt Jackson - vibraharp, Percy Heath - bass, Connie Kay - drums

 この曲はタイトルと曲想だけでモダン・ジャズ必殺のキラーチューンと言えるもので、かつフリー・ジャズのオリジナル曲では数少ないジャズ・スタンダードとなった曲です。オリジナルのオーネット・コールマン盤、もっとも早いMJQによるカヴァーともに当初の邦題は「淋しい女」だったのですが、1970年代の再発売以降コールマン盤が「ロンリー・ウーマン」と原題そのままのタイトルになったのに対してMJQ盤はアルバム・タイトル曲にしていたため「淋しい女」の邦題のまま再発売されており、どちらのタイトルも捨てがたいところです。ただでさえ現在のリスナーにとってはとっつきづらい印象のあるモダン・ジャズでも、とりわけフリー・ジャズは呼称だけで先入観を抱かれがちですが、実際のフリー・ジャズはパーカー、ディジー、モンク、マイルス、ミンガス、バド・パウエル、ロリンズ、コルトレーンなどビ・バップ直系の黒人ジャズの本流を継いだもので、聴いてみると意外とキャッチーで気合いの入った乗りの良いジャズとして普通に聴けるものです。欧米諸国では「Free Jazz」はオーネット・コールマンのアルバム・タイトルを指し、時代的区分として'50年代末~'60年代半ばに限定され、当時はNew Thing、現在ではAvant-garde jazz, Post Bop, Modal Jazzなどのサブ・ジャンル名で呼ばれます。またフリー・ジャズは特定のスタイルを指したものではなく、アーティストごとにまったく異なる音楽性を許容していることでも、従来のジャズのようなスタイル分類からは定義しづらい成り立ちがありました。オーネットのようにブルース色の強さから作風を確立したアーティストもいれば、現代音楽に近い立場からフリー・ジャズにアプローチする流派もあり、R&Bの発展型であるジャズ・ファンクなどは主流ジャズよりもフリー・ジャズの方により親近性が見られます。オーネットのオリジナル曲は自由度の高い演奏性がありますが、一方厳密なアレンジに基づいたフリー・ジャズもあるのです。

 フリー・ジャズセシル・テイラー(ピアノ、1929-2018)がボストンで、オーネット・コールマン(アルトサックス、1930-2015)がロサンゼルスで、無関係に偶然同時期に始めていたジャズの革新運動でした。テイラーはクラシック音楽を学んでいた裕福な東部の黒人家庭出身で、音楽性は現代音楽の素養を生かしたやや難しいものですが、奇しくも同年生まれのビル・エヴァンス(1929-1980)のデビュー・アルバム録音日と同じ1956年9月27日録音にデビュー・アルバムを録音していたほどで、両者ともにモンク、パウエル、トリスターノに影響されたピアノ・スタイルを独自に発展させており、エヴァンスの黒人版がテイラーでテイラーの白人版がエヴァンスと思えばわかりやすくなります。オーネットはというと、テキサス出身でR&Bの楽団からデビューしましたが、ジャズをやりたくてロサンゼルスに上京し、ロサンゼルス出身のミンガスの弟子でエヴァンスの仲間だった白人ピアニスト、ポール・ブレイ(1932-2016)のバンドと自分のバンド(ブレイ抜きで同じメンバー)を掛け持って活動していたのを注目され、ロサンゼルスのインディー・レーベル、コンテンポラリー社から初のアルバムを出しました。1作目の好評を受け2作目のアルバムにとりかかっていた頃に西海岸ツアーに来ていたモダン・ジャズ・カルテット(MJQ)のリーダー、ジョン・ルイスがオーネットを知って惚れこみ、ルイスはMJQを看板アーティストとしていたニューヨークの老舗レコード会社アトランティックの顧問だったので、コンテンポラリーでの第2作を早急に完成させるとオーネットをアトランティックに引き抜き、早速ハリウッドのスタジオでアトランティックへの初メジャー・レコーディングを行わせます。それが「淋しい女(Lonely Woman)」を巻頭曲とするアルバム『ジャズ来るべきもの(The Shape of Jazz to Come)』(ジョン・ルイス命名)でした。

 ルイスはオーネットを「バッハのバロック音楽チャーリー・パーカーのビ・バップ以来の音楽的革命」と絶讃・喧伝し(MJQはディジー・ガレスピーやパーカーのバック・バンドから生まれたエリート集団であり、ルイスはバロック音楽の権威でもありました)、またルイスはマイルス、モンク、ミンガスと並びジャズ・ジャーナリズムから最大の重鎮とされていた黒人ジャズマンだったので、たちまちオーネットへの注目が集まりました。オーネットはメンバーたちを連れてアルバム『ジャズ来るべきもの』の発売直前にニューヨークに上京し、ジャズクラブ「Five Spot」の公演(週6晩)に招かれます。当初通常の2週間契約が異例の観客動員によって大反響を呼び、半年間におよぶ延長長期公演になり、コルトレーンやロリンズ、ジャッキー・マクリーンらサックス奏者が足しげく通い、マイルスやミンガスがお忍びで観に来る、とニューヨークのジャズ界を震撼させました。ボストンのセシル・テイラーやシカゴのサン・ラがニューヨークに本拠を移したのもオーネットのニューヨーク・デビューの反響の大きさによるものでした。

 ジョン・ルイスのお墨つきによって、オーネットが1959年5月~1961年3月の2年弱にアトランティックに録音したアルバムは、

[ Ornette Coleman Atlantic Discography ]

1.『ジャズ来るべきもの』The Shape of Jazz to Come (Atlantic, October, 1959)
2.『世紀の転換』Change of the Century (Atlantic, July, 1960)
3.『ジス・イズ・アワ・ミュージック』This Is Our Music (Atlantic, February, 1961)
4.『ジャズ・アブストラクション』John Lewis :Jazz Abstractions (Atlantic, September, 1961)
5.『フリー・ジャズ』Free Jazz (Atlantic, September, 1961)
6.『オーネット!』Ornette! (Atlantic, February, 1962)
7.『オーネット・オン・テナー』Ornette on Tenor (Atlantic, December, 1962)
8.『即興詩人の芸術』The Art of the Improvisers (Atlantic, 1959-61 [ November, 1970 ])
9.『ツインズ』Twins (2LP, Atlantic, 1961 [ October, 1971 ])
10.『未知からの漂着』To Whom Who Keeps a Record (Atlantic, 1959-60 [ November, 1975 ])

 ……の10作(11枚)が順次リリースされました。8~10は契約満了後に発表された未発表曲集ですが、ジョン・ルイスのアルバム参加と『This Is Our Music』収録のガーシュウィン・ナンバー「Embraceble You」(パーカーの愛奏曲だった曲です)を除いて、すべてオーネットのオリジナル曲なのも驚嘆され、ビ・バップ以降のジャズマンとしてオリジナル曲の多さ・革新性と質の高さではセロニアス・モンク(1917-1982)、チャールズ・ミンガス(1922-1979)と並ぶ作曲家と目されています。2007年には1965年のデューク・エリントン(1899-1974)以来ジャズ・ミュージシャンとしてはわずか2人目のピューリッツァー賞音楽部門の受賞者となり、大きな話題を呼びました。

 ニューヨーク・デビューがあまりに急速で集中的だったので、ブームの後はクラブ出演依頼は激減し、レコード契約を失っていた1963年~1964年はジャズの仕事を休業しアルバイトで食いつなぎつつ新曲を書きためていたオーネットですが、1965年のカムバックはアルバート・アイラーアーチー・シェップらオーネットやセシル・テイラー影響下の新鋭ジャズマンの登場、サン・ラの成功、何よりオーネットの感化からフリー・ジャズに転向したコルトレーンによる第2次ブームにタイミングが合って、再び大反響を呼びました。以降オーネットは毎年のようにヨーロッパ・ツアーを行い、アルバム発表も順調なジャズマンの地位を確立します。全曲オーネットのオリジナル曲による『ジャズ来るべきもの』冒頭の衝撃的名曲「Lonely Woman (旧邦題「淋しい女」)」はフリー・ジャズ曲では数少ないスタンダード曲になり、歌詞のついたヴォーカル・ヴァージョンも生まれました。ここでは同曲の初めての他のアーティストによるヴァージョンとして、オーネット自身によるオリジナル・ヴァージョンより先に、MJQがアルバム・タイトル曲にまでした'62年のカヴァー・ヴァージョンを上げました。オーネットのアトランティックでの5枚目(ジョン・ルイス『ジャズ・アブストラクション』を除く)のアルバム『Ornette!』(Atlantic SD 1978)が'62年2月発売なので、これはジョン・ルイスによるオーネットへの追加応援の意図もあったと思われます(オーネットのアルバムはアトランティック社の期待ほど売れず、契約は6枚目の『Ornette On Tenor』録音完了で打ち切られました)。なおMJQの看板ヴィブラフォン奏者ミルト・ジャクソンの担当が「vibraharp」というのはリーダーのルイスのこだわりによるもので、MJQ以外ではミルトは普通に「vibraphone」とクレジットされています。

 MJQの厳かな室内楽的アレンジのヴァージョンはこの曲のカヴァーとしては珍しいもので、「Lonely Woman」はオリジナル通りストレート・アヘッドなリズム・アレンジで演奏されるのが普通です。この曲はAA'BA'形式ですが、オーネット版は通信AA'BA'各8小節=32小節のスタンダード定型ではなくAとA'は各13小節、Bのみ8小節の1コーラス47小節(13+13+8+13)と類を見ない構成で、MJQ版はAとA'を12小節に整理して1コーラス44小節(12+12+8+12)と改作し、ヴォーカル版ではMJQの改作による44小節版(それでもヴォーカル曲としては異例ですが)で作詞され歌われるようになっています。オーネットならではの異様なピッチに歪んだ音色のアルトサックスとコルネットのフリークトーン、シンコペーションだらけのアンサンブル、トニックから全音階昇降でドローンする異常なベースとひたすら4ビートを刻むデッドパンなドラムスは、パーカーのビ・バップから発してビ・バップとはまるで違うジャズ、しかし本質は同じルーツに根ざしたものです。パーカーの「Billie's Bounce」のどこが斬新か今ではリスナーにはわかりづらくなっているように、「Lonely Woman」もよくあるジャズにしか聴こえないかもしれませんが、今でもジャズマンが「Billie's Bounce」や「Lonely Woman」を取り上げるのは演奏すればこれほどやり甲斐のある、常に新しい発見のある曲はないからです。一生飽きのこないジャズとはそういった、パーカーやオーネットのようなジャズを言うのです。初演から50年あまりを経た、2010年前後のライヴ映像とともにお送りします。
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オーネット・コールマン Ornette Coleman Quartet - ロンリー・ウーマン Lonely Woman (Ornette Coleman) (from the album "The Shape of Jazz to Come", Atlantic SD 1317, 1959) : https://youtu.be/OIIyCOAByDU - 4:59
Recorded at Radio Recorders, Hollywood, California, May 22, 1959
Released by Atlantic Records Atlantic SD 1317, October 1959

[ Ornette Coleman Quartet ]

Ornette Coleman - plastic alto saxophone, Don Cherry - cornet, Charlie Haden - bass, Billy Higgins - drums

Ornette Coleman & Prime Time - Lonely Woman (Live, Broadcast, 2008) : https://youtu.be/5-vZVbdOZAU

Ornette Coleman & Prime Time - Lonely Woman (Live, Audience Shot, 2010) : https://youtu.be/NxfcnKM1dEg

Ornette Coleman Quartet with Charlie Haden - Lonely Woman (Live, Audience Shot, 2012) : https://youtu.be/BxSsytRVVUY

(旧稿を改題・改稿しました)