人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

オーネット・コールマン The Ornette Coleman Double Quartet - フリー・ジャズ Free Jazz : A Collective Improvisation (Atlantic, 1961)

オーネット・コールマン - フリー・ジャズ (Atlantic, 1961)

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オーネット・コールマン The Ornette Coleman Double Quartet - フリー・ジャズ Free Jazz : A Collective Improvisation (Atlantic, 1961) Full Album : http://youtu.be/xbZIiom9rDA
Recorded at A&R Studios, New York City, Wednesday, December 21, 1960, 8pm - 12:30am
Released by Atlantic Records SD1364, September 1961
Produced by Nesuhi Ertegun
Recording Engendered by Tom Dowd
Composition by Ornette Coleman.

(Side 1)

A1. Free Jazz (part one) - 19:55

(Side 2)

B1. Free Jazz (part two) - 16:28
Total Time - 37:03 or 37:10

(CD Bonus Track from the album "Twins", Atlantic, 1971)

◎First Take (Outtake from "Free Jazz" Session) : https://youtu.be/44Gr91bcoRY - 17:03

[ The Ornette Coleman Double Quartet ]

( Left channel )
Ornette Coleman - alto saxophone
Don Cherry - pocket trumpet
Scott LaFaro - bass
Billy Higgins - drums
( Right channel )
Eric Dolphy - bass clarinet
Freddie Hubbard - trumpet
Charlie Haden - bass
Ed Blackwell - drums

(Original Atlantic "Free Jazz" LP Liner Cover, Gatefold Inner Cover & Side 1 Label)

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 LP時代でアルバムAB面通して1曲、しかも完全即興というのが本作の発売当時どれだけ大事だったか、今では想像もつかないことですが、黒人ジャズとはいえポピュラー音楽には違いなかった大スキャンダルを巻き起こした本作は今なお日常的に楽しんで聴いているリスナーは少ないであろう問題作です。オーネット・コールマン(1930-2015)がデビューした1958年は、翌1959年にかけてモダン・ジャズの飽和点となった時期でもありました。アルバム名をじゃんじゃん上げますから邦題のみで原題は略しますが、マイルス・デイヴィスの『マイルストーンズ』『カインド・オブ・ブルー(初発売時の邦題は『トランペット・ブルー』でした)』『スケッチズ・オブ・スペイン』をピークにこの時期名作と名高い作品を軽く拾ってもセロニアス・モンク『ミステリオーソ』、チャールズ・ミンガス『ミンガス・アー・ウム』、ジミー・ジュフリー『ウェスタ組曲』、アート・ブレイキージャズ・メッセンジャーズ『モーニン』、ホレス・シルヴァー『ブローウィン・ザ・ブルース・アウェイ』、ランディ・ウェストン『リトル・ナイルズ』、ポール・チェンバース『ゴー』、キャノンボール・アダレイ『イン・サンフランシスコ』、ジャッキー・マクリーン『ニュー・ソイル』、ソニー・ロリンズ『ニュークス・タイム』、ポール・デスモンド『ファースト・プレイス・アゲイン』、エディ・コスタ『ハウス・オブ・ブルー・ライツ』、ケニー・ドーハム『静かなるケニー』、スティーヴ・レイシー『リフレクションズ』、ハンク・モブレー『ペッキン・タイム』、ウィントン・ケリー『ケリー・ブルー』、マックス・ローチ『ディーズ・ノット・ワーズ』、ユゼフ・ラティーフ『クライ・テンダー』、リー・コニッツ『ヴェリー・クール』、アート・ペッパー『プラス・イレヴン』、ロイ・ヘインズ『ウィ・スリー』、それにジョン・コルトレーンジャイアント・ステップス』とビル・エヴァンス『ポートレイト・イン・ジャズ』が出ています。このうち1959年の『カインド・オブ・ブルー』と『ミンガス・アー・ウム』『ジャイアント・ステップス』『ポートレイト・イン・ジャズ』は来る'60年代ジャズの決定的な方向性を示し、ポップスや映画音楽、ロック、クラシックのミュージシャンにも大きな影響を与えることになります。ちょっと思いついただけでも1958年~1959年のジャズにはこれだけの収穫があり、各ミュージシャンには前後に同レベルの名盤がありますから細かく拾えば裕に倍は上がります。パーカー&ガレスピーから始まったビ・バップ以降のモダン・ジャズはもうここまで来ていて、ジャズの内部から風穴を開けようとしていたのがモンクやマイルス、ミンガス、コルトレーンエヴァンスでした。しかしそれはあくまでジャズ内部からの改革だったので、ジャズの外側(もともとR&Bの奏者でした)からふらりとオーネットが侵入してきたのも時代的な必然性があったのです。オーネット・コールマンの全米デビュー作『ジャズ来るべきもの』1959は『カインド・オブ・ブルー』や『ポートレイト・イン・ジャズ』に匹敵するものでした。オーネットへの返答として翌1960年~1961年にはミンガスの『ミンガス・プレゼンツ・ミンガス』、マックス・ローチの『ウィ・インシスト!』、さらに『セシル・テイラーの世界』や『フューチャリスティック・ワールズ・オブ・サン・ラ』、エリック・ドルフィーの『惑星』、コルトレーンの『ライヴ・アット・ヴィレッジ・ヴァンガード』が続き、ロリンズやマクリーン、ローランド・カークらがオーネット影響下の作風に転換し、フリー・ジャズ第2世代となるアーチー・シェップやジョン・チカイ、アルバート・アイラーらがデビューします。ジョン・ルイスの予言通りオーネット・コールマンは「チャーリー・パーカー以来のジャズの革新」になりましたが、フリー・ジャズはビ・バップのような特定の主流的方法を持たずアーティストごとの個人的なスタイルだったことが事態をややこしくしたので、1962年以降のオーネットの一時的引退と1965年のカムバックの間に、'60年代ジャズの主流はハード・バップのモーダル・ジャズ化にフリー・ジャズを折衷したものに向かうことになります。

[ Ornette Coleman on Atlantic Records ]

1.『ジャズ来るべきもの』The Shape of Jazz to Come (Rec.May 22, 1959) Atlantic SD1317, Oct.1959
2.『世紀の転換』Change of the Century (Rec.Oct. 8-9, 1959) Atlantic SD1327, Jun.1960
3.『ジス・イズ・アワー・ミュージック』This Is Our Music (Rec.Jul.19 & 26, Aug.2, 1960) Atlantic SD1353, Feb.1961
4.『フリー・ジャズ』Free Jazz : A Collective Improvisation (Rec.Dec.21, 1960) Atlantic SD1364, Sep.1961
5. ジョン・ルイス『ジャズ・アブストラクションズ』John Lewis / Jazz Abstractions (Rec.Dec.20, 1960) Atlantic SD1365, Sep.1961
6.『オーネット!』Ornette! (Rec.Jan.31, 1961) Atlantic SD1378, Feb.1962
7.『オーネット・オン・テナー』Ornette on Tenor (Rec.Mar.22 & 27, 1961) Atlantic SD1394, Dec.1962
8.『即興詩人の芸術』The Art of the Improvisers (Rec.May 22 & Oct.9, 1959, Jul.26, 1960, Jan.31 & Mar. 27, 1961) Atlantic SD1572, Nov.1970, Outtakes from "The Shape of Jazz to Come", "Change of the Century", "This is Our Music", "Ornette!" & "Ornette on Tenor" Sessions.
9.『ツインズ』Twins (Rec.May 22, 1959, Jul.19 & 26, 1960, Dec.21, 1960, Jan.31, 1961) Atlantic SD1588 (2LP), Oct.1971, Outtakes from "The Shape of Jazz to Come", "This is Our Music", "Free Jazz" & "Ornette!" Sessions.
10.『未知からの漂着』 To Whom Who Keeps a Record (Rec.Oct.8, 1959, Jul.19 & 26, 1960) Warner Pioneer P-10085A, late 1975, Outtakes from "Change of the Century" & "This is Our Music" Sessions.

 オーネット・コールマンがアトランティックと専属契約し、1959年5月22日の初録音から1961年3月27日の最終録音までに残したアルバム10枚分の音源は、ボックス・セット"Beauty Is a Rare Thing" (6CD, Rhino/Atlantic, 1995)にまとめられています。このセットは発売即古典的集大成版としてロングセラーになり、2015年には発売20周年を記念して廉価再プレスされました。オーネット・コールマンのアトランティック時代のアルバムは現在では全作品が各種音楽ガイドで★★★★★の評価を受けています。もっともこのボックス・セットで初発売された未発表音源はほとんどなく、リストの1~7のオリジナル・アルバムに加えて、オリジナル・アルバム未収録音源を集めた『即興詩人の芸術』『ツインズ』『未知からの漂着』の3枚でアルバム未収録曲は補えます。基本的にオリジナル曲しか演らないオーネットの場合、未収録曲はアルバム収録曲の別テイクではなく純然たる未発表曲ですから、アウトテイク集とはいえ重要度はオリジナル・アルバムと変わりません。例外的に『ジス・イズ・アワー・ミュージック』収録のガーシュインのスタンダード曲「エンブレイサブル・ユー」が唯一アトランティック時代のカヴァー曲で、また「ブルース・コノテーション」はオリジナル・テイクと「ブルース・コノテーションNo.2」があり、さらに『フリー・ジャズ』はオリジナル・アルバムのライナー・ノーツ通り1テイクだけで完成したものと思われていましたが、実はアルバム片面分の長さのリハーサル音源「ファースト・テイク」が発見されて『ツインズ』に収められました。『フリー・ジャズ』は何度もリマスターCD化されており、「ファースト・テイク」をボーナス・トラック収録したリイシューも多いので聴き較べは容易です。リハーサルだけにマスター・テイクの半分の長さでコンパクトな仕上がりになっており、短い別テイクとして聴きごたえはありますが、あくまで『フリー・ジャズ』あってのリハーサル・テイクとして聴くべきものでしょう。アルバム『フリー・ジャズ』はダブル・ジャケットの表の一部が切り抜かれ、ジャケットを開くとジャクソン・ポロックのアクション・ペインティング絵画「The White Light」の全貌が現れる秀逸なジャケットでもアトランティック・レコーズの意欲がうかがわれ、オーネットとドルフィーの参加した本作の前日録音作品、ジョン・ルイス『ジャズ・アブストラクションズ』(ビル・エヴァンスジム・ホールスコット・ラファロ参加)と連番で同時発売されました。ドルフィーに至っては本作の録音を真夜中に終えた翌1960年12月21日にはドルフィー自身の第3作『ファー・クライ』(ブッカー・リトル参加)を録音しており、3日連続で3枚の名盤を残したことになります。

 トランペット二人、木管楽器二人(アルトサックス、バスクラリネット)、ベース二人、ドラムス二人というダブル・カルテット編成のこの『フリー・ジャズ』は通常の意味での楽曲的要素(テーマ)は冒頭と末尾のテーマ提示以外にはソロイストの替わり目に合奏されるユニゾン・リフ程度しかありませんが、一応4小節のイントロ+AA'B(8小節+8小節+12小節)に明確な全音符6音のテーマはあります。この6音が全音階のため無調性に聴こえるのですが、実際には明確なトニックとドミナントがあって即興演奏の基準になりますが、テーマが全音階のためドミナント・モーションが起きない上に演奏全体ではテーマ提示があまりに極小なためほぼ完全即興の音楽に聴こえるのです。テーマ提示とその変奏が目的ではなく即興のためのキュー・シートでしかありません。しかしこのユニゾン・リフ自体のリズム・パターンと拍節・調性がインプロヴィゼーションの土台になっている点では、むしろオーソドックスなジャズの形式から最大の拡張を行ったものと言えます。さらにソロイストの演奏中にも他のプレイヤーに自由なアドリブによるアンサンブルを許容することで、ソロのリレーに始終しない多彩なサウンド効果を得ています。これはビ・バップ以降には古臭いバック・リフとして排除されていた手法でもありましたが、本作はビ・バップ以前のバック・リフ手法をバック・リフには聴こえない完全即興に再解釈して用いたもので、オーネットのこれまでのカルテット編成のアルバムでも十八番になっていた手法を2組のカルテット(ダブル・カルテット)に拡張したものです。そうした明確な発想あっての完全即興が本作なので、メンバー全員オーネットとドルフィーとの共演経験があり、オーネットのコンセプトの最上の理解者だったのが本作を成功作にしています。これでエリック・ドルフィーがアルトサックスだったらなおのことオーネットとのアプローチの違いが楽しめたと欲も出ますが、オーネットもドルフィーも音色の対比を狙ってここではドルフィーバスクラリネット(いっそアルトサックス、フルート、バスクラリネットと3種を駆使して欲しかったとも思いますが、それではドルフィーの持ち替えが主役になってしまうので)としたのでしょう。ドン・チェリーのポケット・トランペットとフレディー・ハバードのトランペットの対比は音色よりもリズムへのアプローチで判別でき、長いフレーズで細かく上降するのがハバード、突っかかるようにリズムを溜めたり走ったりするのがチェリーです。ヘイデンのドローン奏法によるベース・ソロ、ラファロのトレモロ奏法によるベース・ソロ(ベーシスト二人は白人で、ロサンゼルス出身のヘイデンとラファロはニューヨーク上京後シェア・ルームしていたほどの親友でした)はそれまでのどんなジャズでも聴けなかったもので、管楽器4人がソロを終えて休みベース二人、ドラムス二人のダブル・デュオになる局面は全編中のハイライトでしょう。ベーシスト2人の違い(途中から相手のフレーズを模倣しあって応答しています)、ドラムス二人の役割の違いがはっきりわかります。ベース・ソロが終わってオープニング・テーマとソロ交替の時だけ吹かれる管楽器4人のユニゾン・リフ、そしてダブル・ドラムス(このセッションを境にビリー・ヒギンズは独立してセロニアス・モンク・カルテットのレギュラーや多忙なセッションマンになり、エド・ブラックウェルがオーネット・カルテットのレギュラー・ドラマーの座を引き継ぎます)だけのアンサンブルになり、一気に開放感が訪れると、『フリー・ジャズ』の音楽的快感はリズムの豊さにあると思い知らされます。冒頭に述べた通りこのアルバムはAB面両面を使った全1曲に中規模編成の同時集団即興を展開したジャズ史上初めての作品であり、アルバート・アイラーの『ベルズ』1965やジョン・コルトレーンの『アセンション』1965、ペーター・ブレッツマンの『マシンガン』1968、マイルスの『イン・ア・サイレント・ウェイ』1969、『ビッチズ・ブリュー』1970などの先駆をなしました。また、1962年1月22日号の「ダウンビート」誌では「ダブル・カルテットへのダブル・レヴュー」と題した特別記事を組み、批評家ピート・ウェルディングは五つ星の栄誉を与え本作を讃える一方、批評家ジョン・タイナンはまったくの無星としています。この両極端の評価も『フリー・ジャズ』の場合は成功の証と言えるでしょう。また当時依然としてアパルトヘイト時代にあったアメリカでは、本作は社会的抑圧へのアフロ・アメリカンにとっての民族的自覚と自由への希求であり、アメリカ社会への意義申し立てと公民権運動時代を代表する黒人コミューンからのプロテスト・アルバムともされたのです。一見途方もない実験的ジャズの本作が、コミュニズム的なジャズ・ファンクの起点とも位置づけられるゆえんです。

(旧稿を改題・出直ししました)