人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

SPK - レイシェンシュレイ(屍の叫び) Leichenschrei (Thermidor, 1982)

SPK - レイシェンシュレイ(屍の叫び) Leichenschrei - (Thermidor, 1982)

(Reissued 1992 Mute/The Gray Area "Leichenschrei" CD Front Cover)
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SPK – レイシェンシュレイ(屍の叫び) Leichenschrei (Thermidor, 1982/Side Effects, 1983) Full Album : https://youtu.be/xXcs_hgIHH8
Recorded at SPK/Side Effekts studio in October 1981 - March 1982
Released by Thermidor Records T-9, April 1982(US) & Side Effects SER 02, January 1983(UK, Australia) / UK Indie#14
Reissued by Mute Records / The Grey Area spk 2cd, 1992
Produced by SPK
(Seite A) *1>
A1. Genetic Transmission - 3:17
A2. Post-Mortem - 2:24
A3. Desolation - 1:18
A4. Napalm (Terminal Patient) – 2:39
A5. Cry from the Sanatorium – 2:26
A6. Baby Blue Eyes - 2:38
A7. Israel - 2:46
A8. Internal Bleeding - 1:46
A9. Chamber Music - 3:26
(Seite B) *2>
B1. Despair - 4:45
B2. The Agony of the Plasma - 3:03
B3. Day of Pigs - 4:18
B4. Wars of Islam - 4:31
B5. Maladia Europa (The European Sickness) - 3:50

[ Socialistisches Patienten Kollektiv ]

Oblivion (Graeme Revell) - synthesizer, electronic rhythms, tape, syncussion, vocals
NE/H/IL (Neil Hill) - synthesizer, electronic rhythms, tape, treatments, vocals
Pinker - drums, syncussion, metal percussion, backing vocals
with
Paul Charlier - guitar, bass, synthi
Peter Kennard - guitar, bass
Karel van Bergen - violin, vocals
Sinan Leong - vocals, photography
Brett Guerim - additional vocals
Margaret Hill - additional vocals
Lustmord - additional vocals
Rose - additional vocals
Phil Punch - mixing


 オーストラリア出身、イギリスと本国を往復して活動していたSPKという音楽プロジェクトが、どういう成り立ちでどういう音楽活動をしてきた存在だったのかは、ファースト・アルバム『インフォメーション・オーヴァーロード・ユニット(Information Overload Unit)』を取り上げた記事でご紹介しましたのでご参観ください。今回はSPKの最高傑作と名高いセカンド・アルバム『レイシェンシュレイ(屍の叫び)』(Leichenschrei aka the corpses scream)をご紹介したいと思います。ところが本作の批評を探してみたのに、サイト上ではこのアルバムに批評らしい批評をしている文献が見当たりません。英語版ウィキペディアで筆頭に目安にされる総合音楽サイトはallmusic.comですが、SPKの7作のアルバムのうち解散後の発売になった最終作のライヴ盤『Oceania』(1987年)が外されているのはともかく、UKインディー・チャート14位にまで上がり、1970年代末~80年代初頭のオルタナティヴ・ロックの潮流にあって、スロッビング・グリッスルに始まるノイズ/インダストリアル・ミュージック派に終止符を打った決定的作品とされる本作が、allmusic.comでは批評家採点もレビューもなく、ユーザー投票だけは五つ星というのはどうしたことでしょう(ちなみに『インフォメーション・オーヴァーロード・ユニット』は星三つ、初期コンピレーション『Auto Da Fe'』と第3作『Metal Age Voodoo』、第4作『Zamia Lehmanni』の3作は批評家採点で星四つです)。

 何とか見つけたのが元ティアドロップ・エクスプローズのリーダーで、現在は著書『Krautrock Sampler』や『Japrocksampler』で非英語圏アンダーグラウンド・ロック批評の権威となったジュリアン・コープ主宰の音楽批評サイト「Head Heritage」掲載のレビューでした。これは読者投稿からコープの眼鏡にかなった採用らしく、いかにもコープ好みの大仰な文体と唐突な俗語脈(強調以外の意味がないので普通の表現に訳しました)、ジャーゴン(=仲間内用語。ネットスラングの類。「MMM」スタイルのグルーヴって何でしょう?マグマ?)の多用など鼻につく面もありますが、まとまった内容の短評でまずまず妥当なものでしょう。「メスで裂かれたアイアン・バタフライ」などそれなりに気の利いた観点もあり(『レイシェンシュレイ』のサウンドに『ガダ・ダ・ヴィダ(In-A-Gadda-Da-Vida)』を連想するセンスはなかなかです)、かなりの意訳ですがアルバム『Leichenschrei(レイシェンシュレイ)』への評価の目安になる文献として参照いただけると幸いです。

 なおオリジナルLPへのレビューであるこの短評では現行CDとはAB面が逆になっているようで、Side Effects版LPとCD(と本リンク)ではA面に当たる*3>(加水分解酵素のリゾチーム=Lysozymeが語源でしょうか)をB面のタイトル、B面に当たる*4>(こちらは文字通りクローン=Clone、ギリシャ語源でSPKの言語センスでは頭文字はCではなくKになります)をA面のタイトルとしているようです。しかし楽曲の切れ目はどちらにも解釈できるので、オリジナルLPのTermidor版のレーベルがプレスミスでAB面の楽曲の配置は同じとも、AB面の表記がなかったため評者がAB面を取り違えたとも考えられます。またレビューの評者が「Desire」と書いている曲は「Despair」のことでしょう。それらについては後の文章で考えてみることにします。

(Original Termidor "Leichenschrei" LP Front & Liner Cover)
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SPK - LEICHENSCHREI (1982)

Termidor T-9
Reviewed by Lugia

 このアルバム(オリジナルのテルミドール盤)の収録曲には曲名はない。各面のレーベルは「Klono」「Lysso」と名銘たれ、後者は2曲に分かれているが、前者は全面で1曲だけになっている。

 もしも『魂の闇夜』と題した映画のサウンドトラック・アルバムがあるとすれば、おそらくそれはこのような音楽だろう。

 すべては不気味なエレクトロニクス音から始まり、やがて響いてくる声はギロチンについて、冷凍された肉体について、死についてとめどなく語る。暗い(Dark)。とても暗い(Very Dark)。そしてドラムスとエレクトリック・パーカッションがインダストリアル・ビートの鼓動に乗ってリスナーに襲いかかってくるが、脅迫観念にかかったように語る声は続く。検死データの羅列、レイプについてしゃべりまくる女の気の狂った支離滅裂なモノローグ、梅毒患者、マインド・コントロール……。

 そしてふと、これらがまだ5分も経たないうちに起こっているのに気づく……。

『Leichenschrei』……このタイトルは「死体の叫び声」を意味する……このアルバムこそ筆者の知るダークな音楽的ヴィジョンの極北の一つと断言できる。これは究極のバッド・トリップ・ミュージックだ。しかもリスナーは決してこのトリップを楽しくも、甘くも、明るくもすることはできないだろう。

 SPKのもっとポピュラーな作品には、雰囲気があり親しみやすい『Zamia Lehmanni』や、もちろんクラブ・インダストリアル曲の「Metal Dance」などがある。しかしそれらより前にこの『Leichenschrei』がある。これは音の地獄への下降なのだ。男女二人組となったSPKはパワー・エレクトロニクスのビートを歪め、ローファイ録音による自家製ナパーム弾のようなサウンドで知られるようになったが、それはこの記事の冒頭で述べたような音楽の後で起こったことであり、『Leichenschrei』には骨を轢く鋸の音、より多くの濁った声、そして電子的鼓動、すべてのバランスの崩壊、狂った、狂ったリズムがある。そう、確かにいずれは誰かがこれと同じ芝生を踏みにじるのだろう……だがSPKが最初だったのだ。精神病患者、犯罪者、売春婦たちで作られたあらゆる種類の堕落や、エレクトロニクスとそれらすべてを飽和させる恐ろしいハイパー・ブラックの抑圧的雰囲気を組み合わせたグレアム・リーヴェル……そう、グレアム・リーヴェル……彼とその仲間たちがリスナーを脅かし、すべてを打ちのめす!

 アルバムA面に相当する「Seite Klono」はB面よりリズムは比較的明快と言える。曲ごとのタイトルはない。A面が進むに連れてビートはより狂乱的に重く歪んだものになり、さまざまな肉声とエレクトロニクス音が連続する。複数の奏者によりあちこちでドラムスとメタル・パーカッションのクラップ音のアクセントが加わる。メスで裂かれたアイアン・バタフライとシュトックハウゼン流のアンサンブルをクロスカントリーヴードゥー黒ミサで交錯させたようだ。最終的にはすべてが「MMM」スタイルのグルーヴに固定されてクラッシュし、金属音や電子ノイズが発生する。リスナーは痛みを感じる前に、それを止めなければならなくなる……。

 B面に当たる「Seite Lysso」では、もう少し「雰囲気」があるにもかかわらず、A面同様にダメージを受けた手法が多く扱われている。だがそれもバッド・トリップであって、ハッピーではない。読者がもし悪魔の使いだとしても、平均的なリスナーにとっては、これは以前と同じ地獄の続きになるだろう。原始的なローファイの唸り、 電気的金切り声、ギター・デス、プロセッサースクランブル・ドゥーム・ヴォーカルは「Desire」の別題でも知られる曲ですべてを蹴飛ばし、ブーストされたヴォイスと結合した血まみれの叫び声が反響する、「……今流行(はやり)の……」「……まるで事故のようだ……」「……やつらに言わないで……私たちが誰なのか……」そしてガラスの粉砕音が重なる。

 これは間違いなく「トリップ・ミュージック」だが、「チャイナ・キャット・サンフラワー」(グレイトフル・デッド1969年の代表曲)的な要素はこれらの側面で(またはあらゆる点で)どんな形でも見つからない。 ナイス・トリップを期待した人は期待すら忘れ去る!ここにある唯一の花は、エージェント・オレンジとナパームで覆われており、恐怖のあまり溶け出してしまう悪夢の色が浮かぶ。嫌悪は軌道から露わになっている。リスナーは自分の感覚をつかんだつもりで茶色いアシッドをつかまされている。バッド・トリップが至上を支配する!金切り音のシンセサイザーと連打され続けるリズムと魂の叫びは、黙示録的で土俗的な血の怒りの地獄の中でリスナーの苦悩する心を満たす。B面の終わりに至って、リスナーは不器用な僧侶の修道院との悪魔的な境界線の前に投げ捨てられたような、何か不器用なものにたどり着くが、それは「Leichenschrei」の始まりと同じでもあるだろう。

 官能的な負荷に耐えるほどに健康で、最も強力なものに取り組める人だけがこのアルバムを聞くべきだろう。そうでないリスナーには間違いなくここに乗りこむための度量が足りない。ミスター・リーヴェルとその仲間はそのためにこの悪だくみを辞めてしまった。20年後の今日でさえこれほど聴くのに困難な代物はない。つまりそれは産業音楽(インダストリアル・ミュージック)ゆえに美しく老朽化していることを意味するが、それをも加えた上で本作は極上であり最高峰のアルバムであると主張したい。もしこのアルバムを手に取ることができたら……ぜひ探していただきたい。もしその機会がないなら……このアルバムに針を下ろす機会があらんことを神にお祈りいただきたい!

(From Julian Cope's HEAD HERITAGE / First Appears in February 14, 2004.)

(Original Side Effects "Leichenschrei" LP Front/Liner Cover & Seite A Label)

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 このアルバムは1992年の初CD化以来2003年の再発を最後に長らく廃盤になっており、プレミア価格の中古盤を探すか海賊盤ロシア製MP3-CDを通販サイトで購入する以外には入手できませんでした。が、2019年に突然Old European Cafe名義のインディー・レーベルから新規デザインのデジパック仕様で再発CDが発売され、日本国内の各種通販サイトでも流通しています。しかしこれもどうやら数年前からSPKの自主制作カセットや未発表ライヴやをByzantium MediaやTherapeutic Adverse Recording名義でCD化してきたSPKの関係者Lustmondによるハーフ・オフィシャルらしく、英Mute Records / The Gray Area盤CDのようにグレアム・リーヴェル自身の監修によるリリースではないようです。幸い本作も現在では容易にYouTubeで試聴できますが、アナログLP時代には米テルミドール盤、英豪サイド・エフェクツ盤とも初回盤、再発売とも最小ロットしかプレスされず、スロッビング・グリッスルキャバレー・ヴォルテールホワイトハウスに次ぐインダストリアル派の代表的存在とは言っても実際に聴いている人はめったにいないのがSPKの音楽でした。

 しかしこのアルバムの独創性、純粋に音楽的な高さ、表現力は驚異的で、シンコペーションするベース・オスティナートに変拍子のメタル・パーカッション、ノイズとヴォイスのコラージュだけでリズムと音色に特化した音楽性は類例を見ないほどの完成度に達した、ピンク・フロイドの『狂気(The Dark Side of The Moon)』'73に匹敵するものです。ファースト・アルバム『インフォメーション・オーヴァーロード・ユニット』も優れた作品でしたし、双頭リーダーだった二人のうちニール・ヒルが離れてグレアム・リーヴェルのソロ・プロジェクトになってからのアルバムでも『ザミア・レーマンニ(Zamia Lehmanni)』も本作に次ぐ名作と言える逸品でした。1993年にイギリス、日本で発売された『SPK BOX』の収録アルバムもこの3作で、『SPK BOX』と同時にやはりイギリスと日本でのみアルバム未収録の初期シングルと未発表曲のコンピレーション『オート・ダ・フェ(Auto Da Fe')』も初CD化されていますから、1984年のニール・ヒルの自殺後もSPKの看板を背負っていたリーヴェルの自薦アルバムも『インフォメーション~』、本作、『ザミア~』が代表作で、追補編として『オート・ダ・フェ』があると見ることができ、SPKのアルバムをひと通り聴く前に代表作とされる上記4作だけ聴いても納得がいく完結感があるように思われます。またSPKの全アルバムはオリジナルLPからCDサイズ用にジャケット・デザインの改訂がなされ、そこにも今なおSPK時代に残した音源へのリーヴェルの執念がうかがえます。

 後発のSide Effects(SPK自身の自主レーベル)版とCDで*5>と*6>が上記のデータの通りになっていることから、本作は現行CD通りCD前半9曲構成の*7がA面、CD後半5曲構成の*8がB面なのがSPKの意図通りの本作の曲目・曲順であり、先にご紹介したレビューには初回プレスの印刷ミス、または評者によるAB面の取り違えにがある可能性があります。AB面とも曲の切れ目はなく、*9のA1~A9ではA3とA4、次いでA5とA6が曲間なしのカットインで異なる曲につながっており、サイト評者の指摘ではA面*10は2曲に分かれるとしていますから、レーベルの印刷ミスでこの面が*11になっていたとすれば爆音でカットインするA3とA4はメドレーと見てこの面を2曲(A1~A5、A6~A9)と解釈したと取れます。「Disapair」で始まる面は現行CDの後半5曲通りの曲目・曲順がB面の*12で、この面は最終曲「Maladia Europa」だけがカットインで始まりますからこちらが*13とミスプレスされていたならば、サイト評のように*14(実はA1~A9*15面)をギロチンの響きに喩え、「Disapair」(評者が「Desire」と書いている曲)で始まる*16(実はB1~B5*17面)を「より(穏やかな)雰囲気がある」としているのも一応根拠はあります。最終曲では再びアルバムの冒頭に帰るとしているのはA9、B5どちらも通用するので、本作にはA9はB1につながり、B5はA1につながる円環的構成がありますが、結局曲目記載がなくAB面の記載すらなかったオリジナルLPに各面が逆転した印刷ミスがあったかは断定できません。「*18には別題"Desire"として知られる曲が~」とありますが、SPKのオフィシャル・サイトでV.A.のコンピレーション・アルバムまで調べても「Desire」という曲はなく、シングル「Metal Dance」'83をリリースした時の自主レーベルに「Desire」という名称が一度使われたきりですから、これも評者の勘違い(聴き違い)でしょう。それだけ英語ネイティヴのリスナーにも歌詞が聴きとりづらいわけで、「Despair」は1992年の決定版CDでは特別にこの曲だけは歌詞が掲載されています。

 インダストリアル(Industrial)とはもともとスロッビング・グリッスルが1976年に立ち上げた自主レーベルの名称で、機械化された社会に住む人間の産業廃棄物のようなサウンドを指向するオルタナティヴ・ロックの一派でした。先駆者として参考にされたのはヴェルヴェット・アンダーグラウンドロキシー・ミュージック、ドイツ'70年前後の実験派ロックなどで、スロッビング・グリッスルはアート・パフォーマンス集団から生まれたプロジェクトでしたが、プログレッシヴ・ロックの文脈からインダストリアル派に合流したジス・ヒート、キャバレー・ヴォルテールなどの古参バンドも加わり、アンチ・アート的にスロッビング・グリッスル一派を批判する立場からホワイトハウスが現れます。ここまで上げたのはイギリス国内のアーティストたちですが、ドイツではノイバウテンDAFなどがイギリスのインダストリアル派と同傾向の音楽をやっており、アメリカではエレクトリック・イールズやペル・ユビュ、スーサイド、クロームなどパワー・サイケデリアとパンク・ロックからイギリスのインダストリアル派と同時期に同様のアプローチに発展したバンドがいました。1979年に100枚限定の自主制作シングルでデビューしたオーストラリアのSPKは国際的なインダストリアル・ミュージックの流れでは遅れて登場した存在だったと言えます。SPKの初期シングルは100枚、200枚といったプレス枚数しか作られなかったので、4枚の3曲入りシングルで発表された楽曲数は全7曲しかなく、新曲ができると前のシングルからの曲をカップリングして100枚プレスされる、という非効率的でアマチュア規模のものでした。7曲中5曲がコンピレーション・アルバム『オート・ダ・フェ』'83のA面に収録されるまでほとんど聴くことができなかったものです。'79年録音のシングル曲はヴォーカル、ギター、シンセサイザー、ベース、ドラムスの5人編成によるバンド編成で、比較的パンク・ロックに近いものですが、極端なノイズ指向はすでに表れており、スロッビング・グリッスルのファースト・シングル「United b/w Zyclon B Zombie」'77のテクノ・インダストリアル・パンクよりも破壊的なものです。この点でSPKはイギリスのインダストリアル派よりもアメリカのスーサイドやクロームに近く、スーサイドはニューヨーク・パンク、クロームはL.A.パンクから突然変異的に現れたバンドでしたが、核となるメンバーがコンセプトを共有するトラックメイカーとパフォーマーのデュオ、という点でもSPKと似ています。音楽的には共通してドイツ実験派ロックの強い影響下にあり、スーサイドはパフォーマンスの点で、クロームはヴォーカル・スタイルと爆音ギターで、イギー・ポップ&ストゥージズのスタイルを継承するものでした。その辺りの肉体的感覚がSPKをスーサイド、クロームと分けています。

 SPKの主張する肉体性はパフォーマンスする死体、パフォーマンスする生殖器、パフォーマンスする狂気であり、その本領が初めて発揮されたのは初期シングル中の「Germanik」「Mekano」「Slogan」などの曲でした。 NE/H/IL(ニヒル)ことヴォーカリスト/パフォーマーのニール・ヒル(Neil Hill)は精神疾患の問題でまだ渡英できなかった時期に、ヒルと煮詰めたコンセプトでリーヴェルがイギリスでサポート・メンバーを加えて制作したファースト・アルバム『インフォメーション・オーヴァーロード・ユニット』'81はスロッビング・グリッスルの解散、またキャバレー・ヴォルテールのファンク・インダストリアルへの転向の年に発表され、SPKをポスト主流インダストリアルの代表的存在にしました。初期シングルとヒル没後の中期インダストリアル・ファンク期を除けばSPKをバンドと呼べるのか迷いますが、発振音と自然倍音がビートと和声を暗示するノイズの塊の『インフォメーション~』はロックの文脈以外には位置づけられないものです。あまりにけたたましく異様な音色のサウンドなので一聴するとビートと和声構造が聴き取れないため、リスナーがこれをロック・ミュージックのヴァリエーションと認めるのは困難でしょうが、さまざまなニュアンスのエイト・ビートとドミナント進行(固定トニック、II→V進行も含む)の和声構造はロックの古典的な音楽フォームに属するものです。ヒルの渡英と参加がかない、専任パーカッション奏者を迎えた『Leichenschrei』では、さらにリズムの多様性が短い単位の楽曲のメドレー形式で実現されます。これは非インダストリアル派のオルタナティヴ・ロックポスト・ロックからジャマイカのダブ・ミュージックの影響を受けたスリッツの『The Slits』'79、ポップ・グループの『Y』'79や『How Much Longer Do We Tolerate Mass Murder ?』'80、パブリック・イメージ・リミテッドの『Metal Box』'79や『Flowers of Romance』'81に見られたアフロ・リズムやファンク・ビートを、キャバレー・ヴォルテールのようなダンスフロア・ファンク化ではなくSPKの流儀で消化したものでした。もっとも本作を最後にニール・ヒルが脱退したSPKは『メタル・マシン・ヴードゥー(Metal Age Voodoo)』'84ではインダストリアル・ファンクとなり、さらに急転換してビザンチウム聖歌をモチーフに非リズム的な『ザミア・レーマンニ』'86によって『インフォメーション~』『レイシェンシュレイ』とは異なるアンビエント・インダストリアルと言うべき異色の名作をリーヴェル独力で作り上げます。以上、あえてここではスロッビング・グリッスルSPKが共通して掲げていた、異常な死と性、狂気のイメージには触れませんでした。それはSPKのみならず、ティアドロップ・エクスプローズを含むマンチェスターポスト・パンク・シーンが生んだジョイ・ディヴィジョンにも見られたもので、作為的にネガティヴな表現に走ったポストモダンデカダンス的嗜好は時代とともに風化を免れ得ません。SPKはステージ上で家畜の死骸の解体パフォーマンスまでやっていたバンドでした。それでも今なおジョイ・ディヴィジョンSPK(ジョイ・ディヴィジョン双極性障害SPK統合失調症に悩んだヴォーカリストを自殺で失ったバンドでした)が聴くに堪えるならば純粋に音楽の訴求力によるので、戦略的イメージやイディオム、個人的な悲劇からではないでしょう。しかし一応それも無視できないので、Side Effects版LPにSPK自身が添付したブックレットと代表曲「Despair」の歌詞対訳を末尾に掲げます。この曲は実はなんとラップなのですが、こんな空前絶後の陰鬱なラップが、SPK以外のアーティストにあるでしょうか。

(Original Side Effects "Leichenschrei" LP Inner Booklet)
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[ Despair ]

Live At Sam's Minneapolis 1982 : https://youtu.be/MqlfA6UoDwE

I'll kill you when you look away
And I would die if would only die with me
There is no joy
If this is love
Then love is not enough
This is ...
despair despair

... This earth so thin the corpses scream
And twist and writhe and strain to see the same again
They died to change this life
So frail
The children waste their time
And laugh and play their fathers' games of war
On rows and rows of graves
Of those who hung themselves
Or slit their throats
And earth so thin the corpses scream ...
despair despair ...

君が目を逸らすなら僕は君を殺そう
君が一緒に死んでくれるなら僕も死のう
これが愛なら
喜びはない
そして愛では十分ではない
これは……
絶望、絶望

……大地は死体が悲鳴を上げるほど薄い
ねじれ、もだえ、硬直し、そのくり返し
彼らは変えるために死んだ、このあまりに
もろい人生を
子供たちは時間を無駄にする
そして笑いながら父親たちの戦争ごっこを真似る
首を吊った者らや
または喉を切った者らの
溝のつらなる墓で
そして大地は死体が悲鳴を上げるほど薄い……
絶望、絶望……

(SPK "絶望(Despair)" 歌詞)

(旧稿を改題・手直ししました)

*1:Lysso

*2:Klono

*3:Lysso

*4:Klono

*5:Lysso

*6:Klono

*7:Lysso

*8:Klono

*9:Lysso

*10:Klono

*11:Klono

*12:Klono

*13:Lysso

*14:Klono

*15:Lysso

*16:Lysso

*17:Klono

*18:Lysso