人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

マイルス・デイヴィス Miles Davis - ワーキン Workin' (Prestige, 1960)

マイルス・デイヴィス - ワーキン (Prestige, 1960)

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マイルス・デイヴィス Miles Davis - ワーキン Workin' with the Miles Davis Quintet (Prestige, 1960) Full Album : https://youtu.be/KjZVy45MMIU : https://www.youtube.com/playlist?list=PLArpKJA0hY4r96EI3fI8jquYmlCONXIRO
Recorded at The Rudy Van Gelder Studio, Hackensack, New Jersey, May 11 and October 26, 1956
Released by Prestige Records, Prestige PRLP 7166, September 1959
All tracks recorded on May 11, 1956, except "Half Nelson", recorded on October 26.
(Side A)
A1. It Never Entered My Mind (Richard Rodgers) - 5:26
A2. Four (Miles Davis) - 7:15
A3. In Your Own Sweet Way (Dave Brubeck) - 5:45
A4. The Theme [take 1] (Miles Davis) - 2:01
(Side B)
B1. Trane's Blues (a.k.a."Vierd Blues") (John Coltrane) - 8:35
B2. Ahmad's Blues (Ahmad Jamal) - 7:26
B3. Half Nelson (Miles Davis) - 4:48
B4. The Theme [take 2] (Miles Davis) - 1:03

[ The Miles Davis Quintet ]

Miles Davis - trumpet
John Coltrane - tenor saxophone
Red Garland - piano
Paul Chambers - bass, cello
Philly Joe Jones - drums

(Original Prestige "Workin' with the Miles Davis Quintet" LP Liner Cover & Side A Label)

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 なんだか道端で普通のおっさんがちょっと一服しているかのようなジャケットですが、このアルバムはマイルス・デイヴィス(1926-1991)の50年代黄金クインテットの「~ing」四部作のうち録音順では劈頭をなす作品として知られています。当時マイルスは大手コロンビア・レコーズへの移籍が決まり、1951年からのインディーのプレスティッジ・レコーズとの契約をさっさと満了する計画でした。1955年の時点で1956年いっぱいまでにアルバム4枚の制作で契約満了と目算が立てられ、マイルスはプレスティッジに隠してコロンビア移籍第1作『'Round About Midnight』の制作を始めます。乗りに乗ったジャズ界一の売れっ子ですからスケジュールは毎日のように埋まっており、地元ニューヨークばかりでなく全米各地にも巡業公演がありました。そんな中でマイルスのバンドは1956年5月11日に14曲、同年10月26日に12曲を、セッティングと撤収込みで3時間ずつのセッションでアルバム4枚分のレパートリーをリテイクなしに一気に録音します。

 インディーのプレスティッジにとってマイルスのアルバムは目玉商品だったので、広告費なしにいかに多く売るかを案配し、移籍したコロンビアからマイルスが新作をリリースするたびに1956年の録音を小出しにしていきました。『Cookin' with the Miles Davis Quintet』は1957年、『Relaxin' the Miles Davis Quintet』は1958年、『Miles Davis And The Modern Jazz Giants』(「'Round Midnight」1曲のみ)は1959年、この『Workin'~』は1960年、最後に『Steamin' the Miles Davis Quintet』ですべて録音ストックを発表し尽くしたのは1961年で、『Relaxin'』と『Steamin'』の間にはジョン・コルトレーン(1926-1967)も一枚看板を張れる一流ジャズマンの名声を確立していました。

 史上名高いマイルス・デイヴィスの'50年代クインテットの、1956年5月11日(14曲)と10月26日(12曲)の録音セッション内容は以下のリスト通りになります。シングル・カットされた曲まであったとは今回調べて初めて知りました。Part 1&2に分かれているものは、長い演奏なのでシングルA面とB面に分割されていることを示します。

[ The Miles Davis Quintet Prestige 1956 Sessiongraphy ]

Miles Davis Quintet at The Rudy Van Gelder Studio, Hackensack, NJ, May 11, 1956
Miles Davis - trumpet (1-6, 8-14)
John Coltrane - tenor saxophone (1-3, 5, 6, 8, 11-14)
Red Garland - piano
Paul Chambers - bass
Philly Joe Jones - drums
1. In Your Own Sweet Way (Prestige PRLP 7166)
2. Diane (Prestige 45-248, PRLP 7200)
3. Trane's Blues (Prestige PRLP 7166)
4. Something I Dreamed Last Night (Prestige PRLP 7200)
5. It Could Happen To You (Prestige PRLP 7129)
6. Woody'n You Prestige (PRLP 7129)
7. Ahmad's Blues (Prestige PRLP 7166)
8. The Surrey With The Fringe On Top (Prestige 45-248, PRLP 7200)
9. It Never Entered My Mind (Prestige 45-165, PRLP 7166)
10. When I Fall In Love (Prestige 45-195, PRLP 7200)
11. Salt Peanuts Prestige (PRLP 7200)
12. Four (Prestige PRLP 7166)
13. The Theme I (PRLP 7166)
14. The Theme II (PRLP 7166)
○Prestige PRLP 7129 : Relaxin' With The Miles Davis Quintet (1958)
○Prestige PRLP 7166 : Workin' With ○The Miles Davis Quintet (1960)
○Prestige PRLP 7200 : Steamin' With The Miles Davis Quintet (1961)
*Prestige 45-248 : Miles Davis - The Surrey With The Fringe On Top / Diane
*Prestige 45-165 : Miles Davis - It Never Entered My Mind, Part 1&2
*Prestige 45-195 : Miles Davis - When I Fall In Love, Part 1&2

Miles Davis Quintet at The Rudy Van Gelder Studio, Hackensack, NJ, October 26, 1956
Miles Davis - trumpet
John Coltrane - tenor saxophone (1-11)
Red Garland - piano
Paul Chambers - bass
Philly Joe Jones - drums
1. If I Were A Bell Prestige (45-123, PRLP 7129)
2. Well, You Needn't (Prestige PRLP 7200)
3. 'Round Midnight (Prestige 45-413, PRLP 7150)
4. Half Nelson (Prestige PRLP 7166)
5. You're My Everything (Prestige PRLP 7129)
6. I Could Write A Book (Prestige PRLP 7129)
7. Oleo (Prestige 45-395, PRLP 7129)
8. Airegin (Prestige 45-413, PRLP 7094)
9. Tune Up (Prestige 45-395, PRLP 7094)
10. When Lights Are Low (Prestige PRLP 7094)
11. Blues By Five (PRLP 7094)
12. My Funny Valentine (Prestige 45-353, PRLP 7094)
○Prestige PRLP 7094 : Cookin' With The Miles Davis Quintet (1957)
○Prestige PRLP 7129 : Relaxin' With The Miles Davis Quintet (1958)
○Prestige PRLP 7150 : Miles Davis And The Modern Jazz Giants (1959)
○Prestige PRLP 7166 : Workin' With The Miles Davis Quintet (1960)
○Prestige PRLP 7200 : Steamin' With The Miles Davis Quintet (1961)
*Prestige 45-123 : Miles Davis - If I Were A Bell, Part 1&2
*Prestige 45-413 : Miles Davis - Airegin / 'Round Midnight
*Prestige 45-395 : Miles Davis - Tune Up / Oleo
*Prestige 45-353 : Miles Davis - My Funny Valentine / Smooch

 この「()ing」四部作、別名「マラソン・セッション」は発売ごとにジャーナリズムやジャズ雑誌の絶讃を浴び、すべて★★★★★の満点評価を受け、即モダン・ジャズの新しい古典として今日まで揺るぎない名盤中の名盤とされてきました。確かに4枚とも素晴らしい内容です。ただし最新録音を優先した発売順もありますが、5月録音と10月録音が各アルバムに分散・混在しているため、ジョン・コルトレーンのプレイの向上が目覚ましい10月録音の比率が高いアルバムほど優れている、とされてもいます。曲ごとの収録アルバム・リストは上記一覧の通りですが、まず『Cookin'』は全5曲すべてが10月セッションからになります(名高い「My Funny Valentine」はコルトレーン不参加曲ですが)。しかも「マラソン・セッション」中いちばん最初に発売されて選曲や統一感でも有利な条件なので、これを四部作中ベスト1に上げる評者が多数です。発表順で第2作の『Relaxin'』も全6曲中4曲が10月録音、2曲が5月録音で、まだアルバム3枚分ある中からの選曲が有利に働いていて、幅広い選曲を楽しめる上に統一感にも優れます。これもまたやはり『Cookin'』に次ぐ好アルバムと高く評価されています。

 発表順ならば『Workin'』『Steamin'』と続きますが(『Miles Davis And The Modern Jazz Giants』はこのセッションからは「'Round Midnight」1曲のみで、他は1954年12月24日録音のオールスター・セッションを収録しています)、『Workin'』は全8曲中10月録音は1曲、同一曲のバンド・テーマがLPのA面とB面にあるから実質7曲で、そのうちマイルスもコルトレーンも抜けたピアノ・トリオ曲が1曲あり、ほぼマイルスのトランペットのみで演奏されてコーダ部分で少しだけコルトレーンがハーモニーをつけるバラード曲(「It Never Entered My Mind」)をオープニング曲にした構成です。一方『Steamin'』も全6曲中10月録音は1曲だけで、選曲上は正真正銘これきりながらも『Workin'』の時点で残り2枚をどう振り分けるか選曲されていたとおぼしく、LPのA面とB面の最終曲はコルトレーンの抜けたマイルス絶品のワンホーン・バラードで有終の美を飾っています。

 5月録音と10録音の比率と未発表テイクの条件的には『Workin'』と『Steamin'』は同等ながら、実際は『Steamin'』の評価の方が高いのは、選曲にマイルスの初出かつ唯一の演奏曲目が多いからで、オリジナル曲ではなくスタンダード曲集なのですが、ここでしか聴けない曲がマイルスの完熟した演奏で聴けるお得感があります。一方『Workin'』は名バラードA1の「It Never Entered My Mind」が1952年5月(ブルー・ノート録音)、オリジナルの名曲A2が1954年3月(プレスティッジ録音)、デイヴ・ブルーベックの名曲をマイルスがスタンダード化させた功績のA3は1956年3月(同)で先行するヴァージョンが発表済みであり、マイルスの初リーダー録音(1947年8月)で初演されたオリジナル曲B3をあわせて、A面最後とB面最後のテーマ曲ともどもこれらは当時のマイルスのステージ定番曲でもありました。ほぼスタジオ初演曲でまとめた『Relaxin'』や『Steamin'』との違いはそこにあり、だから「お仕事(Workin')」なのかとも思わせられますが、『Cookin'』も半数は初演ではないマイルスのステージ定番曲が選曲されていました。ただし再演曲としても『Cookin'』や『Workin'』の演奏の集中力と凝縮感はすさまじく、軽く初演ヴァージョンを凌駕しています。

 マイルスはチャーリー・パーカー(1920-1955)のバンドを独立してからはタッド・ダメロン(ピアノ・1917-1965)との双頭クインテットを始めにさまざまな臨時編成バンドを組んできましたが、クラブ出演だけでなくレコード録音もこなす本格的なレギュラー・バンドのリーダーになったのは1955年のクインテットが初めてでした。マイルスはジャーナリズムに対してシニカルだったので反感を買いやすく、当初ジョン・コルトレーンを筆頭にメンバーたちの評判は必ずしも良くありませんでしたが、マイルスのクインテットは1年もかからずニューヨークのジャズ界でトップ・グループにのし上がります。ジョン・コルトレーンは飲酒癖で1957年度には一旦クビになってしまいますが、セロニアス・モンク(1917-1982)・カルテットへの一時参加で更正して、1958年にはキャノンボール・アダレイ(アルトサックス・1928-1975)が加入していたマイルスのバンドに再加入し、アダレイと最強のコンビネーションを誇ることになります。

 1958~1959年のマイルス/アダレイ/コルトレーンの強力な3管セクステットも最高ですが、1955年-1956年のマイルス・クインテットに張りつめていた強力なテンションはこの時期の、このメンバーならではのものでした。ジャズ史上の最高の小編成バンドとして、ルイ・アームストロングのホット・ファイヴ、カウント・ベイシーのカンサス・シティ・セヴン、チャーリー・パーカーのオリジナル・クインテットジョン・コルトレーン・カルテット、オーネット・コールマン・カルテットとともに必ず上げられるのが、この時期のマイルス・デイヴィスのオリジナル・クインテットです。この時点ではまだジョン・コルトレーンは懸命にバンドのレベルについていこうとしていて、1958年以降のような余裕がなかったのもかえって演奏をスリリングにしています。1955年~1956年のマイルス・クインテットは、強敵だったクリフォード・ブラウンマックス・ローチクインテットほど完璧な技術と円熟したアンサンブルに達したバンドではありませんでした。ですがマイルス・クインテットにはせめぎ合うような一体感があり、ジャズに不可欠なスリルではブラウン&ローチより分がありました。

 この『Workin'』の選曲と配置はライヴの定番曲が大半、かつライヴの構成を踏襲してバラードありスウィンガーありブルースありで、ピアノ・トリオのみの小休止もあればクロージング・テーマもあります。安いCDプレーヤーでも大音量で聴けばかなりライヴ的再現度の高いバランスのミキシングで、この生々しさはオープニング曲のバラード「It Never Entered My Mind」を基準にしたマスタリングがされているからだと思われます。ジャズ喫茶ほど高品質の再生装置で聴くと本当に目の前でバンドが演奏しているような音質のアルバムです。ヘッドホン(ステレオイアフォン)で聴いてもそれは味わえます。本作はモノラル録音ですが、ステレオや5.1ch録音ですらめったにないほどの遠近感にあふれた演奏とサウンドです。本作はマイルスのアルバムでは平均点かもしれませんが、それでもジャズの魔法を聴くような気がしてきます。

(旧稿を改題・手直ししました)