人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

マイルス・デイヴィス Miles Davis - バグス・グルーヴ Bags' Groove (Prestige, 1957)

マイルス・デイヴィス - バグス・グルーヴ (Prestige, 1957)

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マイルス・デイヴィス Miles Davis - バグス・グルーヴ Bags' Groove (Prestige, 1957) Full Album : https://www.youtube.com/playlist?list=PL0q2VleZJVEmp5DJXfxZxSdUfGeDezA0E
Recorded at The Van Gelder Studio, Hackensack, June 29, 1954 (Side B) & December 24, 1954 (Side A)
Released by Prestige Records PRLP7109, Early December 1957

(Side A)

A1. バグス・グルーヴ Bags' Groove (Milt Jackson) [ Take 1 ] - 11:16
A2. バグス・グルーヴ Bags' Groove (Milt Jackson) [ Take 2 ] - 9:24

(Side B)

B1. エアジン Airegin (Sonny Rollins) - 5:01
B2. オレオ Oleo (Sonny Rollins) - 5:14
B3. バット・ノット・フォー・ミー But Not for Me (George Gershwin, Ira Gershwin) [ Take 2 ] - 5:45
B4. ドキシー Doxy (Sonny Rollins) - 4:55
B5. バット・ノット・フォー・ミー But Not for Me (George Gershwin, Ira Gershwin) [ Take 1 ] - 4:36

[ Personnel ]

(Side B) June 29, 1954

Miles Davis - trumpet
Sonny Rollins - tenor saxophone
Horace Silver - piano
Percy Heath - bass
Kenny Clarke - drums

(Side A) December 24, 1954

Miles Davis - trumpet
Milt Jackson - vibraphone
Thelonious Monk - piano
Percy Heath - bass
Kenny Clarke - drums

(Original Prestige "Bags' Groove" LP Liner Cover & Side A Label)

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 このアルバム『バグス・グルーヴ』を聴くと、チャーリー・パーカー(アルトサックス・1920-1955)のバンドにのバンドにマイルス・デイヴィス(トランペット・1926-1991)が在籍した1945年~1948年の典型的ビ・バップや、パーカーが本作録音の翌1955年3月に急逝したのをあわせて、'50年代前半の数年間に起こったモダン・ジャズの急激な変化を感じずにはいられません。1920年生まれのパーカーは享年まだ34歳でしたが、30歳前後(1950年)が名声の頂点で、晩年までの凋落は不当なほど劇的でした。パーカーを追い込んだのはマイルスやこのアルバムの参加メンバーら、パーカーとの共演から新しいジャズの語法を編み出してきた新世代のジャズマンたちです。パーカーのビ・バップが従来のジャズの語法を一変させたのと較べれば、マイルスらのジャズはビ・バップに手を加えたものでしたが、パーカーのビ・バップが一直線に即興演奏を疾走させるものだったのに対して、マイルスやセロニアス・モンク(1917-1982)、モダン・ジャズ・カルテット(MJQ)らの手法はもっと空間的にサウンドを配置していくものでした。あと数年あればパーカーも新世代のジャズに対応できたでしょうが、運命はその時間をパーカーに与えませんでした。

 このアルバムのA面とB面は異なるセッションからなり、もともと10インチ(25cm)LPで別々に初発売されたものです。1954年6月録音のB面は10インチLP『Miles Davis with Sonny Rollins』(Prestige PRLP 187, 1954)として発売された全4曲に未発表だった「バット・ノット・フォー・ミー」テイク1を足したもの、「クリスマス・セッション」と名高い1954年12月24日からのA面は10インチLP『Miles Davis All Stars, Volume 1』(Prestige PRLP 196, 1955)のA面を占める「バグス・グルーヴ」テイク1(B面は「スウィング・スプリング(Swing Spring)」)に未発表だった同曲のテイク2を足したもので、この2回の別メンバー・別セッションが組み合わされたのが1957年の12インチ(30cm)LPです。同じ曲の別テイクが2曲も入っているのはそのための水増しなので、初発売の10インチLPではOKテイクだけの収録でしたが、1957年にはこのアルバムの参加メンバー全員が一堂に会するのは不可能なほど大物になっていたので、没テイクまで商品化したいプレスティッジ・レコーズの商魂と、それを聴きたいリスナーの需要と供給が一致したのです。

 メンバー中、両セッションとも参加しているベースのパーシー・ヒース(1923-2005)とドラムスのケニー・クラーク(1914-1985)はパーカーの盟友ディジー・ガレスピー(トランペット・1917-1993)のバンド・メンバー出身で、やはりガレスピーのバンド出身のジョン・ルイス(ピアノ・1920-2001)をリーダーに、ヴィブラフォンミルト・ジャクソン(1923-1999)をフィーチャーしたMJQを結成して独立していました。MJQのメンバーはパーカーやマイルス、ソニー・ロリンズ(テナーサックス・1930-)のバックもたびたび勤めていました。ロリンズはマイルスやMJQが目をかけてデビューした当時の有望新人で、晩年のパーカーとも共演しています。またアルバム・タイトル曲「バグス・グルーヴ」はそもそもミルトのオリジナル曲でした。この曲が録音された1954年12月24日のクリスマス・イヴのセッションにマイルス・デイヴィス・オールスターズとして集められたメンバーは、3時間で全4曲・6テイクを録音しています。

(Original Prestige "Miles Davis with Sonny Rollins" & "Miles Davis All Stars, Volume 1" 10'LP Front Cover)

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1. Bags' Groove [take 1] (Milt Jackson) - 11:07
2. Bemsha Swing (Thelonious Monk, Denzil Best) - 9:30
3. The Man I Love [ take 1 ] (George Gershwin, Ira Gershwin) - 8:28
4. Swing Spring (Miles Davis) - 10:43
5. Bags' Groove [ take 2 ] (Milt Jackson) - 9:15
6. The Man I Love [ take 2 ] (George Gershwin, Ira Gershwin) - 7:52

 つまり、片面1曲の10インチLP2枚分の録音が目的だったから4曲完成させれるのが目的でした。そこでミルト、モンク、マイルスの自作曲からジャムセッション向けの容易な曲を1曲ずつ選び、あと1曲はテーマ部はバラード、アドリブはスウィンギーに演奏できるガーシュイン兄弟のスタンダード曲『私の彼氏(The Man I Love)』を選曲しており、この曲は同年の夏にマイルスがビリー・ホリデイとクラブ出演でチェンジ・バンドを勤めたこともあり、ビリーのレパートリーから取り上げたのでしょう。当初は10インチLPで1955年に「バグス・グルーヴ」テイク1と「スウィング・スプリング」が『Miles Davis All Stars, Volume 1』のAB面に、「私の彼氏」テイク1と「ベムシャ・スウィング(Bemsha Swing)」が『Miles Davis All Stars, Volume 2』のAB面に収められて発売されました。ちなみに、12インチLPでは、「バグス・グルーヴ」以外の3曲4テイクは、1956年10月のジョン・コルトレーンを含むクインテットのセッションからの1曲(「ラウンド・ミッドナイト('Round Midnight)」)とあわせて、のちに『Miles Davis and the Modern Jazz Giants』(Prestige PRLP 7150, 1959)に収録され発売されています。没テイクになっていた「私の彼氏」テイク2は12インチLPで初めて発表されました。

 このクリスマス・イヴのセッションはMJQの4人中3人が参加し、MJQのリーダーのピアニスト、ジョン・ルイスに代わってセロニアス・モンクが起用されています。この人選はプレスティッジ・レコーズの社長でプロデューサーだったボブ・ワインストックによりますが、ジョン・ルイスは翌1955年年にはもっと条件の良いアトランティック・レコーズにMJQごと移籍する契約を進めていました。またモンクはワインストックと険悪な関係にあり、プレスティッジ社はモンクにほとんど録音の機会を与えてきませんでした。MJQはセールス、評価ともにジャズ界のトップ・グループと認められており、モンクもこの録音でプレスティッジ社との契約を満了してリヴァーサイド・レコーズに移籍が決まっていました。マイルス&MJQ全員よりもここでモンクを起用して、MJQのメンバー、モンクともに契約を清算するのがプレスティッジ社と参加メンバーの同意だったのでしょう。

(Original Blue Note "Miles Davis Vol. 3" 10'LP Front Cover)

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 このアルバムのB面では、正式な固定メンバーのクインテット結成直前のマイルスのバンドが聴けます。テナーにソニー・ロリンズ、ピアノがホレス・シルヴァー(1928-2014)というA面に劣らず豪華なメンバーで、シルヴァーはスタン・ゲッツ(テナーサックス・1927-1991)が地方巡業で発掘してきて以来ゲッツやアート・ブレイキー(1919-1990)のバンドを支えてきた逸材でした。A面・B面ともビ・バップ出身ではなく、パーカーと共演歴のないジャズマンはシルヴァーだけです。ゲッツの下から独立したシルヴァーは1954年2月にはアート・ブレイキークリフォード・ブラウン(1930-1956)らとブルー・ノート・レーベルの企画ライヴ『A Night at Birdland』に参加、マイルスの同年3月のブルー・ノート・レコーズへの録音『Miles Davis Vol. 3』(Blue Note BLP 5040, 1955)はシルヴァー、ヒース、ブレイキーのカルテットで行われ、続いて制作されたプレスティッジの『Blue Haze』『Walkin'』(1954年3月~4月録音)もシルヴァー参加のマイルスの名盤になりました。マイルスとシルヴァーの録音は3月録音の『Miles Davis Vol. 3』から6月録音の『Bags' Groove』B面(10インチLP『Miles Davis with Sonny Rollins』)まで足かけ4か月と短いものでしたが、パーカー流のアドリブの奔流のようなビ・バップよりも、もっと焦点を絞った、バンド全体のメリハリを利いたサウンドを指向していたマイルスにはこの時期のシルヴァーはロリンズ以上に重要な存在だったと思われます。パーカーのビ・バップではバンドはパーカーの演奏に追いつくように一定のサウンドを持続し続けるしかありませんでした。団子のようなサウンドでパーカーを支えるしかなかったのです。しかしマイルスとシルヴァーの録音では、「エアジン」のようにテーマ部は2管ユニゾンとベース、ドラムスだけでピアノは抜けたり、「オレオ」のようにAABA形式のコード進行中Bパートのみをピアノが弾いたり(ソロイストのバックでもそうです)と、ピアノがアンサンブルの緩急をつけています。その分ベースとドラムスの役割が増大するもの、ビ・バップにはなかった手法でした。

 ベーシストのパーシー・ヒース(1923-2005)は、MJQがあまりにも高名なグループなのでプレイヤー個人として注目されることが少ないものの、ビ・バップ初期にいちはやく新しいジャズのビート感覚を身につけ、柔軟で即応力に富むみながら存在感をしっかり感じさせるプレイは、脱ビ・バップ路線のサウンドにも対応できるものでした。またマイルスは、「バグス・グルーヴ」では大先輩のモンクに大半を休ませ、ヴィブラフォンのバックとピアノ・ソロのみ演奏を許しています。その効果は絶大で、テーマ部、各ソロイスト部で編成が変化するため構成にはっきりコントラストがつき、B面の「エアジン」や「オレオ」同様にピアノが抜けたテーマ部ではベースが管楽器やピアノを代行するようなラインを演奏しています。またピアノの役割も管楽器のソロのバックではピアノは弾かないか、小節の切れ目でごく僅かに刻むだけなので、リスナーはベース・ラインを頼りに曲の進行を追うことになります。アルバム『バグス・グルーヴ』全編は一見さり気ないベースが見事にサウンド全体を支えている作品です。

 同一曲の別テイクですが、B面の「バット・ノット・フォー・ミー」(シナトラのレパートリーですが、後にビリーも歌っています)は10インチLPでテイク2がOKテイクとして選ばれていた通り、マイルスがほとんどテーマを崩さないテイク1はリハーサル段階のように聴こえます。この曲はマイルスとよく類似が云々されたチェット・ベイカーも好んで演奏しましたが(録音はチェットの方が先でした)、マイルスとチェットに共通するのは主に軽快な音色で、この音色の場合はテイク1は丁寧な吹奏のためかえって抑制が効きすぎているように聴こえます。テイク2は大胆にテーマを崩しており、この6月セッションは録音のせいかミストーンすれすれに聞こえる箇所も少なくありませんが、4曲中3曲がロリンズのオリジナルの新曲を採り上げていることからも、マイルスとしては一時現役を退いていたロリンズに復帰をうながしていたのでしょう。ロリンズの書き下ろし曲「エアジン(Airegin、ナイジェリアNigeriaのアナグラム」、「Oleo」(マーガリン、転じて「白人を真似る黒人」の意味)、「Doxy」(ボブ・カールトンの「Ja-Da」のコード進行に基づき、ロリンズがレコード・レーベルを持つなら「Doxy Records」と名づけたい、という意味を込めた曲名)の3曲は即座にジャズ・スタンダードになりました。

 ただしこの6月セッションのシルヴァーのピアノは、気にしだすとかなり荒っぽいのが目立ちます。また「オレオ」は基本的で単純なコード進行(いわゆる循環コード、ガーシュインの「I Got Rhythm」に基づく)なのに作者のロリンズのソロがやや危なっかしい難があります。全体的にはスケールの大きな演奏で名演の名に恥じませんが、細かく聴くとけっこうリハーサル不足か、録音環境のミスか(明らかにマイクが音を拾い損ねている箇所が続出し、バランスも安定しません)、マイルスとロリンズも最良のコンディションとは言えず、その分シルヴァーのピアノがうるさく聴こえます。ですがこのメンバーの録音は唯一ですし、欠点以上にくり返し聴いて飽きない魅力にあふれています。

 しかしこのアルバム最高の1曲は「バグス・グルーヴ」テイク1で決まりでしょう。ピアノはヴィブラフォンのバックとピアノ・ソロしか出番がない分、全編に渡って目立つベースには聴き惚れますし、テーマ部自体がトランペットとヴィブラフォンのユニゾンにベースが応答する、ゴスペル風の「アーメン」形式になっているのでベースもテーマを担っています。曲自体は単純なリフ・ブルースですから、演奏次第で凡演にも名演にもなり得るものです。没になっていたテイク2も好演ですが、作曲者のミルトはテイク1と変わらない好調を保っているものの、マイルスとモンクのソロはテイク1のソロがばっちり決まったためテイク2ではテイク1のプレイを意識しすぎて荒っぽく、性急で音数過剰なものになっているきらいがあります。ソロの順番は両テイクともトランペット~ヴィブラフォン~ピアノ~トランペットと同じ構成ですが、テイク1はマイルスの流れるように軽やかなソロからミルトの華麗なソロになり、続くモンクのソロは自作ブルース曲「ミステリオーソ(Misterioso)」のパラフレーズを含んだ、ピアノ自体が未知の楽器のようなとんでもない意外性に満ちた一世一代の名演です。モンクを引き継いだマイルスの2度目のソロはモンクのソロから明らかに影響を受けた幾何学的なフレージングで、最初のソロとは対照的な演奏を聴かせます。テイク1が断然勝れるのはその意外性にあり、テイク2が荒っぽくなってしまったのはテイク1でもう「Bags' Groove」へのアプローチの最適解をつかんでしまったからでしょう。

 もしホレス・シルヴァーなり、MJQのジョン・ルイスが「バグス・グルーヴ」のピアノを担当したらまったく違ったサウンドになっていたはずです。村上春樹はジャズ喫茶経営から小説家に転じた人ですが、村上氏編・訳のモンク論集『セロニアス・モンクのいた風景』(新潮社・2014年刊)巻末の編者自身による「私的レコード案内」では、村上氏は文末で「ほとんど完璧に近い音楽」を三つ挙げています。それは、他でもない「バグス・グルーヴ」テイク1のモンクのピアノ・ソロと、クララ・ハスキルフリッチャイの伴奏指揮で演奏したモーツァルトの第27番協奏曲の第二楽章と、ビリー・ホリデーがレスター・ヤングをバックに歌う「君微笑めば(When You're Smilin')」でした。のちにソニー・ロリンズはブルー・ノート・レコーズからのアルバム『Sonny Rollins, Vol. 2』(Blue Note BLP 1558, 1957・1954年刊4月14日録音)でシルヴァーをピアノに起用しますが、モンクのオリジナル曲「リフレクションズ(Reflections)」ではゲスト参加のモンクがシルヴァーと交替し、さらにもう1曲モンクの「ミステリオーソ」ではモンクとシルヴァーが交互にピアノを弾いています。まるで同年プレスティッジがリリースした12インチLP『バグス・グルーヴ』の構成を思わせる面白いアルバム作りになっており、偶然か意図的なものか興味をそそられます。

(Original Blue Note "Sonny Rollins, Vol. 2" LP Front Cover)

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(旧稿を改題・手直ししました)