人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

チャールズ・ミンガス Charles Mingus - メキシコの思い出 Tijuana Moods (RCA, 1962)

チャールズ・ミンガス - メキシコの思い出 (RCA, 1962)

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チャールズ・ミンガス Charles Mingus - メキシコの思い出 Tijuana Moods (RCA, 1962) Full Album + Bonus tracks : https://youtu.be/rQkNYAmJyE0
Recorded at RCA Studio A, New York, July 18 (A1, A2, B2) and August 6 (B1, B3), 1957
Engendered by Bob Simpson
Released by RCA Victor Records LPM(Mono) / LSP(Stereo)2533, Late May/early June 1962
All compositions by Charles Mingus except where noted.

(Side 1)

1. Dizzy Moods - 5:52
2. Ysabel's Table Dance - 10:28

(Side 2)

1. Tijuana Gift Shop - 3:48
2. Los Mariachis (The Street Musicians) - 10:22
3. Flamingo (Ted Grouya) - 5:35

(Reissued 2001 2CD Bonus tracks)

6. Dizzy Moods (Alternate Take) - 8:23
7. Ysabel's Table Dance (Alternate Take) - 13:07
8. Los Mariachis (Alternate Take) - 12:28
9. Flamingo (Alternate Take) - 6:43
10. Tijuana Gift Shop (Alternate Take) - 4:43
12. A Colloquial Dream - 10:58
13. Flamingo (Alternate Take) - 7:06
14. Ysabel's Table Dance (Composite Incomplete Take) - 11:43
15. Dizzy Moods (Junkyard Take 8) - 1:35
16. Dizzy Moods (Bass Solos Take 14) - 0:48
17. Tijuana Gift Shop (Alternate Takes 1-4) - 7:11
18. Tijuana Gift Shop (Alternate Take 6) - 1:22
19. Los Mariachis (Take 1-3) - 4:23
20. Los Mariachis (Take 5-10) - 9:05
21. Los Mariachis (Take 15-23) - 14:54
22. A Colloquial Dream (Take 6) - 0:49
23. A Colloquial Dream (Take 8) - 3:22

[ Charles Mingus Jazz Workshop ]

Charles Mingus - leader, bass
Clarence Shaw - trumpet
Jimmy Knepper - trombone
Curtis Porter (Shafi Hadi) - alto saxophone, tenor saxophone
Bill Triglia - piano
Dannie Richmond - drums
with
Frankie Dunlop - percussion
Ysabel Morel - castanets
Lonne Elder - voices

(Original RCA "Tijuana Moods" LP Liner Cover & Side 1 Label)

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 このアルバムは日本では戦後初のモダン・ジャズ研究書でもある故・相倉久人氏(1931-2015)著『モダン・ジャズ鑑賞』(荒地出版社・1963年)巻末のジャズ史年表の前に、1963年時点での「モダン・ジャズLPベスト20」に選出されています。20枚は当時日本盤が出ていたものに限られ、ほぼ制作年代順に上げられていますが、オリヴァー・ネルソンの『ブルースの真実』1961年が1番なのは当時の新鋭メンバーによるオールスター・アルバムという性格からでしょう。2が『ウェスタ組曲/ジミー・ジュフリー3』1958、3は『芸術の誕生マイルス一九五一~一九五五(上下)』で、マイルス・デイヴィスのプレスティッジ時代ののレギュラー・クインテット結成前までのベスト・アルバムです。4が『「ジャズの巨匠シリーズ」第五集~クール・アンド・クレイジー』で、『モダン・ジャズ鑑賞』では1951~1952年録音としていますがその時期はキャピトル録音なので、実際は1953年のRCA録音の2枚からの選曲になる。内容はウェスト・コーストの立役者となったジャズマン揃い踏みの豪華セッションです。5は『ベスト・オブ・クリフォード・ブラウンI~II』で、LP2枚のA面が『Brown and Roach Incorporated』1954、B面が『Clifford Brown and Max Roach』1954-1955、C面が『Study in Brown』1955、D面が『Clifford Brown and Max Roach at Basin Street』1956から選曲した2枚組ベスト盤です。当時レコードは1枚が平均的会社員の年収の1%以上に当たる高額商品で、ベスト盤やオールスター・アルバムの需要が高かったのです。6『ガレスピアーナ』はラロ・シフリン作・編曲によるディジー・ガレスピークインテット金管オーケストラとパーカッションを従え制作した1960年のラテン・ジャズ大作。7はマイルス抜きで1959年にマイルスのバンドのメンバーが録音した『キャノンボール・アダリー・クインテット・イン・シカゴ』など、相倉氏の見識の確かさがよくわかります。

 8『ブリリアント・コーナーズ』はセロニアス・モンクの傑作(1956年)だから順当ですが、同書では1954年録音となっています。当時のデータの不正確さがうかがえます。9は『ヴィレッジ・ヴァンガードビル・エヴァンス』1961で、10は『ザ・ニュー・トリスターノ』1962、そして11がこの『メキシコの思い出』ですから、相倉氏は1963年の時点でなるべく新作から選んでいるのがわかり、12の『ドント・ストップ・ザ・カーニヴァル/ソニー・ロリンズ』1962、13『イッツ・タイム~マックス・ローチの主張』1962、14『ニューポートの反逆者たち』1960(V.A.だが実質的にミンガスとローチのアルバム)、15『アブストラクト・ジャズ』1961(ジョン・ルイス監修のV.A.)、16『宇宙時代のジャズ/ジョージ・ラッセル楽団とビル・エヴァンス』1960、17『ホットへの突入/ギル・エヴァンス・オーケストラ』1961(実際はセシル・テイラー・ユニットとのスプリット・アルバム)、18『ニュー・アイディアス/ドン・エリス』1961、19は『フリー・ジャズ/オーネット・コールマン』1961、そして20は『ヴィレッジ・ヴァンガードジョン・コルトレーン』1962というベスト20で、1963年時点での最新ジャズ展望としてはうまくできていますが、ビ・バップが閑却されているのは当時のジャズ観では仕方なかったのでしょう。このベスト20でビ・バップが反映されているのは戦後ジャズの根幹として3(初期マイルスによるポスト・バップの確立)、4(ウェスト・コースト・ジャズ)、5(ハード・バップ最高峰としてのブラウン=ローチ・クインテット)しか押さえられていません。
 ビル・エヴァンスが1、9、15、16に、ジム・ホールが2、12、15に、スコット・ラファロが9、15、19に、エリック・ドルフィーが1、14、15、19、20に、ジョン・コルトレーンが7、20に、オーネット・コールマンが15、19にと新世代のジャズマンに重点が置かれ、ヴェテランではミンガスとローチが複数枚、モンク、トリスターノ、ジミー・ジュフリー、ジョージ・ラッセルギル・エヴァンスアヴァンギャルド系のジャズマンが重視されています。他のジャンルでもよくあることですが、輸入文化は最先端の傾向が優先され、ベーシックなものがなおざりにされるのは文学や美術でもよくあって、相倉氏のジャズ批評は故・植草甚一氏(1908-1979)の最新ジャズ動向の紹介と並んで'60年代のリスナーや日本のジャズマンにも真剣に読まれていましたが、端的に言ってチャーリー・パーカーを見落としたモダン・ジャズ観でした。パーカーの存在が筋を通しているからこそビ・バップ以降のモダン・ジャズには(反パーカー、非パーカー派も含めて)一貫性があるのですが、簡単にロックで例えればチャック・ベリーもエルヴィスもビートルズストーンズも出てこないロック史観のようなものになっています。それでも相倉氏の批評は個々のアーティストには非常に理解が深く、氏の観点のみを鵜呑みにしなければ鑑賞の手引きとして今でも有用なものでしょう。

 相倉氏の筆の冴えはこのベスト20のどのアルバムにも見られるが、特にこの『メキシコの思い出』は名調子です。全文を引用します。

 カリフォルニア州南端の都市サン・ディエゴを、海岸沿いに下って国境を越えると、サボテンとソンブレロの国メキシコである。その国境を南へ越えたばかりのところに、ティファナの町がある。サン・ディエゴとは目と鼻のあいだだ。お祭りさわぎの喧騒と人びとの怠惰の表情にいろどられたこの町の印象が、音楽家ミンガスの内に一つの音楽を発酵させた。
 「ティファナのムード」(原名)と題するこのLPが作られたのは、六年前の一九五七年。それと相前後してデヴィスとギル・エヴァンスがスペインに関心を向けていることを考えると、このアルバムのもつ意味は、意想外に大きいのではないだろうか。なぜなら、アメリカ人にとって、国境の南はもっとも身近な"スペイン"にほかならないのだから。
 たとえば(2)を聴いてみたまえ。そのミンガスが弓で奏でるメロディックなベースの印象が、コルトレーンの「オーレ」に現れるベースのそれにあまりにも似過ぎていることに、人は驚くに違いない。そして、コルトレーンたちのスパニッシュ・モードへの接近に、いささか唐突な感じを抱かされていた人も(というのは、スパニッシュ・モードだけがジャズにとって目新しい唯一のモードだったわけではないのだから)これを聴けば、それが唐突でもなんでもなかったことを納得するだろう。彼らにとってスペインは、思うほど遠い国ではないのである。
 ミンガスはメキシコという名の"スペイン"を素材にして、思いきり鮮やかな色調の筆を、画面一杯にふるっている。それが、彼本来の表現主義的な行き方と見事に融和して、彼としては珍しく完成された姿の演奏ができ上がった。しかも、そこには今日のミンガスに至るすべての原型がある。(1)は、テーマそのものがすでにのちの「フォーバス・フェーブルス」のそれであり、(2)(3)(4)の随所に聴かれる演奏の激情的なたかまりと叫び声は、のちの民族主義的な怒りの演奏に通じる激しさをもって聴く者に迫る。
 ソロイストの中では、アルトのハディのたくましい表現力と、トランペットのショウのメキシコ的憂愁に満ちた情緒的表現にユニークなものを感じた。ミンガスを知るためにはぜひとも聴いておくべきLPである。
(相倉久人『モダン・ジャズ鑑賞』1963所収「モダン・ジャズ・ベスト20」より〈11「メキシコの思い出」〉全文)

 相倉氏の短評は達意の名文ですが、辻褄を合わせるための強引な牽強附会も含んでいます。ここで関連されているマイルス・デイヴィスギル・エヴァンス・オーケストラの作品は『Sketches of Spain』1961.7(録音1959.11)、ジョン・コルトレーンの『Ole Coltrane』1962.2(録音1961.5)とミンガス作品は三者三様に異なる狙いがあり、相互影響もなく素材のみに偶然の一致を見ただけでしょう。メキシコ系移民の多いロサンゼルス出身のミンガスと、アメリカ中部のイリノイ州生まれで高校卒業後すぐにニューヨークに出てきたマイルス、東部のフィラデルフィアで生まれ育ったコルトレーンではスペイン音楽、メキシコへ親しみはまったく違うはずです。あえて関連を語るエピソードといえば、このアルバムはミンガス初のアメリカ3大メジャー・レーベル(RCA Victor, CBS Columbia, Capitol)作品でした。ですがRCAはアルバムをお蔵入りにしてしまいます。本作が陽の目を見たのはマイルスの『Sketches of Spain』が大ヒットしたのにRCAが便乗したからで、ミンガスは「だから俺のを先に出せば良かったんだ」とレコード会社の日和見に怒ったそうです。

 裏ジャケットにはでかでかと"THIS IS THE BEST RECORD I EVER MADE" CHARLIE MINGUS, 1962と大書きされており(ミンガスは「Charlieと呼ぶな」と主張していましたが、60年代半ばまではCharlieとCharles表記が混在していました)、表ジャケットにも、「Released for the first time...The album Charlie Mingus feels is his best work, in which he and his men re-create an exciting stay in Mexco's wild and controversial border town.」と宣伝文が記されています。5年間お蔵入りにしていた反省がまったくありません。ミンガスは1959年の『Mingus Ah Um』と『Mingus Dynasty』(ともにColumbia)、1960年の『Pre-Bird』(Mercury)、『Charles Mingus Presents Charles Mingus』(Candid)では本人が望むCharles Mingus名義なのに、62年発売の本作ではまたCharlieにされています。

 さらに相倉氏は本作をミンガス音楽の表現主義民族主義的的姿勢の原点としていますが、1956年の『直立猿人(Pithecanthropus Erectus)』と57年の『道化師(The Clown)』でミンガスの作風は出揃っていました。『メキシコの思い出』はもっと演奏が砕けていて、桔屈な『直立猿人』や『道化師』よりずっと開放的な音楽になっています。ミンガスの原点というよりも、確立した手法を自家薬籠中にし、伸び伸びと色彩感溢れる演奏を実現した確かな前進を感じさせるものです。演奏の柔軟な伸びやかさと無理のない自然さ、色彩感では『メキシコの思い出』ほど万事がうまく働いたアルバムはなかったと言える、ミンガスの最高傑作のひとつでしょう。メンバーがまた良く、ジミー・ネッパーとダニー・リッチモンドを除くと顔の見えないメンバーがセクステットのうち3人もいて、カーティス・ポーター(シャフティ・ハディ)は『道化師』から『Mingus Ah Um』までのキーマンだったからまだしもですが、クラレンス・ショウ(1926-1973)はジーン・ショウ名義でArgoから3作のリーダー作があるといっても実質ミンガスがほぼ同メンバーで作り上げた本作と次作『East Coasting』(1957, Bethlehem)、『A Modern Jazz Symposium of Music and Poetry』(1957, Bethlehem)の3作への参加でしか知られていません。ミンガスはショウとの初録音の本作で、ソロの途中でマウスピースから唇を離してしまうショウのタイミングの取り方に仰天してふざけてるのかと思ったそうですが、プレイバックを聴いて間合いのとれたソロに納得するとともにショウの力量に感服したといいます。普通管楽器奏者は休符やブレスでもマウスピースから唇を離しません。ミンガスはこれまでも規格はずれのプレイヤーを採用してきましたが、ショウの個性はトランペット奏者ではずば抜けていました。

 もっと謎の人物、ピアニストのビル・トリリアですが、1990年代に日本の「ジャズ批評」誌がインタビューに成功するまで白人ピアニストだったとも判明せず、表記も綴り通りトリグリアと思われていました。白人ピアニストと推測される根拠はあって、本作以外でトリリアが参加している録音は唯一のアルバムを残した幻のトランペット奏者、トニー・フラッセラ『Tony Fruscella(邦題『トランペットの詩人』)』1955しかなく、フラッセラの録音は'90年代の時点ではヨーロッパの発掘レーベルから'80年代に発売された1948年のスタジオ録音5曲8テイク、1952年のスタジオ録音3曲、1953年のライヴ録音8曲がどれもビル・トリリアの参加作で、共演ミュージシャンはアレン・イーガーやブリュー・ムーア(テナーサックス)、ハーブ・ゲラー(アルトサックス)、レッド・ミッチェル(ベース)ら当時の若手白人バップ・ジャズマンだったこともあります。フラッセラの発掘録音はすべてがトリリア参加ではありませんが、それぞれアルバム1枚分に相当する上記の発掘スタジオ録音とライヴ音源の出所はビル・トリリア本人で、セッション・リーダーもトリリア自身だったそうです。なのにフラッセラ名義で発売されてしまった、とトリリア氏は主張していましたが、死人に口なしかもしれません。アトランティック盤のピアノもトリリアですが、フィル・サンケルが作曲とアレンジを担当しています。また2001年発掘のフラッセラの『Brooklyn Jam 1952』のテープ提供は同セッションのピアニストのジーン・ディノヴィで、また2011年発掘のアトランティックへのお蔵入りアルバムもトリリア参加ですがはっきりとトニー・フラッセラ&ブリュー・ムーア・クインテット名義の録音とされています。ミンガスのバンドはライヴがなかったのでピアノ教師の兼業で半年間だけ参加した、というトリリアさんですが、実は次のアルバム『East Coasting』1957もトリリア在籍時のアルバムだったそうです。しかしスタジオの予約日とピアノ教室が重なったので知りあいに代役を頼んだのが『East Coasting』のピアノがビル・エヴァンスになったわけになるそうで、これまでのエヴァンスのミンガス・バンド一時参加説は事実無根だったことになります。インタビューでは最後にトリリアさんにリーダー作がない理由を訊いています。「誰からも依頼がなかったからですよ」というのがインタビューの締めくくりでした。それでもトリリアさんの名前は『トランペットの詩人』と『メキシコの思い出』の2作で残るでしょう。このアルバムはトリリアの小粋なピアノがばっちりはまっています。姉妹作といえる『East Coasting』では急な仕事をビル・エヴァンスがそつなくこなしていますが、トリリアほどの一体感は望めませんでした。はっきり言ってショウ、ポーター、トリリアはモンクやマイルス、マックス・ローチ、サン・ラ、ジャズ・メッセンジャーズといったバンドなら勤まらない力量なのですが、ミンガスのリーダーシップへの理解力によって一流の演奏を担っています。現行CDでは膨大なボーナス・トラックがついているようにアルバム本編はミンガスが徹底的に編集して完成させたものですが、まるでセクステットのメンバーは神経接続でもしているかのようで、リッチモンドのドラムスも格段に奔放になっています。しかも、このアルバムのアプローチは20年も飛んだ晩年の名作『Cumbia & Jazz Fusion』(1977, Atlantic)で回帰することになるのです。

(旧稿を改題・手直ししました)