チャールズ・ミンガス - イースト・コースティング (Bethlehem, 1957)
チャールズ・ミンガス Charles Mingus - イースト・コースティング East Coasting (Bethlehem, 1957) Full Album + Bonus tracks : https://www.youtube.com/playlist?list=PLT6guo5z2TqdkkvaYitm2Vwcod_mZUJq-
Recorded in Cincinnati, OH, August 16, 1957
Released by Bethlehem Records BCP 6019, October 1957
All compositions by Charles Mingus except as indicated.
(Side A)
A1. Memories Of You (Eubie Blake, Andy Razaf) - 4:23
A2. East Coasting - 5:10
A3. West Coast Ghost - 11:00
(Side B)
B1. Celia - 7:50
B2. Conversation - 5:25
B3. Fifty-First Street Blues - 5:45
(CD Bonus tracks)
7. East Coasting (Alternate Take) - 5:30
8. Memories Of You (Alternate Take) - 4:42
[ Charles Mingus Jazz Workshop ]
Charles Mingus - bass
Clarence Shaw - trumpet
Jimmy Knepper - trombone
Curtis Porter (Shafi Hadi) - alto and tenor saxophone
Bill Evans - piano
Dannie Richmond - drums
*
(Original Bethlehem "East Coasting" LP Liner Cover & Side A Label)
本作はビル・エヴァンス(ピアノ・1929-1980)が参加した唯一のチャールズ・ミンガス(1922-1979)作品として知られています。エヴァンスは『New Jazz Conceptions』Riverside, 1956をデビュー作に40枚あまりのセッション参加アルバムを経て、1958年には半年強マイルス・デイヴィスのバンドに参加し、脱退後にゲスト参加したマイルスのアルバム『Kind of Blue』Columbia, 1959、エヴァンス自身の初のレギュラー・トリオによる『Portrait in Jazz』Riverside, 1959で一躍第一線の白人ジャズ・ピアニストになりました。ビ・バップ以降のモダン・ジャズ・ピアノはバド・パウエル(1924-1966)が最大の存在で、パウエルより年長のセロニアス・モンク(1917-1982)、レニー・トリスターノ(1919-1978)らも独自の音楽性を確立していましたが、パウエルほど広い影響力を持つスタイルではありませんでした。エヴァンスはパウエル以降ではもっとも広範な影響力を持つジャズ・ピアノの革新者となり、パウエル派と並ぶエヴァンス派というべきスタイルの創始者になったといえるピアニストです。そのエヴァンスのごく初期の参加とはいえ、現在ではエヴァンスの名声はミンガスに匹敵していますし、ともに別格的地位の巨匠ジャズマンとされています。そこでミンガスもエヴァンスも逝去した後、なぜミンガスはこの1作だけエヴァンスを招いたのか、エヴァンスはこの1作だけミンガス作品に参加したのか、アルバムの評価とともにさまざまな憶測がされてきました。生前のインタビューで本作についてエヴァンスに質問しても「あれは満足がいかなかった、時間もなかったし」と軽くかわされていたのです。ミンガスは白人ジャズマンでもエヴァンスの先輩に当たるトリスターノやジョージ・ラッセルら実験派のミュージシャンとは親しく、単発的にですがライヴでの共演歴もあったので、トリスターノやラッセルが目をかけていたエヴァンスは彼らの紹介で起用したのだろう、1作きりになったのはエヴァンスの多忙とミンガス好みのメンバーがすぐに後から見つかったからだろうと思われていました。ところが1990年代にピアニストのビル・トリリアの証言で、単に当時レギュラー・メンバーだったトリリアの仕事の都合(音楽教師の仕事と録音スケジュールが重なった)でトリリアの口利きで代理に参加しただけだったと判明しました。なるほどトリリア以外のメンバーは1か月前に録音された前作(ただし発売は1962年になり、トリリア参加の唯一のミンガス作品になったためその関連がわからなかった)『メキシコの思い出(Tijuana Moods)』と同一で、作風も『メキシコの思い出』と本作『イースト・コースティング』は姉妹編と言える内容です。ピアノ以外のトランペット、トロンボーン、サクソフォン、ベース、ドラムスの5人が同一メンバーならサウンドが似ない方がおかしいので、傑作『メキシコの思い出』の出来からもむしろトリリアのピアノの方が良かったのではないか、と思えてきます。
前回の『メキシコの思い出』では故・相倉久人氏の評文を引きましたが、今回は故・中山康樹氏の『エヴァンスを聴け!』からこのアルバムの鑑賞をご紹介します。同書は2008年のゴマ文庫版で約180作になるエヴァンス参加アルバムを網羅的に紹介したものですが、『イースト・コースティング』については前半で再発盤のリリース状況を解説し、編集アルバムにまるごと収録されているが個別に紹介するべきアルバムとして、後半を鑑賞に当てています。以下引用します。
「ミンガスとエヴァンスの共演と聞いただけで緊張感が走る。時にミンガス35歳、エヴァンス27歳、おそらく2か月前の『ブランダイズ・ジャズ・フェスティヴァル』(注・オムニバス)の録音で親しくなったのだろうが、エヴァンス、声をかけられてビビったのではないか。このジャケットを見よ、《ワルツ・フォー・デビー》などひと口で食べてしまいそうな迫力ではないか。それにメンバーがクラレンス・ショウ、カーティス・ポーター(別名シャフィ・ハディ)、ジミー・ネッパー、トドメにドラムスがダニー・リッチモンドとくる。エヴァンス、あきらかに浮いている。だがさすがはミンガス、エヴァンスをはじめ名うての凄腕ミュージシャンたちを自分の音楽のなかで泳がせ、活かしきっている。エヴァンスもまた心得たもの、曲の骨格に関わる部分ではミンガス化し、ソロのパートに入るや自分を表現する。
最高の聴きものは《ウエスト・コースト・ゴースト》、10分を超える大作。基本的にはミンガスの歴史的傑作《直立猿人》の組曲的展開を踏襲、テーマ・メロディーや全体の雰囲気など「小型直立猿人」といった感じだが、エヴァンスのハードな面とソフトでリリカルな面が引き出され、これはもう一級の芸術作品。白いエヴァンスが黒いマル・ウォルドロンになる瞬間も。エヴァンスが最後にピアノを「ポンーッ」と叩いてしめくくる演出もニクい。曲としては《イースト・コースティング》がベストか。ハードバップのせつなさが見事に表現されている。」
(中山康樹『エヴァンスを聴け!』より「East Coasting (Charles Mingus)」後半全文)
中山氏の『イースト・コースティング』評も名文で、氏には『マイルスを聴け!』や『エヴァンスを聴け!』だけでなく『ミンガスを聴け!』も残してほしかったと思いますが、この評文を読むと本作もたいへんな名盤みたいに思えてきます。実際中山氏の鑑賞は書かれたことは的確ですが、おそらく意図的に言及を避けた部分がアルバムを聴くと引っかかってきます。まずこのアルバムはA面とB面が3曲ずつ対になる構成になっており、A面に較べるとB面が弱いのです。曲ごとに聴いていると落ちる曲はないのですが、A面冒頭の大スタンダード「Memories of You」の感動的なアレンジの妙に較べ、やはりバラードですがミンガスのオリジナルのB面冒頭曲「Celia」(再婚相手の新夫人に捧げた曲)は名曲ながら重たいアレンジに誤算があるように思えます。
A面は幽玄にアレンジされた「Memories of You」に始まり、ミンガスには珍しいストレートなハード・バップ曲「East Coasting」から重厚な大作「West Coast Ghost」の流れが上手く行っています。これは中山氏の指摘通り見事ですが、重たいままB面冒頭の「Celia」に入るのが一旦アルバムを裏返すLP時代はともかく、CDで聴ける現在では効果を相殺しています。「Celia」が始まっても組曲的な前曲の続きに聞こえてしまうのです。AA'形式ですが変則小節で変形ブルースに聴こえるセロニアス・モンク風の「Conversation」と正真正銘のブルース「Fifty-First Street Blues」が連続する終盤2曲もややくどさを感じさせます。1962年までお蔵入りにされた『メキシコの思い出』に対して、翌月録音の本作は録音後2か月の1957年10月に発売されたから比較されることが少ないのですが、『メキシコの思い出』の圧倒的な創造性と躍動感に較べると本作はいかにも分が悪いように感じます。
このアルバムで『メキシコの思い出』より明らかに向上したのはトランペットのショウ、トロンボーンのネッパー、アルトとテナー持ち替えのハディの3管アレンジで、アンサンブル・パートの巧みさは前作でも舌を巻く自在な演奏でしたが、ソロ・パートの充実では今回に軍配が上がります。冒頭の「Memories of You」などリハーサルではミンガスがピアノをかけもちしていたのではないか、というくらいピアノかベースのどちらかが抜けても成立する(ドラムスは必須ですが)、ホーンの絡みだけで聴かせるアレンジになっており、ショウのトランペットはミュートでもオープンでもミンガスの起用したトランペット奏者では後のテッド・カーソンやジョニー・コールズらと並ぶものでしょう。メジャーのRCA作品のためスタジオ時間を存分に使った分録音の難航した『メキシコの思い出』は1962年のリリース時にミンガス自身が再編集して、トランペット・ソロの多くがカットされてしまったそうですが、今回はショウ、ネッパー、ハディのソロ・スペースをたっぷり取った録音になっているのもインディーのベツレヘム盤という環境から事前のリハーサルで煮詰めていたのでしょう。
ビル・トリリアの証言によると1957年のミンガス・セクステットはライヴの仕事がない(ジャズ・クラブでは「客が入らない難解なジャズ」と嫌われていて出演依頼がありませんでした)のでレコーディングのためだけにリハーサルしていたグループだったそうで、特にトリリアは本職のピアノ教師の片手間に参加していたといいますから、トリリアもエヴァンスもミンガスが作風を確立してからのLP(1957年時点で発売されていたのは『Jazz Composers Workshop』1955,『The Jazz Experiments of Charlie Mingus』1955,『Mingus at the Bohemia/The Charles Mingus Quintet & Max Roach』1955,『直立猿人(Pithecanthropus Erectus)』1956、いずれもピアノはマル・ウォルドロンで、『The Jazz Experiments~』のみミンガス自身のピアノとベースを多重録音)を聴きこんでリハーサルとレコーディングに臨んだのは想像に難くありません。『道化師(The Clown)』(1957年2月録音)のウェイド・レグ、『メキシコの思い出』のトリリアのピアノもマル・ウォルドロンを踏襲した演奏でした。『メキシコの思い出』直前の『ミンガス・スリー(Mingus Three)』だけは違いますが、ピアノ・トリオ編成ではハンプトン・ホーズにウォルドロンになれとは言えないでしょう。レグやトリリアに較べるとエヴァンスのピアノはウォルドロンの芸風に収まらない風格があります。そこはさすがなのですが、エヴァンスはマイルスの『カインド・オブ・ブルー』のように引き算のアンサンブルでは生きても、ミンガスやオリヴァー・ネルソンの『ブルースの真実(Blues and the Abstract Truth)』1961、ジョン・ルイスの『ジャズ・アブストラクションズ(Jazz Abstractions)』1962のような多層的・油彩的なアレンジではどこか居心地が悪くなります。あちこち迷いながら弾いている姿が浮かぶようです。さらに躍動的な曲は『メキシコの思い出』でやってしまったからか、本作は全体的に内省的になっています。それもミンガスの一面ですが、ジャズならではの開放感では『メキシコの思い出』はミンガス作品でも屈指の傑作でした。姉妹作の本作が佳作ではあっても名作とは呼べないのも、その内省性によるところが大きいように思えます。
なお、ピーター・ヒルディンガーによる評伝『ビル・エヴァンス - ジャズ・ピアニストの肖像』(原書1998年=翻訳・水声社1999年)によるとエヴァンス参加の依頼は、録音当日早朝4時にエヴァンスが終夜ギグから帰宅すると「本日午前10時新作録音に参加されたし・ミンガス」と電報が届いていたそうです。そしてエヴァンスは譜面を初見で本作収録曲の演奏に加わりました。このアルバムは従来1957年8月ニューヨーク録音とされていましたが、後に日付が特定され、現在ではオハイオ州シンシナティ録音が定説となっています。エヴァンスは当時ニューヨーク市内在住でしたから当日の依頼かは疑問になりますし、ヒルディンガーは当時のレギュラー・ピアニストをウェイド・レグとしており、ビル・トリリア自身の推薦によるという証言と食い違います。エヴァンスの参加には間違いないのですが、録音状況にはまだ検討の余地があり、関係者も全員鬼籍に入った現在では特定困難かもしれません。
(旧稿を改題・手直ししました)