人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

エリック・ドルフィー・イン・ヨーロッパ・Vol. 1 Eric Dolphy in Europe Vol.1 (Prestige, 1964)

エリック・ドルフィー・イン・ヨーロッパ・Vol. 1 (Prestige, 1964)

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エリック・ドルフィー・イン・ヨーロッパ・Vol. 1 Eric Dolphy in Europe Vol.1 (Prestige, 1964) Full Album
Recorded live at Lecture Hall of Students' Association (Studenterforeningens Foredragssal) Copenhagen, Denmark, September 8, 1961.
Released by Prestige Records PR7304, 1964

(Side A)

A1. High-Fly (Randy Weston) : https://youtu.be/AzUVxzmxJrA - 13:10
A2. Glad To Be Unhappy (Rogers, Hart) : https://youtu.be/KiBe4mdyIao - 5:59

(Side B)

B1. God Bless the Child (Holiday, Herzog) : https://youtu.be/pp43jfs8fF0 - 6:47
B2. Oleo (Sonny Rollins) : https://youtu.be/yAPsAd8zCfk - 7:07

[ Personnel ]

Eric Dolphy - flute (A1, A2), bass clarinet (B1, B2)
Bent Axen - piano
Erik Moseholm - bass
Jorn Elniff - drums
except "High-Fly" played by E.Dolphy and Chuck Israels(Bass) only.
"God Bless the Child" E. Dolphy unaccompanied bass clarinet

(Original Prestige "Eric Dolphy in Europe Vol.1" LP Liner Cover & Side A Label)

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 録音順なら『イン・ヨーロッパ』のVol.1~Vol.3がプレスティッジ(ニュー・ジャズ)・レコーズへのエリック・ドルフィーの最終録音に当たります。ドルフィーは同年11月には再度ジョン・コルトレーンクインテットのメンバーとしてヨーロッパを巡業しており当初11月録音が混在しているとされていましたが、その後単身巡業した9月録音と判明しています。LPレコードでは3枚に分けて発売されましたが、合計2時間程度の1961年9月6日・8日の2回のコンサートで録音されたライヴ盤三部作です。Vol. 2収録の「Don't Blame Me」の別テイクがアルバム『ヒア・アンド・ゼア』に収録されており、またVol. 3のB面には同一テーマによる即興ブルースが3テイク、計16分半に渡っておさめられていますから、厳密には2回のコンサートというより、数セットに分けて休憩を設けて行われたかもしれません。チャック・イスラエルズはこの頃、急逝したスコット・ラファロの後任でビル・エヴァンス・トリオに加入する寸前で、ジェローム・ロビンズ・バレエ団の伴奏バンドのヨーロッパ巡業の時期が重なったようです。イスラエルズとのデュオ(フルートとベースのデュオ!)によるランディ・ウェストンの「High-Fly」はキャノンボール・アダレイクインテットベニー・ゴルソンのジャズテットの演奏でファンキー・ジャズを代表するヒット曲になりましたが、ファンキーなハード・バップ曲をフルートとベースのデュオで演奏してのける発想自体がドルフィーの面目躍如たるところです。

 先の『アット・ファイヴ・スポット』はVol.1はドルフィーの生前にブッカー・リトル追悼盤として発売されましたが、『イン・ヨーロッパ』はVol. 1すら1964年6月末に逝去したドルフィーの追悼盤としてやっと発売されました。プレスティッジらしい商法と言ってしまえばそれまでですが、『アット・ファイヴ・スポット』同様素材が多い分だけ選曲面ではVol. 1が突出して出来が良く、Vol. 2、Vol. 3と残り物っぽくなっていくのは仕方ないでしょう。『イン・ヨーロッパ』Vol. 1はA面にフルートの名演2曲(うち1曲デュオ)、B面にバスクラリネットの名演2曲(うち1曲無伴奏ソロ)という選りすぐりのアルバムになりました。ドルフィーのメイン楽器は何よりアルトサックスですから、選りすぐりとはいえ片手落ちもいいところなのですが、AB面各20分前後というLPフォームでライヴ音源から統一感のあるアルバムを編集するならこれほど見事な選曲はありません。

 コンサートといっても大学の大教室を会場にしたライヴだったらしく、1961年にはロックン・ロールはディーンのダンス・パーティー用音楽でしたから大学コンサートでは不可能だったでしょうが、ジャズは1930年代からヨーロッパ諸国でもリスナーに親しまれてきていました。ドルフィーが単身巡業しても行く先々で優れた現地ミュージシャンと共演できるだけの環境がありました。この『イン・ヨーロッパ』以外でもドルフィー没後に様々な国で、様々な現地ジャズマンと共演した録音が発掘されており、中にはずいぶんひどいジャズマンとの演奏もありますが、『イン・ヨーロッパ』は中の上の部類には入るアルバムです。文句なしに上と言える『ラスト・デイト』(急逝4週間前のオランダのラジオ出演)はバンドが過激で、後にヨーロッパのフリー・ジャズをリードするメンバーが揃っていました。ただし演奏は生硬なので100点満点中90点というところです。対して『イン・ヨーロッパ』のデンマーク・バンドは実に手堅いハード・バップ・マナーによる練れた演奏で、限界はありながらも80点満点中の80点までは行っています。ジャッキー・バイヤードやロン・カーターロイ・ヘインズドルフィーのスタジオ盤に参加してきたジャズマンは、やはりずっと未来を向いた音楽的ヴィジョンを持つ凄腕プレイヤーたちだったのが痛感されますが、ドルフィーアメリカ本国ではレギュラー・バンドは持てなかったのです。

 そんな具合に小さくまとまってしまうのが『イン・ヨーロッパ』の現地調達バンドだったとしても、ドルフィーに手抜きはありません。ドルフィーの圧倒的は超人的なスウィング力にあるので、音階的・または和声的にどれほどアウトしようがバンド全体を引っ張っていく強靭なビートで吹き倒していっています。ドラマーなど明らかに実力以上のプレイをドルフィーによって引き出されています。『ラスト・デイト』のバンドでは、ドラムスやピアノはドルフィーに噛みつくような演奏で緊張感を高めていましたが、『イン・ヨーロッパ』のバンドは素直にドルフィーのスウィング感に乗っかっています。『イン・ヨーロッパ』も晩年の『ラスト・デイト』もワンホーン作品なのが価値を高めていますが(スタジオ盤でワンホーン作品は『アウト・ゼア』のみ、それもチェロをソロイストとして導入したものでした)、バンドとの一体感が高い『イン・ヨーロッパ』とバンドと対決している『ラスト・デイト』はまるで姿勢が異なるとも言えます。

 そのどちらもドルフィーにはありだったのが融通無碍だった点ですが、優れたミュージシャンなのは間違いないとしてもリーダーとしてはどうだったのか、本人の意向を含めて真価が試される前に亡くなってしまった感が大きいのです。ドルフィー自身は63年の『アイアン・マン』『カンヴァセーション』セッション、64年の『アウト・トゥ・ランチ』セッションでプレスティッジの諸作よりはっきり実験性の高い作品を、明確なリーダーシップを持って達成しています。ですがそれらはスタジオ録音のためのリハーサル・グループであり、継続的なライヴ・バンドの結成によるものではありませんでした。ボビー・ハッチャーソンやトニー・ウィリアムズら有望な新人を適材適所に起用して制作したアルバムであり、自然発生的なグループのサウンド・コンセプトとドルフィーの個性をバンド全体に融合する点では、ファイヴ・スポットのクインテットやイン・ヨーロッパのカルテットより抑制された姿勢で制作されたとも言えます。

 結局それは『イン・ヨーロッパ』を最後にレコーディング契約を失ってしまったことが原因で、プレスティッジは未発表録音をお蔵入りにしていましたし、1962年秋~1963年春にはハービー・ハンコック(ピアノ)、エディ・カーン(ベース)、J. C. モーゼズ(ドラムス)という有望新人の準レギュラー・バンドで散発的なライヴをするもドルフィー自身のバンドは仕事に恵まれませんでした。チャールズ・ミンガスジョン・コルトレーンからの仕事を優先せざるを得ない状態が続きます。そのうちハンコックはマイルス・デイヴィスに、カーンはジャッキー・マクリーンに、モーゼズはドン・チェリーのバンドのレギュラー・メンバーになってしまいます。63年の『アイアン・マン』『カンヴァセーション』、64年の『アウト・トゥ・ランチ』はそうした状況で制作されたもので、いずれも背水の陣で起死回生を狙ったアルバムでした。

 マイルス・デイヴィスジョン・コルトレーンの場合、どの時期のアルバムが明確にリーダーシップを自覚した作品かは明確にわかります。リー・コニッツならレニー・トリスターノ門下生を返上した時期がそれに当たりますし、オーネット・コールマンなどはセロニアス・モンクチャールズ・ミンガス同様基本的にリーダー作以外は録音しませんでした。ウェイン・ショーターのようにフリーランスジャズ・メッセンジャーズマイルス・デイヴィスクインテットウェザー・リポート~バンドリーダーと30年もかけて渡り歩いてきた人は、自分のやっている音楽のリーダーシップの所在がその時々で移り変わっているので(ゲスト・ソロイストとしてジョニ・ミッチェルスティーリー・ダンのアルバムに残した仕事もあります)、どれをショーターの真価と見るかでもリーダーとしての資質が問題になるでしょう。ショーターくらいの人なら最初からフリーランス1本でも、せいぜいジャズ・メッセンジャーズとの契約満了で自分のバンドを持って独立することもできました。ですが身長なショーターはその後もマイルス、ウェザー・リポートと駄目押しのようにエリート街道を歩いてきたジャズマンでした。

 ショーターを比較に出すのは、ジョン・コルトレーンが脱退した1960年春とハンク・モブレーが脱退した1963年春、ジョージ・コールマンが脱退した1964年春の3回に渡ってエリック・ドルフィーマイルス・デイヴィスクインテット加入が画策されたという証言があるからです。特に1963年春と1964年春はクインテットにはハービー・ハンコックロン・カーター、トニー・ウィリアムズがおり、ドルフィーの参加を求めるメンバーの強力な推薦をマイルス自身が退けたようです。リーダーシップとはそういうことです。巡業先で誰とでも共演する、逆に言えば仕事を選べる余地のなかったドルフィーの立場とは大きく異なります。

 話題が逸れすぎたので収録曲ごとに解説すると、A1「High-Fly」の妙味はすでに触れました。フルートとベースのデュオでライヴ演奏する、という発想と自信、力量もすごいですが、デュオで13分を越えるアドリブの豊かさとフルートの自在な表現力には舌を巻きます。イスラエルズのベースはバックアップもソロも素晴らしく聴き惚れます。エンド・テーマではベースがアルコ(弓弾き)で伴奏し、1/2テンポのコーダでピチカート(指弾き)に戻りますが、アルコがバタンと倒れる音が聞こえます(12分50秒~)。それもライヴ感があって生々しい演奏です。次のバンド演奏での「Glad To Be Unhappy」はスタジオ録音第1作『アウトワード・バウンド』でも演奏していた再演ですが、やはり生々しさと解釈の深みでスタジオ録音をしのぎます。ドルフィーのフルート演奏ベスト5はこの2曲と『ファー・クライ』の「Ode To C.P.」「Left Alone」、『イン・ヨーロッパVol. 2』の「Don't Blame Me」、『ラスト・デイト』の『You Don't Know What Love Is』の6曲がたちどころに思い浮かびますが、「Glad To Be Unhappy」と「You Don't Know What Love Is」はビリー・ホリデイ生前のラスト・アルバム『レディ・イン・サテン』1958収録曲なのが当時は記憶に新しかったでしょうし、やはりスタンダードの「Don't Blame Me」はチャーリー・パーカーが絶頂期の1947年に決定的な名演を録音しています。「Ode To C.P.」と「Left Alone」はパーカー、ビリーへの追悼曲と、ドルフィーの嗜好は分かりやすいのですが、「High-Fly」は意表を突いた選曲の妙があります。

 B面はバスクラリネット演奏のドルフィーが聴けますが、ライヴでは定番だった驚異的な無伴奏バスクラリネット・ソロ「God Bless The Child」が初めてレコード化されたのがこのアルバムでした。原曲はブルースを除けばビリー・ホリデイ1941年の初の自作曲で、生涯の愛唱曲になった代表作ですが、管楽器の無伴奏ソロでやってのける発想も力量もとんでもありません。この曲はファイヴ・スポットでもソロ演奏されていて、そちらは拾遺曲集『ヒア・アンド・ゼア』に収められました。確かにデンマーク・ヴァージョンの方が1分半あまり長く、出来も優れます。アルバムのクロージング曲「Oleo」はマイルス・デイヴィスクインテット在籍中のソニー・ロリンズによるAA'BA'16小節のオリジナルで、この小節形式はジョージ・ガーシュウィンの「I Got Rhythm」が元祖なので「I Got Rhythm」進行とも「逆方向循環コード進行」の略で「逆循」とも呼ばれます。ようやく大学のジャズ教室らしい選曲と演奏が出てきました。こういういかにもモダン・ジャズらしいフォーマットの演奏だと、バスクラリネットがトランペットはもちろんアルトやテナーとも微妙に違和感のある音色とイントネーションを持ち、それをドルフィーが巧妙に使い分けているのがわかります。

(旧稿を改題・手直ししました)