人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

カン The Can - モンスター・ムーヴィー Monster Movie (Music Factory/United Artists, 1969)

カン - モンスター・ムーヴィー (Music Factory/United Artists, 1969)

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カン The Can - モンスター・ムーヴィー Monster Movie (Music Factory/United Artists, 1969) Full Album
Recorded at Inner Space Studio, Schloss Norvenich, Germany, July 1969
Released by Music Factory GmbH-SRS 001, August 1969 / United Artists UAS 29094, May 1970
All songs written and composed by Can

(Side 1)

A1. Father Cannot Yell : https://youtu.be/7gjIzeWxgmc - 7:06
A2. Mary, Mary So Contrary : https://youtu.be/E8MlhzDHuWI - 6:21
A3. Outside My Door : https://youtu.be/nTDogzwD5rY - 4:11

(Side 2)

B1. Yoo Doo Right : https://youtu.be/gPXkIWYYVfQ - 20:27

[ The Can ]

Irmin Schmidt - keyboards
Jaki Liebezeit - drums
Holger Czukay - bass
Michael Karoli - guitar
Malcolm Mooney - vocals

(Original Music Factory & United Artists "Monster Movie" LP Liner Cover & Side 1 Label)

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 この『モンスター・ムーヴィー』はカンのデビュー作(このアルバムのみ「ザ・カン」名義)で、アメリカ人の黒人ヴォーカリスト、マルコム・ムーニーが全曲でヴォーカルをとったアルバムとしてはバンド存続中唯一の作品であり、かつ最初の傑作でした。ドイツのロック史上、同年のアモン・デュールIIのデビュー作『神の鞭(Phallus Dei)』と並ぶ記念碑的作品と目されるアルバムです。カンは1968年には『Prepared to Meet Thy Pnoom』と題したアルバムを完成させましたが、レコード会社に売りこんだものの採用されませんでした。それがバンド解散後の1981年に発表された『Delay 1968』に当たります。後にリリースされたアウトテイク集『Unlimited Edition』1976、『The Lost Tapes』2012のムーニー参加テイクは必ずしも録音順に発表されたのではなく、例えば『Prepared to Meet Thy Pnoom』には収録を見送られ、『モンスター・ムーヴィー』の巻頭を飾ることになった「Father Cannot Yell」は1968年8月、ムーニー初参加録音時のセカンド・テイクでした。この曲と「Outside My Door」はファースト・テイクや別テイクも残されており、海賊盤YouTubeでも聴けますが、採用されたテイクがイントロから圧倒的に気合いが入った、引き締まった演奏になっているのがわかります。

 カンは1968年に西ドイツのケルンで結成されましたが、初期メンバーはホルガー・シューカイ、イルミン・シュミット、ヤキ・リーベツァイト、ミヒャエル・カローリのドイツ人4人にアメリカ人メンバーのデイヴィッド・ジョンソンがフルートで加わり(ジョンソンはホルガーとともにエンジニアを兼務、ムーニー参加後もしばらくはエンジニアとして残っていました)、ヴォーカルはほんの少し楽器担当メンバーがとる程度でした。その頃の音源は1984年にフランスのTago Magoレーベルがカセットテープでリリースした『Prehistoric Future June 1968』で聴けます。そのアルバムは改めてご紹介しますが、内容は1969年7月に完成された『モンスター・ムーヴィー』とも、それに先立って68年中に完成されていた『Prepared to Meet Thy Pnoom』(『Delay 1968』)ともまったく異なる方向性の実験的ロックで、まだ同時期のドイツの実験的ロックのバンドと一線を画すほどの作風ではなく、『モンスター・ムーヴィー』は強烈な個性を持つ専任リード・ヴォーカルのマルコム加入で一気にカンが世界レヴェルで突出したバンドに飛躍したのが確認できるものでした。バンドは本作の完成後翌月の1969年8月に自主レーベルのMusic Factoryから500枚を限定リリース、これが2週間で完売したことでメジャーのユナイテッド・アーティスツから注目され、翌1970年5月にはUA、またはUA傘下のリバティ・レーベルから英米、ヨーロッパ諸国盤が新装ジャケットで一斉発売されることになりました。ですがムーニーは1969年いっぱいで脱退してアメリカに帰国しており、カンは後任ヴォーカリストダモ鈴木と1970年9月発売の『Soundtracks』(ムーニー在籍末期の2曲を含む)、1971年2月発売の2枚組大作『Tago Mago』の制作を進めていたので、イギリスを含むヨーロッパ・ツアーで平均2時間4曲の脅威的ライヴ・パフォーマンスでリスナーを震撼させるのは『Tago Mago』発表以降になりました。

 創立メンバーのホルガーは実験音楽、ヤキはフリー・ジャズ、イルミンは現代音楽ですでにカンの結成前にはキャリアをなしており、カン結成時にはすでに30歳で、プロのミュージシャンでした。イルミンが映画音楽を多く手がける時の仲間がホルガーとヤキで、イルミンは1966年のアメリカ旅行から現代音楽畑のジョンソンと知りあい、ロックに関心を持っていました。1968年5月のパリの「5月革命」に触発された彼らは、アカデミックな音楽ではなくロックバンドをやろう、とホルガーが教鞭をとる音楽学校の生徒で19歳のギター青年ミヒャエルを勧誘しました。ケルンを根城にしたバンドは友人のつてで14世紀の古城ネルフェニヒ城にインナー・スペース・スタジオと名づけたカン専用の自家製スタジオを建設し、機材はホルガーが2トラックのオープンリール・レコーダーを用意しました。カンの商業的成功は多くのバンドと違ってデビュー作から原盤権をバンド自身が確保し、確実に利益を上げていたことにもよります。これもすでにプロ・ミュージシャンだったメンバーの経験からバンド経営にしっかりした財政管理がなされていたからで、アモン・デュールを始めとするヒッピー出身バンドとは一線を画していました。

 カンの録音は、楽曲をあらかじめ作曲せず、録音したままのセッション・テープから使用できる部分をピックアップして編集・再録音・オーヴァーダビングによって曲にまとめ上げる、という手法によるものでした。カンのリーダーはイルミンでしたが、演奏ではヤキ、そしてテープ編集による総合サウンド・プロデュースはホルガーが担当していました。テープ素材の編集による音楽制作はシュトックハウゼン創始者だった実験音楽の手法でホルガーが習熟しており、シュトックハウゼンが現代音楽の分野で応用していた手法をロックに応用したのがカンでしたが、英米ロックでもすでにビートルズビーチ・ボーイズが1966年~1967年にかけてテープ編集による楽曲制作に着手していました。カンと同時期のドイツのロックでもこの手法は必ずしもカンならではとは言えませんでしたが(アモン・デュールの『サイケデリックアンダーグラウンド(Psychedelic Underground)』やデュールIIの『神の鞭』も同様の手法で制作されています)、カンの場合は作曲された曲ではないとはにわかには信じられないほど楽曲の完成度が高いものでした。ベースやドラムスなど自由度の高いパートのみならずヴォーカル・パートも歌詞・メロディ含めて即興を録音し、使用できるパートを選んで編集しています。ビートルズの1967年の『サージェント・ペパーズ(Sergeant Peppers Lonely Hearts Club Band)』は4トラック録音の極致と評されましたが、1968年には8トラック、1969年~1970年には16トラック録音の機材まで発達していたはずで、1980年代以降はは32トラックや64トラック録音は当たり前のようになっています。カンの場合はアナログ機材の2トラックだけでこれだけの録音を仕上げたのも驚異的ですが、しかもこれほど完成度の高い出来にして即興セッション・テープが素材というのは想像を絶するものでした。

 イルミンの構想はジェームス・ブラウンヴェルヴェット・アンダーグラウンドの両方の要素を持ったサウンドで、声質だけでも黒っぽいマルコムは初代ヴォーカリストにうってつけでした。カン(この時点ではザ・カン)というネーミングもマルコムによるもので、1968年いっぱいでジョンソンが脱退するとバンドはマルコムの個性を中心に急速に密度を高めました。Side2全面、20分におよぶ「You Doo Right」は6時間をかけたセッション・テープから編集されたものでした。バンドは本作『モンスター・ムーヴィー』を最大の代表作と見做しており、バンドがヴァージン~ハーヴェストに移籍後に発表されたUA/リバティ時代の6作のアルバムからのLP2枚組ベスト盤『Cannibalism』1978にもA面冒頭に「Father Cannot Yell」、B面最後に「Outside My Door」、D面全面は「You Doo Right」と、「Mary, Mary So Contrary」を除く全曲を『モンスター・ムーヴィー』の配置と同じ位置に選曲・収録しています。『モンスター・ムーヴィー』の増補版が『Cannibalism』であるかのようなコンピレーションになっています。これはダモ鈴木在籍時の最終作『Future Days』1973がA面3曲・B面1曲と『モンスター・ムーヴィー』と対になるアルバムで内容も匹敵するため、あえて『Cannibalism』では『Future Days』からの選曲を外したことにもよります。

 サイド1の「Father~」と「Outside~」はヴェルヴェット・アンダーグラウンドから発展した音楽性が強いものですが、「Mary, Mary So Contrary」(タイトルは子どもの遊び歌のもじり)の抒情性も『Cannibalism』から落とされるに忍びないくらいで、マルコムの声質のせいかジミ・ヘンドリックスがたまにやっていた切ないバラードに似ています。ギターのヴァイオリン奏法とヴァイオリン両方をダビングしているミヒャエルのプレイも光っています。この曲の初期ヴァージョン「Thief」は『Delay 1968』収録で、レディオヘッドにもカヴァーされています。

 サイド2全面を占める大作「You Doo Right」はミディアム・テンポで、ABC24小節形式でサブドミナントから始まる変則ブルースですが、この曲調とリズム・パターンでは小節構成を数えないとブルースだと気づかないような楽曲です。和声的にはサブドミナントサブドミナント→トニックの3コードのみ、転調や移調、ブリッジその他一切楽理的には複雑な要素はまったくないのに、それで緊張感を保った20分を聴かせる恐るべき大曲になっています。オクターブを上下するだけのベース、トライバルなドラムス、一本指で高音域しか弾かないオルガン演奏はサイド1の3曲にも使われている手法ですが、「You Doo Right」はミニマリズムの極致と言ってもいいほど構成要素を極限まで切り詰めています。これは発想を複雑化の方向進めるのが主流だった当時の進歩的ロックでは驚くべき着想で、カンの音楽が発表以来古びた時代が一度もない大きな要因になりました。マルコム・ムーニーは本作きりで脱退します。ですが後任のダモ鈴木時代もカンの黄金時代は続くことになるのです。