人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

カン Can - タゴ・マゴ Tago Mago (United Artists, 1971)

カン - タゴ・マゴ (United Artists, 1971)

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カン Can - タゴ・マゴ Tago Mago (United Artists, 1971) Full Album : https://youtu.be/eLNRCDPKkU0
Recorded at Inner Space Studio in Schloss Norvenich, near Cologne, Germany, November 1970-February 1971
Released by United Artists 29 211/12 XD, February 1971
All Songs written and composed by Can

(Side 1)

A1. Paperhouse - 7:28
A2. Mushroom - 4:03
A3. Oh Yeah - 7:23

(Side 2)

B1. Halleluhwah - 18:32

(Side 3)

C1. Aumgn - 17:37

(Side 4)

D1. Peking O - 11:37
D2. Bring Me Coffee or Tea - 6:47

[ Can ]

Damo Suzuki - vocals
Holger Czukay - bass, engineering, editing
Michael Karoli - guitar, violin
Jaki Liebezeit - drums, double bass, piano
Irmin Schmidt - keyboards, vocals on "Aumgn"

(Original United Artists "Tago Mago" LP Liner Cover, Gatefold Inner Cover & Side 1 Label)

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 カンのアルバムはバンドが原盤を自主制作し、ユナイテッド・アーティスツから全世界発売された初期6作+同時期の拾遺アルバム2作がバンド黄金時代の傑作とされています。1968年~1974年録音になるもので、同時期のアウトテイクは『Unlimited Edition』(2LP, Virgin, UK/Harvest, Ger., 1976)、『Delay 1968』(Spoon, 1981)、『The Lost Tapes』(3CD, Mute, 2012)にも大量に収められていますが(アルバム8枚分)、アウトテイクのうち完成品はバンド存続中に発表された『Unlimited Edition』と解散直後に発表されたに『Delay 1968』尽きており、この拾遺アルバム2作はオリジナル・アルバムに含められます。ずっと遅れて発掘発売された『The Lost Tapes』は未完成か習作段階のもので、カンを一通り聴いたリスナーのためのものでしょう。今回ご紹介する『タゴ・マゴ(Tago Mago)』はLP2枚組大作で発表され、カンの国際進出の決め手になった代表作です。アルバム・タイトルは伝説の黒魔術師アレイスタ・クローリーゆかりの、ヒッピーの聖地とされるスペインのイビサ島で有名な、イビサ東湾のタゴマゴ孤島群島からホルガー・シューカイが命名したそうです。本作はカンの代表的傑作として英語版ウィキペディアでも特大ページが割かれています。前置きには「ドイツのロックバンド、カンの第3作。ユナイテッド・アーティスツから1971年発表の2枚組LP。前作に参加していたマルコム・ムーニーに替わり、ダモ鈴木がヴォーカルに加入した初のアルバム」と簡潔な概要に続き、
「『Tago Mago』はカンのサウンドと構造の手法を示した、もっとも極端な録音とされてきた。このアルバムは発表以来広くその重要性を評価され、さまざまなアーティストから影響を認められている。」
 と最重要級の作品あつかいの総評を掲げています。カン黄金時代の6作+拾遺アルバム2作が現在代表的な欧米の批評メディアから受けている評価は、
1. Monster Movie (United Artists/Sound Factory, 1969) - Allmusic★★★★1/2, Pitchfork Media 8.7/10, Stylus Magazine (A)
2. Soundtracks (Liberty/United Artists, 1970) - Allmusic★★★, Pitchfork Media 7.6/10, Stylus Magazine (B)
3. Tago Mago (United Artists, 1971) - Metacritic 99/100, Allmusic★★★★★, Pitchfork Media 9.3/10(Original Edition) 10/10(40th Anniversary Edition), Stylus Magazine (B), Uncut (favorable)
4. Ege Bamyasi (United Artists, 1972) - Allmusic★★★★★, Pitchfork Media 9.8/10, Stylus Magazine (A)
5. Future Days (United Artists, 1973) - Allmusic★★★★★, Pitchfork Media 8.8/10
6. Soon Over Babaluma (United Artists, 1974) - Allmusic★★★★, Pitchfork Media 8.9/10, Robert Christgau (B-)
*Unlimited Edition (Virgin, UK/Harvest, Ger., 1976) 2LP Collection of 1968-1975 outtakes - Allmusic★★★, Pitchfork Media 7.9/10
*Delay 1968 (Spoon, 1981) Unreleased material from 1968-1969 - Allmusic★★★

 と、本作『Tago Mago』がずば抜けて高く評価されています。ダモ鈴木在籍時の『Ege Bamiyasi』『Future Days』がそれに次ぎ、マルコム時代の『Monster Movie』が次いで、ドイツ人メンバー4人だけで制作された『Soon Over Babaluma』もこの時点ではマルコム~ダモ在籍時と同等(『Soundtracks』は映画提供曲集、『Unlimited Edition』『Delay 1968』は拾遺アルバムという性格上相対的評価が低くなっていますが、内容は他のアルバムと遜色ありません)。カンはイギリスのヴァージン・レーベル移籍第1弾で第8作『Landed』では前作と同じメンバーなのにいきなり普通のロック・バンドになってしまいますが、それはまたの機会として、今回はメディア評価通りとすればカンの最高傑作『タゴ・マゴ』の紹介です。カンの最高の音楽はトータル73分半のこのアルバム全編に凝縮され、また拡張されているということでしょう。続く『Ege Bamiyasi』はアナログLP1枚にコンパクトにまとめた作品で、『Future Days』ではカンの音楽の浮遊感をつき詰めたものになります。

 英語版ウィキペディアでは『Tago Mago』は「Krautrock, psychedelic rock, experimental rock」とジャンルづけされており、クラウトロック(Krautrock)は日本ではもっぱらマニアにしか用いられない用語ですが、ジャーマン・ロックではなくクラウトロックと呼ばれるバンド/アーティストは、ドイツで起きたロックの革新運動を指しているので、英米ロックのスタイルをなぞったバンドは通常含まれません。英語版ウィキペディアKrautrockの項目を引くと「60年代末~70年代初頭、エレクトロニック・ミュージックとアンビエント・ミュージックの勃興期にブルースとロックン・ロールに影響された同時代の英米ロックから派生し、ポスト・パンクオルタネイティヴ・ロック、ニューエイジ・ミュージックの先駈ともなった」として、代表的バンド/アーティストに「Can, Amon Duul II, Ash Ra Tempel, Faust, Popol Vuh, Cluster, Harmonia, Tangerine Dream, Klaus Schulze, Neu!, and Kraftwerk.」と列挙しています。原文もこの順で、必ずしもデビュー順やアルファベット順、ヒット実績順ではなく、網羅的でもないから(Guru GuruやEmbryo, Grobschnitt、またミュージシャンと同格でエンジニアのDieter Dierks, Conny Plankの名は落とせません)、カンを筆頭にクラフトワークで締めくくるのは意図的な選択が働いているでしょう。'60年代末のドイツでは、自国の現代音楽界のスターにカールハインンツ・シュトックハウゼンがおり、アメリカから最新の現代音楽スタイルとしてラ・モンテ・ヤング、テリー・ライリー、スティーヴ・ライヒらの提唱するミニマリズムが注目されていました。ロックではヴェルヴェット・アンダーグラウンドピンク・フロイドフランク・ザッパジミ・ヘンドリックスが新しいバンドに大きな影響力がありました。これらの趨勢が先にクラウトロックとして名前が上がったバンド/アーティストの音楽に反映されており、エレクトロニクス中心のバンドの多くはレコード制作上の存在だった中で、カンはバンドとしての実体があり、ライヴ活動にも積極的でした。『タゴ・マゴ』は国外では特にイギリス、フランスで大きな反響を呼び、カンは1971年末に初めてのイギリス公演を成功させ、主に独・英・仏の3国をライヴ活動の場にしていくことになります。当時アメリカ公演が行われなかったのが惜しまれますが(のちタンジェリン・ドリームクラフトワークアメリカ公演の成功でさらに大きなレコード売り上げを達成しました)、中心メンバーの3人がすでに30代半ば近くで家庭生活もあり、広範な北米ツアーは不可能だったのでしょう。『タゴ・マゴ』を引っさげたライヴの凄まじさは当時のテレビ放映用ライヴでも残っていますが、1時間1曲というアルバム以上に壮絶にテンションの高い即興をくり広げています。 またテレビ出演で本作のA1を演奏したスタジオ・ライヴ映像もあります。
◎Can - Paperhouse ; Live, 1971 (Remastered) : https://youtu.be/Nzry1jz2-oA

 カンはライヴとアルバムではまるで異なるアレンジになる方が多いのですが、上記のテレビ出演映像では珍しくアルバムに忠実なアレンジで演奏しています。アルバムは一見あっさり作られているようで細部まで無駄がなく、とても完成度の高い音楽が当たり前のように自然な流れで出てくるので、カンのアルバムを聴いた後で並みのロックを聴くと落差にくらくらしてくるほどです。『タゴ・マゴ』の完成度はLP2枚組大作の規模にもかかわらずバンドの絶頂期に相応しい抜群なもので、クラウトロックの'70年代前半の2LP大作で思い浮かぶのはアモン・デュールII『地獄!(Yeti)』70.4, 『レミングの踊り(Tanz der Lemminge)』71.6、タンジェリン・ドリーム『Zeit』1972.8、クラウス・シュルツェ『Cyborg』1973.10、グローブシュニット『Ballermann』1974.5あたりになり、それらも各アーティスト初期の代表作でクラウトロックの名盤ですが個性の特化によるものが多く、総合的な器量の大きさでは『タゴ・マゴ』は抜きん出ています。アモン・デュールIIはデビュー作もカンと同年同月で、第2作と第3作で連続2LP大作を成功させており、所属レコード会社も同じ(世界市場ではタンジェリンとも同じ)でクラウトロック第1世代を担った重要バンドですが、カンの多彩な音楽性に較べるとヘヴィ・サイケに特化したプログレッシヴ・ロックの範疇にとどまる印象を受けます。カンの音楽性の幅広さは2LP規模に盛り込める限界を尽くしたものでした。

 このアルバムは2枚のLPのカップリングを意図して制作されており、ディスク1と2はデビュー作『モンスター・ムーヴィー』の片面数曲、片面1曲の構成を意識的になぞっています。LPのディスク1は7分半の曲2曲に4分の曲が挟まれる構成で、Side 2は18分半のファンク・ロックになっており、比較的キャッチーなディスク1はポスト・パンクの先駆をなしてPiLやマガジン、スージー&ザ・バンシーズ、ワイヤー、ジョイ・ディヴィジョンらが具体的に手法を参考したことで知られます。ジーザス&メリー・チェイン、トークトークプライマル・スクリームレディオヘッドらはポスト・パンク経由でカンにたどり着いた世代でした。A1「Paperhouse」は前作の「Deadlock」の流れを汲み、日本人にはダモ鈴木の演歌ロック臭を感じますが、サウンド面ではまるでPiL『Metal Box』か後期JAPANのようなA2, A3との不調和はまったくありません。B1「Mushroom」の空間的リズム・セクションとヴァイオリンの絡みや、A3「Oh Yeah」で突然日本語歌詞になるシークエンスなどハッとします。曲間なしに展開するA1~A3のメドレーは関係調で巧みに編集されており、連続した1曲のように快適に聴けます。B1「Halleluhwah」は18分半に及ぶファンクですが、曲名を列挙するだけの即興的歌詞といい、長尺ファンクの体裁を借りてはいますが音楽要素をミニマムにしてサウンドの位相変化を実験する目論見といい、やはりポスト・パンクオルタネイティヴ・ロックを先取りする発想が主眼となっています。

 ディスク2はより実験的なサウンドを追求しており、C1全面を使った呪術的な17分40秒の「Aumgn」はサウンド・エフェクトとヴォイス、ドラムスによるインダストリアル・ロックの先駆になっていて、まったくの無調・ノー・リズムで演奏・編集されています。この手法はフランク・ザッパマザーズが「The Return of the Son of Monster Magnet」1966で初めてロックに導入しましたが、ピンク・フロイドが『神秘(A Saucerful of Secrets)』1968のタイトル曲でより明快な構成で成功させて以来クラウトロックに絶大な影響を与えています。ディスク2の最後の面はダモ鈴木の凄まじい歌詞なしの即興ヴォーカリゼーション・パフォーマンスが高速で展開されるD1「Peking O」でC1からの流れを受けてクライマックスに達したあと、最終曲D2「Bring Me Coffee or Tea」ではヴェルヴェット・アンダーグラウンドやジャックスのダウナーなアシッド・ロック・バラードを思わせる楽曲になり、陰鬱にアルバムを締めくくるとともにA1へ回帰する構成となっています。カン黄金時代の6作+拾遺アルバム2作はどれも素晴らしく、レッド・ツェッペリンの全アルバムに匹敵するものですが、『タゴ・マゴ』はカン最大の代表作としての偉容を今日なお失わない記念碑的作品です。ホルガーの特筆すべき録音・編集技術も含めて、メンバー全員の貢献が輝かしい成果を上げています。また『タゴ・マゴ』はカンの全作品でも一聴してインパクトが強く、しかも聴くごとに良くなるアルバムでもあります。完璧に近いアルバムと見なすなら、主要音楽メディアからほぼ満点の評価が定着したこのアルバムにはその資格が十分にあることになるでしょう。