人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

サン・ラ - ライヴ・アット・ザ・ジーバス 

サン・ラ - ライヴ・アット・ザ・ジーバス (Atlantic, 1975)
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サン・ラ Sun Ra and his Intergalactic Research Arkestra - ライヴ・アット・ザ・ジーバス Live in Paris at The Gibus (Atlantic France, 1975) : https://youtu.be/1P_J9iOWbTw
Recorded Live at The Club Gibus, Paris, between 12 to 19, October 1973
Released by Atlantic Records France, Atlantic 40 540, 1975
Reissued by Hurricane Records, S538-40540, 2003
Engendered by Hubert Lemaire, Jean Claude Chabin
Executive-Produced by Michel Salou
Assistance Produced by Olivier Zdrzalik
Produced, All written and arranged by Sun Ra expect as noted.
(Side A)
A1. Spontaneous Simplicity - 4:00
A2. Lights On A Satellite - 5:25
A3. Ombre Monde #2 (The Shadow World) - 12:15
(Side B)
B1. King Porter Stomp (Jelly Roll Morton) - 2:50
B2. Salutations From The Universe - 14:53
B3. Calling Planet Earth - 1:22
[ Sun Ra and his Intergalactic Research Arkestra ]
Sun Ra - piano, organ, electric vibraphone, space instruments, mini-moog synthesizer, vocal
Akh Tal Ebah, Kwame Hadi - trumpet, fluegelhorn
Marshall Allen - alto saxophone, flute, oboe, piccolo
Danny Davis - alto saxophone, flute, alto clarinet
John Gilmore - tenor saxophone, drums
Danny Ray Thompson - baritone saxophone, flute
James Jacson - bassoon, flute, percussion
Eloe Omoe - bass clarinet, flute
Ronnie Boykins - bass
Alzo Wright - cello, viola, percussion
Thomas Hunter - drums 
Odun, Shahib - percussion, conga
Aralamon Hazoume - percussion, balafon (vibraphone), dance
Math Samba - percussion, dance, fire eater
June Tyson, Judith Holton, Cheryl Banks, Ruth Wright - space-ethnic voices, dance

(Reissued Hurricane "Live in Paris at The Gibus" LP Liner Cover)
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 アトランティック・レコーズのフランス支社でのみ発売され、並みいるサン・ラ生前リリースのライヴ盤の中でもほとんど注目されていないのが本作です。1973年のサン・ラ・アーケストラ作品はサン・ラ生前に発売されたスタジオ盤は『Pathways to Unknown Worlds』(Impulse!, 1975)のみで、やはりインパルス!レコーズ用にレコーディングされたスタジオ盤『Cymbals』(増補版『Cymbals Sessions』)『Crystal Spears』(この2作は1972年初夏録音か1973年春録音に推定録音年が分かれています)、『Pathways~』の後に録音されたと推定される『Friendly Love』はいずれもサン・ラ没後の発掘発売までお蔵入りアルバムになっており、またアーケストラの自主レーベル・サターンからリリースされた『Celebration For Dial Times』は1973年録音か1974年録音・発売か解明されていません。他に1973年のスタジオ録音の発掘は『Untitled Recordings』(Transparency, 2008)に数曲収録されていますが、これは1973年録音から1985年録音にまで渡るプライヴェート録音集なので、まとまった1973年録音のスタジオ盤ではありません。この年のスタジオ録音は長い間未発表に終わることになったので、レコーズ発売が少なかった(前年1972年録音のスタジオ盤『Astro Black』『Discipline 27-II』『Space is The Place』の発売はありましたが)代わりに、アーケストラは頻繁にライヴ活動を行っていました。のちに発掘された『What Planet Is This?』(Leo, 2006)は1973年7月6日収録の発掘ライヴの快作でしたが、前年1972年(発掘ライヴ『Life is Splendid』)の出演に続いて1973年9月9日(または10日)のアン・アーバー・ブルース&ジャズ・フェスティヴァルの出演を収録した『Outer Space Employment Agency』(Alive/Total Energy, 1999)は当時ラジオ放送された音源で、これも充実した発掘ライヴです。同作はYouTubeにアップされておらずリンクつきで詳細にご紹介できないのは残念ですが、サン・ラ・アーケストラは9月にはフランスから始まる、1970年秋、1971年秋に続く三度目のヨーロッパ・ツアーに出発しました。残されている発掘音源でそのうちもっとも日付の早いのは『The Universe Sent Me(The Lost Reel Collection #5)』(Transparency, 2008)に1972年7月のニューヨークのライヴ3曲とカップリングされた1973年9月8日のパリ公演からの4曲ですが、さて9月8日にパリにいたサン・ラ・アーケストラが9月9日(または10日)にはミシガン州のフェスティヴァルに出演して、今回ご紹介する『Live in Paris at The Gibus』は10月12日~19日の間のパリのクラブ出演のライヴ収録というのは、いくら土星人のバンドとはいえデータの整合性がありません。各種音楽データ・サイトや発掘・再発リリースCDでは上記のようになっており、またサン・ラ・アーケストラが9月にはフランス公演をしていたのは確からしいので、アーケストラ公式サイトでは『Outer Space Employment Agency』を収録日未詳としています。前年のアン・アーバー・フェスティヴァル公演が9月に行われたとしても、『Outer Space Employment Agency』収録はヨーロッパ・ツアー以前の1973年7月か8月に行われたとするのが一応妥当と思われます。
 
 1973年後半のサン・ラ・アーケストラは経済的に困窮状態に陥っていたとされ、それはこの年録音の新作が次々お蔵入りしたからでもありますが、秋のヨーロッパ・ツアーは経済状態の回復を目指した窮地のドサ廻りでもありました。1970年夏の最初のフランス・ツアー時にフランスのBYGレーベルにスタジオ録音『Solar Myth Approach Vol.1』『Vol.2』を売りつけ、1970年秋のヨーロッパ・ツアー時にはイギリスのBlack Lion社に1968年のライヴ録音『Picture of Infinity』を売りつけ、ツアー中の収録のライヴ録音『Nuits de la Fondation Maeght, Volume I』『Volume II』(邦題『宇宙探求』)をフランスの Shandarレーベルに 、西ドイツでのライヴ録音『It's After the End of the World』(邦題『世界の終焉』)をドイツ・ポリドール/MPSレーベルに売りつけたのは結果的にバンドの収入にもアーケストラの国際的認知にもつながることになります。また1971年秋のヨーロッパ・ツアーでは寄る先々の国の放送局にライヴ音源を売りつけ、イギリスのFreedom社に予定されていたツアー最後の11月のデンマークのライヴ音源『Calling Planet Earth』を売りつけて、その現地調達資金で念願のエジプト・ツアーを12月に敢行します。エジプト・ツアーは各地のクラブ出演やテレビ出演で3週間あまりに渡って続けられ、この時のライヴ録音が'60年代初の全編ライヴの名盤『ナッシング・イズ(Nothing Is...)』(ESP, 1966)や『宇宙探求』や『世界の終焉』を継ぐサン・ラのライヴの金字塔、アーケストラの自主レーベルSaturnからリリースされたエジプト三部作(『Horizon』『Nidhamu』『Live in Egypt(Dark Myth Equation Visitation)』)になります。アトランティック・レコーズのフランス支社でのみリリースされた本作『Live in Paris at The Gibus』は、9月~10月に渡る1973年秋のヨーロッパ・ツアー終盤にパリのクラブ「ジーバス」で収録され、これを売り渡して帰国費用に充てたものでした。当時サン・ラはABCレコーズ傘下のインパルス!レーベル契約中だったので発売は2年後の1975年になり、しかもフランス盤しか発売されなかったために本作は注目を集めなかったのですが、これがなかなかの秀作で、サン・ラ没後に1973年度の発掘ライヴ音源は次々陽の目を見ることになりますが、それらのライヴが主催者録音やラジオ放送音源であったとしてもアルバム化を前提としていないものなのに較べて、本作は録音スタッフはフランス現地のアトランティック側であってもサン・ラ自身がプロデュースしており、明確にアナログLP1枚のアルバムとして制作された作品です。それは選曲にもよく現れており、1973年度のサン・ラの公式ライヴ盤としては屈指の完成度を誇るアルバムになっています。まず本作はアルバム構成がアナログLPフォームのAB面の構成にきっちりと表れています。本作の選曲・曲順はよく考えられ練られたもので、アナログLP時代のアーティストならではの繊細で入念な構成力を痛感させるものになっています。
 
A1. Spontaneous Simplicity - 4:00
A2. Lights On A Satellite - 5:25
A3. Ombre Monde #2 (The Shadow World) - 12:15
B1. King Porter Stomp (Jelly Roll Morton) - 2:50
B2. Salutations From The Universe - 14:53
B3. Calling Planet Earth - 1:22
 
 本作の収録曲、AB面の配曲と曲順は上記の通りで、片面20分前後、AB面で40分と実際のライヴのフルセットよりずっと短いものですが、だからこそAB面がそれぞれ20分前後で起伏を持ち、アルバム全編を聴くとまたA面冒頭から聴き返したくなる、レコード作品としては理想的な凝縮感が実際のライヴとは別に実現されています。本作のA1「Spontaneous Simplicity」はどこか地中海的なワルツで、オープニング曲としては異色ですが、異色のワルツから始まるからこそリスナーには遅れて着いたジャズ・クラブで演奏中の曲から聴き始めたような印象を生んでいます。この曲のサン・ラ生前の初出はライヴ・アルバム『Picture of Infinity』ですが、2014年のリマスター再発で1958年(または1959年)録音のアルバム『The Nubians of Plutonia』の未発表ボーナス・トラックで初演されていたことが判明しました。本作のライヴ・ヴァージョンはマーシャル・アレンのフルート・ソロ、サン・ラのシンセサイザーヴィブラフォンの同時演奏ソロによって決定的ヴァージョンと呼べる出来になっています。
◎Sun Ra & His Arkestra - Spontaneous Simplicity (from the album "The Nubians of Plutonia" sessions previouslyunreleased track, Saturn, 1966/2014) (rec.1958 or 1959) : https://youtu.be/WIkJylYD-PQ
◎Sun Ra & His Arkestra - Spontaneous Simplicity (from the album "Picture of Infinity", Black Lion,1971) (rec.1968) : https://youtu.be/LqVZJfiYOtY
 
 A2「Lights On A Satellite」もライヴ・ヴァージョンはレアな牧歌的バラードで、サックス陣のピッコロ&フルート持ち替えアンサンブルが典型的なサン・ラ節の架空のエキゾチック・ミュージックを奏でています。この曲も1960年録音の『Fate In A Pleasant Mood』、1961年(または1962年)録音の『Art Forms of Dimensions Tomorrow』と、60年代初頭録音のアルバムからの珍しい選曲です。
◎Sun Ra & His Arkestra - Lights On A Satellite (from the album "Fate In A Pleasant Mood", Saturn, 1965) (rec.1960) : https://youtu.be/M-vlvjGNcwk
◎Sun Ra & His Arkestra - Lights On A Satellite (from the album "Art Forms of Dimensions Tomorrow", Saturn, 1965) (rec.1961 or 1962) : https://youtu.be/I3wpzv7ddF4
 
 A3にしてA面のクライマックスとなるのは「Ombre Monde #2」とフランス語タイトルのついた「The Shadow World」で、同曲は1965年録音の名盤『The Magic City』が初出ですが、ライヴでは'60年代中盤から定番曲であり、1976年に発表された1964年のライヴ『Featuring Pharoah Sanders & Black Harold』から『ナッシング・イズ』『宇宙探求』『世界の終焉』と、ライヴ盤のたびに最新アレンジで収録されてきた曲です。本作でもアーケストラの誇る看板テナーサックス奏者ジョン・ギルモアの熱狂的なソロが聴ける、サン・ラの過激フリー・ジャズ路線の名演です。
◎Sun Ra & His Arkestra - The Shadow World (from the album "The Magic City", Saturn, 1966) (rec.1965) : https://youtu.be/Eyv_CRdHPZo
◎Sun Ra & His Arkestra - The Shadow World (from the album "Nothing Is...", ESP, 1966) (rec.1966) : https://youtu.be/LCCSR0tiPRE
 
 B面に移ると、この頃のサン・ラには珍しい(本来サン・ラの専門で、1976年以降本格的に取り組むようになる)古典ジャズの再解釈から始まります。B1「King Porter Stomp」は1910年代~1920年代の創始期のジャズ・ピアニスト、ジェリー・ロール・モートン(生年不詳1885~1894-1941)のオリジナル曲で、チャールズ・ミンガスにもモートンの曲調を模したオリジナル曲「Jelly Roll」がありますが、サン・ラ・アーケストラはミンガスのバンド以上に奔放です。クラシックのオーケストラや白人音楽の吹奏楽では規格外の、縦の線も揃わなければピッチもばらばらの真っ黒けな古典ジャズの世界が再解釈されます。
 
 続くB2「Salutations From The Universe」は15分近くにおよぶ本作だけのオリジナル曲で、32小節サン・ラの説法が披露されると32小節アーケストラ全員の集団即興演奏が応えるコール&レスポンス形式が前半を占め、後半はサン・ラの無伴奏電気オルガンとシンセサイザーの同時演奏ソロになります。ここでのサン・ラのソロは轟音・爆音を越えてノイズの域に達しており、1973年当時シンセサイザーのノイズ使用に踏みこんでいたのはブートレッグの名盤『Long Beach Arena』のキース・エマーソン、ホークウィンドのディック・ミック、旧チェコスロヴァキアで数少ない国家公認バンドのコレギアム・ムジカム(2LPの名盤『Konvergencie』はチェコ・ロックのNo.1アルバムとされています)のマリアン・ヴァルガくらいですが、ここでのサン・ラの前ではロックの過激なシンセサイザー使用など大人と子供以上の格の差があります。B2のコーダ部分にチラッと現れてそのまま終わってしまうのはサン・ラのフリー・ジャズ路線最初期のアルバム『When Sun Comes Out』の代表曲「Calling Planet Earth」ですが、これはライヴ定番曲ながら本作では断片的なコーダとして2分にも満たず終わってしまうので、曲名クレジットがないと判別できません。これは実質的にB2のエンディング部分というだけで、印税を水増しするために楽曲クレジットされたものと思われます。この曲もライヴ定番曲になりましたが、初出以降の再演でもっとも早い時期のテイクは、1971年録音のアルバム『Universe in Blue』のアウトテイクに含まれていることが同作の2014年のリマスター再発で判明しました。本作ではあくまでB2のサン・ラの無伴奏キーボード・ソロのコーダでしかありません。
◎Sun Ra & His Arkestra - Calling Planet Earth (from the album "When Sun Comes Out", Saturn, 1963) (rec.1963) : https://youtu.be/jyzi4OxK1aE
◎Sun Ra & His Arkestra - Calling Planet Earth~They'll Be Back (from the album "Universe in Blue" sessions previouslyunreleased track, Saturn, 1972/2014) (rec.1971) : https://youtu.be/TCK7fjOWa0Y
 
 以上、本作はこのアルバムでしか聴けない古典曲のカヴァーB1と新曲B2を含み、ライヴ盤収録は珍しいA1、A2の決定的ヴァージョンとライヴ定番曲A3の最新アレンジの名演も聴ける充実した選曲・配曲で、実際のライヴでは2時間ほどのセットリストで演奏されたであろうレパートリーから非常に作品性と完成度の高いライヴ盤に仕上げられたもので、インディー・レーベルのHurricane Recordsから2003年にLP・CD再発されたきりなのがもったいない出来映えです。CDにはサターン・レコーズから1973年にリリースされた1972年のスタジオ盤の名盤『Discipline 27-II』から3曲がボーナス・トラックとして収録されていますが、『Discipline 27-II』は個別でも必聴の名盤なので本作に抜粋追加収録される必要はないでしょう。アトランティック・レコーズのフランス支社に版権があるならアメリカのアトランティック本社からリマスターの上メジャー再発されてしかるべき充実したライヴ盤で、それがなされていないということはマスターテープが失われ、LPレコード起こしのインディー盤でしか出せないという事情が推測されます。しかし現在のリマスター技術ならアナログLP起こしでも再リリースする価値が本作には十分あり、本作は未聴のリスナーにはビギナーからマニアまで納得のいくサン・ラのライヴ名盤の一角を占めるだけのアルバムです。こういうアルバムがごろごろあるからサン・ラは全作品がおろそかにできないのです。日本のワーナー/ユニバーサルはオーネット・コールマンやラサーン・ローランド・カークばかりでなく、本作こそ率先して世界初メジャーCD化を実現してほしいものです。