人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

サン・ラ - ザ・ロード・トゥ・ディスティニー (Transparency, 2010)

サン・ラ - ザ・ロード・トゥ・ディスティニー (Transparency, 2010)
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サン・ラ Sun Ra and his Intergalactic Research Arkestra - ザ・ロード・トゥ・ディスティニー The Road To Destiny : The Lost Reel Collection Volume Six (Transparency, 2010) : https://youtu.be/l5uWaSPwk9E
Recorded live at the Club Gibus, Paris, France, October 18, 1973
Recorded by Tommy "Bugs" Hunter
Photography by Phil Woodruff
Masterd by Brian Albers
Special Thanks: Christopher Trent
Released by Transparency Records CD 0306, 2010
All written & arranged by Sun Ra expect as noted.
(Tracklist)
1. Intro - 0:28
2. Astro Black - 4:19
3. Discipline 27 - 9:05
4. Discipline 27-II - 28:12
5. Prepare For The Journey To Other Worlds / Swing Low Sweet Chariot (Spiritual Trad.) / Why Go To The Moon - 6:26
Total Time: 47:21
[ Sun Ra and his Intergalactic Research Arkestra ]
Sun Ra - keyboards, synthesizer (space instruments), vocals
Akh Tal Ebah - trumpet, flugelhorn
Kwame Hadi - trumpet, flute
Marshall Allen - alto saxophone, flute, oboe, piccolo flute
Danny Davis - alto saxophone, alto clarinet, flute
John Gilmore - tenor Saxophone, drums
Danny Ray Thompson - baritone saxophone, flute
Eloe Omoe - bass clarinet, flute
James Jacson - bassoon, flute, percussion
Alzo Wright - cello, viola, drums
Ronny Boykins - bass
Odun, Shahib - congas
Roger Aralamon Hazoume - Percussion, balafon (vibraphone), dance
Math Samba - percussion, fire eater
Tommy Hunter - drums
June Tyson - vocals, space ethnic voices
Cheryl Banks, Judith Holton, Ruth Wright - space ethnic voices

(Original Transparency "The Road To Destiny" CD Liner Cover)
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 2010年になって忽然と発掘リリースされた本作はサン・ラ専門発掘レーベルのTransparency社が2007年からリリースしていた発掘音源シリーズ『The Lost Reel Collection』の6作目にして、フランスでのみ発売されていた隠れライヴ名盤『Live in Paris at The Gibus』(Atlantic France, 1975)の続編、または補遺編というべきアルバムです。『Live in Paris at The Gibus』は本作と同じパリのジャズ・クラブ「ジーバス」で、1973年10月12日~19日の出演からサン・ラの承認のもとアトランティック・レコーズのフランス支社のスタッフにより収録されまとめられた、選曲や編集に意を凝らして非常に完成度の高い作品性を持ったライヴ盤でした。一方本作は、サン・ラ・アーケストラがニューヨークに進出した1962年以来ドラムスと専属エンジニアを勤めてきたトミー・ハンターによるライヴ音源が発見されたものであり(スペシャル・サンクスに名のあるクリストファー・トレント氏が発見、またはバンド公認リリースを取り持ったと思われます)、収録日も1973年10月18日と特定されています。収録時間47分強で編集の痕跡の見られないことから、おそらく1日2~3セット(宵、晩、深夜)行われたライヴのうち1セットがそのまま収録されて残されていたものでしょう。ジャズ・クラブは基本的に飲食店ですから、1時間程度の演奏をワンセットとして観客の食事や飲み物の注文のために休憩をはさみ、また1時間程度2セット目という具合にライヴが行われるのが通例です。
 
 前述の通りクラブ・ジーバスの出演はアトランティックのフランス支社によってライヴ収録されていたわけですが、サン・ラはアーケストラを結成した'50年代半ばから自主レーベルのサターン用にこまめにリハーサルやライヴを録音しており、それがサン・ラ没後まで次々と発掘リリースされて膨大なディスコグラフィーになっています。ニューヨーク進出後に参加したトミー・ハンターはオルガン・トリオとかけ持ちしており、機械の扱いに強かったことからドラムスのみならずバンド専属エンジニアも勤めることになりました。ハンター参加時にはサン・ラ・アーケストラはほとんど仕事がなく、メンバーはやむなく他のバンドとのかけ持ちやスーパーや飲食店のアルバイトをしてしのいでいましたから、都合に合わせて各担当楽器のメンバーごとに複数人が同時に在籍しており、ドラムスでいえばハンターの他にレックス・ハンフリーズ、クリフォード・ジャーヴィスらが参加し、時にはツイン・ドラムスやトリプル・ドラムスにもなれば、専任ドラマーの都合がつかない場合はメンバー全員がパーカッションに回り、看板テナーサックス奏者のジョン・ギルモアがドラムスをかけ持ちしたりしていました。バンドの運営がシカゴ時代同様ようやく順調になると専任パーカッション奏者も増員され、メンバー全員がサン・ラのアイディアで楽曲やアンサンブルによって複数楽器をかけ持ちするのも当たり前、という恐るべき柔軟性と結束力を持ったバンドになりました。スタジオ盤『Strange Strings』(Saturn, rec.1966/rel.1967)などはメンバー全員が弾いたこともない民族楽器系ギターを合奏しているアルバムです。サン・ラ・アーケストラがビ・バップ以降のモダン・ジャズの主流を占めたスモール・コンボのバンドでもなければ、1920年代以降のビッグバンド・ジャズのラージ・コンボのバンドとも違う融通無碍で変幻自在な、突出して特異なバンドだったのは、去る者は追わず、来る者は拒まずで規模を大きくしてきた、そうしたアーケストラのファミリー・コミューン的性格によります。
 
 本作に戻ると、トミー・ハンターはまだまだクラブ・ジーバス出演から記録用、またはサターンでのリリース候補用に他のセットも録音していた可能性が大きく、ただし発掘までの37年間の間に本作以外のマスターテープは散佚してしまったのでしょう。それでも完全な散佚よりは1セットだけでも保管されていたことは幸運でした。『Live in Paris at The Gibus』との重複曲は一切なく、演奏内容も高ければ未編集のため(冒頭、またはエンディングに欠落のある可能性はありますが)非常に価値ある、実況中継のように一気に聴ける好アルバムとなっています。1973年のアーケストラの音楽性は、従来の呪術的フリー・ジャズ路線にさらに祝祭的ゴスペル・ファンク色を強めた1971年後半~1972年の音楽性を円熟させていましたが、CD6枚組にもおよぶ1972年6月~8月収録の発掘ライヴ盤『Live At Slugs's Saloon』(Transparency, 2009)で判明したようにバンドは楽曲の重複なしにほぼ6時間にもおよぶレパートリーがいつでも演奏できました。本作にライヴ慣例のパーカッション・アンサンブルのオープニングがつけばほぼ1時間になるはずで、それがないのは冒頭の欠損か、セカンド・セット以降のセットだったからでしょう。普段のサン・ラのクラブ出演では1セットがどのように行われていたかを聴けて疑似体験できる点で、本作は貴重なドキュメンタリー的ライヴ音源となっています。LPレコードとして入念かつ慎重に選曲・編集され、アルバムとして作品性の高い『Live in Paris at The Gibus』とは好対照をなし、たがいに補いあう関係の内容をなす発掘音源です。バンド秘蔵のライヴ音源をこっそり聴かせてもらえるような楽しさがあり、生々しさでは完成度の高い『Live in Paris at The Gibus』より勝っているとも言えます。
 
 ただし1973年のサン・ラの発掘ライヴには7月6日ニューヨークでの単独コンサートを収録した『What Planet is This?』(Leo, 2006)があり、会場不明ながら日付が特定されていることから同作もバンド秘蔵音源と推定され、インプロヴィゼーションからジューン・タイソン独唱の「Astro Black」、そして「Discipline 27」へと続き、2時間強にもおよぶ『What Planet is This?』は本作『The Road To Destiny』に時期的には3か月先立つ、いわば1973年のアーケストラのライヴのフルセット完全版と言える発掘ライヴ音源です。ニューヨークでの単独コンサートでは本拠地ならではのノリの良い演奏が聴け、パリのクラブ出演では海外公演だけある緊張感の高い演奏が聴けるとあっても、本作は選曲・内容とも『What Planet is This?』の凝縮版とも言えるライヴ音源です。48分弱のうちに「Astro Black」から「Discipline 27」、さらに28分にもおよぶ長大なハイライト曲「Discipline 27-II」で大爆発し、ヴォーカル曲に挟んでゴスペル民謡曲「Swing Low Sweet Chariot」(同曲はニューヨーク進出直後の苦境時代にサン・ラを励ましたディジー・ガレスピーの定番曲でもありました)を演奏する賑やかなメドレーで構成された本作のセットは、クラブ出演の1セットとしては最上の構成に凝らされた選曲です。1973年のサン・ラのライヴは『What Planet is This?』、『Outer Space Employment Agency』(Alive/Total Energy, 1999)』、『The Universe Sent Me (The Lost Reel Collection Vol.5)』 (Transparency, 2008)、『Live in Paris at The Gibus』、さらに本作の後には『Concert for the Comet Kohoutek』(ESP, 1993)、『Planets Of Life Or Death: Amiens '73』 (Art Yard, 2015)といずれ劣らぬ快作が並び、サン・ラ生前リリースのアルバムは屈指の名盤『Live in Paris at The Gibus』があり、フルコンサート収録の発掘ライヴでは『What Planet is This?』『Concert for the Comet Kohoutek』があり、フェスティヴァル出演の名演には『Outer Space Employment Agency』があるので本作ほど充実した発掘ライヴ音源でも相対的に順位が下がってしまうのですが、こうなると最初にどれを聴いても聴くだけの価値はあり、あとはリスナーのめぐり合わせによるでしょう。どれを聴いても充実した1973年のサン・ラ・アーケストラのライヴが味わえ、他のどのライヴ盤を聴いてもそのアルバムならではの楽しみがあります。見つけたアルバムから聴いていけばいいので、本作よりも豊かなヴォリュームを誇る『What Planet is This?』『Outer Space Employment Agency』『Concert for the Comet Kohoutek』、サン・ラ生前の公式盤『Live in Paris at The Gibus』を先に聴いても、本作には本作ならではのサン・ラが聴けます。ぜひ冒頭のヴォーカル曲「Astro Black」だけでもお聴きいただけたら幸いです。これほどリスナーを鷲づかみにする、強烈なオープニング曲はありません。