人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

五つの赤い風船 - フォーク・アルバム(第二集) (日本Victor, 1971)

五つの赤い風船 - フォーク・アルバム(第二集) (日本Victor, 1971)
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五つの赤い風船 - フォーク・アルバム(第二集) (日本Victor, 1971) : https://youtu.be/tKe-DD3u0Rg

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(a) From the album "おとぎばなし" (URC Record URL-1008, August 1, 1969)
Recorded at アオイ・スタジオ,
July 2 to 4, 1969

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(b) From the album "巫OLK脱出計画" (URC Record URL-1013, March 1970)
Recorded at アオイ・スタジオ, December 25 to 28, 1969 & January 15 to 20

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(c) From the album "イン・コンサート" (URC Record URG-4002, August 1970)
Recorded live at 東京厚生年金会館ホール, March 31 & April 1, 1970
Compile Released by 日本ヴィクター株式会社 Victor SJV-491, February 5, 1971
Compile Reissued by 日本ヴィクター株式会社 Victor SF-1004, July 5, 1971
全作詞・作曲=西岡たかし
(Side 1)
A1. 時は変ってしまった - 3:01 (b)
A2. プレゼント - 3:57 (b)
A3. ささ舟 - 2:25 (b)
A4. どこかの星に伝えて下さい - 3:30 (b)
A5. てるてる坊主 - 2:08 (b)
A6. 小さな夢 - 2:09 (b)
A7. 巫OLK脱出計画 - 4:11 (b)
(Side 2)
B1. これがボクらの道なのか - 2:43 (b)
B2. 遠い世界に - 8:35 (c)
B3. 夢みる女の子 - 1:27 (c)
B4. 一番星みつけた - 3:18 (c)
B5. おとぎ話をききたいの - 5:38 (a)
B6. 唄 - 3:47 (a)
[ 五つの赤い風船 Five Red Balloon ]
西岡たかし - vocal, guitar, vibraphone, piano, celesta, harmonica, recorder, autoharp
中川イサト - vocal, guitar (a)
東祥高 - guitar, piano, organ, vibraphone, accordion (b, c)
藤原秀子 - vocal, organ
長野隆 - vocal, bass
with (b)
木田高介 - drums, flute, tenor saxophone, piano, vibraphone

(Compile Victor "フォーク・アルバム(第二集)" LP Liner Cover)

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 大阪で1967年に活動を開始したフォーク・ロック・グループ、五つの赤い風船や、日本初のアンダーグラウンド・フォークのインディー・レーベル、あんぐら・れこーど・くらぶ(URC)については日本ヴィクターからリリースされた、URCからの初期2作『高田渡五つの赤い風船』(高田渡とのスプリット・アルバム)、初のフルアルバム『おとぎばなし』から選曲・編集発売された『五つの赤い風船 - フォーク・アルバム(第一集)』(Victor SJV-430, November 5, 1969)をご紹介した際に、最初の解散までのアルバム・リストとともに触れました。『五つの赤い風船フォーク・アルバム(第一集)』は高田渡とのスプリット・アルバム『高田渡五つの赤い風船』に収められた全9曲からオープニングとエンディングのインストルメンタル・テーマ曲2曲と「二人は」1曲を除いた6曲をA面に収め、ファースト・フルアルバム『おとぎばなし』収録の全12曲からインストルメンタル曲、民謡の改作曲、アヴァンギャルドな実験的楽曲6曲を除いて6曲をB面に収録したものでしたが、日本ヴィクターからの編集盤第二作になる本作は全17曲を収録したフルアルバム第二作でコンセプト・アルバム『巫OLK脱出計画』から実験的な小品を除いたA1~A7、B1の8曲に、『おとぎばなし』から『第一集』に収録洩れだったB5、B6、初のライヴ盤『イン・コンサート』からのB2~B4を合わせたものです。1971年2月発売の初回版ではA1が「これがボクらの道なのか」、B1が「時は変ってしまった」になっており、同年7月に『第一集』と同時再発売された際に上記の曲順に改められています。『巫OLK脱出計画』の「巫OLK」は「FOLK」と読ませてアルバム内容もメッセージ・フォークから実験的な作風を試みたコンセプト・アルバムでしたが、「これがボクらの道なのか」は従来のポップ路線に沿った人気曲となり、本作の初回版ではA面1曲目に収められていた五つの赤い風船の代表曲であり、「遠い世界に」とともに現在でも五つの赤い風船のライヴでの観客大合唱曲となっています。

 リーダーの西岡たかしは『巫OLK脱出計画』では意図的に実験的なサウンドを試みており、それはフォーク・ブームの中でも五つの赤い風船が'60年代中期のマイク真木や森山良子らに代表されるカレッジ・フォークの流れをくむポピュラー性によって高い人気を誇っており、ほぼ同期でアンダーグラウンド・シーン出身のフォーク・クルセダーズやジャックス、カレッジ・フォークに対するプロテスト・フォークの系譜になる高石友也岡林信康らに較べて穏健なフォーク・グループと見られていたことに反発したものでした。スプリット・アルバム『高田渡五つの赤い風船』はメッセージ・フォーク、プロテスト・フォーク系の楽曲ともども代表曲満載のデビュー作でしたし、初のフルアルバム『おとぎばなし』もメルヘン調のコンセプト・アルバムだったのですが、『巫OLK脱出計画』は不可解なタイトルともにはっきりとザ・フォーク・クルセダーズの『紀元貮阡年』1968.7、
ジャックスの『ジャックスの世界』1968.9や『ジャックスの奇蹟』1969.10、岡林信康の『私を断罪せよ』1969.8に対抗するアンダーグラウンド・フォークならではの試みであり、かまやつひろしの『ムッシュー/かまやつひろしの世界』1970.2や岡林信康の『見る前に跳べ』1970.6、はっぴいえんどの『はっぴいえんど(ゆでめん)』1970.8、西岡たかし自身が木田高介・斎藤哲夫との連名で制作したプロジェクト作『溶け出したガラス箱』'70.10と並んでオリジナル曲の日本語ロックにフォーク・ロック側から取り組んだアルバムであり、URCのディレクターを勤めていた元ジャックスの早川義夫がゲスト参加したライヴ・アルバム『五つの赤い風船イン・コンサート(第4集)』'70.8、2枚組アルバムとして制作され別売された『NEW SKY(アルバム第5集part1)』『FLIGHT(アルバム第5集part2)』'71.7に連なっていくアンダーグラウンドな実験性と、のちの商業フォーク・ロック(J-POPの起点となる'70年代~'80年代ニュー・ミュージック)に発展していくポピュラー性を両立させようとしたものでした。

 五つの赤い風船のオリジナル・アルバムはいずれもURCでの制作・リリースでしたが、日本ヴィクターからの編集盤はグループのポピュラーな側面の表れた楽曲中心の選曲、オリジナル・アルバムよりも多い曲数、何よりメジャー・リリースの強みでURCからのオリジナル・アルバムよりも広いリスナーを獲得していました。日本ヴィクターからはこの後『五つの赤い風船・ソロアルバム』(Victor SF-1010, November 5, 1971)、『ロサンゼルスの五つの赤い風船』(Victor CD4B-5027, July 25, 1972)、『五つの赤い風船ラスト・アルバム』(Victor SF-5007~8, November 1972, 2LP)、『五つの赤い風船ベスト・コレクション』(Victor SF-5017~8, November 25, 1973, 2LP)がリリースされますが、『五つの赤い風船・ソロアルバム』は西岡たかしの『溶け出したガラス箱』と藤原秀子のソロ・アルバム『私のブルース~藤原秀子ソロ・アルバム』'70.12からの選曲、『ロサンゼルスの五つの赤い風船』はロサンゼルスに渡ってそれまでのレパートリーをスタジオとライヴで再録音した2枚組アルバム『僕は広野に一人いる』'72.5を1枚ものに再編集したアルバム、『五つの赤い風船ラスト・アルバム』と『NEW SKY(アルバム第5集part1)』『FLIGHT(アルバム第5集part2)』にそれまでのアルバムのヴィクター盤未収録曲を加えたもの、そして『五つの赤い風船ベスト・コレクション』は解散コンサートの3枚組ライヴ盤『ゲームは終わり~解散記念実況盤』'72.10からの選曲にそれまでのアルバムのヴィクター盤未収録曲を加えたものでした。

 URCからのオリジナル・アルバムは『NEW SKY(アルバム第5集part1)』『FLIGHT(アルバム第5集part2)』まではいずれもアルバムごとにコンセプトを持ち、1作枚に実験性を高めたものでしたが、ロサンゼルス録音のスタジオ&ライヴ盤『僕は広野に一人いる』、解散コンサートの3枚組ライヴ盤『ゲームは終わり~解散記念実況盤』の時期には実質的に五つの赤い風船は解散を予定した消化試合の体制になっており、カレッジ・フォーク路線に戻ったファンサービス色の強い作風に後退しています。1969年~1971年までのアルバムは1990年代以降に日本独自のアシッド・フォーク、サイケデリック・ロック作品として再評価されることになりましたが、1975年の再結成アルバム『五つの赤い風船1975』以降現在まで続く五つの赤い風船は、全盛期のファンのためのカレッジ・フォーク路線に退行したと言ってよく、コンサートは初期アルバムの代表曲のヒットパレード的な選曲をさらにポップな演奏で観客とともに大合唱する、というレトロスペクティヴ的な活動になりました。ヴィクター盤での選曲はURCからのオリジナル・アルバムの実験性を極力排除し、巧妙にポピュラー・フォークのアルバムとして再編集したものですが、西岡たかし自身がその両極に振れていたのが逆にURCからのオリジナル盤では示されているという点で、オリジナル・アルバムとの聴き較べに興味をそそる編集盤となっています。日本独自のアシッド・ロック~サイケデリック・ロックとして聴くもよし、また穏健で平坦なカレッジ・フォーク系オールディーズ・フォークとしても聴ける点で、五つの赤い風船は今なお決定的評価の定まらないバンドとも言えます。むしろ欧米諸国のリスナーの方がこのサウンドからティム・バックリーやパールズ・ビフォア・スワインのようなアンダーグラウンドのアシッド・フォーク~サイケデリック・ロックと見なしているのが現状で、かえって日本のリスナーの方が五つの赤い風船をとらえづらい存在として持て余しているのです。