人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

蒲原有明『茉莉花』『月しろ』

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 蒲原有明(本名隼雄、1876-1952)は東京生まれ。明治最高の象徴詩人。その割に定本全集が編まれない、研究者がいないという不遇な存在でもある。
 有明の代表作は明治41年(1908年)刊行の第四詩集「有明集」だが、有明の詩はもう古いと若手詩人から散々な攻撃をされた。

『月しろ』

淀み流れぬわが胸に憂い悩みの
浮藻こそひろごりわたれ黒ずみて、
いつもいぶせき黄昏の影をやどせる
池水に映るは暗き古宮か

石の階(きざはし)崩れ落ち、水際(みぎわ)に寂びぬ、
沈みたる快楽(けらく)を誰かまた誉めむ
かつてたどりし佳人(よきひと)の足の音の歌を
その石になお慕い寄る水の夢

花の思いをさながらの祷(いのり)の言葉、
額(ぬか)づきし面(おも)わのかげの滅(き)えがてに
この世ならざる縁(えにし)こそ不思議のちから、

追憶(おもいで)の遠き昔のみ空より
池のこころに懐かしき名残の光、
月しろぞ今もおりおり浮びただよう。
*
 若手詩人からの批判は有明の大胆な空想と過剰なレトリックだった。「月しろ」などはやたらとスケールが大きく見えるが月夜のデートの回想にすぎない。が、それこそ有明の到達した象徴詩だった(攻撃しなかった三富朽葉だけが優れた詩を残した)。「有明集」中の最高傑作『茉莉花』は女(もちろん素人ではない)に通いつめる男の歓喜と嘆き。内容で言えばそれだけのものなのだ。

茉莉花

咽(むせ)び嘆こうわが胸の曇り物憂き
紗の帳(とばり)しなめきかかげ、かがやかに
或日は映る君が面、媚(こび)の野にさく
阿芙蓉の萎え嬌(なま)めけるその匂い。

魂(たま)をも蕩(た)らす私語(ささめき)に誘われつつも、
われはまた君を擁(いだ)きて泣くなめり、
極秘の憂い、夢のわな-君が腕(かいな)に、
痛ましさわがただむきはとらわれぬ。

また或宵は君見えず、生絹(すずし)の衣の
衣ずれの音のさやさやすずろかに
ただ伝うのみ、わが心この時裂けつ、

茉莉花(まつりか)の夜の一室(ひとま)の香のかげに
まじれる君が微笑はわが身の痍(きず)を、
もとめ来て沁みて薫りぬ、貴(あて)にしみらに。
*
 有明の余生と隠遁生活は晩年の自伝「夢は呼び交わす」に詳しい。享年77歳。