人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

(13)アルティ・エ・メスティエリ

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ユーロ・ロック3大国から70年代ロックを紹介するこのシリーズ。フランス8回、ドイツ14回で済んだのが嘘のようだ。比率で言うと筆者所有のユーロ・ロックは独50:伊30:仏15:その他5パーセントといったところだが、以前も解説した通り72年~74年にかけて短命バンドの傑作が集中しており、オイルショックと共にほとんどのバンドが消滅した。原油の割り当て制限やレコード会社ごとの新作枚数の調整もあっただろう。大物以外はことごとくレコード契約が打ち切られ、解散バンドのメンバーたちもミュージシャン引退を余儀なくされた。

73年デビューのアレアがオイルショック後も生き残れたのは自主制作レーベル・クランプスだったからだ。その割にはジャケットの見事さ、録音の優秀さには感嘆する。クランプスといえばアレア、そしてアルティ・エ・メスティエリだが、アルティの第一作「ティルト」1974(画像2)、第二作「明日へのワルツ」1975(画像3)を見て自主制作だと思う人は少ないだろう。内容もシングル1枚分の制作費で作られているのだ。だがアルティのこの2枚は同率でイタリア70年代ロックのベスト10かベスト5、ひょっとしたらベスト3に入るとされている作品なのでございます。

と、急に改まった口調になったのはこんな大物がもう14回になっても残っていた照れ隠しだ。オザンナ、トロルスの次、トレ、レ・オルメより前に入れてもよかった。
そんなわけでアルティ・エ・メスティエリ(1974-1985)というすごいジャズ・ロック・グループがオイルショック後のイタリアにいた。ただし10年でアルバム5枚、リーダーのフリオ・キリコ(ドラムス)以外はアルバムごとにほぼメンバー総入れ替えだから、バンド全体の採算は見当がつく。
ヴァイオリン、クラリネット、ギターの高速ユニゾンにメロトロンとエレピが絡み、重いベースにテクニック過剰なまでのドラムスが突進する。なるほど「クリムゾン・キングの宮殿」や「幻の映像」に匹敵する。同じジャズ・ロックでもアレアとは異なる。

キリコは元々在伊イギリス人バンド、ザ・トリップの現地採用ドラマーで、「タイム・オブ・チェンジ」1973(画像1)などはEL&Pとイエスの折衷のような面白いものだ。近年はアルティも復活して往年のスタイルで好評を博している。