人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

明治の詩・その他のエッセイ

○コメントと断片より

(1)今回「氷見作品」という言葉を入れ忘れました。コメントでおっしゃっているのは古書価のことですね。単純に「定評ある老舗出版社」と「地方小出版物流通センター扱いのマイナー出版社」だから氷見は1万5000円、立中は600円になってしまうのです。詩の古書価はほとんど出版社の格で決まります。カースト制度と言ってよいでしょう。

(2)そう「漂泊」、さすらいです。ぼくも氷見敦子の「銀河」「宇宙」の用例は従来の詩人たちの系譜にもないものだと思っていましたが、この作品を思い出したのはコメントをいただいたからです。伊良子清白というのは不思議な詩人で、まだ直喩の段階にあった明治の文語自由詩で唯一、完全に暗喩の次元に到達した人です。この詩のイマジネーションのピークは「哀れなる旅の男は/…/いと低く歌いはじめぬ」を導入とする次の二連、「亡母は/処女となりて/白き額月に現われ」「亡父は/童子と成りて/円き眉銀河を渡る」です。そして末尾二連で「旅人に/母は宿りぬ/若人に/父は降れり」「旅人は/歌い続けぬ/嬰子の昔にかえり/微笑みて歌いつつあり」と締め括られます。冒頭に一連、中間部に二連情景描写がありますが、いずれも旅人の漂泊感と緊密に結びついており、見事なものです。よければ、この記事の前後にある蒲原有明茉莉花」「月しろ」もご参観ください。明治以来の詩人でも、もっとも悪魔
的な文体の持ち主です。

(3)蒲原有明は若き日は多情な人で、夫婦間の危機を招いて罪障感と運命感から精神疾患(神秘体験を伴う)に陥りブランクができてしまい、白秋、高村、萩原らの新世代に尊敬されながらも回復以後の作品はどこか病的なものから抜けきれなかった、という人です。ブランク以後はほとんど引遁生活を送り、借家の家賃収入と生け花の師範の奥さんが生計を支えました。「茉莉花」と「月しろ」は別々の女性との密会を描いており、前者は玄人(吉原の娼婦)、後者は素人(おそらくファンの女性)だと思われます。どちらもソネット(14行詩=4/4/3/3)型式で、「また或る宵は君見えず…」から3行(「茉莉花」第三連)、「石の階段崩れ落ち…」から4行(「月しろ」第二連)は音楽性も激情も最高の効果を達成しています。現代詩がどんな方向へ行こうと有明が頂点に近いところまで極めた詩人なのは動かないでしょう。