人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

霧雨日記・4月20日(土)小雨

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今日みたいに寒く、しかも小雨の日は、手を濡らしたくないからカップラーメンでいいか、という気になる。二年前にはカップラーメンは食べられなかった。買い物かごに入れている人を見るとぎょっとし、このブログを始めたのが一昨年五月だが、カップラーメンの記事を見かけると溜め息が出たものだ。健康な人はカップラーメンをおいしく食べるんだな、と身心ともに不健康な自分を恨めしかった。

また食べてみたい、非常食にもなるし、と買ってみたりはするものの食指は動かず、あえなく何食賞味期限切れにしたことか。味付け油揚げ麺は、特に夏場を挟むと賞味期限はシビアだ。ノンフライ麺は期限を過ぎてもいける。知識の上でも経験でもそれは知っているが、とにかく二年前は駄目だった。ようやく食べられるようになったのは、せいぜいこの一年くらいのことだと思う。

カップ麺で思い出すのは出向先で二晩一睡もせずゲームソフトの解説書の編集を仕上げた翌日で、印刷所に入稿して輸入レコード店に寄り、ソフト・マシーンの緑のジャケットの'Vol.1'(画像上)を買った。前日からの台風で靴の中までびしょ濡れで帰った。レコードを聴きながらジャケットを広げ(LPレコードの見開きジャケットとはいいものだった)コンビニで買った「緑のたぬき」を食べた。以来ソフト・マシーンのこのアルバムを聴くと「緑のたぬき」の味がして、「緑のたぬき」を食べるとソフト・マシーンの音楽が聴こえる気がするようになった。もう25年前の話だ。どちらも緑だと今この文章を書いていて初めて気づいた。これを象徴主義では万物照応(コレスポンダンス)と言う。

そう名づけたのは象徴主義詩の開祖シャルル・ボードレール(画像下)だが、詩集「悪の華」1857で知られるこの人は1866年、45歳で発症して急激に悪化し、翌年亡くなる。精神疾患は確かだが、症状については廃人化・痴呆化という記録で、急死までの進行の速さが気になる(ボードレールより少し後のニーチェも発症は1889年・45歳だったが、それから10年生きた)。
ボードレールは青年時代に数億円の遺産を二年で遊興費に使い果たして禁治産者になり、有色人種の女性しか愛人にしなかったという人で、後付けなら発症の予兆に事欠かない。だが発症の翌年急逝とはよほどのことだ。ぼく自身が何度も死にかけているだけに、他人事ではない気持がする。