人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

短歌と俳句(22)高柳重信/塚本邦雄

今回は戦後俳句・短歌で前衛の口火を切った、高柳重信句集「蕗子」(昭和25年8月)と塚本邦雄歌集「水葬物語」(昭和26年8月)から各々巻頭の一章を紹介したい。共に戦時中弾圧されていた新興俳句・短歌に傾倒した新人の第一作品集で、この二冊は合同で自費出版されたことでも知られる。当時高柳は27歳、塚本は31歳だった。なお高柳の俳句は原文は多行形式で表記されているが再現できないので、追込み引用とした。

身をそらす/虹の絶嶺/処刑台

わが来し満月/わが見し満月/わが失脚

胸には肋骨/逃竄なりや/旅なりや

佇てば傾斜/歩めば傾斜/傾斜の傾斜

裏切りだ/何故だ/薔薇が焦げてゐる

のぼるは夕月/負傷を待つている乳房

ぽんぽんだりや/ぱんぱんかある/るんば・たんば

「月光」旅館/開けても開けてもドアがある

月下の宿帳/先客の名はリラダン伯爵

風が死ぬ/胃の腑の中まで逃げてはきたが

何を葬る/掌上の露/足下の露

墓標の前/みなうしろむき/その背の眼

夜のダ・カポ/ダ・カポのダ・カポ/噴火のダ・カポ

終らぬ序曲/終らぬ序曲/終らぬ序曲

虹/七線/わが箴言をここに書く

(句集「蕗子」より『逃竄の歌』)

革命歌作詞家に凭りかかられてすこしづつ液化してゆくピアノ

輸出用蘭花の束を空港へ空港へ乞食夫妻が運び

聖母像ばかりならべてある美術館の出口につづく火薬庫

万国旗つくりのねむい饒舌がつなぐ戦争と平和と危機と

楽人を逐つた市長が次の夏、蛇つれてかへる―市民のために

魚卵孵化所を中心に網状の道成りぬ。市長夫人の歿後

母よりもこひびとよりも簡明で廉くつくダイジェストを愛す

シャンパンの壜の林のかげで説く微分積分的貯蓄学

盗賊のむれにまじりて若者らゆき果樹園にせまりくる雨季

つひにバベルの塔、水中に淡黄の燈をともし―若き大工は死せり

永いながい雨季過ぎ、巨き向日葵にコスモポリタンの舌ひるがへる

徽雨空がずりおちてくる マリアらの口紅に開く十指の上に

てのひらの傷いたみつつ裏切りの季節にひらく十字架の花
(歌集「水葬物語」より『未来史』)