人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

アル中病棟の思い出22

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・3月14日(日)晴れ
(前回から続く)
「また老婆が話しかけてきた様子では、今朝には憶えていた昨夜の件をもうすっかり忘れているようだ。相手が同一人物だということも気づいていない。206号室にサトミさんという方がいらっしゃいますよね、私カジイといいます(注1)。いま消防車の音が聞こえましたでしょう?テレフォンカードか10円玉お借りできませんか!明日お返ししますから…娘の家が六丁目なんです(注2)」

「なんで第二病棟まで進出してきたのだろう。たぶんこの婆さんの妄想癖が知れ渡っていて、誰も相手にしないからだ。だから第二の廊下で通りかかる人を待ち伏せていたのだが、二晩続けて捕まってしまうとはさすがに笑うに笑えない。そうですか、ちょっと待っててくださいねとデイルームに戻り、Fさんにさっき話した婆さん第二の廊下に来てますよ、今度は娘の家が火事だって。Fさんの勧めで第三病棟のナースステーションに電話。第二の佐伯です。そちらにカジイさんという年配の女性はいらっしゃいますか?カジイさんなんていう患者さんはいませんよ。そうですか。実はいま第二の廊下にカジイと名乗るお婆さんが来ているんです」

「あっ!わかりました。すぐ行きます。あとは看護婦にまかせて、その後、デイルームで統合失調症の奥さんがいる鬱病のSmくんから苦労話をたっぷり聞かされる。統合失調症の女性三人に次々求愛された件を話すと、そりゃ佐伯さんモテますよ、そんなに優しくしてちゃ、とSmくん(注3)。映画が終って閑散としたが、眠れないので喫煙室でKくんと長話。彼は昨日から今日と鬱が強い。躁状態では傲慢きわまる男だがすっかり自信を喪失していて、おれの言っていることはマトモなんだろうか、と折れている様子は憐れを催す」

「親分ことMさんの、ここにいるとだんだん同化してくるな、という一言がKくんには(一瞬だがSmくんにも)相当ショックだったらしい。彼らはこれが初入院なのだ。調子の悪い時には誰でも気弱になるよ、と慰めて相部屋に戻る。彼の羨ましいのは鬱でもすぐに眠れるところだ(注4)」

(注1)妄想なので発言をイニシャルにする必要はないだろう。
(注2)消防車が出動しているなら通報する必要はないのではなかろうか。
(注3)濡れ衣も甚だしい。
(注4)日記の欄外に自作一句「何もかも忘れて鼻毛を出し眠る」。