人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

偽ムーミン谷のレストラン・改(4)

 歴史とは時に臆病なほどに高くつくものだ、とジャコウネズミ博士は考えました。というのは、この世のすべては無駄である主義者の博士にとって意味をなさない思いつきほどこの世の無駄を突きつけてくれるものはなかったからです。なるほど私は谷の賢者には違いない、と博士はじりじりするような気分になる時がありました。それはムーミン谷の人びとに、まさしく賢者として敬意を払われていると感じる場面でこそ突き刺さってくるのです。長いつきあいのヘムレンさんにはそんな博士の心境が他人ごとながらひやひやしました。ヘムレンは谷の人びとに知恵を請われるたび懇切に、特に格別のこととも思いませんでしたが、ジャコウネズミ博士にとっては同じことがどんなに苦痛をもたらすものか!博士の持論が最高命題であるからには、もちろん博士自らが最高に無駄な存在でなければなりません。
 しかし博士は悩まなくてもいいのでした。高くつく、とはいえ通貨概念のないムーミン谷では資本主義社会のような普遍的な価値基準(!)はありません。またこの谷にはどのような宗教もなく、従って人びとにはどのような宗教的価値観もありませんでした。誰もが自分の報いを受けることになる、とは西の国のダンディならば常識のようなものですが、ムーミン谷のようなこの世のどこにもない北の谷には報いが返ってくるほどの行為も、はたまた報いという現象すら起こりようのないことでした。ではジャコウネズミ博士のジレンマはまったく無駄なのでしょうか?
 よくわからないのだが、とスノークは妹に向き直りました、ムーミンパパがわれわれの前でレストランなど話題にするのは何か底意でもあるのだろうか?どういうこと?とフローレンは小声で兄に訊き返しました。いやつまり、とスノークムーミン谷にはもちろん諸賢の皆さまがいらっしゃる。だがこの私以外に谷の外に留学経験がある者はなく、つまりレストランのいかなるものかを知る者もいない。だからだ、早い話ムーミンパパは遠まわしに私に話を振っているのではないか。
 勘違いよお兄さま、とフローレンは言いました。仮にお兄さまのうぬぼれが当たっていたとしても、私が全力で阻止しおおせてやるわ。だって私はずっと昔からお兄さまを心の底から憎んでいるんですもの。
 ほうほう、お前とは生まれた時からのつきあいのはずだが、いつからだい?
 もちろん生まれた時からよ、と偽フローレンは言いました。