人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

Charles Mingus - Right Now: Live at the Jazz Workshop (Fantasy, 1964)

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Charles Mingus - Right Now: Live at the Jazz Workshop (Fantasy, 1964)
Recorded at the Jazz Workshop in San Francisco, California on June 2 & 3, 1964
Released Fantasy LP 6017, 1964
A1. New Fables : https://youtu.be/guduVt3Xfe0
B1. Meditation (for a pair of wire cutters) incomplete : https://youtu.be/f6cOPlBa7NQ
[Personnel]
Charles Mingus - bass
John Handy - alto saxophone (A1 only)
Clifford Jordan - tenor saxophone,flute
Jane Getz - piano
Dannie Richmond - drums

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 このアルバムはジョニー・コールズ(1926~1997・トランペット)、エリック・ドルフィー(アルトサックス、フルート、バス・クラリネット・1928~1964)、クリフォード・ジョーダン(テナーサックス・1931~1993)、ジャッキー・バイヤード(ピアノ・1922~1999)、ミンガス(ベース・1922~1979)、ダニー・リッチモンド(ドラムス・1931~1988)からなる1964年3月~4月のヨーロッパ公演セクステットから帰国後間もなく録音された。というか、セクステットのメンバー6人のうち無事に帰国してきたのはジョーダン、ミンガス、リッチモンドの3人だけという壮絶なツアーになった。
 3月はアメリカ国内でリハーサルと学園祭コンサートで準備を固め、4月4日にはニューヨークのタウン・ホールで新セクステットの正式なお披露目コンサートとライヴ・レコーディングをして、ラジオ放送録音がされてCD化されているだけでも4月10日にはオランダ公演、12日には*ノルウェー、13日*スウェーデン、14日デンマーク、16日ドイツとほとんど毎日移動している。17日パリ公演の後でコールズが体調不良で倒れて緊急帰国することになる。18日、19日のパリ公演からはコールズ抜きのクインテットで巡業を再開する。19日にはパリ公演の後*ベルギーに移動してテレビ出演。20日には再びフランスのマルセイユ公演。24日イタリア、26日・28日ドイツ、記録上ではこれが全容で、*の3か所ではテレビ用映像があり、DVD化されている。

 ツアー終了後、先の3人は帰国することになったが、バイヤードとドルフィーは帰国しても仕事のスケジュールがないのでヨーロッパに残留して単身巡業することにした。ドルフィーはフランス留学中の婚約者がおり、ブルー・ノート・レーベルとの『アウト・トゥ・ランチ』(2月録音)とアンドリュー・ヒル『離心点』(4月録音)の発売も夏~秋以降だったからそれまでは現地ジャズマンとの共演でヨーロッパ各地を巡業する予定だった。ドルフィーにはジョン・コルトレーンのバンドで61年に渡欧した時にも単身巡業経験があった。
 ただ、今回ドルフィーは持病の糖尿病の悪化で目に見えて体調が悪く、ツアー序盤のノルウェー公演の映像でも表情に生気がなくドラム・ブレイクからドルフィーのソロに入る時にリッチモンドが「エリック!」とかけ声をかけている。ツアー解散時にミンガスはドルフィーの病気手当を上乗せすることにし、メンバーも了解した。ドルフィーはオランダの放送局に『ラスト・デイト』(6月2日録音)、フランスで『ナイーマ』(6月11日録音)を残し、ブルー・ノートからの2枚もまだ発売される前に6月29日、急逝した。ミンガスのツアー終了からまだ2か月経ったばかりだった。

 なので、この『ライト・ナウ』は帰国したミンガスがまだドルフィー生前に、偶然だが名作『ラスト・デイト』と同日(と翌日)に残したライヴ・レコーディングになる。ジョーダン以外は最小限のメンバーの補充しかしていない。コールズ、ドルフィー、バイヤードの代役などそうおいそれとは見つからない。そこで、64年セクステットのレパートリーを帰国後のミンガスがどうライヴで演ってのけたかがこのアルバムの興味になるし、当然名高い『タウン・ホール・コンサート』や『グレート・コンサート』に較べて期待値は相当低くなる。
 ところがピアノにジェーン・ゲッツ(1948~)、A面の『ニュー・フェイブルズ』(『ミンガス・アー・ウム』1959の『フォーバス知事の寓話』のニュー・ヴァージョン)のみアルトサックスにジョン・ハンディ(1933~)を迎えて、つまりB面の『メディテーション』(『タウン・ホール』の『グッバイ・エリック』と同曲)はジョーダンのワン・ホーン・カルテットだけで強烈なアルバムを作ってしまったのだ。二番煎じ感はまったくない。コールズ、ドルフィー、バイヤードら超人集団バンドではないだけアンサンブルのタイトさが高まっているほどで、リッチモンドのドラムスなど明らかに今回の方が音圧が高い。凄まじい。

 ドルフィーのフルートがテーマを奏で、ジョーダンがリフを吹いていた『メディテーション』などどうするのかと思いきや、テーマはミンガスがベースのアルコ(弓弾き)で取り、ジョーダンのリフ、ベース・パートはピアノという思い切ったアレンジがされている。ミンガスはアルコの名手でもあるが通常ジャズではベースはピチカート奏法が効果的で、アルコの必然性がある曲はほとんどない。この曲をワンホーンで演奏する場合、テナーのリフはジョーダンがフルート持ち替えでテーマを吹くよりも重要だった。実はリンクではこの曲は末尾4分が切れていて、ミンガスのアルコによるベース・ソロにジョーダンのフルートがオブリガート程度に絡み、またテナーに戻ってかなり壊れたテーマの再現部で終わる。
 ミンガスはロサンゼルス出身で、このサンフランシスコでのライヴは凱旋公演の意味もあっただろう。アルトのジョン・ハンディは『ミンガス・アー・ウム』で『フォーバス知事の寓話』を初演した時のメンバーで、この頃から西海岸に移住していたらしい。65年にはモンタレー・ジャズ・フェスティヴァルに自分のレギュラー・クインテットで出演し大ブレイクする。ハンディはテナーのブッカー・アーヴィン同様R&B色の強いプレイヤーで、こういうミンガスの人選は上手い。メッセンジャーズやマイルス・クインテットには絶対勧誘されないタイプのジャズマンが聴けるのもミンガスの音楽を聴く楽しみだろう。

 長年ジェーン・ゲッツとはどんな人か不思議だった。ライナー・ノーツにも紹介文がないし、ミンガスのみならず他のジャズマンのアルバムでも見かけない。唯一ファロア・サンダースの『ファロアズ・ファースト』1965くらいしかない。名前からするとユダヤ系白人女性だろう。調べて判明しました。西海岸のセッション・プレイヤーで1948年生まれ、つまり『ライト・ナウ』でピアノを弾いているのは16歳の女子高生ピアニストだったのだ。60年代にハービー・マン、スタン・ゲッツローランド・カーク、70年代にはスタジオ・ミュージシャンとしてビージーズリンゴ・スター、ハリー・ニルソンなどのセッションに参加しながら、RCAレーベルからマザー・ヘンというカントリー・バンドで『Mother Hen』1971、さらにソロ名義のシンガー・ソングライター作品『No Ordinary Child 』1973の2作を出している。ジャズからは遠のいていたが、1996年に唯一のジャズ・アルバム『No Relation』を発表している。『ノー・オーディナリー・チャイルド』は現在輸入・日本盤ともCD化されている。

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 ジェーン・ゲッツの参加がクレジットされているアルバムは、
Charles Mingus - Right Now: Live at the Jazz Workshop (Fantasy, 1964)
・Pharoh Sanders - Pharoah's First (ESP Disk, 1964)
・Gene McDaniels - Outlaw (Atlantic, 1970)
・BeeGees - Life In A Tin Can (RSO Records, 1973)
・Nilsson with John Lennon - Pussy Cats (RCA, 1974)
・Nilsson - Duit On Mon Dei (RCA Victor, 1975)
・Nilsson - Sandman (RCA Victor, 1976)
Ringo Starr - Ringo's Rotogravure (Atlantic, 1976)
・Geoff Muldaur - Motion (Reprise, 1976)
Ringo Starr - Stop & Smell the Roses (The Right Stuff, 1981)
OST. - Come Home Johnny Bride (RSO Records, 1983)

 90年代、2000年代にも参加作はあるが、主要なところはこんなものらしい。それにしても16歳の少女ピアニストがよくまあこんな恐ろしいバンドで、臆する様子もなく名演を披露してみせたと感心する。若きジェーンさんのお写真が掲載できたらもっと良かったが、残念ながら見つからなかった。『ノー・オーディナリー・チャイルド』は『ライト・ナウ!』から10年後の、芳紀25歳のジェーンさんになる。マザー・ヘンのアルバムでは作詞作曲・ピアノ・ヴォーカルを担当だから、20代前半のジェーンさんが聴ける。唯一のジャズ作『No Relation』はallmusic.comで★★★★1/2、テナー入りのワンホーン・カルテットで、バド・パウエルマッコイ・タイナー系のパワフルなストレート・アヘッド・ジャズの傑作と評価されている。