Released Philips 9101 003, 1974
Les textes sont ecrits par Catherine Ribeiro et mis en musique par Patrice Moullet, sauf indication contraire.
(Face 1)
1. La Petite Fille aux Fraises : https://youtu.be/wYelrkc4tPU - 5:14
2. L'ere de la putrefaction, concerto alpin en 4 mouvements : https://youtu.be/rojHokc9uGw - 13:02
3. Un Regard Clair (Obscur) : https://youtu.be/DwghnkMzGcE - 4:48
(Face 2)
1. Poeme non epique (suite) concerto alpin en 6 mouvements (Patrice Moullet, Daniel Motron) : https://youtu.be/gNlMC5jvcbY - 25:23
[Musiciens]
Catherine Ribeiro - chant
Patrice Moullet - cosmophone, percuphone
Daniel Motron - orgue, piano
G??rald Renard - basse, percuphone
Denis Cohen - percussion, Timbales
Jean-Jaques Leurion - orgolia
アルバム・タイトルは『鼠と男』は形容副詞DebileとChampsに適切な訳語が難しい。A1はリベロが自分の娘を歌った『小さなイチゴの女の子』、A2は『腐敗(4楽章のアルプ協奏曲)』、A3は『(不明瞭な)明瞭な観察』。そしてB面全面の25分半の大作は『壮大ならざる詩(Poeme non epique)続編・6楽章のアルプ協奏曲』。創始期のフランスの本格的ロック・アルバムとして溌剌とした活気に満ちたデビュー作『2Bis』1969、早くも混沌とした世情を反映してカオイスティックでヘヴィな作風に転じた2作目『N゚2』1970、リベロの女児出産を挟んで大手フィリップスに移籍し、急激な沸騰に女児出産がびっくり水となったか、穏やかな表現を見せた第3作『Ame debout』1971と緩急の感情の振幅をより大きなスケールで展開した第4作『Paix』1972と来て、ここまでのアルバムもすべて傑作と言えるものだが、リベロ + アルプの最高の達成はこの第5作『Le Rat debile et l'Homme des champs』1974と、系列レーベルのフォンタナ移籍第1弾で通算6作目になる『(Libertes?)』1975だろう。
7作目の『Le Temps de l'autre』1977はアルプのアルバムだがリベロのソロ名義になり、さらにリベロはアルプとは別にシャンソンのアルバムを2枚制作するかたわらアルプと第8作『Passions』1979を送り出すが、リベロのシャンソン界への完全転向のために第9作『La Deboussole』を最後にアルプは解散する。伝統的なシャンソン歌手としての成功は困難で、リベロが一流のシャンソン歌手と認められるのは1993年のアルバム『Fenetre ardente』までかかった。2007年にはアルプ時代の曲を歌うスペシャル・コンサートが開かれ若手メンバーを従えてひさしぶりにロックを歌ったステージがライヴ盤にもなったが、良くも悪くもプロの歌手になっていて、生身のリベロではなくアルプ時代のリベロをリベロ自身が演じているようだった。アルプのリベロは70年代にロックで表現したいすべてをやりつくしたように思える。
欧米での評価は『Ame debout』と『Paix』がフィメール・ヴォーカルのアシッド・フォーク/ロック作品として代表作に上げられるリベロ + アルプだが、一方ユーロ・ロックやフィメール・ヴォーカルのマニアが多い日本ではリベロのようなおどろおどろしいタイプは好まれないのか、決定的名盤として語られるアルバムがない。そもそもLP時代からほとんど輸入されず、CD再発も不完全な上に再発CDですら入手困難になっている。えーと、『2Bis』から『(Libertes?)』までの6枚はどれも聴いて損どころか、一生聴ける感動的な名作ぞろいです。しかし中古盤が新作CD数枚分のプレミアがついていては試しにどれか1枚買ってみるか、という気も起きなくても仕方ないだろう。
日本のリスナーにスルーされて不思議なのは、『Ame debout』と『Paix』はムード的なアルバムだから期待すると物足りないのはわかる。だが『N゚2』のインダストリアルの域に達した土俗的攻撃性や、アルプとしては異例に英米的で構築的なプログレッシヴ・ロックに接近した『Le Rat~』『(Libertes?)』が評価されていないことだ。アルプというと『Ame debout』と『Paix』のあれね、で済まされてしまっているのかもしれない。逆に『Poeme Non Epique』三部作を含む『N゚2』『Le Rat~』『(Libertes?)』でリベロ + アルプのもっとも激しくヘヴィな側面を知らないと、『Ame debout』と『Paix』のバランスはぎりぎりのところで成り立っていたのがわからないことになる。
第5作『Le Rat~』と第6作『(Libertes?)』がプログレッシヴ・ロックのリスナーにアピールする要素があるのは、『Le Rat~』A面が5分程度の曲に挟まれてA2に13分4楽章の協奏曲、B面全面が6楽章の『Poeme Non Epique(suite)』(このsuiteは組曲ではなく続き、続編の意)で25分半あるが、『N゚2』の最初の『Poeme Non Epique』18分がジャーマン・ロックのヘヴィ級バンドにも劣らないカオスだった(ただし構成力は抜群だった)のに較べて、楽章の区切りがきちんと成立された作りになっている。専任ドラマーとベーシストが初めて入り、コスモフォン(改造24弦エレクトリック・ヴィオール)とオルガンが彩るサウンドに、3人がパーキュフォン(エレクトリック・パーカッション)を兼任しているのも効果的で、構成重視の大曲をメインにしている。正体不明の楽器が盛大に鳴っているが、弦楽器系の音はコスモフォン、打楽器系の音はパーキュフォンと思えばよい。
次作『(Libertes?)』も同様の構成で、A面に3分~6分の曲を4曲、B面は22分半の『Poeme Non Epique III』になっているとはいえ、リベロ + アルプの場合はあまりに異端的なアシッド・ロック・スタイルで、同時代の英米ロックは熱心に参照していたと思うが、アルプのサウンドにはほとんど影響が現れなかった。リベロのヴォーカル・スタイルまたしかりで、リベロを聴いていたらスージー・スーは意識的にリベロ的な唱法を避けただろう。ジム・モリソン直系の女性ヴォーカルとしてリベロ以上の存在はなく、だいたいドアーズ系女性ヴォーカル自体が他にいない。ゴングのようなフリー・フォーム、マグマのようなマニエリスム、アンジュのようなシアトリカル・スタイルと簡潔に分類するには、カトリーヌ・リベロ + アルプの音楽は作為性のないラディカルな訴求力があり、サウンドのみを模倣しても21世紀の現代では意味をなさないものだろう。次回は最高傑作『(Libertes?)』をご紹介するが、アルプの全9作がいつでも手軽にCDで入手できないとは歴史的損失とさえ言える。案外リベロ本人が再発売を拒んでいる可能性もあるのだが。