人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

カトリーヌ・リベロ+アルプ Catherine Ribeiro + Alpes - 立ちすくむ魂 Ame Debout (Philips, 1971)

カトリーヌ・リベロ+アルプ - 立ちすくむ魂 (Philips, 1971)

f:id:hawkrose:20200501184640j:plain
カトリーヌ・リベロ+アルプ Catherine Ribeiro + Alpes - 立ちすくむ魂 Ame Debout (Philips, 1971) Full Album : https://www.youtube.com/playlist?list=PLC09F574D67B54BAC
Released par Philips 6325 180, 1971
Tous les textes sont ecrits par Catherine Ribeiro et mis en musique par Patrice Moullet

(Face 1)

A1. 立ちすくむ魂 Ame debout - 7:54
A2. ディボロウスカ Diborowska - 3:39
A3. アルプ1 Alpes 1 - 5:46
A4. アルプ2 Alpes 2 - 6:22

(Face 2)

B1. アルピーユ Alpilles - 1:25
B2. 人気のアリア Aria populaire - 2:09
B3. クリネックス、シーツ、スタンダード Le Kleenex, le Drap de lit et l'Etendard - 3:28
B4. クレイジー Dingue - 4:36

[ Catherine Ribeiro + Alpes ]

Catherine Ribeiro - chant
Patrice Moullet - cosmophone, guitare acoustique
Claude Thiebault - percussions (percuphone)
Patrice Lemoine - orgue

(Original Philips "Ame debout" LP Liner Cover & Face 1 Label)

f:id:hawkrose:20200501184702j:plain
f:id:hawkrose:20200501184720j:plain
 ゴダールの映画『カラビニエ』などの出演で女優・モデルとして知られたカトリーヌ・リベロ(1941~)は1960年代初頭からポップスのシングルを出し、やがてボブ・ディランのフランス語カヴァーなどを歌うフォーク・ロック歌手になっていましたが、本格的にロック・バンドを組んでアルバム・デビューしたのは前年の自殺未遂を経て『カラビニエ』で姉弟役で共演していた音楽的パートナーのパトリス・ムレ(1946-)と始めた1969年の『Catherine Ribeiro + 2Bis』(LP Festival FLDX487)で、マグマやアンジュよりも早く、ゴングとともに英米ロックの模倣を抜け出し独自のスタイルを打ち出した新しい世代のフレンチ・ロック・バンドの先駆に数えられました。翌1970年にはバンドはアルプと改名してCatherine Ribeiro + Alpes名義で『N.2』を発表(LP Festival FLDX531)し、ここまではインディー・レーベル作品でしたが、リベロの出産休暇を挟んだ第3作『Ame Debout』からバンドはメジャーのフィリップスに移籍し、フィリップスまたはフィリップス傘下フォンタナから1980年の第9作『La Deboussole』までフランスのロック界でゴング、マグマ、アンジュと並ぶ大物として活動しました。アルプ解散以後のリベロは本格的に伝統的なシャンソン歌手に転身しました。シャンソン歌手への転向が成功するとともにロック時代のリベロへの再評価も高まり、2005年には若手メンバーをバックに25年ぶりのアルプ再現コンサートを開いて大きな話題を呼び、大盛況とともにライヴ盤も発表されましたが、歌の巧みさはともかく'70年代の声の艶や張りは望むべくもなく、若手メンバーもソリッドな現代的サウンドでアルプのレパートリーを再演しており、実演なら感動できたでしょうが音だけ聴くにはつらいライヴ・アルバムになりました。しかしそうした企画が望まれるほど、アルプ時代のリベロは伝説化しているということでもあります。

 本国で、また欧米諸国でもユーロ圏の1970年代ロックの最重要バンドとされているリベロ+アルプですが、日本ではフランスのロックから5組、または10組を選んでも見過ごされてしまうかもしれない存在です。まず作品の入手が困難でした。9作中5作が1990年代初頭にフランスのみでCD化されましたがほとんど日本に輸入されず、すぐ廃盤になりました。2004年にはフランスでリベロの歌手デビュー~ロック時代~シャンソン転向後を総括する4枚組のヒストリー・ボックスが出ましたが、日本では海外業者による受注取り寄せでしか出回りませんでした。2012年には廃盤CDのうち第2作~第5作が4枚組セットで再発売されましたが、日本の輸入盤ショップでは初回入荷分以上の追加オーダーをせずまたたく間に品切れ状態になり、これらはみな1990年代の旧規格CD同様即座に法外なプレミアがつきました。聴いてみたくても手軽にCDが手に入らないのでは真価を知りようもありません。ようやく2bis~アルプの全9作がまとめてボックスセット化されたのは2015年までかかりました。

 ゴング、マグマ、アンジュ、エルドン、タイ・フォン、ピュルサー、アトール、ワパスー、エトロン・フー・ルルーブランら1970年代のフランスの有力バンドと並べても、カトリーヌ・リベロのミステリアスな存在感はエマニュエル・ブーズくらいしか肩を並べるミュージシャンはいないかもしれません。デビュー時期の早さ、アルバムの質の高さ・オリジナリティと作品数、活動期間を総合して見ればリベロ&アルプはフランスのロック・バンドではゴング、マグマ、アンジュと同等か、評価によってはそれ以上の存在とも言えます。カトリーヌ・リベロ + アルプのアルバム・リストは以下のリストの通りです。

[ Catherine Ribeiro + Alpes Album Discography ]

1969 : Catherine Ribeiro + 2bis (LP Festival FLDX487)
1970 : Catherine Ribeiro + Alpes - N.2 (LP Festival FLDX531)
1971 : Ame debout (LP Philips 6325 180), (CD Mantra 642 091)
1972 : Paix (LP Philips 9101 037), (CD Mantra 642 078)
1974 : Le Rat debile et l'Homme des champs (LP Philips 9101 003), (CD Mantra 642 084)
1975 : (Libertes ?) (LP Fontana 9101 501), (CD Mantra 642 083)
1977 : Le Temps de l'autre (LP Philips 9101 155)
1979 : Passions (LP Philips 9101 270)
1980 : La Deboussole (LP Philips 6313 096), (CD Mantra 642 088)

[ Compilations ]

2004 : Libertes ? (Long Box 4 CD Mercury 982 36569)
2007 : Catherine Ribeiro chante Ribeiro Alpes - Live integral (double CD Nocturne NTCD 437)
2012 : Catherine Ribeiro + Alpes 4 Albums Originaux : fondamentaux "Catherine Ribeiro + Alpes - N.2", "Ame Debout", "Paix", "Le Rat debile et l'Homme des champs". 4CD en coffret chez Mercury Records 279 506-0
2015 : Catherine Ribeiro + Alps - Integrale des Albums Originaux 1969-1980 9CD, Universal, 2015

 2004年の4枚組ヒストリー・ボックスと2012年のオリジナル・アルバム復刻4枚セット、さらに2015年の9枚組全集でほぼリベロ + アルプの全貌と、ポップス/フォーク・ロック歌手時代・シャンソン歌手時代の活動は追えるますが、1960年代のリベロはフランス版のマリアンヌ・フェイスフル(1946-)をイメージして売り出されていたようです。一方アルプ時代のリベロはニコ(1938~1988)に比較されることもあるように、この『Ame Debout』1971の作風はニコの『マーブル・インデックス(Marble Index)』1969や『デザート・ショワ(Desert Shore)』1970の作風を思わせます。しかしリベロ + アルプの第1作『Catherine Ribeiro + 2Bis』は1969年、第2作『N.2』が1970年だからこれは偶然の類似で、共通するのはポルトガル移民出自のリベロ、東欧国籍でドイツ生まれのニコのジプシー性でしょう。ただしニコの音楽が推進的なリズムをほとんど排除しているのに対し、リベロ + アルプはもっと大胆なグルーヴ感を持っており、たまたまリベロの産休明けでリズム面では比較的静的な『Ame Debout』をご紹介していますが、これは本作から始まる3~4作がリベロ+アルプの名盤とされているからです。最高傑作と名高い次作『Paix』1972では再び『N.2』以来の躍動的なリズム・アレンジに戻り、1974年の『Le Rat debile et l'Homme des champs』と1975年の『(Libertes ?)』、1977年の『Le Temps de l'autre』はさらに完成度の高さ・サウンドの充実では『Paix』をしのぐアルバムになりました。9枚組全集『Catherine Ribeiro + Alps - Integrale des Albums Originaux 1969-1980』を聴くと全作が優劣つけ難く、1970年代のフランスのロックではアンジュ、ゴング、マグマ、リベロ+アルプが人気・実力とも屈指のバンドだったのも納得いくものです。

 本作のB1はインスト、B2はアルプの音楽的リーダー、パトリス・ムレが歌っていますが、ムレはゴダールの弟分のカイエ・デュ・シネマ誌の映画批評家・監督リュック・ムレ(1937-)の実弟であり、リベロと知り合ったゴダールの『カラビニエ』への出演は兄の取り持った縁でした。パトリス・ムレはアルプ解散後に建築デザイナーになり、建築アートでの来日も果たしています。アルプの特異なサウンドを特徴づける謎の楽器コスモフォンとパーキュフォンはパトリス・ムレ発明の手製楽器であり、コスモフォンは24弦ヴィオーレ、パーキュフォンは音階を備えた電子パーカッションでした。アルバム巻頭のタイトル曲「Ame debout」からコスモフォンとパーキュフォンのサウンドが炸裂しているので通常のロック・バンドの使用楽器や編成とは違うアルプのサウンドはフランスのロックにあっても異彩を放つものです。基本的にはフランスのロックはイタリア同様ヴォーカルの比重が高く、当時ドイツや日本のロックでは英語詞やインストルメンタルが多かったのと対照をなしていました。歌曲大国イタリアやフランスでは基本的に自国語で歌うのが早くからロックでも本流になっていました。アンジュの影響力が英語歌詞のゴングや架空言語のコバイヤ語だったマグマより段違いに高いのはその点にあり、リベロ + アルプが広い支持を得たのもリベロ自身が作詞するフランス語歌詞の魅力と歌唱力でした。サウンド面で最高の達成を示したのが『Le Rat debile et l'Homme des champs』と『(Libertes ?)』『Le Temps de l'autre』の3作と思え、特に『(Libertes ?)』は同年発表の新人アトール、ピュルサーのデビュー作とは貫禄の違いを見せつける傑作ですが、その割には日本では国際進出の早かったゴングやマグマはもとよりアンジュよりも聴かれていないのは、ジェネシスのフランス版独自進化系とも言えるアンジュがプログレッシヴ・ロックの範疇で聴け、またピンク・フロイドキング・クリムゾンの影響の強いピュルサー、イエスの影響の強いアトールなどわかりやすいプログレッシヴ・ロック性やハード・ロック性とはリベロ+アルプのサウンドはほとんど対照的なので、ティム・バックリーのフリーフォーム・ヴォーカル・スタイルに影響を受けたリベロのヴォーカルはフランスのロックの中でも特に実験性の強い、ヴォーカル主導のフリーフォーム・ロックのスタイルになっています。これは英米ロックのサイケデリック・スタイルを継承発展させたゴングともまったく異なる、ジャックスの「マリアンヌ」やニコのアルバムくらいしか類例のない、完全にロック文脈から外れた発想から出てきたオリジナリティを誇るサウンドです。歌詞をダイレクトに享受できるフランス語圏のリスナーにはともかく、ジャズ的なインプロヴィゼーションとも違うリベロ+アルプの音楽性は非フランス語圏のリスナーには親しみづらいもので、アルプの諸作中比較的楽曲のコンパクトな本作ですらフランスのロックに馴染みのないリスナーには敷居が高いのが想像がつきます。しかしリベロ+アルプの諸作中半数はフランスのロックでも必聴の名盤と呼べるもので、このヒッピーのピクニック風景みたいなジャケットのアルバムは1970年代のフランスのロック魔境への入口であり出口でもあります。こういうバンドがかつて存在した、しかも一国のロック・シーンをリードしたというのは、音楽的な質の高さをさておいてもちょっとした驚異です。

(旧稿を改題・手直ししました)