人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

カトリーヌ・リベロ+アルプ Catherine Ribeiro + Alpes - 平和 Paix (Philips, 1972)

カトリーヌ・リベロ+アルプ- 平和 Paix (Philips, 1972)

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カトリーヌ・リベロ+アルプ Catherine Ribeiro + Alpes - 平和 Paix (Philips, 1972) Full Album : https://youtu.be/YXwJ1Hx4o18
Paix est un album studio de Catherine Ribeiro + Alpes, sorti en 1972, Philips 9101 037
Tous les textes sont ecrits par Catherine Ribeiro et mis en musique par Patrice Moull

(Face 1)

A1. ロック・アルピン Roc Alpin - 3:04
A2. あなたを愛する力を逃すまで Jusqu'a ce que la force de t'aimer me manque - 3:00
A3. 平和 Paix - 15:49

(Face 2)

B1. ある日…死 Un Jour...La Mort - 24:43

[ Catherine Ribeiro + Alpes ]

Catherine Ribeiro - chant
Patrice Moullet - cosmophone, guitare acoustique
Jean-Sebastien Lemoine - percussions (percuphone), guitare basse
Patrice Lemoine - orgue
Michel Santangelli - batterie (sur le Roc Alpin)

(Original Philips "Paix" LP Liner Cover, Gatefold Inner Cover & Face 1 Label)

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 フランスのロック・バンドはもともとイギリス人のデイヴィッド・アレンがリーダーだった多国籍バンドのゴングを例外として、フランス国内、せいぜいフランス語圏、ようやくヨーロッパ諸国、ラテン諸国までを活動範囲とするバンドがほとんどでした。アンジュやマグマなどはヨーロッパではジェスロ・タルピンク・フロイドに匹敵する大物ですが、一応国際的な発売はされても英米では一部のマニアや批評家にしか聴かれない存在でした。イタリアは国内市場に特化したバンドが大半で、PFMの国際的成功は例外的で、かえってオランダやスウェーデンから英米で成功したバンドが出ています。ドイツのバンドは国内市場の狭さから最初から国際的活動を視野に入れてデビューする例が多く、音楽の良し悪しよりはそうした国際性の有無でフランスのバンドは、ゴングを例外にトップクラスの大物であるリベロ+アルプ、マグマ、アンジュでさえもバンドの実績に見合うほど国外では聴かれていないバンドでした。架空言語コバイヤ語で歌う特異なジャズ・ロックのバンド、マグマが1990年代の再結成以降にようやくゴングに次ぐ認知を得た程度です。

 カトリーヌ・リベロポルトガル移民の出身で1941年生まれ、女優・モデルとしてデビューし(ゴダールの『カラビニエ』1963など)、60年代はフォーク・ロック歌手としてボブ・ディランの曲のフランス語ヴァージョンなどを歌っていました。ジュディ・コリンズ路線の頃のマリアンヌ・フェイスフルやニコと同じような経歴で、1968年には自殺未遂を起こしています。リベロを公私に渡って支えたのが『カラビニエ』で共演後ミュージシャンに転向していたパトリス・ムレ(1946-)で、やがてリベロとムレはバンドを結成しサイケデリック・ロックとフォーク・ロック色の強い『Catherine Rebeiro + 2Bis』をインディーズのフェスティヴァル・レーベルから1969年に発表します。リベロが女優・モデルから本格的な独創的ミュージシャンになったのこの再デビュー以降で、バンドがアルプと改名したのは1970年のセカンド・アルバム『N 2』からですが、ゴングのデビュー・アルバム『Magick Brother』が1969年録音で1970年発売、マグマのデビュー・アルバム『Magma』が1970年録音・発売、アンジュのデビュー・アルバム『Caricatures』が1971年録音・1972年発売ですから(アンジュは1970年には全曲オリジナルでライヴ・バンドとしての地位を固めていましたが)、リベロ+アルプはフランスの'70年代ロックの先陣を切ったことになります。1980年の9作目『La Deboussole』を最期にアルプは解散し、その後リベロは正統派シャンソン歌手に転向し成功を収めます。

 事情があったのかリベロ + アルプ作品のCD化はなかなか進まず、'90年代初頭に一旦数作がCD化されるもすぐに廃盤となり、2000年代以降は2004年のリベロの4枚組ヒストリー・ボックス『Libertes ?』(ディスク1が'60年代、ディスク2・3がアルプ時代、ディスク4がシャンソン転向以降)、2007年発売の一夜限りのアルプ再現ライヴ(2005年録音・バックは全員セッション・ミュージシャンですが)『Catherine Ribeiro chante Ribeiro Alpes - Live integral』 (2CD Nocturne NTCD 437)、2012年のアルバム4枚セット("N゚2", "Ame Debout", "Paix", "Le Rat debile"の4枚を収録)がかろうじて入手できるもののそれすらもあまり流通しませんでした。英米でも一応評価はされていて、フィメール・ヴォーカルの実験的サイケデリック・フォーク・ロック作として『Ame Debout』が佳作、『Paix』が傑作とされていますが、アルプの絶頂期と言える1974年の『Le Rat debile et l'Homme des champs』、1975年の『Libertes ?』はサウンドの充実ではアルプ史上最高峰ながらあまり注目されませんでした。特に『Libertes ?』は『Paix』をしのぐ最高傑作でしょう。アルプはリベロとムレ以外のメンバーは流動的で、『Le Rat~』でようやく兼任パーカッション奏者ではなくドラムス専任奏者が加入しましたがベースはパーカッション奏者が兼任で、『Libertes ?』でやっとベース、ドラムスの専任奏者が揃うことになります。しかもアルプは他のバンドがまず使わない特殊楽器をサウンドの特徴にしていました。本作当時のリベロ+アルプのライヴ映像が残されています。

(Catherine Ribeiro, Bordeaux 1972, SIGMA Chanson)

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◎Catherine Ribeiro+Alpes - Cathedrale de Bruxelles en 1972 "Paix" : https://youtu.be/eaRMDV9urMA
◎Catherine Ribeiro+Alpes - Cathedrale de Bruxelles en 1972 "Experts From Un Jour…La Mort" : https://youtu.be/DuT3YPoUwBk
◎Catherine Ribeiro + Alpes Live et Interview - French TV 1972 : https://youtu.be/PbK7ZUKZowY
 前2点は『Paix』タイトル曲と『Paix』B面の大曲『Un Jour…La Mort』の一部のライヴ映像、3点目はバンドのリハーサル・ドキュメントを観ることができます。いずれも本作『Paix』発表の1972年の映像です。

 リベロ+アルプはほぼ全曲がリベロ作詞・ムレ作曲ですが、サウンドの特徴はギタリストのムレが弾くコスモフォンとドラマーが兼任するパーキュフォンでした。パーキュフォンは当時開発されていたアナログ・エレクトリック・パーカッションをムレが改造したもので、音程と音色の組み合わせで256種類のパーカッション音が出せる打楽器です。もともとのパーキュフォンは映画音楽や現代音楽に使われることはありましたが、ポピュラー音楽やロックではアルプ以外に用例がない。またコスモフォンはパトリス・ムーレの開発した独自のエレクトリック弦楽器で、アルプ以外用例がありません。映像で観ると何の弦楽器かわかりませんが、改造24弦エレクトリック・ヴィオラ・ダ・ガンバがコスモフォンの本体になるようです。 また、アンジュもそうですが、フランスのバンドは英米ロックとは電気オルガンの音自体が異なります。英米ロックではVOX社やハモンド社のオルガンが標準でしたが、フランスのバンドが多用していたのは発音原理がシンセサイザーに近いファルファッサ社のオルガンでした。『Ame Debout』に較べてリズムが躍動的になったのはパーキュフォン担当者のメンバー・チェンジもありますが(パーキュフォンとベースを兼任しているからベースはオーヴァーダビングでしょう)、コスモフォンとパーキュフォンとオルガンの編成が基本で、即興的なバックグラウンドのアンサンブルに乗せてリベロが歌詞のないフリー・ヴォーカリゼーション(これはティム・バックリーからの影響とリベロ自身が語っています)や自作詞を語りに近い唱法で延々歌っていくのがリベロ+アルプのスタイルになっています。

 これは当時のニコも似たスタイルでしたが、ニコは'70年代はレコーディングのみでほとんどライヴ活動は行っていませんでした。リベロ+アルプは精力的にライヴ活動をしており、強力な女性ヴォーカリストをフロントにしたバンドとしても、英米ロックと隔絶したフランスにあってもで極端に異端なサウンドと、さらにフランスの'70年代ロックのパイオニアとしての存在感もあって伝説的なバンドになりました。リベロが40代になる前年でもある1980年に最後のアルバムを出して解散したのも、1980年を境にロックのトレンドが激変したのを思えば潔いタイミングでした。リベロが正統派シャンソン歌手に転向した後もパトリス・ムレが音楽ディレクターについていましたから、アルプとしてやりたいロックは1980年までにやり尽くしたのでしょう。ムレはリベロシャンソン歌手としての成功に伴って建築アーティストに転身しており、アート建築のエグゼビジョンで現代フランスを代表する建築家として来日もしています。

 ゴングやマグマ、アンジュのアルバムはちょっと頑張ればほとんど再発CD再発が手に入りますが、アルバム枚数ではいちばん少ないカトリーヌ・リベロ + アルプが全アルバムのCD化がなかなか進まず、2000年以降のボックス・セットでセレクトされた曲か、1度きりの再現ライヴか、限られたアルバムしか聴けない歯がゆい状態が続いていました。しかもフランス盤ですから入手しづらく、1990年代CD化されたアルバムは定価の数倍のプレミアがつきました。初期3作、後期3作もいいし、中期の3作『Paix』『Le Rat~』『Libertes ?』は絶頂期で、2000年代以降にはエルドンやジュヌヴェルヌ、エマニュエル・ブーズですら紙ジャケットで全アルバムが日本盤発売されるほどなのだから、カトリーヌ・リベロ + アルプは最後の秘宝でしょう。さらに絶頂期のライヴでも発掘発売されれば申し分ありませんが、それ以前に全公式アルバムのCD化が望まれていました。

 ようやくカトリーヌ・リベロ+アルプの全アルバム9枚がフランス本国でボックス・セット発売されたのは2015年10月でした。バンドの業績を思えば当然で、むしろ遅かったくらいです。リベロ+アルプは"70年代フランスで先鋒を切ってデビューし、ゴング、マグマ、アンジュと肩を並べた、'70年代フランスの最重要ロック・バンドでした。ボックス・セットにまとめられたアルバム全9枚をリストにしてみます。
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1969 : Catherine Ribeiro + 2bis (LP Festival FLDX487)
1970 : Catherine Ribeiro + Alpes - N゚2 (LP Festival FLDX531)
1971 : Ame debout (LP Philips 6325 180), (CD Mantra 642 091)
1972 : Paix (LP Philips 9101 037), (CD Mantra 642 078)
1974 : Le Rat debile et l'Homme des champs (LP Philips 9101 003), (CD Mantra 642 084)
1975 : Libertes ? (LP Fontana 9101 501), (CD Mantra 642 083)
1977 : Le Temps de l'autre (LP Philips 9101 155)
1979 : Passions (LP Philips 9101 270)
1980 : La Deboussole (LP Philips 6313 096), (CD Mantra 642 088)

 LP時代やCD初期に発売された物足りないベスト盤もありましたが、近年はそれなりに充実したボックス・セットが2種発売されていました。
2004 : Libertes ? (Long Box 4 CD Mercury 982 36569)
2012 : Catherine Ribeiro + Alpes 4 Albums Originaux : fondamentaux "Catherine Ribeiro + Alpes - N゚2", "Ame Debout", "Paix", "Le Rat debile et l'Homme des champs". 4CD en coffret chez Mercury Records 279 506-0
2015 : Catherine Ribeiro + Alps - Integrale des Albums Originaux 1969-1980 9CD, Universal, 2015

 2004年の『Liberte?』はリベロのフォーク歌手時代~アルプ作品、そして現在は本格的なシャンソン歌手として活動しているキャリアを追った好編集の4枚組ボックスですが、データの不備が甘いのが難点です。2012年の『4 Albums Originaux』は2015年の9枚組ボックスの前身のようなもので、第2作~第5作までの4枚をそのままシンプルな紙ジャケットで収めていました。2015年の9枚組全集もそうですが、Wジャケットもすべてシングル・ジャケットにし、インナースリーヴなども当然ついておらず、一応バンド・ヒストリーを解説したブックレットが添付されていますがCDが裸のまま入っているだけです。アルプのアルバムは見開きジャケットやスリーヴにも凝ったアートワークや歌詞をきっちり載せていましたから、2015年の全集もジャケットの完全再現に定評のある日本盤が出ればなお良いのですが、そうしたら価格も当然高くなるでしょう。もともと表ジャケットだけで雰囲気があるので、これまで廃盤や未CD化でプレミア価格で取り引きされ、なかなか手に入らなかったアルプの全アルバムがまとめて5000円台で聴けるだけでもめでたいボックスです。代表曲は4CDボックス『Liberte?』で聴けるとはいえ、アルバムが曲順を含めて全曲トータルで聴かれるべきなのは言うまでもなく、気に入った曲をより抜くのはその後でしょう。リベロ+アルプのようなアーティストであればなおのことそれが言えます。

 2015年のボックスも欠点を上げれば簡素すぎるただの紙ジャケットだけでなく相変わらずのデータの不備(仏英2か国語の同一解説書がついているだけ)、アルバム未収録シングルの未収録(ボーナス・トラック一切なし)、当然未発表曲やライヴを集めたボーナス・ディスクもなし、と本当に既発表アルバムをそのままセットにしているだけなのですが、音楽内容は素晴らしいの一言に尽きます。ボックス・セット『Liberte?』の選曲は妥当なのですが、代表曲が必ずしも収録アルバムの音楽傾向を表しているとは限りません。9枚組全集を聴くとデビュー作から『Paix』の4枚、『Le Rat~』から『Le Temps~』の3枚、最期の2枚の3期で音楽性に変遷があるのがわかります。先に述べたような不満はありますが、未CD化だったデビュー作、やはり未CD化だった後期の『Le Temps~』『Passions』までリベロ+アルプはすべて必聴と言えるものです。『Le Temps~』はベースの巨匠アンリ・テキシェ参加の傑作『(Liberte?)』の続編というところですが、リベロシャンソン歌手への転向の意志を明らかにしてソロ・アルバムも発表し、アルプが解散を意識していた最期の2作『Passions』『La Deboussole』はヴァイオリン(デヴィッド・ローズ)とサックス(ロビン・ケニヤッタがゲスト参加しています)の導入が効いた、抜けの良いサウンドで曲調もカラフルな快作になっています。フランスのロック・ミュージシャンはジャズ界からの流入が多く、後期アルプもムレ以外のメンバーはジャズマンが増えてジャズ・ロック化し、完成度は高まりますが前期アルプのエキセントリックさは後退していきます。結局カトリーヌ・リベロ + アルプのアルバムは全9枚すべて名作・傑作・秀作・佳作に数えられ、10年間でロックでやれることはやり尽くした、とリベロシャンソンへ、ムーレは建築アートの分野に転向しました。ボックス・セットはご覧の通り全9枚のアルバム・ジャケットがあしらってありますが、他のアルバムの4倍の大きさでフィーチャーされているのが『Paix』で、代表作と見なされているのがわかります。この強烈な女性ヴォーカル・バンドはもっと日本でも聴かれてほしいものです。

(旧稿を改題・手直ししました)