人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

Pat Moran Trio - This is Pat Moran / The Legendary Scott LaFaro (Audio Fidelity, 1958)

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Pat Moran Trio - This is Pat Moran (Audio Fidelity, 1958) Full Album
Recorded in NYC, maybe December, 1957
Released Audio Fidelity AFLP 1875,1958 (also issued on Audio Fidelity "The Legendary Scott LaFaro" AFSD 5875, 1958)
(Side A)
A1. Making Whoopie
A2. In Your Own Sweet Way
A3. Onilisor
A4. Stella By Starlight
A5. Someone To Watch Over Me
(Side B)
B1. Come Rain Or Come Shine
B2. Black Eyed Peas
B3. I Could Have Danced All Night
B4. Farewells
B5. Yesterdays
B6. Blues
[Personnel]
Pat Moran (piano)
Scott LaFaro (bass)
Gene Gammage (drums)

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Scott LaFaro - The Legendary Scott LaFaro (Audio Fidelity, 1958) Full Album : https://youtu.be/PXG4ES-4FiM
Released Audio Fidelity AFSD 5875, 1958

 実は上記2点のアルバムは同じ内容であることでも知られる。つまり本来は女性ピアニスト、パット・モラン(1934~)の『パット・モラン・トリオ』として制作・発売されたアルバムが、内容は同じままでトリオのベーシスト、スコット・ラファロ(1936~1961)名義の『ザ・リジェンダリー・スコット・ラファロ』と改題・新装発売された。スコット・ラファロマイルス・デイヴィスのバンドから独立したビル・エヴァンス(ピアノ、1929~1980)の伝説的な初のレギュラー・トリオ(ドラムスはポール・モチアン、1931~2011)のベーシストとしての活動が最大の業績として知られ、ビル・エヴァンス・トリオの通称四部作、スタジオ録音の『ポートレイト・イン・ジャズ』(59年12月録音)、『エクスプロレーションズ』(61年2月録音)、同日のライヴから2枚に分けられた『サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』『ワルツ・フォー・デビー』(ともに61年6月録音)はモダン・ジャズ史上バド・パウエルがビ・バップのピアノ・スタイルを確立して以来、ジャズのピアノ・トリオ演奏の画期的な革新となり、以降今日までジャズ・ピアノの主流はパウエル派かエヴァンス派に大別されると言って良い。日本でも有線放送にすらエヴァンス派ピアノのジャズ・チャンネルがあるほどビル・エヴァンスの存在は大きい。
 パウエル派がベースとドラムスに通常のリズム・セクション以上の役割を与えず、エヴァンスの師事した白人ピアニストでパウエルのバップ・スタイルに対してクール・スタイルを編み出したレニー・トリスターノもベースとドラムスにはパウエル以上に厳格なリズム・セクションの制約を課したのに対して、エヴァンスはベースとドラムスに自由を与えてモザイク状の即興アンサンブルを追求した。ピアノやベースが常にベタにコード進行を4拍で鳴らすことはしないからドラムスがコード進行のブランクを補ったり、ひっきりなしに各パートのリズム・アクセントが変化していくのをトリオ全体のサウンドからまとまりのあるものにする。エヴァンス・トリオのテレパシーで通じたような演奏は、とりわけピアノとドラムスを仲立ちするラファロのベースのセンスと力量にかかっていた。だがこのトリオは批評家には注目されていたが人気はさっぱりで、ヴィレッジ・ヴァンガードのライヴもまともに演奏を聴いてもいない30人ほどの客が飲み食いする中で収録されたという。そしてスコット・ラファロはこのライヴ盤2枚分を録音した10日後に、自分が運転する車を街路樹に大破させて即死してしまう。61年7月、享年25歳だった。

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 ラファロの急逝はあまりにも予期できない事故だったので、制作済みのアルバムが順次発売予定だったがそのまま追悼盤になってしまった。エヴァンス・トリオのライヴ盤の他にジョン・ルイス『ジャズ・アブストラクションズ』(オーネット・コールマンエリック・ドルフィービル・エヴァンス参加、61年10月発売)、オーネット・コールマンの『フリー・ジャズ』(ドン・チェリーエリック・ドルフィーチャーリー・ヘイデン参加、61年11月発売)、『オーネット!』(ドン・チェリー参加、62年2月発売)が没後発売作品になる。生前発売作品でエヴァンス・トリオのスタジオ録音盤2枚以外では、ブッカー・リトル(トランペット、1938~1961)の『ブッカー・リトル』(60年4月録音)が名作で、リトルは1歳年下でラファロと同年の10月に腎臓病の悪化で急逝する。次いで著名なアルバムというとロサンゼルス時代にイギリスから渡米デビューしたピアニストの『ジ・アライヴァル・オブ・ヴィクター・フェルドマン』(コンテンポラリー社、58年1月録音)があり、コンテンポラリーにはロサンゼルスのパウエル派ピアニスト、ハンプトン・ホウズの『フォー・リアル!』(58年3月録音)もあるが、これもオリジナル・ライナーノーツにスコット・ラファロ逝去の囲み記事があって、これが初回盤ならやはり1961年にラファロの没後発売されたことになるようだ。
 あとはロサンゼルスのファンタジー・レーベルからの『スタン・ゲッツ・ウィズ・カル・ジェイダー』(58年発売)、ビル・エヴァンス・トリオごと起用されたクラリネット奏者トニー・スコットの『サング・ヒーローズ』(59年発売)くらいで、ロサンゼルス出身のラファロはやはりロサンゼルスの白人ベーシストで1歳年下のチャーリー・ヘイデン(1937~2014)と前後してニューヨークに進出し、シェアルームする間柄だったという。ちなみにハンプトン・ホウズもニューヨーク進出してソニー・クラークとシェアルームしていたが、ニューヨークではジャズの需要以上にジャズマンが集まりすぎて過当競争になっており、クラークやホウズほど才能あるジャズマンまで仕事に恵まれなかった。70~80年代まで存命だったならホール級の来日コンサートが可能なほど日本では根強い人気を持つアーティストだが、当時の本国では一介の酒場のピアノ弾き以上の扱いではなかった。同じものが時には芸術として鑑賞され、一方では程度の低い大衆芸能とされるのは珍しくないが、当事者にとっては何より生活のかかったことになるのだから冗談ではない。

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 こうして見ていくと『ザ・リジェンダリー・スコット・ラファロ』は当然ラファロの急逝後に、ちょっとした遺作ブームに乗って改題・新装発売されたものだと思ってしまうが、実際はオーディオ・フィディリティ社自身が『パット・モラン・トリオ』を録音翌年に発売後、同年中に早くもスコット・ラファロ名義の『ザ・リジェンダリー・スコット・ラファロ』を発売したのだった。分類コードが異なることからカタログ上では別ジャンル、おそらく『パット・モラン・トリオ』はイージーリスニング的カクテル・ピアノ・ジャズ作品、『ザ・リジェンダリー~』は新進神童ベーシストの硬派のジャズ・アルバムとして、あたかも別作品のように売り出したものと思われる。ラファロはまだ21歳だった。カクテル・ピアノという当時の呼称は、主に白人向けクラブで好まれるイージー・リスニング的ピアノ・トリオを指したジャズ雑誌好みの蔑称で、ビル・エヴァンスですらジャズ・クラブのオーナーに求められていたのはカクテル・ピアノ・ジャズだったし、客層もカクテル・ピアノを求めていたのだった。
 どちらのアルバム・ジャケットも、並べてみると50年代アメリカ白人層の美意識がやはりセンスが良くて若々しい健康さに溢れているのが感じられ、隔世の感がある。ドラマーとベーシストが背景でピンぼけ、手前はグランドピアノの鍵盤に鮮やかな赤いハイヒールの足、そのつま先にThis is Pat Moranとあるが、本当にパット・モランさんの脚かどうかはわからない。写真の色彩設計や文字のレイアウト、レコード番号やレコード会社のロゴの書体・配置・色彩まで完璧だろう。それは『ザ・リジェンダリー~』にも言えて、パット・モランのアルバムをそのままラファロのアルバムに改題して二重売りする発想も凄いが、新人ベーシストが21歳でリジェンダリー、しかもこんな決まった写真(こちらはモノクロ写真にタイトル文字の配色が素晴らしい)では「早く死んで伝説になれ」と言わんばかりではないか。

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 (Fresh Sound "Complete Trio Sessions" 2007 Front Cover)
 このアルバムはオリジナルのオーディオ・フィディリティ盤では全11曲入りだが、2007年にパブリック・ドメイン作品復刻レーベルのフレッシュ・サウンドが20曲入りの完全版を出した。録音順に並んでいる。
1. Making Whoopee - 5:23
2. In Your Own Sweet Way - 5:03
3. Onilosor - 4:11
4. Come Rain or Come Shine - 5:34
5. Collard Greens and Black-Eyed Peas - 3:30
6. I Could Have Danced All Night - 3:30
7. Yesterdays - 4:30
8. Blues - 4:05
9. The Man I Love - 2:59
10. I Get a Kick Out of You - 3:23
11. I Wish I Knew - 2:14
12. You Don't Know What Love Is - 3:59
13. I'm Glad There Is You - 4:27
14. Sometimes I'm Happy - 3:19
15. You and the Night and the Music - 2:29
16. But Not for Me - 3:43
17. Embraceable You - 4:48
18. Lover Come Back to Me - 2:47
19. Someone to Watch Over Me - 2:50
20. Goodbye - 4:02

 アルバムとしては『ジス・イズ・パット・モラン』は可もなく不可もない、当時ごくごくポピュラーなスタンダード曲を特にひねった解釈もなく、3分間ポップスのフォーマットと大差ないアプローチで、レストランにでも流れていたら快適な程度の仕上がりに演奏している。カクテル・ピアノそのものと言って良く、こうしたジャズが幅をきかせていたためにロックン・ロールが発生した、とすら言える。このコンプリート盤もベースとドラムスの休んだソロ・ピアノ曲はオミットしている。だがラファロのベースのドライヴ感だけはパット・モラン・トリオの目的や限界をはるかに超えた無比のパワーを発揮しており、しかもラファロの余命は結果的にあと2年半しかなかった。ジャズの歴史ほど悪い冗談に満ちたものはない。

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 (Contemporary Original "Hampton Hawes/For Real!" LP Liner Notes)