人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

Le Orme - Supersonic Live Radio RAI, 22 Marzo, 1974 (Radio Broadcast, 1974)

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 (Original Philips LP "Le Orme in Concert" Front Cover)
Le Orme - Supersonic Live Radio RAI, 22 Marzo, 1974 (Radio Broadcast, 1974) : https://youtu.be/i9rnNF14Y8k
Registrazione effettuata il 22 marzo 1974 durante la trasmissione radiofonica ' Supersonic '.Brani presenti :
(Tracklist)
1. コラージュ Collage
2. 空のまなざし Sguardo verso il cielo
3. トラック・オブ・ファイア Truck of fire ( parte 1 & 2 )
4. 不思議の宇宙 Sospesi nell' incredibile ( parte 1 & 2 )
5. 冬の時代 Era inverno
6. 開かずの扉 La porta chiusa
All music and lyrics by Aldo Tagliapietra and Antonio Pagliuca.
[ Personnel ]
Toni Pagliuca - keyboards
Aldo Tagliapietra - voice, bass, guitars
Michi Dei Rossi - drums, percussion

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 (Original Philips LP "Collage" Front Cover)
 レ・オルメは1966年結成、ビート・グループ時代はシングル中心だったためデビュー・アルバム"Ad Gloriam"は1969年になったが、シングル集の"L'Aurora"を翌年発表して地方レーベルから大手フィリップスに移籍。そしてフィリップス第1作の『コラージュ』は、英語圏の文献ではイタリア初のプログレッシヴ・ロック・アルバムとして後続バンドに絶大な影響を与え、イタリアの70年代ロックの作風を決定した、とされる。イタリアでは脱ビート・グループ化から生まれた70年代スタイルのロックを、ハードロックやシンガー・ソングライターまで含めてすべて「プログレッシヴ・ロック」と呼んでいたので、いわゆる英米の「Prog-Rock」、日本で言うプログレだけがイタリアではプログレッシヴ・ロックではない。ただし70年代初頭で、主にイギリスの最新スタイルを取り入れようとすれば、オルガン中心のプログレッシヴ・ロックや、ヘヴィなギターをフィーチャーしたハードロックからの影響が当然強くなった。レ・オルメはキーボード、ドラムス、ギターとベースの兼任奏者(ヴォーカルも担当)というトリオ編成からもイタリアのエマーソン・レイク&パーマーと日本では目されていた。このラジオ放送ライヴはYou Tubeで初めて聴いたが、本当は全盛期のスタジオ録音アルバムをご紹介したかった。オルメはほぼ全アルバムがアップされていたが、どうも日本ではロックがかかっていて開けない。仕方なく、かなり音が悪い(エアチェック音源らしい)が、全盛期と思えば貴重なライヴ音源になる。
 公式ライヴ盤『レ・オルメ・イン・コンサート』は1974年1月16日、17日のライヴを収めているが、こちらは3月22日で、収録曲もどちらも6曲中4曲が重なるが、ライヴ用のインスト新曲『トラック・オブ・ファイア』を中心にした『イン・コンサート』と、同曲より他の曲の比重が高いこのラジオ放送ライヴではかなり印象が異なる。このライヴではフィリップス移籍後の3作、『コラージュ』1971から1,2,5、『包帯の男』1972から6、『フェローナとソローナの伝説』1973から4、『イン・コンサート』1974から3が演奏されている。次のスタジオ盤『夜想曲(Contrappunti)』1974はゲストにピアノ専任奏者を迎えた4人編成の名作で、ここまでがオルメの全盛期と言われる。次の『Smogmagica』1975年で専任ギタリスト加入後はイタリアらしさやオルメらしさも稀薄になる。オルメは現在も現役活動中で、全欧・アメリカへのツアーもさかんだが、80年代は一時解散状態だった。デビュー作から現在までのアルバム・リストを上げると、

1. Ad gloriam (Car-Juke Box, 1969)
2. L'Aurora (Car-Juke Box, 1970)
3. Collage (Philips, 1971)
4. Uomo di pezza (Philips, 1972)
5. Felona e Sorona (Philips, 1973)
*Later re-recorded in English and released in the UK as Felona and Sorona.
6. Contrappunti (Philips, 1974)
7. In Concerto (Philips, 1974, live)
8. Smogmagica (Philips, 1975)
9. Verita nascoste (Philips, 1976)
10. Storia o leggenda (Philips, 1977)
11. Florian (Philips, 1979)
12. Piccola rapsodia dell'ape (Philips, 1980)
13. Venerd?? (DDD, 1982)
14. Marinai (CGD, 1982)
15. Live Orme (Crime, 1986, live, rec1975)
16. Orme (Philips, 1990)
17. Il fiume (Tring, 1996)
18. Amico di ieri (Tring, 1997, re-rec.band's Classics)
19. Elementi (Crisler, 2001)
20. L'infinito (Crisler, 2004)
21. Live in Pennsylvania (Ice, 2008, live)
22. Live In Rome Official Bootleg ?(Sonny Boy Management, 2010, live)
23. La Via Della Seta (Love Music, 2011)

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 (Highland CD "Controcanzonissima/Pop Italiano 1972" Front Cover)
 1966年結成の、50年近いキャリアには敬意を表さないではいられない。ただしブランクもあり、80年代にはさすがに典型的な70年代スタイルのオルメはきつかったが、90年代以降はオルメの音楽は流行りすたりを別にしてどんな時代でも聴いて楽しめるもの、と、他の解散していた70年代バンドの復活同様に全盛期の音楽性で堂々と新作制作し、ライヴ活動もさかんになった。リスナーが聴きたいのは70年代のオルメの音楽で、メンバーたちも、本当に自分たちのベストの仕事は70年代のアルバムにあるのに気づいたということになる。先に述べたようにアルバム1,2は初期のビート・グループ時代(5人編成)のもので、3~7が全盛期メンバーのトリオ編成作品、8からはギタリストが入って8,9はポップなプログレ風味のハードロック傾向になるが、10で全盛期の作風へ回帰する方向があり、11,12ではアコースティックなアレンジで落ち着いた作風になる。結局は本来の作風に戻って大団円を迎え、これで事実上一旦は解散したかたちで、82年の13とその再編集盤14は時流に乗ったエレクトリック・ポップ作品だった。復活作かと思われたポップながら好作の16の後はまた沈黙が続き、本格的な復帰は17以降で、ようやく全盛期オルメの音楽性を意識的に取り戻したアルバムになる。
 オルメの演奏力は学生バンド以下、稚拙さでは世界最低レベルという世評は、言われるほどひどくはないじゃん、と思っていたが、最近『Controcanzonissima/Pop Italiano 1972~Live at Piper Club, Rome, Italy』(2013/3CD)というHighlandレーベルの発掘盤を聴いた。1972年1月28日の小規模なロック・フェスティヴァルで、小規模とは言っても実際には9組も出演しており、完全版の6CDボックスが先に発売されて、この3CDはそこから5バンドを選んだもの。当時ラジオ中継され、最近再放送された音源らしい。出演バンドを収録順に上げると、ザ・トリップ(第2作『Caronte』1971から4曲演奏)、レ・オルメ(『Collage』1971から4曲とザ・ナイス『ロンド』のカヴァー演奏)、PFM(プレミアータ・フォルネリーア・マルコーニ)がその次(デビュー作『Storia Di Un Minuto』1972から3曲演奏)、オザンナ(第3作『Palepoli』1972の2曲からの抜粋に、デビュー作『L'Uomo』1971から1曲をメドレーで演奏)、トリはニュー・トロルス(第3作『Concerto Grosso』1971、第4作『Searching For a Land』1972から8曲)。これを聴くと、PFMとオザンナ、ニュー・トロルスに較べてザ・トリップとレ・オルメの落差に愕然とする。ザ・トリップはハードロックだからまだしもだが、PFMらの変幻自在なインプロヴィゼーションを交えた壮絶な演奏に較べてオルメは一生懸命がんばっているがアマチュア、一生懸命がんばってもアマチュアという感じなのだ。だがオルメは『コラージュ』でイタリア初のプログレッシヴ・ロック・アルバムを発表した先駆者とされ、英語圏での評価ではフランスでアンジュが果たしたような位置にいたバンドとされる。それはどういうことか。

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 (Original Philips LP "Uomo Di Pezza" Front Cover)
 アンジュとの比較は真の大物アンジュに不当だと思うが、オルメの場合は中庸さの普遍性が働いたように思われるのだ。PFMやオザンナ、ニュー・トロルスほどの独創性や演奏力は真似できるようなものではない。が、オルメならできる、というバンドが続出した。英米ロックでも決して偉大とは言えないヴァニラ・ファッジやユーライア・ヒープといったバンドが同時代ではスタイルの真似しやすさから広範な影響力があったりする。これはどんな分野でも言えるようで、真似しやすいものほど流行しては廃れていく。オルメのスタイルがイタリアのロックの標準になったとしたら、真のオリジナリティがなかった、平易なものだったから、と一応は言える。だがそれで片づけられないのは、オルメの音楽の素朴な抒情性で、アルドのヴォーカルとトニのキーボードはイタリアのロックが初めて70年代スタイルを獲得した初々しさがあり、他のバンドでは通用しないバタバタしたドラムスもオルメの個性だった。アルドのヴォーカルはイエスのジョン・アンダーソンに似た中性的な声質で、初期には力んだ歌い回しも多かったがアルバム毎に良い意味で力の抜けた、のんびりとしたものになっていく。ドラムスやキーボード類も無理な変拍子はなくなる。プログレッシヴ・ロックのアルバムとしては『フェローナとソローナの伝説』、次いで『包帯の男』が突出してテンションの高い作品だが、オルメならではの自然、天性の抒情性が無理なく発揮されたのは70年代末の『物語と伝説』『フローリアン』の方かもしれない。
 実際、再録音によるベスト・アルバム『Amico di ieri』のタイトル曲は日本ではポップ化したと評価の低い『Smogmagica』からのシングル曲だったりして、この曲は多数にカヴァー・ヴァージョンがありギターやキーボード弾き語り、アマチュア・バンドによるカヴァーの定番になっているらしい。オルメが今でもイタリアで愛され、イタリア系移民の多いアメリカのツアーが歓迎されているのも、オルメの音楽のイタリアらしさが郷愁を誘う要素を持っているからだろう。この場合の郷愁は、何もイタリア系リスナーだけではなく、もう40年も前の音楽が持っている古めかしさにも由来すると思うが、では40年前のロックなら等しく郷愁を誘うかというとそんなわけはなく、やはり今でも活動中のPFMやバンコは巨匠の風格で迫ってくるし、オザンナは若手バンドと競うような気迫がある。これらの大物バンドはデビュー当時から他の追従を許さないスケールの大きさがあった。オルメはどうかというと、追従を許しまくっていた。その結果オルメの音楽はイタリア70年代バンドの典型となり、もっと優れたバンドは他にいるのだが、オルメのように懐かしいとは言えない、という微妙な評価が定着したことになる。またPFMらには短調のドラマティックな曲が多いが、オルメで短調というと『フェローナ~』と『夜想曲』に多少、それも曲想は控えめで、オルメの曲は9割方長調だろう。そんなところも庶民的な明るさを感じさせる。

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 (Original Philips LP "Felona e Sorona" Front Cover)
 今回ご紹介したイタリアのラジオ放送ライヴはレ・オルメ絶頂期に収録されたもので、選曲もこの時点でのベスト・アルバム的なものになっている。冒頭でまずはこれ、とばかりに演奏されるインストの『コラージュ』タイトル曲はバンドのテーマ曲になっていたんだな、としみじみするが(『イン・コンサート』ではアンコール曲に収録)、キーボード・ロックのバンドのインスト曲でこれほど拙い演奏の曲はすぐには思いつかない。12音技法もどきのピアノから始まるライヴ用のインスト曲『トラック・オブ・ファイア』はおれたちだってプロなんだぞ、演奏力あるんだぞと言わんばかりにドラムスが無駄にがんばるが、全員見事にノー・アイディアで、この曲1曲でLPのA面全編23分を埋め尽くしたことで『イン・コンサート』はオルメの恥部とまで言われるようになったのだった。キーボードのトニもアレンジのまとまったスタジオ盤ならオルメの頭脳らしい良い演奏なのだが、ライヴでキース・エマーソンみたいに超絶技巧で迫るにはアイディアもテクも追いつかない。結局アルドのヴォーカルを中心に、アルバムのアレンジを忠実に演奏している時が一番良い、ということになる。ヴォーカルの平歌の部分ではオルメのアレンジは和声進行もリズムもごく平易なものになるから、イエスやジェントル・ジャイアントのように歌でも変拍子と転調バリバリのバンドと較べて軽く見られる。
 ヴォーカル曲でもそうだから、インストのテーマ曲『コラージュ』もアルバムに忠実なアレンジで、結局オルメの良い部分はプログレッシヴ・ロックと言っても音楽性では実験的ではない部分、手法的には保守的と言えるほど最小限のアイディアから出来るだけ大きな効果を引き出そうとしたもので、アーティスティックで新しい感覚の表現がその目的だったからだろう。だから技法的な革新自体が自己目的化した音楽には、オルメは向かわなかった。確かに演奏だけ聴くとチープなEL&Pみたいだが、アルドのヴォーカルはグレッグ・レイクみたいに偉そうなイギリス的テナーではない。新生オルメ第1作『コラージュ』でイタリア国内チャート・トップ10入り、次の『包帯の男』でNo.1、続く『フェローナとソローナの伝説』でイタリア国外からも一気に注目が集まったのは、英米ロックの最新スタイルを反映しながらもイタリアならではの情感を感じさせるオルメ節にあった、と思える。オルメの70年代作品は今でも聴ける。現在のオルメはドラムスのミチしかオリジナル・メンバーが残っていないが、アルドとトニも戻ってもうひと花、とは結成50年のバンドに無理は言えないか。