人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ニュー・トロルス New Trolls - UT (Fonit Cetra,1972)

ニュー・トロルス - UT (Fonit Cetra,1972)

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ニュー・トロルス New Trolls - UT (Fonit Cetra,1972) Full Album
Recorded at Fonit Cetra Studios, Milano, Italy, November 6 to 9 & 20 to 24, 1972
Released by Fonit Cetra LPX 20, 1972

(Lato 1)

A1. スタジオ Studio (Cramer/Salvi) : https://youtu.be/BSjj7X6ex0A - 3:10
A2. 22番通り XXII strada (Di Palo/Salvi) : https://youtu.be/cvlEta5ck0k - 1:51
A3. オンタリオ湖の騎士達 I cavalieri del lago dell'Ontario (Belleno/Chiabrera/Di Palo/Rhodes/Salvi) : https://youtu.be/LaPP4iSUvbE - 5:02
A4. 木の葉の物語 Storia di una foglia (Belleno/Di Palo/Dini/Rhodes/Salvi) : https://youtu.be/dlsqP-j8-XU - 2:57
A5. 誕生 Nato adesso (Belleno/Di Palo/Dini/Rhodes/Salvi) : https://youtu.be/TNcTp0wb2PY - 7:54

(Lato 2)

B1. 大戦争 C'è troppa guerra (Belleno/Di Palo/Dini/Rhodes/Salvi) : https://youtu.be/BpU18Es_gAs - 9:53
B2. パオロとフランチェスカ Paolo e Francesca (Belleno/Chiabrera/Di Palo/Rhodes) : https://youtu.be/yyqJiZR0mIs - 6:06
B3. 誰が知るか Chi mi può capire (Belleno/Di Palo/Martinis/Rhodes/Salvi) https://youtu.be/LxA93uAqhNk - 4:35

[ New Trolls ]

Nico Di Palo - chitarra solista e voce solista
Maurizio Salvi - pianoforte, organo, Eminent e ARP Synthesizer 2600
Frank Laugelli (alias Frank Rhodes) - basso
Gianni Belleno - batteria e voce
Vittorio De Scalzi - chitarra Leslie in I cavalieri del lago dell'Ontario

(Original Fonit Cetra "UT" LP Liner Cover, Gatefold Inner Cover & Lato 1 Label)

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 本作『UT』は1970年代のイタリアのロックを代表する名盤の1枚ですが、このジャケットのセンスには恐れ入ります。イギリス人がユニオンジャックアメリカ人が星条旗、日本人が日の丸をアルバム・ジャケットにするような発想ですが、ユニオンジャックをアルバム・ジャケットにあしらったのザ・フー星条旗を使ったスライ&ザ・ファミリー・ストーン、日の丸弁当をアルバム・ジャケット(1975年のアルバム『日本』)にしたチューリップにはそれぞれ国旗をジャケットに使ったアイロニーがあったでしょう。ザ・フーは明らかに挑発的ですし、スライはあからさまに攻撃的で、チューリップはアルバムではけっこうキンクス的な毒気を顕わにしたバンドでした。しかしこのイタリアのバンド、ニュー・トロルスの場合は、何も考えていなさそうなあっけらかんとしたジャケット・デザインなのがかえってインパクトを生んでいる強みがあります。この楽天的な明るさは、一般的に考えられているイタリア人のイメージそのままなのがすがすがしいくらいの開き直りを感じさせます。

 そんなイタリアの大御所バンド、ニュー・トロルスは、1967年のデビュー以来現在もアルバム制作・ライヴ活動現役で健在ぶりを見せつけており、英米の有名バンドで言えばイエスのように主要メンバーが脱退・再加入を繰り返しておりイエスよりもメンバー・チェンジ回数は多いほどですが、デビュー年もイエスより早く活動のブランクも少ない、今年で現役満53年の驚異的な存在です。現役長寿バンドの多いイタリアのバンドでも実際は活動休止期間の方が長かったりしますが、トロルスの連中は脱退したメンバーが別バンドを作ったり(イビス)、トロルス本体もオリジナル・メンバー1人だけの新メンバーでトロルス名義でアルバム制作したり(『アトミック・システム』)、新メンバーのトロルスがあっさり解散した途端に旧メンバーで再結成して『コンチェルト・グロッソ2』を発表したりしています。中心メンバーはギタリスト=ヴォーカルのヴィットリオとニコ(と途中加入したキーボードのマウリツィオ)で、この二人がくっついたり離れたりで他のメンバーも替わる、いわば二つのグループが同時に平行して活動しているような具合に存続してきたのがニュー・トロルスでした。

 トロルスは他に匹敵するイタリアのバンドはイ・プーしかいないほど多作ですが、バンドの風格は国内No.1バンドのイ・プーや国際的成功を収めたPFM(プレミアータ・フォルネリア・マルコーニ)やレ・オルメ、バンコ、アレアには及びません。レーベル(イタリア国営放送局のフォニト・チェトラ)の後輩オザンナと同格なので、イタリア7大バンドには数えられます。ただしこの7大バンドでは一番アイディンティティの稀薄なバンドでもあります。分裂前のライヴ音源や映像ではライヴ・バンドとして結束力の高かった時期も確かにあったようなのでカリスマに欠けていたのではないようですし、結果的にそうなった原因はメンバー・チェンジやサブ・プロジェクトがあまりにも多いため活動に一貫性が欠けるからですが、ニュー・トロルスがイタリアを代表するロック・バンドなのはそうした行き当たりばったりな多産性でもあるので、50年以上にもおよぶトロルスのキャリアを可能にしたのは過剰なくらいの器用さと適応力でした。それほど才能に恵まれた集団だったのでトロルスやトロルス・ファミリーにはおよそ凡作や失敗作が皆無で、水準以上のアルバムばかりです。演奏技術や歌唱力、アレンジ力や時代への適応力などは英米の一流バンドにも劣りません。ただしその器用さがずっと寡作に一途な作風の追求に賭けた他のイタリアの第一線のバンドに較べてトロルスの印象を弱くしているので、何でもできてしまう才能というのも裏目に出る場合があるものです。

 トロルスは初期のラヴ・ロック路線から'70年代にはハード・ロックプログレッシヴ・ロック、ジャズ・ロック、'80年代以降はカンタウトーレ(シンガー・ソングライター)風AORからエレクトリック・ポップ、'90年代以降はそれこそ何でもありといった具合に何をやっても一流のアルバムを作ってきた手に負えないバンドなので、トロルスのキャリアを追うだけでもイタリアの'60年代~現在までの50年のポピュラー音楽・ロックの流行がたどれるほどです。アルバムでは'70年代のプログレッシヴ・ロック系アルバムの名作、『コンチェルト・グロッソ』『UT』『アトミック・システム』の知名度がずば抜けて高く、この3作のどれかから入る人が大半でしょう。トロルスは「暗のオザンナ、明のトロルス」とも言われますが、オザンナはイタリアのバンドでも強烈に土着的な作風で知られるバンドで、そのオザンナに一番近いアルバムと定評があるのが本作『UT』です。『UT』からニュー・トロルスを聴いたリスナーと、管弦楽との競演アルバム『コンチェルト・グロッソ』や、より英米ロック寄りのプログレッシヴ・ロック作品『アトミック・システム』から聴いたリスナーではトロルスについての印象は相当異なるでしょう。『コンチェルト・グロッソ』や『アトミック・システム』もイタリアのロックらしさの横溢したアルバムですがオザンナを連想させるような作風ではなく、いずれもトロルスの代表作と言える『コンチェルト・グロッソ』『UT』『アトミック・システム』は別バンドの作品に聴こえるほど異なる方向性を持ったアルバムです。そればかりか、『UT』(タイトルは17世紀の「ド」の音名)はアナログLPではジャズ・ロック的な5曲の組曲形式のA面、徹底的なヘヴィ・プログレッシヴ・ロックの3曲が並ぶB面では別バンドのようにすら聴こえます。

 『UT』A面は前作『コンチェルト・グロッソ』から加入したキーボードのマウリツィオ・サルヴィが仕切った面でしょう。ギタリストのニコとヴィットリオがリーダーシップを握ったB面3曲は物凄いもので、プログレ化したツェッペリンのような爆裂ナンバー「大戦争」にやられ、メロメロなラヴ・バラードに後半ヴィットリオのギターが恋人同士の会話を模倣したソロを延々聴かせる「パオロとフランチェスカ」、曲自体も美メロですがソリーナ(ストリングス・キーボード)とピアノのアレンジが絶妙な「誰が知るか」はB面だけでお腹いっぱいの統一感があります。2曲もバラードがありますが異なるタイプのパワー・バラードで、このB面はオザンナとの親近性が成功しています。問題は組曲形式のA面で、冒頭からクラシック曲のロック・アレンジをイントロに、A面随所にクラシック曲の引用があります。クラシック曲をモチーフにしたジャズ・ロックとして成功していればそれもいいのですが、ジャズ・ロックに徹底せずフォーク調になったり、アープ・シンセサイザーのソロをフィーチャーしたプログレッシヴ・ロック調になったり、エンディングは長い長いギター・ソロといった案配で、聴きどころは多いのですが焦点が定まりません。『コンチェルト・グロッソ』はA面はオーケストラと共演したクラシカル・ロック、B面はバンドのみのインプロヴィゼーション曲とAB面各1曲で、やはりA面・B面が異なる性格ながら作風は明快に分かれていました。ギタリスト二人のうちヴィットリオはアレンジャー型、ニコはジミ・ヘンドリックス直系のギタリスト(当時のライヴ映像では歯でギターを弾く様子が観られます)で、『UT』のヘヴィ・サイドはこの二人、特にニコの持ち味が生きています。トロルスは『UT』発表後に実質的に解散し、ヴィットリオ以外の全員が脱退してしまいます。脱退メンバー4人は4人連名のアルバム『?』を制作した後イビスと改名し、国際デビューを計りますが成功しませんでした。ヴィットリオは一人でトロルスを引き継ぎ新メンバーと『アトミック・システム』を発表します。同作はトロルスとしては初めて全編に統一感がある明快なプログレッシヴ・ロックとなり、国際デビュー作にもなりましたが、代表作3作を取ってもこれほど異なる仕上がりのアルバムばかりです。

 ニュー・トロルスはテクニックを売りにしたバンドではありませんでしたが、さすがに音楽国だけあって高い水準を演奏技術を誇るイタリアのバンドでもニュー・トロルスの実力はトップクラスでした。ただしイタリアやフランスのラテン系音楽家はクラシック畑の演奏家でも縦線(拍節)はエモーションで合わせる傾向があり、ドイツ系のクラシックや英米音楽のメトロノーム的リズムに合わせるのは不得意な面があります。ニコやヴィットリオもユニゾンならいいのですが、アドリブになると達者に弾きまくってしまうので字余り・字足らずみたいなビートに乗り損ねたギター・ソロになりがちです。プレミアータやバンコ、アレアはその辺は意図的に複雑な変拍子アレンジを導入して音楽的に解決していました。イ・プーはあくまでヴォーカルを重視していたので演奏は安定したアンサンブルに集中しています。オザンナもニュー・トロルスと同じような激情任せの演奏でしたが、バンド一丸となって走りモタる一体感があったのでリズム感の緩さが弱点にはならず、かえってイタリアのロックならではの良さにつながっていました。その点トロルスのアプローチは不利でした。プレミアータやバンコ、オザンナはメンバー・チェンジしないバンドでしたが、ファミリー的なミュージシャンのピックアップ・バンド的な形態を取っていたトロルスはメンバー個々の力量や個性は一流でライヴでは爆発的な演奏をしてもバンドの一体感には乏しかったのです。これもニュー・トロルスのアルバムに一貫性が欠ける印象の原因です。またトロルスの代表作に『コンチェルト・グロッソ』『UT』『アトミック・システム』を上げても、どれをトロルスの決定盤とするかは意見が分かれます。『コンチェルト・グロッソ』はいいが他の2枚は全然とか、『コンチェルト・グロッソ』もいいのはオーケストラと共演したA面だけ、『UT』ならB面だけという意見も的を射ているだけに厄介です。『アトミック・システム』は例外的に統一感がありますが、実質的にヴィットリオだけのトロルスだからでしょう。そつない出来ですが70点満点で70点という感じで、ヴィットリオもニコもマウリツィオもドラマーのジャンニ(ジャンニはヴィットリオ、ニコと均等にリード・ヴォーカルを取るドラマーでした)も揃った顔ぶれで全力で爆発したトロルスではありません。『UT』A面よりは『コンチェルト・グロッソ』A面が良いとすれば、『コンチェルト・グロッソ』A面と『UT』B面の組み合わせだったら文句なしに'70年代ニュー・トロルスの最高傑作と言えたでしょう。

 ただそれでもA面とB面は同じバンドの作品と言えるのか、ひとつのアルバムにこれが同居していて違和感がないか問題にはなるので、決して完成度が低いのではなく個々の楽曲は一流バンドの名に恥じない出来ばえなだけに評価が厄介です。またそうした疑問があっても『UT』ほどの名盤ならどうでもいいじゃないかとも思えます。ニュー・トロルスはそんな性格のバンドですが、メンバー・チェンジをくり返しながら50年以上もやってきました。時流がポップスなら堂々とポップスのアルバムを作り、大陸横断鉄道の旅行キャンペーン・アルバム(それもなかなかムードのある堂々とした佳作)『イプシロン・エッセ』をヒットさせ、F1レースのテーマ・ソング「ファッチャ・ディ・カーネ」をテレビCM用に制作し、どんな作風でも手がけてきたのでプロモーターからのリクエスト次第で過去のアルバムの再現や続編制作にも応じ、プログレッシヴ・ロック時代のリクエストがあれば『コンチェルト・グロッソ』全曲再現ツアーのために日本公演にも2012年にやってきました(再結成オザンナと合同企画で)。古くからのリスナーとしては創設メンバーのヴィットリオと爆裂ギタリストのニコ抜きのトロルスでは何だかなあと言う気もしますが、歴代参加メンバーの一人でもいればニュー・トロルスを名乗れるようなので、この『UT』も近年のメンバーでアルバム全曲再現ツアーを行っています。案外イタリアのロックのおおらかな魅力を体現しているのは、他のどのストイックな一流バンドよりもニュー・トロルスなのかもしれないと思わせられたりもするのです。

(旧稿を改題・手直ししました)