人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ニュー・トロルス New Trolls - コンチェルト・グロッソ1 Concerto Grosso per i New Trolls (Fonit Cetra, 1971)

ニュー・トロルス - コンチェルト・グロッソ1 (Fonit Cetra, 1971)

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ニュー・トロルス New Trolls - コンチェルト・グロッソ1 Concerto Grosso per i New Trolls (Fonit Cetra, 1971) Full Album : https://youtu.be/bPefV2g1TMk
Released by Fonit Cetra LPX8, 1971
Orchestra Arrangement by Luis Enriquez Bacalov

(Lato 1)

A1.アレグロ 1º tempo: Allegro (Luis Enriquez Bacalov) - 2:15
A2.アダージョ 2º tempo: Adagio (L. E. Bacalov) (Shadows) - 4:50
A3.カデンツァ 3º tempo: Cadenza - Andante Con Moto (L. E. Bacalov) - 4:10
A4.シャドーズ 4º tempo: Shadows (per Jimi Hendrix) (L. E. Bacalov) - 5:30

(Lato 2)

B1.空間の中から Nella sala vuota, improvvisazioni dei New Trolls registrate in diretta (New Trolls) - 20:30

[ Formazione ]

Nico Di Palo - chitarra elettrica, voce
Vittorio De Scalzi - chitarra elettrica, flauto e voce
Gianni Belleno - percussioni, voce
Giorgio D'Adamo - basso
Maurizio Salvi - tastiera, organo Hammond (non accreditato in copertina)
Luis Enriquez Bacalov - direttore d'orchestra

(Original Fonit Cetra "Concerto Grosso per i New Trolls" LP Liner Cover, Gatefold Inner Cover & Side 1 Label)

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 ニュー・トロルスの第3作である本作はトロルス初のプログレッシヴ・ロック路線のアルバムとしてイタリアの1970年代ロックの幕開けとなった画期的アルバムで、LP時代から日本でもイタリアン・ロックのアルバム中屈指の人気を誇った伝説的名盤です。トロルスは長いバンド歴の中で本作の続編を何作も作ることになるので、第1作の本作は『コンチェルト・グロッソ1』という邦題が定着していますが、普通トロルスの『コンチェルト・グロッソ』というと本作を指すので以下『1』は略奪します。日本独自のCD化も早く、旧日本盤CDにはボーナス・トラックとして同時期のシングル曲「ほほを濡らすしずく(La Prima Goccia Bagna il Viso)」が末尾に収録されていました。LPを聴きなれると最初は違和感がありますが、CDを繰り返し聴くうちにアルバム本編へのアンコール・ナンバー風で悪くないと思えてきます。アルバム本編はほとんどリサイタル・ショー的に構成されていて、旧A面は映画音楽家ルイス・エンリケス・バカロフ作曲のオーケストラとの共演組曲で、A面全体で1曲になっています。歌詞はシェークスピアの現代語訳からアダプトした英語詞です。A4のみオーケストラは入らず、バンドのみで組曲終結部を演奏・歌唱しています。この「シャドーズ」というパートはジミ・ヘンドリクスに捧げられており、強いて言えばジミの「リトル・ウィング」風ですが、トロルスはジミのデビュー年1967年にはシングル・デビューしており(ファースト・アルバムは翌1968年です)、『コンチェルト・グロッソ』はジミ急逝の翌年のアルバムですから追悼曲としても早い部類でしょう。トロルスのギタリストのニコはジミ生前からギターの歯弾きをステージで披露していたほどのジミ直系の爆裂ギタリストです。

 バンドのみの演奏のA4はアルバムA面からB面への橋渡しともなっていて、B面は20分を超える全面を「空間の中から」1曲だけ、しかも全編インプロヴィゼーションという、これまた大胆な構成になっています。ニュー・トロルスはもともとポップなカンツォーネ・ロック(ラヴ・ロック)のバンドとしてデビューしましたが、ヴォーカル・パートを織り交ぜながらもこの時点ではイギリスのプログレッシヴ・ロックに影響を受けたヘヴィ・ロックのバンドになったのがわかります。シングル曲「ほほを濡らすしずく」(シングルAB面で8分半あまりの大作)も楽曲としてまとまりのあるプログレッシヴなヘヴィ・ロックで、『コンチェルト・グロッソ』当時のトロルスのサウンドが凝縮されたものです。イタリアの「ロック・プログレシーヴォ」はアンダーグラウンド・バンドだったレ・オルメの第3作『Collage』(1971年)が起点とされるのが欧米での位置づけになっており、エマーソン・レイク&パーマーのイタリア版としてそれまでのギター入り編成からキーボード・トリオに再編して再デビューしたオルメはトロルスと本国での人気を二分した存在でしたが、トロルスの本作は映画『La Vittima Designata』のサウンドトラック・アルバムとして制作され、また映画音楽家ルイス・エンリケス・バカロフがA面の作曲・編曲を担っている点でオルメの『Collage』に評価では一歩を譲るようです。またサウンド・スタイルの面で'60年代末的なヘヴィさを引きずっていたのがトロルスの特徴でもあり、そのヘヴィさが日本では欧米での評価とは逆にオルメよりもトロルスの方が人気が高い一因になっています。オルメも良いバンドなのですが牧歌的な作風にイタリアらしさがあり、激情的なトロルスと好対照をなしていて、ドラマチックでダイナミックな作風のトロルスの方が日本のロックのリスナーには好まれる傾向は否めません。

 このアルバム『コンチェルト・グロッソ』の企画はディープ・パープルの『ロイヤル・フィルハーモニック・オーケストラ(Concert For Group and Orchestra)』(1971年1月)に負うところが大きいでしょう。楽曲単位でオーケストラと共演したロック・バンドの例は英米でもイタリアでもありましたし、アルバム全編でオーケストラと競演した例もムーディー・ブルースの『デイズ・オブ・フューチャー・パスト』1967など少数ながらありました。ですが、オーケストラとのコンサート共演による収録を前提にフル・スコア(総譜)を作曲・編曲し、バンドとオーケストラの協奏曲の企画を実現させたのはディープ・パープルのジョン・ロードが初めてでした。通常ロック・ミュージシャンはオーケストラの総譜など書けなくて当然で、ジョン・ロードはこの企画を終えたらギタリストのリッチー・ブラックモア主導のハード・ロック路線にパープルを転換させるつもりでおり、録音は後ながら先に発売されたハード・ロック転向後の『イン・ロック』(1970年6月)でパープルが大成功したことから『ロイヤル・フィル~』は何となくなかったことのようになってしまいましたが、ユーライア・ヒープ『ソールズベリー』のような直接的な模倣作も生み出し、ピンク・フロイドの『原子心母』(1970年10月)より発売は後でしたが収録されたコンサートは69年9月24日と、フロイドに先駆けてすらいました。『イン・ロック』発売前にロイヤル・フィルと共演したのがディープ・パープルの知名度を高めたのも確かのようです。パープルの支持が高い日本でもパープルは『イン・ロック』以降ばかりが人気があり、初期3作や『ロイヤル・フィル』はあまり人気がありませんでした。しかし欧米ではこのアルバムは愛好されていて、映画でもジャン・ユスターシュの大作『ママと娼婦』1973(カンヌ映画祭特別賞)で主人公の陰気なヒモ青年(ジャン=ピエール・レオー)がこのアルバムを愛聴している場面があるほどです。一方、かつての日本での公約数的評価はこんな具合でした。

 「彼らの音楽性を語るうえで、特にジョンのクラシックの素養は無視できないものだろうが、それにしてもここでの演奏が実りあるものとは決して思えない。クラシックという巨大な亡霊の前にディープ・パープルは萎縮し、呑み込まれてしまっている。ロックという脱西欧音楽のもっとも陥りやすい落とし穴。」
(「レコード・コレクターズ」誌1993年9月号、ディープ・パープル特集より)

 あまりにパープルを侮った評なので評者の名前は伏せますが、先入観だけで音楽を聴いて自分の耳で確かめないとこういう一見もっともらしいが内容のない感想文が出てくる見本です。1990年代後半、パープルはこの『グループとオーケストラのための協奏曲』(原題直訳)を再レコーディングし、ジョン・ロード自ら楽曲構造を解説し、実は現代音楽としてこの企画が画期的な試みだったことが認知されました。ジョン・ロードはもともとジャズとR&Bのオルガン奏者でしたからクラシックの素養などないミュージシャンでした。基本はあくまでも黒人音楽でクラシックは素材として取り入れていただけです。ですが協奏曲というアイディアでは、イディオムの異なる音楽を対立させるとどうなるか、という実験ができます。サード・アルバム収録曲の「四月の協奏曲」でオーケストレーションを習得したロードにとって、『ロイヤル・フィル』は音楽的イディオムの異なるオーケストラとロック・バンドを対比させ、クラシック作品がロックという異物を取りこみ損ねたとも、ロック・バンドがクラシックのオーケストラを伴奏に従えることの異様さとも、融合しない音楽的同士の対立を意図したものでした。

 パープルの『ロイヤル・フィル』の画期性の解説が長引きましたが、クラシックとロックのどちらも身近な欧米ではロードの狙いはすぐに理解されたようです。実際にハード・ロック路線のアルバムほどではないがヒットしていますし、総譜まで完成している作品なら再録盤が制作される意義もあります。再録盤はロニー・ジェームズ・ディオが参加した唯一のパープル作品としても貴重なアルバムになりました。オリジナル録音でもオーケストラを切り裂くようなリッチーのギターが圧巻で、管弦楽にブルース・ベースのロックのギター・ソロが凄まじい違和感で切り込んでいくのは『原子心母』のギルモアでも『コンチェルト・グロッソ』のニコでも代わりません。エレクトリック・ギターのフィードバック・サウンドジェフ・ベックが始めてジミ・ヘンドリクスが完成させたアイディアですが、フィードバック・ギターはドラムスとともに一人の奏者だけでフル・オーケストラを圧倒できるロック・バンドならではのサウンドでもあり、『ロイヤル・フィル』も『原子心母』A面も『コンチェルト・グロッソ』A面もフィードバック・ギターとドラムスの大暴れによってロック・バンドがオーケストラと乱闘しています。

 ですが音楽国イタリアではロック・バンドに負けず劣らずオーケストラも狂暴で、バンドが煽ればオーケストラも号泣する、オーケストラが沸騰すればバンドも暴れる、と素晴らしい親和性を見せるのがトロルスのアルバムの聴きどころになっています。『コンチェルト・グロッソ』ではバンドにフルート奏者がいるため弦楽オーケストラですが、ギターも出番ごとに細かいトーンの切り替えがあり、リハーサル段階でのサウンド設計の入念さがうかがえます。ニコのギターは第一楽章「アレグロ」ではフルートとともに導入部として、第二楽章「アダージョ」はこの組曲全体のテーマを提示する泣きのパートを担当し、第三楽章「カデンツァ」は後半部のアンダンテになって大泣きに盛り上がります。バンドだけの第四楽章「シャドーズ」は構成を変えた「アダージョ」のバンドだけによるヴァージョンで、フルートがダーティでもあればリリカルに、表情豊かにギターと掛けあいを聴かせます。ヴォーカルはヴィットリオでニコよりも淡々としたスタイルですが、英語詞でシャウトするとジョー山中そっくりです。以上A面がオーケストラ競演の『コンチェルト・グロッソ』のタイトル曲サイドになりますが、確かにA面はトロルスが主役のアルバムではあってもバカロフの作・編曲がなければ成り立たなかったものでしょう。

 B面の全編インプロヴィゼーションは評価というより好みが分かれる内容で、ドイツのバンドのように音響的な発想ではなく、フランスのバンドのように演劇的発想でもない折衷的なものです。インプロヴィゼーションといってもヴォーカル・パートとアンサンブルをテーマとしたインスト・パートの対比で進行していくので、やっぱりイタリア人には音楽は歌なんだなと感心する一方、インプロヴィゼーションというよりはストックしたレパートリーからの即興メドレーのように聴こえます。メドレーを基本に自由度を高くしていったのがここでのインプロヴィゼーションで、トロルスが確実に強い影響を受けたと思われる、ジェスロ・タルが同時期にやっていた手法に、トロルスも無意識にたどり着いたような印象を受けます。なのでこのアルバムはA面最後の「シャドーズ」がB面を予告しながらも、A面とB面ではまるで別バンドの別アルバムを合わせたようなのですが、その意味でもシングル曲をボーナス・トラックに配して締めくくった旧規格CDは気が利いていました。シングル曲「頬を濡らすしずく」には『コンチェルト・グロッソ』A面のトロルスもB面のトロルスも同居・統一されているからです。しかもこのシングル(AB面8分半で1曲)はトロルスのアルバム未収録曲でも屈指のヘヴィ・ロックの名曲とされ、シングル独自曲には珍しくヴェネツィア音楽祭のライヴ録音によるものです。ジャズ・ロックからクラシカル・ロック、ハード・ロックプログレッシヴ・ロックと何でもやった挙げ句、'70年代半ばからは再びデビューから初期のポップ路線に戻っては何でもあり路線をくり広げるトロルスですが、この曲は『コンチェルト・グロッソ』を一枚のアルバムに統一するにふさわしい内容です。このアルバムをお聴きになる方にはボーナス・トラック入りの旧規格盤CDをお勧めするゆえんです。ライナー・ノーツもアナログLP時代に書かれた、このアルバムが稀少盤だった時代に日本発売に奔走した伊藤正則氏による、ロックのアルバムのライナー・ノーツはこうじゃなければと手を打ちたくなるような、身を焦がすような名文が転載されています。アルバム本編の方はリマスターされた現行盤の方がいいのですが、お聴きいただければ旧規格盤CDは「頬を濡らすしずく」収録によってアルバム全編がひと回り大きくなっているのがわかります。
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New Trolls - 頬を濡らすしずく La Prima Goccia Bagna il Viso (D'Adamo, Di Palo, De Scalzi) (Fonit Cetra SP1460, 1971) : https://youtu.be/L-80f4HWMSk - 8:33

(旧稿を改題・手直ししました)