人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

蜜猟奇譚・夜ノアンパンマン(21)

 第三章。
 地獄と現実の地続きのような夢から目醒めると(アンパンマンはいつも現実的、または地獄の夢しかみません。かまどから生まれてきたからかもしれません)、しばらくしてアンパンマンは自分が乳頭になっているのに気づきました。それまではどこかからだの具合がおかしいな、しかしアンパンマンの場合は頭だって交換可能ですから、からだが変形することだってあるだろう、でなければからだに何か異常があって臨時に頭だけ別のからだに載せられているのかもしれない。どっちみちジャムおじさんが治してくれるだろう、とアンパンマンはもう少しうたた寝を決め込み、寝返りを打とうとしましたが、重心の移動がうまく行きません。アンパンマンは介護保健福祉士の資格を取得しているので(国際的には通用しませんが、それを言えば資格のほとんどがそうです)、寝たきりの病気やお年寄りのお世話をした経験もあり、リハビリテーションのお手伝いをしたこともありました。どうもぼくのからだは、今寝たきりの状態に近くなっているみたいだぞ、とアンパンマンは思いました。
 とにかく今、自分がどういう格好で寝たきりになっているか、とアンパンマンはからだのあちこちを部分的に力んでみて、どこを力んでも均等にしか力が入らず、どうも自分はうつ伏せでもあお向けでもない、ましてや横向きでもないのに気づいて事態がすでに尋常ではないのを知りました。それでもまだアンパンマンは、これは寝たきりだが、無意識な状態でのカタレプシーによるものではないか、と考えていました。カタレプシーとは、受動的にとらされた姿勢を保ち続け、自分の意思で変えようとしない状態をいいます。これは緊張病症候群の一つで、意欲障害に基づくものとされ、パーキンソン病てんかん統合失調症など、特定の神経障害または状態の症状であるとされています。アンパンマンジャムおじさんが寝ておれ、と命じればいつまでも寝ているでしょう。アンパンマン自身は単純なロボット的ヒューマノイドではありませんが、かえってアンパンマン自身の意思があるだけストレスが発生する可能性もあり、正義漢もつらいのです。
 それからアンパンマンは今、通常の視界はあり、音も聞こえ、声も出せるようなのに、どうやら自分には目も耳も口もないのに気づくのと、四肢すらもないのに気づくのがほぼ同時でした。あまりのことに、にわかにはとうてい信じられないことでした。