人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

Milt Jackson and John Coltrane - Bags & Trane (Atlantic, 1961/1988)

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Milt Jackson and John Coltrane - Bags & Trane (Atlantic, 1961/1988) Full Album : https://youtu.be/i-PlqGQexyE
Recorded at Atlantic Studios, New York City, January 15, 1959
Originally Released? Atlantic SD1368 July 1961, CD Reissued 1988
[1988 CD (with bonus tracks)]
1. Stairway to the Stars (Malneck, Parish, Signorelli) - 3:32
2. The Late Late Blues (Milt Jackson) - 9:35
3. Bags & Trane (Milt Jackson) - 7:25
4. Three Little Words (Harry Ruby, Bert Kalmar) - 7:29
5. The Night We Called It a Day (Matt Dennis, Tom Adair) - 4:22
6. Be-Bop (Dizzy Gillespie) - 8:00
7. Blues Legacy (Milt Jackson) - 9:04
8. Centerpiece (Harry Edison, Bill Tennyson) - 7:06
[ Personnel ]
Milt Jackson - vibraphone
John Coltrane - tenor saxophone
Hank Jones - piano
Paul Chambers - bass
Connie Kay - drums

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 (Original Mono Atlantic"Bags & Trane" LP Front Cover)
 このアルバムはジョン・コルトレーン(テナーサックス、1926~1967)のアトランティック・レコーズ移籍第1弾だが、共同名義とはいえミルト・ジャクソン(ヴィブラフォン、1923~1999)の方が先になっており、音楽的にもミルトをリーダーとしたアルバムになっている。テナーではなくヴィブラフォンがテーマ・メロディを担当する曲がほとんどなのもミルト・ジャクソン主役のアルバムなのを物語る。アトランティック側にすれば、コルトレーンの腕試しの意図があったかもしれない。もっとも、発売順ではこのアルバムはコルトレーンのリーダー名義のアルバムより後になった。コルトレーンの1959年~1961年のアトランティック契約時代のアルバムを発売年代順に上げると、

1. Giant Steps (1960.1/rec.1959.4,5,12)
2. Coltrane Jazz (1961.2/rec.1959.11,12, 1960.10)
3. My Favorite Things (1961.3/rec.1960.10)
4. Bags and Trane (1961.7/rec.1959.1)
5. Ole Coltrane (1962.2/rec.1961.5)
(additional release)
6. Coltrane Plays the Blues (1962.7/rec.1960.10)
7. Coltrane's Sound (1964.6/rec.1960.10)
8. The Avant-Garde with Don Cherry (1966/rec.1960.6,7)
9. The Coltrane Legacy (1970.4/posthumous release)

 と、8枚+拾遺集1枚が数えられる。実際の録音順では4、1、2、8、3、7、6、5の順になるがLP時代ではアルバム8枚+アウトテイク集『コルトレーン・レガシー』があって、現行CDではアウトテイクは8枚のオリジナル・アルバムのボーナス・トラックになっている。5以降はコルトレーンがインパルス・レーベルに移籍した61年後半後にまだ未発表だったアルバムを発売したもので、60年7月録音の8などは発売が6年後に持ち越された。60年10月などはアルバム3枚分を21、24、26の3日で録音(アルバム3、5、6)し、入りきらない分を先行発売の2に1曲収録している。今回ご紹介している『バグス&トレーン』も元々は8曲録音されたうち5曲を選んだのがオリジナルLPになり、後に『コルトレーン・レガシー』で発表された未発表曲3曲を加えたCDヴァージョンになる。オリジナルLPではこうなっていた。
(Side one)
1. Bags & Trane (Milt Jackson) - 7:25
2. Three Little Words (Harry Ruby) - 7:29
3. The Night We Called It a Day (Matt Dennis) - 4:22
(Side two)
1. Be-Bop (Dizzy Gillespie) - 8:00
2. The Late Late Blues (Milt Jackson) - 9:35

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 (Original Atlantic "Bags & Trane" LP Liner Notes)
 オリジナルLPでは36分51秒、3曲追加してコンプリート盤にしたCDでは56分33秒になる。アルバムの統一感では全5曲でコンパクトにまとめ、曲順も配慮されているオリジナルLPが優れるが、実際のセッションでの録音順に8曲を収めただけのCDも曲の流れが自然で、スタンダードとミルト・ジャクソン自作のオリジナル・ブルースが適度に交互に並ぶ構成はLPでも演奏順のCDでも変わりない。ヴィブラフォンがテーマをとる名スタンダード『星へのきざはし』が名演なのにオリジナル盤では外されたのはミルトとコルトレーンのバランスをとったものだろう。ミルトのオリジナル曲はだいたいブルースで、代表曲にはスタンダードになった『バグス・グルーヴ』(ちなみにバグスは目の下の眼袋と呼ばれるたるみで、眼袋のたっぷりしたミルトのニックネーム)があるが、サヴォイ・レーベルに残した名盤『オパス・デ・ジャズ』1956などは全4曲中ホレス・シルヴァーの『オパス・デ・ファンク』、スタンダード『ユー・リーヴ・ミー・ブレスレス』はともかく、サヴォイのプロデューサーのオジーカデナ名義のブルース2曲がテーマなしの即興ブルースで、名盤ながらもジャズマンのブルースの安易さの例に上げられることが多い。『バグス&トレーン』ではブルースでも安易さが感じられないのはメンバーの組み合わせによるのも大きいだろう。ミルト・ジャクソンジョン・コルトレーンハンク・ジョーンズポール・チェンバースの揃い踏みなのだ。このアルバムと同一メンバーのセッションによるアルバムは他にないのも『バグス&トレーン』の聴きどころになっている。

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 (Original Atlantic "Bags & Trane" LP Side 1 Label)
 ミルト・ジャクソンコルトレーンの組み合わせは一見新旧世代の交流セッションに見えるが、実際はキャリアの初期にミルトとコルトレーンディジー・ガレスピー(トランペット、1917~1993)のバンドの同僚だった。1949年~1950年には15~17人編成のビッグバンドだったのだが経営難に陥り、1951年からはガレスピーコルトレーン、ミルト、パーシー・ヒース(ベース、1923~2005)を固定メンバー、にケニー・バレル(ギター、1931~)やジョン・ルイス(ピアノ、1920~2001)、ケニー・クラーク(ドラムス、1914~1984)、アート・ブレイキー(ドラムス、1919~1990)らを加えたセクステット~セプテットで活動していた。1951年はコルトレーンと同年生まれのマイルス・デイヴィスの『ディグ』の年で、『ディグ』は参加したブレイキー、ジャッキー・マクリーン(アルトサックス、1931~2006)、ソニー・ロリンズ(テナーサックス、1930~)にとっても初LPで出世作になり、コルトレーンが注目されるのも1955年のマイルス・クインテット参加を待つことになる。1952年にミルト・ジャクソン・カルテットとして始まり、ジョン・ルイスをリーダーにモダン・ジャズ・カルテットと改名したそのカルテットへの参加によってミルトはジャズ界でも別格的存在になった。
 ディジーのバンドは後になって見ればすごいメンバーだった。MJQのオリジナルメンバーが全員いる。組合の罰則規定で禁止されていなければ、セロニアス・モンク(ピアノ、1917~1982)も呼ばれたのではないか。また、ハンク・ジョーンズ(ピアノ、1918~2010)やレイ・ブラウン(ベース、1926~2002)が当時のガレスピーセクステット~セプテットに出入りしていてもおかしくない(リズム・セクションはかけもちも多い)。ガレスピーは気さくで誰からも愛されていたから、チャーリー・パーカーバド・パウエルが乱入した夜もあったかもしれない。10年にも満たないけれど、1950年のジャズ界と1959年のジャズ界では大きく変わった。『バグス&トレーン』が素朴な感動を呼び起こす好作になったのは、そうした熟成期間があったからだろう。10年足らずの間にさまざまな変化があり、出世したジャズマンもいれば相変わらずぱっとしないジャズマンもいて、没落してしまったジャズマンもいれば早逝したジャズマンも山ほどいた。音楽だけがジャズマンたちをつないでいた。

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 (Original Atlantic "Bags & Trane" LP Side 2 Label)
 このアルバムをモダン・ジャズと呼べるのか、1曲目の『星へのきざはし』でおお、となり2曲目ブルース、3曲目もブルース、4曲目スタンダードと進んでいくと、ハンク・ジョーンズの不思議なピアノに耳がいく。ミュート・ペダルと打鍵のタイミングで、ギターが刻んでいるようなコード・ワークがあちこちで聴ける。コードの構成音も通常とは違う。ヴィブラフォンがテーマ演奏している時はほとんどピアノは弾かない。ソロも朴訥としたものだが、存在感がある。一般的なバド・パウエル系のバップ・ピアノではないし、感覚が新しいかといえばむしろ古いのだが、位置づけできない新鮮さがある。ハンク・ジョーンズは『バグス&トレーン』以前にコルトレーンとは『Blue Trane』(Blue Note, 1957)、ミルトとは『Opus de Jazz 』(Savoy, 1956)、『The Jazz Skyline 』(Savoy, 1956)、『Bags & Flutes](Atlantic, 1957)で共演している。また、ベースのポール・チェンバース(1935~1969)の『Bass on Top』(Prestige, 1957)にも参加している。
 チェンバースは言わずと知れたマイルス・デイヴィスクインテットのベーシストで出張セッションも多く、50年代後半を代表する引っ張りだこの名手だった。チェンバースのミルト作品への参加は『Bags' Opus](United Artists, 1958)があり、ミルトの『Statements』(Impulse!, 1962)にはハンク、チェンバース、コニー・ケイ(ドラムス、1927~1994)が揃って参加している。このコニー・ケイが問題で、聴けばわかるが4/4拍子を4/4拍子にしか叩けない、大味というか足踏みで拍子を取っているんじゃないかというか、面白くも何ともないというか、Cornyというのはコニー・ケイに由来する形容詞なんじゃないかというくらい、なぜか一流メンバーに交じってドラムスだけ明らかに格が落ちる。1955年にケニー・クラークの後任としてMJQに加入、終身雇用だったが、ケイの後任アルバート・ヒース(パーシー・ヒースの弟)をもっと早く入れた方が良かった。だがコニー・ケイは案外愛された人で、60年代半ばまでのミルト・ジャクソンのリーダー作ではほとんど、その他ポール・デスモント、ビル・エヴァンスなどMJQの頭脳ジョン・ルイスが目をかけた白人ジャズマンにも重用されている。その場合でもパーシー・ヒースと組むことが多く、ヒースの絶妙のウォーキング・ベースやチェンバースのどっしりしたスウィング感がなければ、ちょっと様にならないようなドラマーだった。このアルバムでもコニー・ケイのプレイが欠点となっている場面が多いのは否めない。

 各種音楽サイトを参照すると、この『バグス&トレーン』はだいたいどこでも満点の評価を受けている。星五つ評価なら五つ、10点満点評価なら10点、SABC評価ならSpecial(またはSurpurb)。だがこのアルバムはミルト・ジャクソンの代表作でもなければジョン・コルトレーンの代表作とも言えない。コルトレーンにはプレスティッジ時代にも『ケニー・バレルジョン・コルトレーン』(1958年録音・1963年発売)という似た趣向のアルバムがあり、またインパルス時代にも『デューク・エリントンジョン・コルトレーン』(62年録音・63年発売)、『ジョン・コルトレーン&ジョニー・ハートマン』(63年録音・発売)があり、ミルト・ジャクソンレイ・チャールズコールマン・ホーキンスレイ・ブラウンウェス・モンゴメリーとの共作など、器楽ならもちろんヴォーカリストとの共作は珍しくない。
 ただ、ミルト・ジャクソンジョン・コルトレーンは1959年には相当かけ離れた音楽を指向しており、よりポピュラリティのあるミルトの土壌でも、コルトレーンコルトレーンらしさを損なわないで優れたアルバム作りに貢献できるのは、アトランティック録音第1弾としてレーベル側には実に安心できる結果だったろう。アトランティック移籍第2弾は全曲オリジナルからなる意欲作で野心作『ジャイアント・ステップス』になったが、これまでのコルトレーンで最大の実験でありながら聴きやすくまとまりが良い、テナーサックス奏法の革新すら含みながらノリノリの、普段ジャズを聴かない層でもかっこいい音楽に聴け、なおかつマニアやプロのミュージシャンをも唸らせる名盤になった。『バグス&トレーン』でも、テナーサックスのソロになるとテープの早回しみたいな高速フレーズが連続する箇所がどの曲にもあるが、プレスティッジ時代にほぼ完成し、『ジャイアント・ステップス』で広く世に知らしめることになったシーツ・オブ・サウンド(音の敷布)奏法がそれで、ただしコルトレーン自身のアルバムではバンド全体がコルトレーンの奏法に対応した演奏なのに、『バグス&トレーン』はメンバーはのんびりミルトのペースでやっている。それもこのアルバム全体の肩の凝らないムードに合っている。