人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

John Coltrane - Coltrane's Sound (Atlantic, 1964)

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John Coltrane - Coltrane's Sound (Atlantic, 1964) Full Album: http://www.youtube.com/playlist?list=PL1MWkj3cYCK1R1r9FUmdVIF_Fe1nRZV0f
Recorded at Atlantic Studios, New York City on October 24(A2,B1,B3), 1960; the remainder on October 26, 1960.
Released by Atlantic Records Atlantic
SD 1419, Late June/early July 1964
(Side one)
A1. The Night Has a Thousand Eyes ( Buddy Bernier, Jerry Brainin ) - 6:51
A2. Central Park West (John Coltrane) - 4:16
A3. Liberia (John Coltrane ) - 6:53
(Side two)
B1. Body and Soul ( Edward Heyman, Robert Sour, Frank Eyton, Johnny Green) - 5:40
B2. Equinox (John Coltrane ) - 8:39
B3. Satellite (John Coltrane) - 5:59
[ Personnel ]
John Coltrane - tenor saxophone and soprano saxophone on "Central Park West"
McCoy Tyner - piano expect B3
Steve Davis - bass
Elvin Jones - drums

 本作はジョン・コルトレーン(1926-1967)がアトランティック社専属時代に録音されたが、発売はコルトレーンのインパルス社移籍後になった。コルトレーンのアトランティック社へのアルバムは、発表順にリストにすると、
●Atlantic Era (1959-1961)
・1960-01; Giant Steps (rec.1959-05-04, 1959-05-05, 1959-12-02)
・1961-02; Coltrane Jazz (rec.1959-11-24, 1959-12-02, 1960-10-02)
・1961-03; My Favorite Things (rec.1960-10-21, 1960-10-24, 1960-10-26 )
・1961-12; Milt Jackson - Bags & Trane (rec.1959-01-15)
・1962-02; Ole Coltrane (rec.1961-05-25 )
(Released after Atlantic Era Albums)
・1962-07; Coltrane Plays the Blues (rec.1960-10-24)
・1964-06; Coltrane's Sound (rec.1960-10-24, 1960-10-26)
・1966-00; The Avant-Garde (co-leader with Don Cherry) (rec.1960-06-28, 1960-07-08)
・1975-03; Alternate Takes (Various Atlantic Outtakes)
 アトランティック社との契約は1959年と1960年だったので、1961年録音の「Ole Coltrane」はインパルス社へ移籍した後にリリース枚数満了のために作られたアルバムで、録音後急いで発売された。アウトテイク集はアナログ盤時代にはボーナス・トラック収録できなかった別テイク、アルバム未収録曲集だからCD化以降は各アルバムに分散収録されている。「Bags & Trane」はミルト・ジャクソンの、また共作名義の発売だが「The Avant-Garde」はドン・チェリーのアルバムとして制作されたものだから、コルトレーン自身のアルバムは6枚になる。
 録音年月日を見ると「Giant Steps」セッション(1959年5月)の半年後に「Coltrane Jazz」セッション(1959年11月・12月)が行われ(ただし一部混合している)、「My Favorite Things」「Coltrane Plays the Blues」「Coltrane's Sound」は1960年10月21日、24日、26日の集中セッションから編まれたものとわかる。「The Avant-Garde」は1960年6月・7月で、「Coltrane Jazz」と60年10月セッションの間になる。また「Bags & Trane」は「Giant Steps」に先立つアトランティックへの初録音だが発売は「Giant Steps」「Coltrane Jazz」「My Favorite Things」の次、「Ole」「Plays the Blues」「Coltrane's Sound」の前になったのはアトランティック社のアピールの巧妙さを感じさせる。アトランティックはインディーズのプレスティッジ、大手レコード会社傘下の新設レーベルだったインパルスのようにジャズ専門レーベルではなく、黒人大衆音楽全般を扱っていたインディー・レーベルが大手レコード会社の配給網と提携していた中堅的な位置にあった。コルトレーンも明らかにプレスティッジ時代よりも広範なリスナーを意識したアルバム制作に意欲的に取り組んでおり、アトランティック時代ならではの成果を残している。
 (Original Atlantic "Coltrane's Sound" LP Liner Notes)

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 また、アルバム制作についてそれまでのコルトレーンのアルバムでリハーサルが行われたと思われるのはブルー・ノート社との単発契約作品『Blue Trane』だけで、プレスティッジはリハーサルなしにリーダーによる指示だけのぶっつけ本番で録音し(凝ったアレンジや構成の場合やオリジナル曲では楽譜も用意された)、このヘッド・アレンジはジャズの面白さである即興性の上では長所もあったが、ツメの甘さ、冗長さ、粗雑さなどの弊害も大きかった。サヴォイやプレスティッジはリハーサルしたりリテイクする時間があるなら1曲でも多く録音せよ、という方針だったし、ベツレヘムやリヴァーサイドはヘッド・アレンジではあってもOKテイクまで可能な限り時間をかけ、ブルー・ノートは本番の録音日に先立ってリハーサル・セッションを設けてリハーサル日のギャラもジャズマンに支払い、しかもアルバム内容をジャズマン自身の発案に任せた。ブルー・ノートはインディーズとしては異例だった。アトランティックに移籍後は、ゲスト参加作の「Bags & Trane」と「The Avant-Garde」を除いたコルトレーン自身のアルバムは、すべてリハーサルなしでは不可能な内容になっている。インパルスに移籍後は逆に意図的にセッション的なアルバムも挟むようになるので、アトランティックの6作には独自の完成度が感じられる。録音もプレスティッジやブルー・ノート、またインパルスでも依頼していたフリーランスのルディ・ヴァン・ゲルダーとヴァン・ゲルダー所有スタジオでなく、アトランティック時代だけがアトランティック社の社内スタジオで社内エンジニアのトム・ダウドが勤めており、ダウドは後にアトランティックの大プロデューサーになるほどもともとはポピュラー畑の人だった。だからアトランティックのコルトレーン作品はプレスティッジやインパルス時代よりもポピュラー寄りの安定感のある録音で聴きやすい。
 だがポピュラー寄りとはいえアトランティック時代のアルバムも時代の先を行くもので、コルトレーンは働き盛り(40歳)で急逝したが作品数は膨大で、生前の作品発表は録音順とはかけ離れていたために、没後には作品の順列は録音順に整理されて聴かれるようになった。だが生前の発表時期は重要で、このアルバムのA1は後進のテナー奏者に愛され、1964年録音のウェイン・ショーター「Yes or No」(アルバム『Ju Ju』収録)、ジョー・ヘンダーソン「Night and Day」(アルバム『Inner Urge』収録)に影響が現れている。1964年のコルトレーンは6月に『Crescent』、12月に『A Love Supreme』を録音して大きな転機を迎えており、翌年の爆発的な創作活動の予兆を見せている。むろん余命3年もないことは誰も予期していなかった。それほどコルトレーンのスタイルが変貌していた時期に、5年前の録音の『Coltrane's Sound』が新鮮な新作として通ったのは当時どれほどコルトレーンの作風が新しいジャズの指針として聴かれていたかを物語る。
 (Original Atlantic "Coltrane's Sound" LP Side 1 Label)

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 アナログ時代の旧邦題はA1から取って『夜は千の眼を持つ』と呼ばれたほどA1は鮮やかな解釈で、原作はコーネル・ウールリッチ(別名ウィリアム・アイリッシュでも有名)が数少ないジョージ・ホプレイGeorge Hopley名義で発表したサスペンス小説(1945年)の映画化主題歌だった(1948年)。ビング・クロスビー(ヴォーカル)のレパートリーになり、ジャズマンではコルトレーンに先立ちホレス・シルヴァー(『Silver's Blue』1956.7)、コルトレーンより録音は後だが発売は先になったソニー・ロリンズ(『What's New?』1962.4)、コルトレーン盤の発売を受けた時期にロリンズ盤でもギターを弾いたジム・ホールの参加でアレンジを踏襲したポール・デスモント(『Bossa Antigua』1964.7)などいずれも素晴らしい。だが他のジャズマンに影響力を持ったヴァージョンはコルトレーンが唯一になった。これは演奏の優劣というよりも、コルトレーンのアプローチが若手テナー奏者にはもっとも訴えかけたということだろう。ロリンズやデスモントのヴァージョンもワン&オンリーの魅力を放っているが、逆に言えばワン&オンリーすぎてそこから学び、発展させるには完成されすぎている。
 A1がロリンズ、コルトレーン、デスモントらによって新しくスタンダードになった曲ならば、1930年の気で「ジャズ・テナーの父」コールマン・ホーキンス(1904-1969)の1939年ヴァージョンがジャズ史上に決定的名演として輝くB1「Body and Soul」はいわば管楽器、なかんずくサックス(テナーの場合は必須)奏者の試金石とも言うべき名曲で、器楽ジャズとヴォーカル・ヴァージョンが拮抗するくらい誰からも愛されている曲になる。アトランティックの1960年10月セッションは初めてマッコイ・タイナー(ピアノ/1938-)、エルヴィン・ジョーンズ(ドラムス/1927-2004)が加わった録音で、コルトレーンはこの2人をバンドのレギュラー・メンバーに望んでいたのがやっと実現した(ベースがジミー・ギャリソンに決定するのはインパルス移籍後になる)。この曲のメリハリの効いたアレンジや鮮やかなキメもプレスティッジの主にレッド・ガーランドとのセッション録音や、アトランティック初期の「Giant Steps」「Coltrane Jazz」がトミー・フラナガンウィントン・ケリーなど手練れのピアニストには要求できなかっただろう。マッコイ、エルヴィンというピアニストとドラマーを得て、バンド全体をコルトレーンサウンドにするのが、1961年10月セッションの『My Favorite Things』『Coltrane Plays the Blues』『Coltrane's Sound』3部作でようやく実現したのを「Body and Soul」ほど堂々と宣言した演奏はない。
 (Original Atlantic "Coltrane's Sound" LP Side 2 Label)

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 アルバムの後4曲はコルトレーンのオリジナル曲になるのだが、3回のセッションからアルバム3枚に分割して先に『My Favorite Things』『Coltrane Plays the Blues』の2枚が出ているのに、『Coltrane's Sound』の出来の良さには驚く。スタンダード曲集『My Favorite Things』も、演奏は充実、楽曲はやや渋い『Coltrane Plays the Blues』もコンセプトがあり、その点では『Coltrane's Sound』はコンセプトの統一はないのだが、AB面とも1曲目にスタンダードを置き2、3曲目には意欲的なオリジナル曲を演奏しているので、アルバムの緩急ではむしろ『My Favorite Things』『Coltrane Plays the Blues』を上回るバンド作品になっているのではないか。A2のソプラノ・サックスのバラード、B2の重いリフ・ブルースも瑞々しい名演で、コルトレーンのオリジナル曲の代表曲になっている。また意図的にサブ・トーン(息もれ)を混ぜた音色はこれまでのコルトレーンがあえて禁じ手にしてきたことだった。
 A3とB3は実験的な演奏で、A3はコード・チェンジをシンプルにしてモード手法の楽曲にしているが、30分あまりのライヴ・ヴァージョンも残されている「A Night in Tunisia」(ディジー・ガレスピー)の改作。マイルスのバンドやプレスティッジ時代の抑制はどこへの捨て身の演奏で、「Giant Steps」でもまだ禁じ手にしていたサブ・トーンを駆使しているのが大きな変化で、これだけ吹き倒すようなプレイをするためには音色の変化も厭わなくなったのだろう。インパルス時代のサウンドがすでに現れてきており、アルバム収録が遅れたのも先進的すぎたのかもしれない。B3も過激なピアノレスのテナー、ベース、ドラムスだけの演奏で、チャーリー・パーカーの「Ornithology」の原曲としても有名なスタンダード「How High the Moon」のコード進行に乗せた改作で、だからタイトルも「Satellite」とわかりやすくなっている。ただし曲は寸分のスキもない高速アドリブの爆走が圧倒的で、A3のモード手法に対してB3はコード進行の細分化によるシーツ・オブ・サウンド奏法(ビバップからの発展だが)になるが、1960年秋にはこれは急進的すぎて1964年でも最新作で通るものだった。オーネット・コールマンに刺戟された1960年春から半年ほどで、コルトレーンは自分のスタイルの革新を成し遂げていたことになる。3部作のうちもっとも先進的な本作の発表が後回しになったのも、順当だったのかもしれない。