人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ジョン・コルトレーン John Coltrane - ソウルトレーン Soultrane (Prestige, 1958)

ジョン・コルトレーン - ソウルトレーン (Prestige, 1958)

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ジョン・コルトレーン John Coltrane - ソウルトレーン Soultrane (Prestige, 1958) Full Album : https://youtu.be/Yww2SCXmtE8
Recorded at The Rudy Van Gelder Studio, Hackensack, New Jersey, February 7, 1958
Released by Prestige Records PRLP-7142, Mid October 1958

(Side A)

A1. Good Bait (Tadd Dameron) - 12:08
A2. I Want to Talk About You (Billy Eckstine) - 10:53

(Side B)

B1. You Say You Care (Leo Robin, Jule Styne) - 6:16
B2. Theme for Ernie (Fred Lacey) - 4:57
B3. Russian Lullaby (Irving Berlin) - 5:33

[ Personnel ]

John Coltrane - tenor saxophone
Red Garland - piano
Paul Chambers - bass
Art Taylor - drums

(Original Prestige "Soultrane" LP Liner Cover & Side A Label)

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 ジョン・コルトレーン(テナー&ソプラノサックス・1926-1967)が1957年の初アルバムから没年の遺作まで、足かけ11年・正味10年間に残したアルバムは、没後発表になった作品を含めて生前のコルトレーンの意志によるアルバムだけで45枚あまりあり、共同リーダー作やジャムセッション作、他のジャズマンの作品への参加作、さらにラジオ放送音源などの正式なライヴ音源の発掘を加えると10年間の間にさらに100枚あまりのアルバムを数えることができます。おおよそレーベル別でリーダー作の数を分けると、

・プレスティッジ時代(1957年-1958年) - 12枚(+ブルー・ノート1枚、サヴォイ2枚)
・アトランティック時代(1959年-1961年) - 8枚
・インパルス時代(1962年-1967年) - 32枚(うち17枚没後発表、2LP『Live in Seattle』、6LP『Concert in Japan』などは1枚と数える)

 と、とんでもない回数の録音を残しています。インパルス時代などは多くても年間3枚の適正な発売ペースに創作意欲が待ちきれず、1965年などは月間1枚のペースでアルバムを制作し、生前発表はそのうち3枚だけになりました。これだけの録音を残せたのはコルトレーンが実力者だっただけではなく、レコード会社が作りたいだけアルバム制作させてもいずれ制作ペースが落ちた時に未発表アルバムを出しても必ず売れるほどの人気アーティストだったからでもあります。

 マイルス・デイヴィスのバンドから独立したコルトレーンはたちまち若手黒人ジャズマンのヒーロー的存在となり、マイルスをしのいで黒人ジャズの未来を背負って立つカリスマとなりました。コルトレーンとも共演経験のあるベーシストのレジー・ワークマンによれば、年に2枚~3枚発売されるコルトレーンの新作は'60年代の黒人ジャズマンにとって単なるレコードを越えた「The Book」(「聖書」「教典」に近いニュアンス)として熱心に聴かれ、論議され、コピーされていたといいます。日本のジャズ・リスナーにも同様で、コルトレーンの名はマイルス・デイヴィスセロニアス・モンクと並んでモダン・ジャズの代名詞となり、大衆的人気はアート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズホレス・シルヴァーらが高かったものの、チャールズ・ミンガスコルトレーンには黒人ジャズの反逆的な思想性とインテリジェンスがあるものと見なされました。その反動で1980年代~90年代にはジャズ喫茶では「コルトレーンとミンガスのリクエストお断り」というお店も多かったくらい、ミンガスと並ぶコルトレーンのカリスマ人気は高いものでした。またミンガスとコルトレーンはおたがいの音楽を嫌いあっており、共演経験が一切ないのも面白い現象でした。

 これだけアルバムがあると、ジャズの品揃えの良いCDショップや大型輸入・中古CDショップにはジョン・コルトレーンのコーナーには100種類以上ものアルバムが並んでいるのも珍しくありません。筆者が初めて聴いたコルトレーンのアルバムはユナイテッド・アーティスツ盤『Coltrane Time』で、初めて買ったのはヒストリック・パフォーマンス盤のラジオ放送音源ライヴでしたが、内容はエリック・ドルフィー参加時期の素晴らしいもので、それも目当てだったものの本来ラジオ用放送音源を最初に買うには不適当でしょう。『Coltrane Time』は音楽の先生にカセット・テープに録音してもらったものでしたがこれも実はコルトレーンのアルバムではなくて、セシル・テイラー(ピアノ・1929-2018)の『Hard Drivin' Jazz』というコルトレーン参加のアルバムが廃盤になった後、コルトレーンの人気に当て込んでコルトレーンのアルバムとして改題して再発売されたものでした。そこで復習と参考のために正式なコルトレーンのアルバムをレコード会社順と発売順にまとめてみました。

●Prestige Records Era (1957-1958)
・1957-Late; Coltrane (rec.1957-05-31)
・1958-02; Blue Trane (rec.1957-09-15)*Blue Note Records
・1958-03; John Coltrane with the Red Garland Trio / Traneing In (co-leader) (rec.1957-08-23)
・1958-Summer; Tanganyika Strut (co-leader with Wilbur Harden) (rec.1958-05-13, 1958-06-24)*Savoy Records
・1958-10; Soultrane (rec.1958-02-07)
(Released after Prestige Era Albums)
・1959-02; Jazz Way Out (co-leader with Wilbur Harden) (rec.1958-06-24)*Savoy Records
・1961-03; Lush Life (rec.1957-05-31, 1957-08-16, 1958-01-10)
・1961-12; Settin' the Pace (rec.1958-03-26)
・1962-10; Standard Coltrane (rec.1958-07-11)
・1963-03; Kenny Burrell & John Coltrane (co-leader) (rec.1958-03-07)
・1963-09; Stardust (rec.1958-07-11, 1958-12-26)
・1964-04; The Believer (rec.1957-12-20, 1958-01-10, 1958-12-26)
・1964-08; Black Pearls (rec.1958-05-23)
・1965-05; Bahia (rec.1958-07-11, 1958-12-26)
・1966-01; The Last Trane (rec.1957-08-16, 1958-01-10, 1958-03-26)

●Atlantic Records Era (1959-1961)
・1960-01; Giant Steps (rec.1959-05-04, 1959-05-05, 1959-12-02)
・1961-02; Coltrane Jazz (rec.1959-11-24, 1959-12-02, 1960-10-02)
・1961-03; My Favorite Things (rec.1960-10-21, 1960-10-24, 1960-10-26 )
・1961-12; Milt Jackson - Bags & Trane (co-leader) (rec.1959-01-15)
・1962-02; Ole Coltrane (rec.1961-05-25 )
(Released after Atlantic Era Albums)
・1962-07; Coltrane Plays the Blues (rec.1960-10-24)
・1964-06; Coltrane's Sound (rec.1960-10-24, 1960-10-26)
・1966-00; The Avant-Garde (co-leader with Don Cherry) (rec.1960-06-28, 1960-07-08)
・1975-03; Alternate Takes (Various Atlantic Sessions Outtakes)

●Impulse! Records Era (1961-1967)
・1961-11; Africa/Brass (rec.1961-05-23, 1961-06-07)
・1962-03; Live! at the Village Vanguard (rec.1961-11-02, 1961-11-03)
・1962-08; Coltrane (rec.1962-04-11, 1962-06-19, 1962-06-20, 1962-06-29)
・1963-01; Ballads (rec.1961-12-21, 1962-09-18, 1962-11-13)
・1963-02; Duke Ellington & John Coltrane (co-leader) (rec.1962-09-26 )
・1963-07; Impressions (rec.1961-11-05, 1962-09-18, 1963-04-29)
・1963-07; John Coltrane and Johnny Hartman (co-leader) (rec.1963-03-07 )
・1964-04; Live at Birdland (rec.1963-10-08, 1963-11-18)
・1964-07; Crescent (rec.1964-04-27, 1964-06-01)
・1965-02; A Love Supreme (rec.1964-12-09 )
・1965-07; New Thing at Newport (split LP with Archie Shepp) (rec.1965-07-02)
・1965-08; The John Coltrane Quartet Plays (rec.1965-02-18, 1965-05-17)
・1966-02; Ascension (rec.1965-06-28 )
・1966-09; Meditations (rec.1965-11-23)
・1966-12; Live at the Village Vanguard Again! (rec.1966-05-28)
・1967-01; Kulu Se Mama (rec.1965-06-10, 1965-06-16, 1965-10-14)
・1967-09; Expression (rec.1967-02-15, 1967-03-07)
(Posthumous recordings)
・1968-01; Om (rec.1965-10-01)
・1968-Late; Cosmic Music (with Alice Coltrane) (rec.1966-02-02, 1968-01-29 )
・1969-00; Selflessness: Featuring My Favorite Things (rec.1963-07-07, 1965-10-14)
・1970-07; Transition (rec.1965-05-26, 1965-06-10)
・1971-00; Sun Ship (rec.1965-08-26 )
・1971-00; Live in Seattle (rec.1965-09-30)
・1972-07; Infinity (rec.1965-06-16, 1965-09-22, 1966-02-02)
・1973-00; Concert in Japan (rec.1966-07-22 )
・1974-09; Interstellar Space (rec.1967-02-22)
・1974-00; The Africa/Brass Sessions, Volume 2 (rec.1961-05-23, 1961-06-04)
・1977-5; Afro Blue Impressions (rec.1963-10-22, 1963-11-02 ) *Pablo Records
・1977-12; First Meditations (for quartet) (rec.1965-09-02)
・1979-00; The Paris Concert (rec.1962-11-00 )
・1980-00; The European Tour (rec.1962-11-00)
・1981-00; Bye Bye Blackbird (rec.1962 -Late Fall)*Pablo Records
・1995-10; Stellar Regions (rec.1967-02-15)
・1998-03; Living Space (rec.1965-06-10, 1965-06-16)
・2005-10; Live at the Half Note: One Down, One Up (rec.1965-03-26, 1965-05-07)
・2001-00; The Olatunji Concert: The Last Live Recording (rec.1967-04-23 )
・2014-09; Offering: Live at Temple University (rec.1966-11-11)
・2018-6-29; Both Directions At Once: The Lost Album (rec.1963-3-6)
・2019-9-27; Blue World (rec.1964-6-24)

 以上はコルトレーン名義の正式アルバムをリストにしたので、マイルス・デイヴィスのバンドメンバーとして参加したマイルスのアルバム、セロニアス・モンクのバンドメンバーとして参加したモンクのアルバムの他、他のジャズマンがコルトレーンをフィーチャリング・ソロイストとして迎えた多くのアルバムは含まれていません。コルトレーンはプレスティッジ時代はマイルスのバンドメンバーの傍らソロ名義のアルバムを制作していましたが、マイルスのバンドから独立してアトランティック専属になった1959年を境にゲスト参加は激減しますので、プレスティッジ時代を初期、アトランティックを中期、インパルス時代は長いのでインパルス時代だけでも3期に分けてインパルス初期(1961年~1963年)、インパルス中期(1964年~1965年)、インパルス後期(1966年~1967年)とした方がいいくらいですが、プレスティッジ、アトランティック、インパルスを通じて在籍期間に制作即発売するには多すぎるくらいの多作家だったのがリストからもわかります。プレスティッジ時代には12枚の自作アルバムを残しましたが、平行してほぼ20枚あまりもの他のアーティストのアルバムに参加しています。コルトレーンをジャズ史の巨人にしたのは凄まじい生産量によって蓄積した語法の過剰さでもありました。'60年代のポピュラー音楽はコルトレーンジョン・レノンの二人のジョンが担ったと言ってよく、ロック・ミュージシャンにとってビートルズの全アルバムが必聴のようにジャズ・ミュージシャンにとってはコルトレーンの全アルバムが必聴となっています。

 先にアトランティック時代のヒット作『My Favorite Things』1961やコルトレーンの初アルバム『Coltrane』1957を紹介しましたが、5年のうちにコルトレーンの作風は一変しています。『My Favorite Things』は初アルバムから5年目にしてすでに18枚目のアルバムになり(当時よくあることながら、コルトレーンの場合も同一セッションから複数アルバムを多産しているので数え方で異なりますが)、『My Favorite Things』すら歿年までに45枚あまりのアルバムを残したコルトレーン全アルバムの半ばにも達していないので、コルトレーン10年間の作風の変化はチャールズ・ミンガスの、やはり1956年~1965年の10年間に録音された約30枚の傑作群と較べても異彩を放つものでした。ベーシストであり作編曲家であるミンガスでは作風の深化として順次変化して跡をたどることができますが、アトランティック時代以降、特にインパルス以降に作曲家として開花したコルトレーンの場合は本来のインプロヴァイザー指向とせめぎあって、作曲と演奏に軋みが生じ始めています。それはスタンダード曲の解釈でも言えて、アトランティック時代に作曲家としてもスタンダード演奏でもバランスのとれたアーティストだったコルトレーンは、アルバム制作の全権を手にしたインパルス以降では作曲に対して演奏が過剰か、演奏に対して作編曲が過剰になるか徐々にバランスを崩して行っています。急逝する前年の日本公演のライヴ盤では全6曲240分、1曲平均40分という極端な演奏の長大化が進んでいます。全アルバムが45枚強、10年間だと年平均5枚近いアーティストでは、少なくとも各年で2~3枚ずつは聴かないと全体像が見えてきません。マイルスのように時期ごとのコンセプトが明快なアーティストか、モンクのようにあまり変化を求めないか、サン・ラやミンガスのような作編曲家タイプのバンドリーダーとは、コルトレーンは明らかに異質なアーティストでした。

 プレスティッジ時代のコルトレーンは初アルバムこそレーベルも凝ったプロダクションを許して大プッシュし、コルトレーンも全力を尽くしていましたが、プレスティッジの契約はアーティストの収益に不利でオリジナル曲の権利もレーベルが買い取るものでした。コルトレーンはブルー・ノート・レコーズにワンポイント契約した『Blue Trane』では全5曲中4曲オリジナル、トランペットとトロンボーンの3管アレンジも手がけたしたが、プレスティッジでは以後契約満了までオリジナルもアレンジも提供せずにアルバム制作を続けました。プレスティッジの方針は「良いリテイクより少しでも曲を多く」でしたので、1日のセッションから制作されたアルバムが本来のアルバム構想だったでしょう。余った曲を組合せて作ったアルバムは(初期セッションから統一感のある選曲がされた『Lush Life』は例外的ですが)だいたい寄せ集めの拾遺アルバムになっています。そうした事情から1セッションでアルバム1枚が制作された『Traneing In』『Kenny Burrell & John Coltrane』『Settin' the Pace』『Black Pearls』『Standard Coltrane』などが統一感の優れたアルバムですが、コルトレーンの場合ワンホーンが良く、プレスティッジではマイルス・デイヴィスのバンドの同僚でもあるレッド・ガーランド(ピアノ)がやはりマイルス・クインテットポール・チェンバース(ベース)と、マイルス・クインテットフィリー・ジョー・ジョーンズに代わってチェンバースの友人アート・テイラー(ドラムス)が常連ピアノ・トリオでした。ガーランドもチェンバースも優れたジャズマンですが、ガーランド・トリオとの共演では先輩ガーランドの仕切りが強く、奔放なフィリー・ジョーと几帳面なテイラーの違いが大きく感じられもします。

 プレスティッジ時代のアルバムでは最高の出来と定評のあるカルテット・アルバムの本作の録音はB3、B2、B1、A1、A2の順で行われています。スローなピアノ・トリオのテーマ演奏からコルトレーンの急速調のアドリブになだれこむB3はコルトレーン自身が更新するまで当時最速のテナーサックス演奏でした。B2はこの録音の2か月前に急逝したアーニー・ヘンリー(アルトサックス・1926-1957)への追悼曲で、テナーサックスはテーマのみを丁寧に歌い上げる名演です。B1はアイラ・ギトラーのライナーノーツによるとジャズ・ヴァージョンはこれが初になると指摘されています。ちなみにコルトレーンの高速演奏を「Sheets of Sound」と呼んだのもこのアルバムのギトラーのライナーノーツが嚆矢になるそうです。A1はビ・バップの名バンドリーダー、タッド・ダメロン(バンドにはアーニー・ヘンリーも在籍していました。コルトレーンもダメロン1956年11月のアルバム『Mating Call』に参加しています)と前世代の偉大なバンドリーダー、カウント・ベイシーの共作で、コルトレーンが在籍していたディジー・ガレスピーのバンドのレパートリーでした。コルトレーンとしてはリラックスした演奏ながらライヴァルのソニー・ロリンズの天衣無縫さとは異なる隙のないアドリブ・フレーズの巧さが堪能できます。A2は'60年代のインパルス中期までライヴの重要レパートリーになるバラードで、「黒いシナトラ」と呼ばれた黒人ヴォーカルの大物ビリー・エクスタイン(1914-1993)の代表的オリジナル・バラードです。このアルバムの録音された1958年2月の時点でコルトレーンはすでにアトランテックに移籍後の翌1959年5月録音の『Giant Steps』に足をかけています。ただしここではレッド・ガーランド・トリオがアルバムをハード・バップにとどめていて、もしピアノがウィントン・ケリー、ドラムスがフィリー・ジョーだったらソニー・ロリンズの『ニュークス・タイム』1959.3(1957年9月録音)に匹敵する激烈なアルバムになったでしょう。ですがプレスティッジではこれがコルトレーンのなし得るベストで、コルトレーンのアルバム中でもいかにもモダン・ジャズらしい、教典めいた重さにならない親しみやすい名盤というと、本作が屈指の作品に上げられます。