人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

Andrew Hill - Passing Ships (Blue Note, 2003)

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Andrew Hill - Passing Ships (Blue Note, 2003) Full Album : https://www.youtube.com/playlist?list=PL6AC9ED15FE5D4D9C
Recorded at Van Gelder Studio, Englewood Cliffs, November 7 and 14, 1969
Released Blue Note 90417, October 21, 2003
(Track listing)
All compositions by Andrew Hill
1. Sideways - 4:09
2. Passing Ships - 7:08
3. Plantation Bag - 8:32
4. Noon Tide -9:49
5. The Brown Queen - 6:22
6. Cascade - 6:27
7. Yesterday's Tomorrow - 5:11
Recorded on November 7 (tracks 2, 5 & 6) and November 14 (tracks 1, 3, 4 & 7), 1969.
[ Personnel ]
Andrew Hill - piano
Dizzy Reece - trumpet solo on tracks 1, 3, 4
Woody Shaw - trumpet solo on tracks 2, 5-7
Joe Farrell - alto flute, English horn, bass clarinet, soprano saxophone, tenor saxophone
Howard Johnson - bass clarinet, tuba
Robert Northern - french horn
Julian Priester - trombone
Ron Carter - bass
Lenny White - drums

 この『Passing Ships』はアンドリュー・ヒル(ピアノ・1931~2007)の60年代のブルー・ノート専属契約時代に、タイトルまでついてまとめられた最後のアルバムに当たる。だがヒルの契約中には順調に発売されず、ヒルの晩年近い2003年になってCD発売され音楽サイト★★★★1/2の高い評価を得た。9人編成の中型編成バンドだがスケールの大きさと大きすぎない切れの良さがあり、この人数はビッグバンドとスモール・コンボのどちらも狙える編成としてマイルス・デイヴィスの『クールの誕生』1949が有名だが、ヒルもこの編成を良く生かしている。エリック・ドルフィーのオリジナル曲かと思うような(1)、甘美な倦怠感のある(2)、8ビート・ジャズだがファンキーに流れない(3)、快適なラテン・リズムの(4)と、このアルバムはトータル46分あるからアナログ時代にリリースされたら曲によっては編集で短縮されるか、または1、2曲割愛されるかだったかもしれないが、曲順は2回のセッションから並べ直したものだからアルバムとしておおまかな選曲・配曲は済んでいたと思われる。ただし最初からCDリリースになったのでLPリリースなら行われた可能性のある編集、曲の割愛はせず、セッションの全貌を生かしたものではあるだろう。
 34年間未発表だったアルバムが好評を持って迎えられる、というのは皮肉を感じないではいられないし、今年録音された音楽が2050年に発表されてもどれだけ時代の風雪に耐えられるだろうと考えるとこのアルバムの質の高さの証しでもあるのと同時に、ジャズというジャンルでは1970年~2015年にはさしたる音楽的尺度の変化もなかったことを例証している一例ともとれる。こういう突き放した書き方をするとまるでジャズという音楽ジャンルにも、アンドリュー・ヒルというアーティストにも愛着を持ちあわせていないように誤解されるかもしれない。それはむしろ逆で、ジャズとアンドリュー・ヒルには幸運もあったが理不尽な不運もある、相当にねじれた関係がついてまわった。ヒルポール・ブレイ(1932~)とともに、60年代ジャズにおけるビル・エヴァンス(1929~1980)とセシル・テイラー(1929~)によるジャズ・ピアノの革新を引き継いだが、エヴァンスやテイラーより年齢差よりもデビューに遅れを取り、もっと若いマッコイ・タイナー(1938~)やスティーヴ・キューン(1938~)、ハービー・ハンコック(1940~)と同時か、むしろ少し遅れて注目されることになった。すでに幸運と不運の両方が現れている。不運は言うまでもないが、幸運は本格的デビュー作(その前にローカル・インディーズ盤が1枚あるが)『Black Fire』からヒルはジャズ・ジャーナリズムで★★★★★の好評を博した。すでにヒルは32歳で、独自のスタイルを確立していた。ヒルはさき半年で5枚のアルバム制作の契約をブルー・ノート社から持ちかけられた。それは実現するが、そこからヒルのキャリアもねじれたものになっていく。

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 (Original Blue Note "Passing Ships" CD Liner Cover)
 リンク音源の制約から今回がアンドリュー・ヒル紹介の最終回になるので、これまでと重複するがアルバム・リストを再掲する。後述のリストに録音順に並べたが、アンドリュー・ヒルのブルー・ノート作品で専属契約時代に発売されたものを、発売順に並べる。
1. Black Fire: 1964.3 (recorded 1963.11)
2. Judgement!: 1964.9 (recorded 1964.1)
3. Point of Departure: 1965.4 (recorded 1964.3)
4. Smoke Stack: 1966.8 (recorded 1963.12)
5. Compulsion!!!!!: 1967.2 (recorded 1965.10)
6. Andrew!!!: 1968.4 (recorded 1964.6)
7. Grass Roots: 1969 (recorded 1968.4)
8. Lift Every Voice: 1970 (recorded 1969.5)
 以上になる。1964年から1970年の7年間に8枚、さらに"Joe Henderson/Our Thing" , "Hank Mobley/No Room for Squares" , "Bobby Hutcherson/Dialogue"の3枚の参加作があるから、初録音の1963年まで含めて8年間としてもリーダー作8枚、サイドマン参加作3枚の計11枚と、それほど寡作ではないような気になる。ところがヒルが60年代ブルー・ノートで制作した録音の全容を知ると、『Black Fire』から『Andrew!!!』までの初期5枚とそれ以降の待遇には唖然とするほどの落差がある。先のリストとダブるが、今回はアンドリュー・ヒル編の最終回だからくどいほど丁寧にやっておきたい。リストの見方は、録音年月、アルバム名、発売年月、英語版ウィキペディアによるジャンル区分、音楽サイトAllmusic.comによるアルバム評価になる。そしてヒルのブルー・ノート契約現役時代には未発表に終わったアルバム、未完成アルバム・セッションには抹消線を引いた。1965年以降の録音には特に注意されたい。
[ Andrew Hill Discography on Blue Note during 1960's ]
1963.9: Joe Henderson/Our Thing (issued 1964.5) Jazz, ★★★★1/2
1963.10: Hank Mobley/No Room for Squares (issued 1964.6) Jazz, ★★★★
1963.11: Black Fire (issued 1964.3) Post-bop, modal jazz, ★★★★★
1963.12: Smokestack (issued 1966.8) Post bop, avant-garde jazz, ★★★
1964.1: Judgment! (issued 1964.9) Post-bop, modal jazz, avant-garde jazz, ★★★★1/2
1964.3: Point of Departure (issued 1965.4) Avant-garde jazz, ★★★★★
1964.6: Andrew!!! (issued 1968.4) Post-bop, avant-garde jazz, ★★★★
1965.2: Pax (issued including of "One For One" and 2006.6) Jazz, ★★★1/2
1965.4: Bobby Hutcherson/Dialogue (issued 1965.9) Hard bop, post-bop, ★★★★★
1965.10: Compulsion!!!!! (issued 1967.2) Free jazz, ★★★★
1966.3: Change (issued 2007.6) Jazz, ★★★★
1967.2.10. 2 Drums Sextet Sessions (5 Tunes, Mosaic Select)
1967.5.17. Piano Trio Sessions (7 Tunes, Mosaic Select)
1967.10.31. 4 Horns Septet Sessions (5 Tunes, Mosaic Select)
1968.4: Grass Roots First Sessions (different members)
1968.8: Grass Roots (issued 1969) Jazz, ★★★★
1968.10: Dance with Death (issued 1980) Jazz, ★★★★1/2
1969.5: Lift Every Voice (issued 1970) Jazz, ★★★★1/2
1969.6.13&8.1. 1 Horn Quartet + 3 Strings Sessions (7 Tunes, Mosaic Select)
1969.11: Passing Ships (issued 2003.10) Jazz, ★★★★1/2
1970.1.16&1.23. 3 Horns Sextet Sessions (7 Tunes, Mosaic Select)
1970.3: Lift Every Voice Second Sessions (all different tunes)
1965-70: One for One (compilation, issued 1975, 2LP) Jazz, ★★★★
1967-70: Mosaic Select 16: Andrew Hill (compilation, issued 2005, 3CD) Jazz, ★★★★1/2

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 (Original Blue Note "Passing Ships" CD Disc Label)
 要するに、サイドマン参加したジョー・ヘンダーソンとボビー・ハッチャーソン(ブルー・ノートがデビューに力を入れていた新人だった)、ハービー・ハンコックとアルバムの半数ずつを分担したハンク・モブレーの意欲作はすんなり発売されたが、ヒルはなまじ63年11月~64年6月の短期間に5枚のアルバムを制作してしまったから、デビュー作はブルー・ノートのリーダー作初録音『Black Fire』を発売するとして、アルバム発売まで制作と同じペースで立て続けに半年ほどで発売するわけにはいかない。新鋭ハッチャーソン参加で話題性のある『Judgement!』や空前絶後の豪華メンバーが揃い、エリック・ドルフィー(アルトサックス)生前最後のスタジオ録音にもなった大傑作『Point of Departure』が『Smoke Stack』より先に発売され、、2管・3ドラムス/パーカッションで当時最前衛の典型的フリージャズ・スタイルにあえて挑んだ『Compulsion!!!!!』が『Andrew!!!』より先に発売された。
 5部作最終作『Andrew!!!』の次作『Pax』からヒルは結果的に未発表アルバム時代に突入し、1965年2月録音の『Pax』から1970年3月の『Lift Every Voice Second Sessions (all different tunes)』までのLP15枚分のうち、発売されたのは『Bobby Hutcherson/Dialogue』と『Compulsion!!!!!』『Grass Roots (Second Sessions)』『Lift Every Voice (First Sessions)』のサイドマン作1枚、リーダー作3枚で、ハッチャーソン作品を除けば14枚を録音して3枚しか発売されなかったことになる。8年間の契約期間に8枚のリーダー作といっても、63年~64年の5部作に対して65年~69年からは3枚しか陽の目を見なかった。それも典型的フリージャズの『Compulsion!!!!!』とアーシーなジャズ・ロックの『Grass Roots』、コーラス隊をフィーチャーしたスピリチュアル・ジャズの『Lift Every Voice』と、発表作品だけを追えば迷走しているとしか思えないようなものだった。

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 (Original Blue Note "Passing Ships" CD Booklet Liner Cover)
 2000年代にようやくヒルの60年代ブルー・ノート録音の発掘発売は完了したが、最初の未発表発掘アルバムのコンピレーション『One For One』1975から数えてからほとんど30年あまりかけてやっと全容が解明されたことになる。60年代前半のヒルはもれなく発売された5部作でトータルな方向性がつかめる。だがその後、14枚から3枚しか発売がないため60年代後半のヒルが何をやろうとしていたのか、全体像がつかめないのも当然で、未発表アルバムが揃ってから俄然、ヒルのアルバムは未発表発掘アルバムを含めた後期作品まで高い評価に改められることになった。通常★★★★以上のアルバムが未発表に終わるとは考えられないし、その逆も言えて未発表発掘アルバムが★★★★以上の評価を得ることは滅多にない。
 現在聴くと、『Compulsion!!!!!』が出されるなら『Pax』と替えても良かったように思われるし、『Change』は『Compulsion!!!!!』に対して1ホーン・カルテットでフリーを極めた作品だろう。67年の3セッションからはどれかひとつ、どれも特色があるが5月のピアノ・トリオか10月の4ホーン・セプテットだろうか。『Grass Roots』はファースト・セッションの方がいい。セカンド・セッションは完全別曲で別のアルバムにすべきだった。それより『Grass Roots』よりヒルの本道は『Dance with Death』で、こちらを出す方がなお良かったと思われる。『Lift Every Voice』は同コンセプトでかつ全曲別曲で制作された70年3月の続編セッションの方が良い。69年夏のカルテット+ストリングス・セッションはちょっと迷う。『Passing Ships』は『Dance with Death』の発展型、70年1月の3ホーン・セクステットはサン・ラ・アーケストラの鬼才パット・パトリックの数少ない出向スモール・コンボ参加作というだけでも絶大な価値があり、発売されたのも悪いアルバムではないのだが、これらを捨てて発売テイクの『Lift Every Voice』1作しか出さないというのはないだろう。こうしたことも、未発表アルバムの出揃った現在だからこそ音源に即して検討できる。現役発表された8枚ではヒルの全貌はわからず、新発見された未発表アルバム群からヒル作品の本格的見直しが行われるのもこれからになる。その意味で、ヒルのジャズは未来に向かって開かれている。