Recorded at Van Gelder Studio, Englewood Cliffs, October 8, 1965
Released; Blue Note Records BST 84217, February 1967
All compositions by Andrew Hill.
(Side 1)
1. Compulsion - 14:15
2. Legacy - 5:50
(Side 2)
1. Premonition - 10:32
2. Limbo - 10:17
[ Personnel ]
Andrew Hill - piano
Freddie Hubbard - trumpet, flugelhorn
John Gilmore - tenor saxophone, bass clarinet
Cecil McBee - bass
Joe Chambers - drums
Renaud Simmons - conga, percussion
Nadi Qamar - percussion, African drums, thumb piano
Richard Davis - bass (track 3)
毎度アンドリュー・ヒルの紹介では60年代のブルー・ノート作品のリストを掲げているのだが、何せこうでもしなければ全体像がつかみづらいジャズマンでもある。例によってAllmusic.comによる評価を添えたが、英語版ウィキペディアによるジャンル分類も加えてみた。
[ Andrew Hill Discography on Blue Note during 1960's ]
1963.9: Joe Henderson/Our Thing (issued 1964.5) Jazz, ★★★★1/2
1963.10: Hank Mobley/No Room for Squares (issued 1964.6) Jazz, ★★★★
1963.11: Black Fire (issued 1964.3) Post-bop, modal jazz, ★★★★★
1963.12: Smokestack (issued 1966.8) Post bop, avant-garde jazz, ★★★
1964.1: Judgment! (issued 1964.9) Post-bop, modal jazz, avant-garde jazz, ★★★★1/2
1964.3: Point of Departure (issued 1965.4) Avant-garde jazz, ★★★★★
1964.6: Andrew!!! (issued 1968.4) Post-bop, avant-garde jazz, ★★★★
1965.2: Pax (issued including of "One For One" and 2006.6) Jazz, ★★★1/2
1965.4: Bobby Hutcherson/Dialogue (issued 1965.9) Hard bop, post-bop, ★★★★★
1965.10: Compulsion!!!!! (issued 1967.2) Free jazz, ★★★★
1966.3: Change (issued 2007.6) Jazz, ★★★★
1968.4: Grass Roots (issued 1969) Jazz, ★★★★
1968.10: Dance with Death (issued 1980) Jazz, ★★★★1/2
1969.5: Lift Every Voice (issued 1970) Jazz, ★★★★1/2
1969.11: Passing Ships (issued 2003.10) Jazz, ★★★★1/2
1965-70: One for One (compilation, issued 1975, 2LP) Jazz, ★★★★
1967-70: Mosaic Select 16: Andrew Hill (compilation, issued 2005, 3CD) Jazz, ★★★★1/2
と、五つ星評価で星四つ以上のものが大半を占めている。ほとんど巨匠級の評価だが、ほぼ同年輩のビル・エヴァンスやセシル・テイラーよりは作風の確立が遅れ、同時期に本格的デビューした年少のマッコイ・タイナーやハービー・ハンコックのように多数の参加作と自己名義作を手がけたようには、ヒルは器用ではなかった(マッコイはジョン・コルトレーンの、ハービーはマイルス・デイヴィスのピアニストだったこともある)。ヒルはブルー・ノート在籍時には3枚しか他のジャズマンのブルー・ノート作品に参加しておらず、ハンク・モブレー作品では半数(あと半数はハービー・ハンコックが担当)、ジョー・ヘンダーソンとボビー・ハッチャーソンはヒルのアルバムにも参加してもらっている身内みたいなものだし、メンバーも音楽性も『Dialogue』は『Andrew!!!』『Pax』の姉妹作のようなもので、アルバムの半数がヒルの提供したオリジナル曲でもある。『Dialogue』は事実上ハッチャーソン、ヒル、ドラムスのジョー・チェンバース(作曲も優れておりヒル以外の半数の曲を提供)による三頭リーダー・アルバムといえる。
腑に落ちないのはジャンル分類で、Post bop, modal jazz, avant-garde jazzなど細かく分けているのはまだわかる。だが『Pax』や『Grass Roots』などJazz rock, post-bop、『Dance with Death』はChamber jazz、『Lift Every Voice』などSpiritual jazzではないか。『Passing Ships』はThird Streamだろう。少なくとも単にJazzで済まされているアルバム同士は全然似ていない。ただし『Compulsion!!!!!』はヒルのブルー・ノート作品ではボツになった次作『Change』と並んで、もっともフリージャズに接近したアルバムだった。
(Original Blue Note "Compulsion!!!!!" LP Liner Notes)
発表順で見ると4年も前の第2作『Smoke Stack』が発売されたのが66年8月で、その頃にはまだ第5作『Andrew!!!』、第6作『Pax』、第7作『Compulsion!!!!!』、第8作『Change』は発売待機中だった。このうち『Compulsion!!!!!』が67年2月に発表され、『Andrew!!!』が68年4月に発表されて、『Pax』と『Change』はボツにされる。67年~70年の間にヒルは67年3枚、68年2枚、69年3枚、70年3枚のアルバムを録音するが、『Grass Roots』と『Lift Every Voice』の2枚しか発売されずヒルとブルー・ノートは契約満了する。ボツになったアルバムはその後、CD『Grass Roots』『Lift Every Voice』のボーナス・トラックやボックス・セット『Mosaic Select』で陽の目を見た。まともに発売された『Grass Roots』と『Lift Every Voice』はヒルとしてはできる限り主流ジャズ寄りのアーシーでファンキーなハード・バップやスピリチュアル/ゴスペル・ジャズ路線を試してみたものだった。『Grass Roots』は一度完成後にメンバーを総入れ替えし、一部の曲を差し替えて再録音されているし、『Lift Every Voice』は同一コンセプトで、曲の重複もなく半年を置いて2枚のアルバムを作り、先に作った方を発売して後の1枚は没にしている。それだけ手間をかけたのに現在聴くと不採用セッションの方が良い出来に聴こえる。
ヒルが主流ジャズ寄りに転換しようとしたのは、67年以降ブルー・ノートがユナイテッド・アーティスツに合併吸収されたことも大きな要因になっているが、『Compulsion!!!!!』がヒルにしてはセシル・テイラーやサン・ラ・アーケストラの作風に近づきすぎてしまったこともあるだろう。サン・ラ・アーケストラのジョン・ギルモアがサン・ラの音楽性まで持ち込んでしまっている上にトランペットのフレディ・ハバードが器用だった。しかも2管クインテット編成だけではなくパーカッション奏者を2人も加えたアンサンブルがますますサン・ラに近く、ヒルのピアノはオーケストレーションに埋没しないようにパーカッシヴなアプローチを強化した結果、セシル・テイラーに酷似したプレイになってしまった。初参加のセシル・マクビーのベースも良く、パワフルで、悪いアルバムではないのだが、公約数的なフリージャズに陥った観は否めない。次作『Change』はサム・リヴァースのテナーをフィーチャーした1ホーン・カルテットで編成は『Black Fire』と同じだが、やはり類型化したフリージャズに近いものになっている。それは初期5部作にあったヒルならではの個性を圧迫してしまった。
(Original Blue Note "Compulsion!!!!!" LP Side 1 Label)
初期5部作のうち最後のリリースになった『Andrew!!!』の発売は録音から4年も経った68年4月で、これもジョン・ギルモアが参加してサン・ラの音楽との類似が見られるアルバムだったが、初期のヒルの独自性は高く評価されていたのでおおむね好評で迎えられた。『Andrew!!!』ではまだヒルの音楽はサン・ラやテイラーとの類似より独自性が勝っていたことになる。だが『Grass Roots』の録音はすでに始まっており、この時点で録音が完了していた『Pax』と『Change』、またのちに『Mosaic Select』に収められる67年録音のアルバム3枚分の発表は見送られることになったと思われる。『Grass Roots』の次の『Dance with Death』はボツ、『Lift Every Voice』の次の『Passing Ships』がボツと、意に満たないアルバムはボツにして悔いないことすらジャズ界の良心たる証、と信奉者が多いブルー・ノートだが、ダンサブルでよく売れるルー・ドナルドソンやジミー・スミスなら骨までしゃぶるようにリリースしていたわけで、ヒルの場合は発売作品より未発表録音の方がはるかに多い、という不可解な事態になってしまった。『Passing Ships』は『Grass Roots』や『Lift Every Voice』よりヒル本来の持ち味が出ているように思われるのだが。
半年ほどでアルバム5枚を録音する、という破格の契約も、ヒルの才能を短期間で消耗させることにつながりはしなかったか。5部作を終えた後の『Pax』はハバードとヘンダーソンをフロントにした2管クインテット編成のアルバムで、ビ・バップ~ハード・バップでは標準的なこの編成はヒル作品では初になるものだった。発売見送りになった『Pax』以降、少なくとも発掘リリースされた分を含めて14枚分のアルバム録音が行われながら、新作としてリリースされたのは3枚きりになる。ヒルのリーダー作に絞って、未発表録音(後に発掘リリース)になったものを「*originally unissued」と表記してリストを再掲載してみる。1965.2『Pax』からが怒涛の未発表ラッシュになるのがわかる。
1963.11: Black Fire (issued 1964.3)
1963.12: Smokestack (issued 1966.8)
1964.1: Judgment! (issued 1964.9)
1964.3: Point of Departure (issued 1965.4)
1964.6: Andrew!!! (issued 1968.4)
1965.10: Compulsion!!!!! (issued 1967.2)
1968.8: Grass Roots 2nd Session (issued 1969)
1969.5: Lift Every Voice 1st Session (issued 1970)
つまり65年以降の新作は5年間に『Compulsion!!!!!』『Grass Roots』『Lift Every Voice』の3枚しか発売されなかったということになる。9枚分の録音がお蔵入りになった。これはヒル作品の質の低下と取るのでなければ、ブルー・ノートの企画の貧困か、それとも別のところに誤算があったと思える。そもそも『Andrew!!!』の前に『Compulsion!!!!!』をリリースしたのがまずかった、そのせいで『Pax』『Change』を始めとして発売保留→未発表がヒルの録音では常態化してしまったのだと思う。