人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

Lennie Tristano - Lennie Tristano (Atlantic, 1956)

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Lennie Tristano - Lennie Tristano (Atlantic, 1956) full album : https://youtu.be/iVSkUM8TQpc
Recorded between 1954-55 & June 11, 1955 (A5, B1-4)
Released; Atlantic 1224, February 1956
All songs composed by Lennie Tristano, unless otherwise noted.
(Side A)
1. Line Up - 3:34
2. Requiem - 4:53
3. Turkish Mambo? 3:41
4. East Thirty-Second -? 4:33
5. These Foolish Things (Harry Link, Holt Marvell, Jack Strachey) - 5:46
(Side B)
1. You Go to My Head (J. Fred Coots, Haven Gillespie) - 5:20
2. If I Had You (Jimmy Campbell, Reginald Connelly, Ted Shapiro) - 6:29
3. I Don't Stand a Ghost of a Chance With You (Bing Crosby, Ned Washington, Victor Young) - 6:07
4. All the Things You Are (Oscar Hammerstein II, Jerome Kern) - 6:11
[ Personnel ]
*A1-4 Lennie Tristano's home studio, New York, 1954-1955
Lennie Tristano - piano
Peter Ind - bass (tracks 1, 4)
Jeff Morton - drums (tracks 1, 4)
*A5,B1-4 The Sing-Song Room, Confucius Restaurant, New York, June 11, 1955
Lennie Tristano - piano
Lee Konitz - alto saxophone
Gene Ramey - bass
Art Taylor - drums

 アルバムの原題はタイトルがないので『Lennie Tristano』または『Tristano』と呼ばれている。邦題は発売当初の昔から『鬼才トリスターノ』で、12インチLPが開発されて真っ先にアトランティック・レーベルから発売された。トリスターノにとって初のフルアルバムであり、やはりアトランティックからの次作『The New Tristano』は1962年で、新作の録音が発表されたのは生前はそれが最後になった。初期~中期のシングル集はさまざまなかたちでLP化された。1968年を最後にライヴ活動もなくなり、音楽教室運営に専念していたトリスターノに1976年、新作制作を持ちかけたのが日本の東芝傘下の新興ジャズ・レーベル「East Wind 」で、担当者がトリスターノを訪ねて契約を交わし、やがて届いたのが1951年~1966年の未発表録音を集めた『メエルストルムの渦 Descent into the Maelstrom』1977だった。
 イースト・ウィンドは次作は新録音で、と期待したが、トリスターノは78年逝去し本格的なカムバック作品は制作されなかった。つまりトリスターノ自身によってまとめられ、生前のうちに発表されたフルアルバムは『Lennie Tristano』『The New Tristano』『Descent into the Maelstrom』の3枚しかなく、ソロ・ピアノ作品『The New Tristano』、未発表録音集『Descent into the Maelstrom』よりも代表作に上げられることが多いのが『鬼才トリスターノ』になる。だがこのアルバムは本国ですら"controversial"として知られてきた作品で、1997年にトリスターノのアトランティック・レーベル全録音集が発売された時にニューヨーク・タイムズ紙のアルバム評で「Masterpiece」とされるまで40年来賛否両論だった。 
 (Original Atlantic "Lennie Tristano" Liner Cover)

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 レニー・トリスターノをジャズ・ピアノの巨匠とするジャズのアルバム・ガイドなどで『鬼才トリスターノ』にたどり着いた人は、ほぼ例外なくこれのどこが良いんだろう、買うんじゃなかったな、と思うことになる。だからコントラヴァーシャルなのだが、まず風呂場の中で録音したような音質で曲の途中からいきなりフェイド・インしてきてフェイド・アウトしていくピアノ・トリオのA1に始まり、クラシック曲風のイントロから物々しく始まるがスローテンポのブルースのソロ・ピアノ曲A2が続き、次いでソロ・ピアノ曲らしいがどうも3回は多重録音しているらしい、タイトルからして「Turkish Mambo」とふざけたA3になり、A4は再びA1のようなつかみどころのないピアノ・トリオ曲になる。LPの場合はA面ではA5だけ突然ライヴ録音らしいアルトサックスのワンホーン・カルテットになるから何でこんな変な構成にしたか戸惑うが、A5はまあまあ好演でようやくジャズらしいジャズが聴けてほっとする。
 ところが全曲ライヴ録音の続きのB面になると、レスター・ヤングチャーリー・パーカーでお馴染みの曲がA5同様並ぶが、アルトサックスの不調がひどいのに気づかないではいられない。B1から2、3、4と曲が進むにつれてアドリブ・ソロのアイディアが枯渇していく。一旦気づいてA5から聴き返してみると、変態曲ばかり4曲聴かされてA5にはホッとさせられたものの、実はA5もかなり悲惨な演奏で、B面からは聴きどころを探すのすら難しいのがわかって愕然とする。つまりこのアルバムの作者、レニー・トリスターノは何を考えてこんなアルバムを作ったのかわからないのだ。買ってわくわく、聴いてガッカリ、というリスナーが感じるのは、だいたい以上になると思われる。ではこのアルバムを現在、マスターピースとして再評価する意見があるのはなぜか。
(Original Atlantic "The Lennie Tristano Quartet" LP Front Cover)

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 このアルバム後半5曲が録音されたクラブ出演からの収録は完全版では18曲・21テイクが残されており、1981年に『The Lennie Tristano Quartet』2LPとして発売された。1997年の『The Complete Atlantic Recordings of Lennie Tristano, Lee Konitz & Warne Marsh』(Mosaic Records)で別テイクを含め、演奏順に並び直されたものではこうなる。
1. April (Lennie Tristano) (Alt. Take) - 7:05
2. Sweet And Lovely (Gus Arnheim, Harry Tobias, Jules Lemare) - 5:16
3. Background Music (Warne Marsh) - 5:52
4. If I Had You (Jimmy Campbell, Reginald Connelly, Ted Shapiro) - 6:21
5. Donna Lee (Charlie Parker) (Alt. Take) - 5:24
6. 317 E. 32nd (Lennie Tristano) - 6:53
7. These Foolish Things (Harry Link, Holt Marvell, Jack Strachey) - 5:37
8. 'S Wonderful (George & Ira Gershwin) - 4:53
9. You Go To My Head (J. Fred Coots, Haven Gillespie) - 5:20
10. All The Things You Are (Oscar Hammerstein II, Jerome Kern) - 6:05
11.Lennie-Bird (Lennie Tristano) - 5:59
2. My Melancholy Baby (George A.Norton, Ernie Burnett) - 8:00
13. April (Lennie Tristano) - 8:00
14. Pennies In Minor (Lennie Tristano) - 6:06
15. Mean To Me (Roy Turk, Fred E.Ahlert) - 7:34
16. Confucius Blues (Lennie Tristano) - 6:35
17. A Ghost Of A Chance (Bing Crosby, Ned Washington, Victor Young) - 5:58
18. Whispering (Richard Coburn, John Schonberger, Vincent Rose) - 4:07
19. Background Music (Warne Marsh) (Alt. Take) - 6:22
20. There Will Never Be Another You (Mack Gordon, Harry Warren) - 7:24
21. Donna Lee (Charlie Parker) - 6:24
(Original Mosaic "The Complete Atlantic Recordings of Lennie Tristano, Lee Konitz & Warne Marsh" 6CD Box Cover)

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 トリスターノのスタンダードの好みはレスター・ヤングビリー・ホリデイチャーリー・パーカーのみならず、トリスターノが絶賛したバド・パウエルとも、生涯憎悪し敵視していたセロニアス・モンクとも共通していたのが選曲からよくわかる。弟子のウォーン・マーシュの1曲を含めオリジナル曲が18曲中6曲入っているが、「April」はスタンダード曲「I'll Remember April」、「Background Music」は「Indiana」、「317 E. 32nd」は「Out of Nowhere」、「Lennie-Bird」はバップ・ピアニストで作曲の才に長けたバンド・リーダー、タッド・ダメロンのオリジナル曲「Love Bird」、「Pennies In Minor」は再びスタンダード曲「Pennies From Heaven」、「Confucius Blues」はブルース・フォームで、ブルース曲はともかくとして他は既成曲のコード進行にオリジナル・テーマを乗せたものになる。これはビ・バップが主流にした手法で、チャーリー・パーカーの「Donna Lee」も「Indiana」のコード進行にオリジナル・テーマを乗せたものだった。この手法は同じ「Indiana」から「Donna Lee」も「Background Music」も出来ているように、前回取り上げた1951年のトリオ録音「Ju-Ju」も『Tristano』A1「Line Up」も「Indiana」で、また「Pennies In Minor」同様『Tristano』A4の「East Thirty-Second」の原曲も「Pennies From Heaven」だったりする。かと思えばカルテット録音の「317 E. 32nd」は別のスタンダード曲「Out of Nowhere」だったりと、トリスターノの生涯の全録音はせいぜい20曲前後のスタンダード曲のコード進行のヴァリエーションから成り立つものだった。これはトリスターノより1歳年少で、1955年に34歳で早逝したパーカーのレパートリーの3分の1程度、5歳年少のバド・パウエル(享年41歳)の4分の1程度で、2歳年長で勤労年数ほぼ同年のセロニアス・モンクのやはり3分の1程度になるのではないか。
 これは、スタンダード曲の選曲では共通しても、トリスターノのレパートリー全体では黒人ジャズマンのレパートリーの嗜好比率とは異なることに由来するのだと思われる。黒人ジャズマンの場合ではレパートリーはブルースと循環コード(AA'BA'形式のI→IV→V→I進行)、スタンダード(オリジナル・テーマ)で3分の1ずつをなすのがモダン・ジャズでは一般的なのだが、白人ジャズマンではこのうち循環コードは黒人ジャズマンより少なくなり、ブルースは1ステージ、またはアルバム1枚では1曲程度しか演奏されない。トリスターノにいたってはブルースと循環コードともに演奏例がめったになく、スタンダード曲かその改作にレパートリーを限定している。パーカーのオリジナル曲同様トリスターノのオリジナル曲もスタンダード曲のコード進行を踏襲したものだったが、パーカーはブルースと循環コードによるオリジナル曲も多く、モンクとパウエルはブルース、循環コード、スタンダード曲によるオリジナル曲のみならずオリジナルなコード進行での作曲も多かった。トリスターノはスタンダード曲もごく少数の曲に限定し、オリジナル曲も限定したスタンダード曲からしか採らないか、さもなければ極端な完全即興に走るという食えないジャズマンだった。スタンダード曲を限定していたのは、ビ・バップに対するアンチテーゼという意識がいつもトリスターノにはあり、わざわざ自分から不自由を選んでいたのだと思う。
(Original French London "Line Up/Requiem" 7' Picture Sleeve Cover)

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 アルバム『Lennie Tristano』の時期にはトリスターノはライヴ活動を1952年までの最盛期から縮小して音楽教室運営に活動を移しており、このアルバムは事実上ライヴ活動引退宣言の意味合いを持っていた。もっとも門下生のリー・コニッツ、ウォーン・マーシュ、ビリー・バウアーらとクラブ出演するのは1966年まで続いたが散発的なものになり、ジャズ・フェスティヴァルへの招聘ではソロ・ピアノで出演することが増えていく。その布石となったのがアルバムのA1~4であり、ここではライヴでは再現不可能な録音を試みたが、次作『The New Tristano』では音楽性はそのままに、演奏もライヴ可能なものになった。演奏活動末期のソロ・ピアノは改めて取り上げるとして、『Lennie Tristano』の問題のピアノ曲A1~4はピアノ・トリオのA1,A4とピアノのみのA2,A3に分けられる。A1,A4はどちらもフェイド・インから入りフェイド・アウトしていく、曲の途中を抜粋したように聴こえる。また、全体が風呂場の中で録音したような異常な音響になっている。これは、A1はスタンダード曲「Indiana」、A4は「Pennies From Heaven」のコード進行をあらかじめベースとドラムスだけ録音し、テープ回転を遅らせたり速めたりしたものにピアノのアドリブをオーヴァーダビングしており、正常なキーで再生すると通常のピアノとはまるで異なる倍音・残響成分になる。トリスターノがスタジオ作業中に着想し、この手法を試みたのは1951年の自主制作シングル「Ju-Ju」で、発売から1年半後にインタビューで明かすまで気づいた批評家はいなかったという。
 また、A2のソロ・ピアノは55年に急逝したチャーリー・パーカーへのレクイエムで、トリスターノはパーカーを尊敬し親交もあって、共演録音もCD1枚分(LP2枚分相当)あり、葬儀では棺を運んだひとりだった。トリスターノのブルース演奏は数も少なく、あまり上手くないのだが、このソロ・ピアノのブルースはいい。やはりテープの回転数操作でこの世のものとは思えない異常な音色を生み出しており、この音色あってこそ成立した演奏という感じもある。それはA3の「Turkish Mambo」ではいよいよ全開になり、多重録音ソロ・ピアノなのだが正確にはひとり四重奏になっていて、ベース・パートを6/8拍子、7/8拍子、8/8拍子の3通りの拍子で録音し(拍子の頭は最小公倍数で一致する)、その錯綜する3本のベース・ラインをくぐり抜けるようにアドリブ・ソロを多重録音している。このアルバムが長年、賛否両論の的になっていたのはもっぱらこれらA1~4の録音回転数操作と多重録音に向けられたものだが、むしろ問題はA5~B面全面のカルテットのライヴ録音とA1~4を1枚のアルバムに組んだトリスターノの意図にあると思われる。リー・コニッツの起用がレーベル側の要望だった可能性もあるが、以後トリスターノはこれまでに輪をかけて、レコード制作やライヴ活動の商業主義を極端に拒絶するジャズマンになっていく。