人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

レニー・トリスターノ Lennie Tristano - コペンハーゲン・コンサート Concert in Copenhagen (Jazz Records, 1997)

レニー・トリスターノ - コペンハーゲン・コンサート (Jazz Records, 1997)

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レニー・トリスターノ Lennie Tristano - コペンハーゲン・コンサート Concert in Copenhagen (Jazz Records, 1997) Full Album : https://www.youtube.com/playlist?list=OLAK5uy_nlCMajk77W2n7AIZiaSlJJXmUhY6h3p-s
Performed and recorded live at the Tivoli Gardens Concert Hall, Copenhagen, Denmark, October 31, 1965
Released by Jazz Records JR-12CD, 1997
VHS Video Released by Storyville Films DK4591 as the VHS Video "The Copenhagen Concert", 1997
Also DVD Reissued by Storyville Films JLD-418 as the DVD "The Copenhagen Concert", 2005, Japan

(Tracklist)

1. Darn That Dreams (De Lang-Van Heusen) - 5:22
2. Lullaby Of The Leaves (Petkere-Young) - 3:09
3. Expressions (Lennie Tristano) - 4:05
4. You Don't Know What Love Is (Raye-De Paul) - 5:56
5. Tivoli Garden Swing (Lennie Tristano) - 2:57
*6. Back Home (Wm. H. Bauer-Lennie Tristano) - 7:45 CD & Film version omitted
7. Ghost Of A Chance (Crosby-Washington-Young) - 3:43
8. It's You Or No One (Styne-Cahn) - 3:27
9. Imagination (VanHeusen-Burke) - 6:31
10. Tangerine (Mercer-Schertzinger) - 4:48

[ Personnel ]

Lennie Tristano - unaccompanied solo piano

(Original Jazz Records "Concert in Copenhagen" CD Liner Cover)

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 これはレニー・トリスターノがヨーロッパでのジャズ・フェスティヴァル巡業で訪れた1965年10月30日のコペンハーゲンでのコンサートをテレビ局が放送用映像版で収録していたのが原盤となっており、10曲演奏・放映されたうち1曲を割愛した9曲仕様でCD化・映像ソフト化がされています。この年トリスターノは46歳で、同じツアーから11月4日のミラノのフェスティヴァル出演が非公式にリリースされていますが、同年に自宅スタジオで収録されたピアノ・トリオによるトリスターノ自作オリジナル2曲「Stretch」「Con-Con」が逝去前年のコンピレーション盤『メエルストロムの渦(Descent into the Maelstrom)』East Wind, 1977(rec.1951-1966)に収録されているのがトリスターノの録音作品としては最後になっており、事実上フルアルバム単位で残された最後の公式録音が本作『コペンハーゲン・コンサート』になります。CD・映像ソフトとも6曲目に演奏された「Back Home」がオミットされ、9曲41分になっています。このコンサートでは完全なソロ・ピアノによるライヴ出演で、スタンダード曲に混じって3「Expressions」(演奏の後半まで判然としませんが、原曲は「You'd Be So Nice To Come Home To」でしょう)や5「Tivoli Garden Blues」(こちらはトリスターノ得意の「What Is This Thing Called Love?」の改作)などオリジナルの新曲も聴けます。どちらもピアノ・トリオや管入りのバンド演奏では想像のつかない演奏で、これをできたのはトリスターノだけだろうと痛感させるような内容です。生前発表されたスタジオ録音の前作『レニー・トリスターノの芸術(ザ・ニュー・トリスターノ)(The New Tristano)』1962ではスタンダード曲の改作に混じって「You Don't Know What Love Is」1曲のみが原曲通りのクレジットでしたが、このコペンハーゲンのライヴでは自作名義の改作は9曲中2曲だけながらもほとんどが原曲のコード進行のみを使った(しかも即興演奏に連れてコード進行も改変してしまう)アプローチを取っているので、オープニング曲「Darn That Dreams」から原曲のテーマ・メロディーはほとんど現れるません。かろうじて原曲のテーマ・メロディーを使っているのは2「Lullaby Of The Leaves」、8「It's You Or No One」、9「Imagination」くらいで、それも断片的でしかなく、7「Ghost Of A Chance」なども1「Darn That Dreams」やオリジナル曲扱いの「Expressions」「Tivoli Garden Swing」と同じくらい原曲をとどめない演奏になっています。トリスターノは逝去前年の未発表テイクのコンピレーション盤『メエルストロムの渦』では1961年録音の3曲を「Rehearsal Date Take 1」「Take 2」「Take 3」とし、実際の内容はスタンダード曲「It's You Or No One」「Lullaby Of The Leaves」「These Foolish Things」で、また1965年11月3日のパリ公演からの2曲「Dream」(原曲「Darn That Dreams」)、「Image」(原曲「Imagination」)をも自作オリジナルとしていますから、原曲のテーマ・メロディーとコード進行をそのまま演奏してもトリスターノ自身にとっては自作オリジナル曲であるという境地に達していたのがうかがわれます。またトリスターノの演奏記録は1968年の夏のヨーロッパ・ツアーが最後で、この時デレク・ベイリーを始めとするイギリスのジャズマンとの共演が行われたようですが、音源が残っていないため、トリスターノの音楽教室の生徒だったらしい女性ヴォーカリストとの『Betty Scott Sings With Lennie Tristano』(rec.1965, 1971&1974, Jazz Records JR13-CD)を除くとこのコペンハーゲン・コンサートがアルバム単位で残されたトリスターノ最後のアルバムになります。生前未発表のスタジオ録音『ノート・トゥ・ノート(Note To Note)』(rec.1964-1965,, Jazz Records JR-10CD)を挟んで、ソロ・ピアノ作成『トリスターノの芸術(ザ・ニュー・トリスターノ)』からのトリスターノの音楽の最終局面が聴けるのが本作『コペンハーゲン・コンサート』です。

 映像の伴った演奏の説得力は無類のもので、レコード作品でトリスターノが残した最高のパフォーマンスは1946年~1949年の数レーベルに渡って吹き込まれた一連のSP録音でしょうが、このソロ・ピアノのライヴ映像を観ているとあまりの説得力に、このコンサートがトリスターノのキャリアでも最高なのではないかと思わされてしまいます。そのくらいに演奏に迷いや不純物がなく、スタジオ録音のソロ・ピアノ作品『トリスターノの芸術』が重くなりがちだったのに較べて軽やかであっさりしているのに、確かな手応えがあります。この時点では、トリスターノより10歳年下のビル・エヴァンスはトリスターノにはまだ適わなかっただろうと思えます。またソロ・ピアノのライヴ演奏のためか左手のブギウギ・スタイルのベースラインが非常に強烈で、トリスターノが敵視していたセロニアス・モンクも'60年代後半のソロ・ピアノ作品ではブギウギ・ピアノ・スタイルに回帰していたのを思い起こさせます。

 生前最後のアルバム『メエルストロムの渦』1977には1951年に始まって1965年のソロ・ピアノ2曲、1966年のピアノ・トリオ2曲が収められていますが、トリスターノのセッショングラフィではこの1965年10月31日のチヴォリ・コンサートの後、11月2日にストックホルムでソロ・ピアノのライヴがあり、4日にはミラノでソロ・ピアノを行い、9日にはまだイタリアに戻って未発表ソロ・ピアノ3曲を録音した記録があります。1966年は前記の2曲のみで、1967年のライヴ活動・レコーディング記録はありません。1968年7月に若手門下生たちばかりのメンバーでコネチカットでカルテットのライヴを行い、8月9日にイギリスのハロゲイトの芸術祭に招かれ(ベースのピーター・インドが同行)、イギリス人ジャズマンとクインテットで演奏しています。これがトリスターノが聴衆の前で演奏した最後になった、と記録されています。トリスターノは3月生まれですから49歳でライヴ活動を引退したわけで、享年59歳で1978年11月18日に逝去するまで復帰しませんでした。翌年逝去したチャールズ・ミンガスの享年56歳、1980年のビル・エヴァンス享年51歳の逝去、1982年のセロニアス・モンクの享年64歳逝去といい、ビ・バップのジャズマンはなべて決して長命とは言えません。トリスターノが長い沈黙を強いられ、ミンガス、エヴァンス、モンクらが重い病状の晩年を迎えたことも痛ましいことでした。1990年のアート・ブレイキーの享年71歳の逝去、1991年のマイルス・デイヴィスの享年65歳の逝去、1993年のディジー・ガレスピーの享年75歳の逝去もまだ現役中で、悠々自適の晩年はありませんでした。

 トリスターノが全曲ソロ・ピアで通した作品には本作に先立って、アトランティック・レーベルからの『レニー・トリスターノの芸術(ザ・ニュー・トリスターノ)』1962.2(Atlantic1357)があるのは前述した通りです。録音は1961年で、例によって1951年以来開設している自分の音楽教室用のスタジオでトリスターノ自身のエンジニアリングで録音されました。ライナーにわざわざ「これは純粋なソロ・ピアノ演奏を録音したもので、テープ回転数の変換や多重録音は行われていない」と注意書きされていたのは、その前作『鬼才トリスターノ』1956(Atlantic1224)が回転数変換や多重録音を駆使したアルバムだったからです。『トリスターノの芸術(ザ・ニュー・トリスターノ)』収録曲は、
*All songs composed by Lennie Tristano, unless otherwise noted.
A1. Becoming - 4:31
A2. C Minor Complex - 5:47
A3. You Don't Know What Love Is (Don Raye, Gene DePaul) - 3:26
A4. Deliberation - 4:48
B1. Scene And Variations - 11:40
(B1.a Carol - 2:51)
(B1.b Tania - 4:29)
(B1.c Bud - 4:20)
B2. Love Lines - 2:18
B3. G Minor Complex - 3:49

 と、スタンダード曲A3を除いて他は全曲オリジナル曲としていました。これが食わせ物で、A1「Becoming」はスタンダード曲(以下同)「What Is This Thing Called Love?」、A2「C Minor Complex」は「You'd Be So Nice to Come Home To」、A4「Deliberation」は「Indiana」、B1「Scene and Variations」は「My Melancholy Baby」、B2「Love Lines」は「Foolin' Myself」 、そしてB3「G Minor Complex」は再び「You'd Be So Nice to Come Home To」のコード進行によるインプロヴィゼーションでした。A3だけ原曲のタイトルを残したのは他の曲もスタンダード曲の改作であることの暗示でしたでしょうはし、後の『メエルストロムの渦』収録曲では原曲のテーマ・メロディもそのまま弾いてオリジナル曲扱いにするに至ります。『トリスターノの芸術(ザ・ニュー・トリスターノ)』と『コペンハーゲン・コンサート』を並べて聴くと後者ではより自由奔放な演奏になっており、トリスターノのライヴの思い切りの良さが音楽的にも良い効果をもたらしているのを感じさせます。

 内容についてはリンクに引いた40分ほどの音源(一部の音源のみ映像つき)とここまでの記述でほぼ尽きていますが、このライヴでもトリスターノは無調性の実験的な曲とアドリブ部分ではブルース形式になる2曲のオリジナルも含めてスタンダード主義を貫いています。ここでのソロ・ピアノのスタイルは基本的には左手でベースライン、右手でメロディ・ラインを分担しながらも、コード・コンピングは臨機応変に左手の低音域の時もあれば右手の高音域による強調の場合もあります。この手法はブギウギ~ストライド・ピアノと呼ばれるモダン・ジャズ以前のソロ・ピアノ・ジャズのスタイルをトリスターノ流に採り入れたもので、本作までのトリスターノにはあまり見られなかった奏法です。トリスターノが「ど素人だ」と生涯認めなかったセロニアス・モンクもこの頃からキャリアの最後期にさしかかっていましたが、ソロ・ピアノ作品『Solo Monk』1964ではそれまでのソロ・ピアノ作品ではなかったほどスタンダードとも言えない無名のポピュラー曲を取り上げ、奇しくもやはりストライド奏法への傾斜が見られます。その『Solo Monk』もモンクが追求してきた音楽からすると問題作なのですが、単独で聴くなら親しみやすさがあって、コロンビア時代唯一のソロ・ピアノ作品なので知名度も高く、とりわけモンクが好きというのではない人でも好きなアルバムに上げ、同作からモンクに入ったり、モンク作品中でも最初の数枚のうちに聴いたという人も多いアルバムです。トリスターノの場合どうなるかというと、メジャー(ワーナー)傘下のアトランティックからの2作『鬼才トリスターノ』『レニー・トリスターノの芸術(ザ・ニュー・トリスターノ)』しかフルアルバムがないので(リー・コニッツの『サブコンシャス・リー(Subconscious Lee)』収録曲中5曲は本来レニー・トリスターノクインテット名義の10インチLP収録曲でしたが)、アトランティックでの2作は実験的意図が強いものなので、何だか小難しいジャズ・ピアノで乗れないな、で終わってしまうリスナーが大半でしょう。トリスターノは初期の1940年代のSP盤時代から没後発表の未発表スタジオ作、発掘ライヴまで一旦全貌を聴なかいとなかなか真価をつかめない厄介なアーティストなのです。トリスターノの音楽は最古のものは75年前、新しいものでも55年前なのでこの先も、おそらく22世紀にも長く聴かれていくでしょうが、本当に少数のリスナーに聴き継がれていくだけの限界がある性質のジャズなのも仕方がない気もします。